2話 再会
目が覚め、時計を見ると六時三十分ちょうどだった。
僕は体を起こし、ベッドから降りる。
今日は外で朝食をとってから魔物を倒して経験値を積むか。
「っとその前に。」
僕は本棚からとある本を取り出す。
『ベルドロイドの冒険譚』
これは僕が英雄になりたいと思ったきっかけでもある英雄譚だ。とても有名な話で知らない人は多分いないだろう。
魔物に支配された荒れ果てた世界。暗黒の時代でも未来を諦めない少年ベルドロイドは非力な人間の中でも特に弱く、ちっぽけな人間だった。
それでもベルドロイドはこの世界を変える為に仲間を集めようとしていた。だが、人類は皆絶望し、未来を諦めていた。
皆は無様に足掻こうとするベルドロイドを嘲笑い罵倒する。
諦めず仲間を集めようとしていたベルドロイドの前に魔物が現れる。
ピンチになったベルドロイドの前に一人の女性が現れた。
この物語は上の『愚者の使命』と下の『英雄の凱旋』の二部構成で出来ている。
上は出会いの物語。下は決戦の物語。
ベルドロイドは非力ながらも最後まで諦める事なく足掻き続け、最終的には信頼できる仲間、圧倒的な力までも身に宿す事になった。
まだ、英雄が存在しない時代とされていた為、彼は英雄の先駆者とも呼ばれており、英雄と言う言葉を作り出した者でもある。
この英雄譚で僕は諦めない事の大切さと言う物を知った。そして、こんなかっこいい英雄になりたいと思った。
悲しい事に、下の『英雄の凱旋』を王都に持ってくるのを忘れてしまった。この英雄譚は少し高く、今の僕には買う事が難しいのだ。
「はぁ……」
かと言って、故郷の村は距離が遠く、簡単に行けるものではない。
………お金が余った時に、買うしかないか。
僕は上の『愚者の使命』を軽く読んでから外に出る事にした。
***
外で朝食をとった後、僕はさっそく王都を出て、草原にやって来ていた。
「何かドロップアイテムを落としてくれるといいんだけど……。」
魔物は倒すと灰になって消滅する。だが、稀に体の一部が残ったまま、消滅することがある。その体の一部の事をみんなドロップアイテムと呼んでいる。
そのドロップアイテムはベルに換金できる為、ぜひとも集めたいのだが。
そんな淡い期待をしながら、魔物がいないか、周囲を見渡す。
「………後ろ!!」
背後から気配を感じ、すぐさま振り向くと同時にバックステップで後ろに下がって距離を取る。
「やっぱりいた。」
そこにいたのはゴブリン。昨日は苦戦を強いられたが、今の僕はレベル3。昨日みたいにやられるわけにはいかない!
「はああああああああぁぁぁぁっっー!!」
『グゲッ!?』
僕は咆哮と同時にハンターナイフを構え、ゴブリンへ接近する。
ゴブリンも慌てて戦闘態勢に入ったようでこっちへ向かって来る。
ゴブリンとの距離が一メートルとなった時、僕は止まり、再びナイフを構える。
ゴブリンは悪い予感がしたのか、止まろうとしていたが、勢いが落ちる事なく、そのまま僕のほうへ来る。
「せやぁっ!!」
ゼロ距離まで接近した瞬間。僕はナイフを振り上げ、ゴブリンを斬り裂く事に成功した。
「凄い……」
ゴブリンを無傷のまま倒す事に成功出来た。これは明らかに成長してる。
「これならもう少し先に行っても大丈夫なんじゃないかな?」
つい、そんな事を考えてしまい、僕は王都から離れる。
王都の周りは弱い魔物が多い。王都から北へ進むほど、魔物は強くなっていく。僕の故郷は東の方で、そっちは魔物がいなくて平和だ。
始めて来る場所に少し興奮しながらも僕は警戒を解かず、辺りを探索していた。
「ん?」
上空に何かがいるのを見つけた。遠くからでもわかる巨体で、こっちに近づいてきているのに気がついた。
「えっ、これってまずいじゃないの!?」
僕は慌てて、来た道を戻る。だが、僕の足よりも、巨体の方が速いらしく、僕の目の前に着地する。
「ぶわぁっ!!?」
着地した時に発生した風に僕は吹き飛ぶ。
なんとか体を起こし、巨体の正体を確認する。
「ま、マンティコア!?」
ここより100キロ以上離れた北の方に生息されるとする恐ろしい魔物だ。
でも、見たところ、弱ってるようにも見えるけど、それでも僕なんか一撃で殺されてしまうだろうな。
というか、なんで王都付近にマンティコアが!?
『グルルルルルッッ!!』
「ひっ!?」
腰が抜けて、再び倒れてしまう。
『グガアアアアアアアアァァァッッッ!!』
「うあああああああぁぁぁっっっ!!!」
逃げなきゃ!!じゃないと殺される!!
「あ、ああっ!」
他に手を着き、後退りする。
嫌だ。こんなところで死にたくない!!僕はまだ生きたい!!
だが、マンティコアはそれを許さないらしく、僕に近づいて来る。
「––––––エンチャント、サンダー。」
その時、どこからか女性の声が聞こえて来た。
凛とした声。だけどどこか懐かしさを感じた。
その瞬間。上空から何者かが現れ、目にも見えない早さでマンティコアを斬り刻む。
『グ、グガァッ!?グガガアアアァァッッ!』
草原に怪物の断末魔が響き渡った。
刻まれた部位から赤い噴水が吹き出す。
「大丈夫ですか」
姿を表したのは金髪、赤目の美少女だった。
僕は知っている。彼女の事を。
「え、エリスちゃん?」
「………もしかしてアレス?」
幼馴染との再会は最悪な形で成し遂げてしまった。
***
青色の軽装に包まれているその体は細身。
動きやすくする為か纏っている鎧は少なく、体のしなやかなラインもわかりやすい。
腰までまっすぐ伸びる金髪は、輝いて見えるのほど美しい。
おしとやかな彼女は見惚れてしまいそうな赤い瞳で倒れている僕を見つめる。
「やっぱり、アレスなんだよね。」
「そういう君はエリスちゃん……なんだね。」
情けない姿を見られてしまった。
僕は起き上がり、正面からエリスちゃんを見つめる。
僕の方が背は大きい。それでも彼女はあの怪物を一撃で倒してしまった。
「–––––まさか、冒険者になってるなんてね。」
「そう言うアレスは王都にやって来てるなんて。全然知らなかった。」
「そりゃあ、教えてないからね。」
そう言って僕は苦笑する。
以前までのエリスちゃんは明るく活発的な女の子と言うイメージがあったが、今は冷静で、物事をちゃんと見ている大人な女性な感じだ。
「変わったね。エリスちゃん。」
「そう言う君は変わらないね。アレス。」
「––––––––。」
悪意の無い言葉が僕の胸を抉った。
この五年間の間で彼女に何があったのかわからないが、こんな力を身につける程、努力はしてきたはずだ。でも僕は何もしてこなかった。ただ願うだけで………。
「終わったか。エリス。」
僕の背後から、男の声が聞こえてきた。
「あっ、ヴァレス。」
長い耳をしたヴァレスと呼ばれた男は落ち着いた様子で返事をする。
「ん、君は?」
ヴァレスさんは僕の方を見て呟く。
「彼はアレス。アレス=ガイア。私の幼馴染。」
「そうか。僕の名前はヴァレス=ライオットだ。よろしく。」
「–––––ヴァレス=ライオットってあ、あの、アストライオスギルドのだ、団長ですよね!?」
アストライオス。そのギルドは強者揃いで、ギルドの中でも最強と呼ばれている。僕の憧れのギルドだ。
「あ、あぁ。そうだ。」
「はああぁ………。」
「–––––それで君はソロのようだけど、もしかして無所属かい?」
「え、あ、はい。無所属です。」
「なんでアレスはギルドに入らないの?」
「………こんな弱虫。誰も入れてくれないんだよ。」
苦笑しながらそう言う。冒険者になった当初はギルドを探したがどこのギルドも僕を入れてくれはしなかった。
弱いままじゃ入れないと悟った僕は探すのをやめてこうして強くなろうとしている。
「ねぇ、アレスをアストライオスに入れてあげてもいい?」
「うーん。いいよ。入るかい?」
「えっ………?入るってあのアストライオスに?」
「それ以外に何がある?」
「…………ええぇぇぇぇっっーーー!!?」
僕はヴァレスさんの提案を聞き、数秒の間思考が停止していたが、ようやく言われた言葉を理解し、絶叫する。
えっ、ぼ、僕があの最強ギルドとも言われてるアストライオスギルドに!?しかもその団長に入団を許可されてる!!?
と、というか会話の流れ的にえ、エリスちゃんってアストライオスギルドの団員なのか!?
「ええぇぇぇぇぇぇっっっーーー!!?」
「あははは。君はよく叫ぶね。」
「そりゃあ叫びますよ!だ、だってアストライオスギルドに入っていいなんて……っ!!」
「本当は条件に達して無いと無理だけど、エリスの幼馴染の君は特別に入れてあげるよ。」
「ほ、本当ですか!!」
「うん。本当。」
ま、まさか、最強ギルド。アストライオスギルドの団長本人に入団の許可を貰えるなんて………。これでも僕不幸E+のレアステータスを持ってるはずなんだけどな。
一旦落ち着くように深呼吸をする。
––––––こんな機会。もう二度とやって来ないかもしれない。でも、僕は。
「………やめておきます。」
「………理由を聞いてもいいかい?」
「本当は凄く入りたいんですけど、でも卑怯だなって思ったんです。実力も無いのに、幼馴染っていう理由で入れるようになるのは。だから、ちゃんと実力を付けて、条件に満たしてから入団させてください。」
「––––––そうか。君は偉いね。」
ヴァレスさんは微笑み、僕の頭を撫でる。
「あ、ありがとうございます………。」
「君の成長を待ってるよ。」
「……それじゃあ帰ろうか。」
エリスちゃんがそう言い、王都へ歩いていく。
ヴァレスさんも「そうだね。」と言った後、エリスちゃんの後について行く。
僕も着いて行くべきだと考え、ついて行こうとした時。
「ん?」
消滅したマンティコアの辺りにとある物を見つけた。
「これ、マンティコアの爪だよね。」
凄くレアとされるマンティコアのドロップアイテム。売れば金になるし、鍛冶屋に持っていけば凄い武器になるかもだし。
「エリスちゃん。これ落ちてたよ。」
「ん、これは……マンティコアの爪?」
「うん。凄くレアなんだよね。」
「それ、あげるよ。」
「えっ?」
「こんな所までマンティコアを呼んじゃったお詫び。」
「そんな……。いいよ。」
「君には強くなって欲しいからあげるよ。」
………エリスちゃんは頑なに渡そうとしてるな。
「うん。ありがとう。」
僕は諦めて大人しく受け取る事にした。
異常事態の発見。幼馴染との再会。憧れのギルドの入団許可。
きっと僕は今日の出来事は忘れる事は無いだろう。
僕はマンティコアの爪を握りしめ、二人の後をついて行った。
***
王都に着いた時、僕は気づいた。
「これ、武器にしようと思ったけどお金が無いんだった。」
武器を作ってもらうのにもお金がいる。常に金欠の僕にとっては武器を作って貰えるなんて夢のまた夢だな。
「お金、無いの?」
「……恥ずかしい事に。」
「なら、僕達のギルドに寄ってみないかい?そこには鍛治師がいる。なんとか無料で作って貰えるか聞いてみる。」
「え!?そんな、いいんですか!?」
「もちろん。マンティコアの爪なんて珍しい物、あんまり見ないし、興味ある鍛治師もいると思うしね。」
ほんと、今日はこのギルドに助けてもらってばかりだな。ありがたいよ。本当に。
「………やっぱり遠慮しておきます。ちゃんとお金を稼いで作った方が達成感があるし、愛着もわくと思うんです。だから、この話は無かった事にしておきます。」
「………そうか。君は本当に偉いな。」
「そんな事ありませんよ。……ちなみに武器を作るのにどのくらいのベルが必要なんですか?」
「うーん。確か十万ベルぐらいは必要かな。」
「じゅ……十万ベル………。」
「あはは。やっぱり頼むかい?」
「い、いえ。その方がやりがいがあっていいです……。」
「そうか。まぁ、頑張ってくれよ。アレス君。」
「は、はい……。」
苦笑しながらそう言う。
もっと強くなって、もっと働かなくちゃな。
「それで、これからアレスはどうするの?」
「うーん。一度家に帰ってこの爪を置いてからまた外に行って、ダンジョンに行ってみようかなって思ってる。」
「そう。頑張ってね。」
「うん!」
そうして僕は解散して二人から離れようとしたが、やり残した事が一つあった。
「ヴァレスさん!」
「どうしたんだい?」
「あ、握手お願いしてもいいですか?」
「うん。いいよ。」
僕とヴァレスさんは握手を交わす。
「それじゃあ、失礼します!」
手を離してお辞儀した後、今度こそ家に向かった。
新たな目標が二つも出来た。
マンティコアの爪を使って武器を作る。
強くなってアストライオスのギルドに入る。
この目標を成し遂げる為に僕はもっと強くなりたい。