第8話:玉露の秘密と、毒見の影
王妃付きの女官が、そっと銀盆を差し出す。
「特製の玉露でございます。例の件の後、妃さまが“喉が渇いた”と仰せで」
玉露──それは最上級の茶葉を用いた香り高い茶で、冷やして供されることが多い。慎重な王妃が、この時期に自ら茶を所望するとは、いささか不自然だった。
ユウは膝を折ったまま、銀盆に添えられた茶碗をそっと手に取った。
そして、湯を口に含む──が、すぐには飲み込まず、わずかに舌の上で転がした。
……やはり。
玉露の柔らかな旨みの背後に、微かに苦味が混ざっている。
かすかに青草のような香り。だが、明らかに“茶葉だけの味”ではない。
「これは……“凍香草”?」
茶碗を置き、ユウは囁くように言った。
凍香草。それは、辺境の冷地に生える薬草で、少量なら鎮静効果をもたらすが、熱すると毒性が現れる。
特に胃の粘膜に作用し、数時間後にめまい・呼吸困難を引き起こすことがある。難点は、玉露と非常に香りが似ており、素人では見抜けないこと。
「この茶、どこから?」
ユウが尋ねると、女官は少し躊躇いながらも答えた。
「……昨日、貢ぎ物として“南苑”から届いたと。王妃様が気に入られて」
南苑。かつて、正妃側の実家が支配していた土地。
ユウは、胸の奥がざわつくのを感じた。
「王妃様は召し上がりましたか」
「いいえ。『一度、ユウに毒見させてからにする』と仰せで……」
……やはり、罠か。
その夜、ユウは香盤と筆記道具を持って、王妃の部屋へと呼び出された。
「毒見の件、聞いたわ。どう思う?」
王妃は穏やかに言う。だが、その目は笑っていない。
「凍香草が混ざっています。意図的なものです」
「やっぱり……」
王妃は窓辺へ視線を流した。
「最近、茶葉や食材の献上が増えてきたの。取り入ろうとする者もいれば、私の命を断とうとする者もいる……」
その言葉の裏にある“恐怖”を、ユウは感じ取った。
「……この出処、調べます。献上を命じた役人、南苑の物流経路、そして──茶葉の保管庫」
ユウがそこまで言うと、王妃が静かに首を振った。
「いいえ、ユウ。今回は、“誰が毒を仕込んだか”は、後でいい」
「え?」
「まず、知りたいの。“なぜ、いまこの茶なのか”」
ユウは、息をのんだ。
毒の動機。それが分かれば、次の手も見える。
「……かしこまりました」
翌日、ユウは香盤を手に、“香調役”の元を訪れた。香調役とは、王宮の香や薬の調合を担う専門職。
小柄な女香師が迎えた。
「珍しいわね、鑑定士さんがここに来るなんて」
「お伺いしたいことが。玉露に凍香草を混ぜると、どんな香りになります?」
女香師は目を細め、数本の香草を並べていく。
「玉露の香りと酷似してるのよ。乾燥させればするほど、違いは曖昧になるわ。けど、一つだけ」
「何ですか?」
「“熟した香”が残るのよ。凍香草は凍土で育つから、乾かしても香りの芯が残る。逆に玉露は繊細。煮出すと甘く丸くなる」
ユウはハッとした。
「つまり……香を“温める”と、逆に凍香草のほうが“強く残る”?」
「そう。だから茶にして初めて、違和感に気づくのよ」
午後、ユウは茶葉の納入記録を調べていた。
──南苑からの茶は、三日前に入荷。保管庫は厳重な封印あり。だが……封印には“合印”がある。
管理者の印と、もうひとつ。
「……王妃の印?」
ユウの眉がひそめられる。
王妃自身が、この茶の保管を命じていた──?
それは、毒の意図を知っていたということか。
「すべては“囮”です」
夜、王妃の私室にて、ユウは静かに告げた。
「これは、“玉露の毒”を利用した、もうひとつの策略です。王妃様を狙うと見せかけて……毒が王妃様に渡らないと知っている者の仕業」
「……そう。犯人は、私が茶を飲まないと分かっていた」
王妃は微笑む。その表情は、どこか寂しげだった。
「ユウ。あなたなら、誰が真の狙いだと思う?」
「……正妃様ではないでしょうか。南苑の関係者が動いています」
王妃は沈黙し、それからゆっくりと頷いた。
「やはり、そう思うのね」
その夜、ユウは夢を見た。
辺境の薬館。祖父の背中。教えられた草の香り。
──“香りは嘘をつかない。ただ、人が香りを見落とすのだ”。
目が覚めたとき、ユウは思った。
「次は、香りを辿る」
毒ではなく、“誰が香を選んだか”を。
その先に、この事件の真の答えがあるはずだと。
一度完結として、また続きを明日以降連載します。




