第7話:沈黙する厨師と、毒の出汁
昼下がり、御膳房――すなわち、王宮の厨房がざわめいていた。
「何人、ですって……?」
ユウは、配膳係の報告に眉を寄せた。
「三人です。朝の汁物を口にして、しばらくしてから全員が“舌が痺れる”と……」
「熱は?」
「なし。嘔吐も下痢もありません。ただ、味覚が少しおかしくなったそうで……」
ユウは首を傾げた。
毒の症状としては軽すぎる。だが、問題はその“一致”だ。
「その三人は、同じ食事を?」
「はい。いずれも“朝膳の上級膳”。……王妃様や正妃様と同じものです」
ユウの心臓が静かに高鳴った。
もし、それが“予行”だとしたら――毒の本命は、まだその先にある。
御膳房の炊事場は、常に湿り気と熱気が満ちている。
ユウは、炊事係のひとりに声をかけた。
「朝の“汁物”、誰が担当していました?」
中年の厨師が目を伏せて答える。
「味噌出汁は、わたしが」
「味噌の調合は?」
「昨夜、準備しておきました。新しい麹味噌です」
ユウは目を細めた。調合ミスの可能性はあるが、舌の痺れが出るほどの“異常”なら、もっと早く気づいていい。
「味噌を見せてください」
厨師が差し出した壺の蓋を開けた瞬間――ユウの鼻がぴくりと動いた。
「……この匂い、何かおかしい」
熟成した豆と麹の甘み、その奥に微かに混じる“草のような苦味”。
「これは……“巴草”?」
ユウは心の中で叫んだ。
──辺境では疲労回復の薬草として知られているが、過熱すると成分が変質し、神経に作用する毒に転じる。
「この味噌、誰が持ち込んだの?」
「さあ……、昨夜のうちに納屋から運んできたと……」
納屋を調べると、味噌壺の底に異物が混ざっていた。細く乾いた茎――やはり“巴草”だ。
「混入させた者がいる……」
呟いたユウの背後に、静かに影が差した。
「誰にも言うなよ」
振り返ると、若い厨房下働きが立っていた。名をシンといったか。
「お前が……?」
「違う! でも……見たんだ。夜、誰かが納屋に……布を被って入ってったのを」
「それを、なぜ言わなかったの」
シンは唇を噛む。
「言ったら、消される……。ここはそういう場所だって、知ってるだろ?」
ユウは、その言葉に返す声を失った。
王宮では、口が災いを招く。それを痛いほど知っている。
「その人物、特徴は?」
「……靴が白かった。厨師にあんな靴、履く奴いないよ」
夜。
ユウは、王妃に報告を終えた。
「毒は“巴草”です。微量だったため、大事には至りませんでしたが、これは“試し”です。次は、もっと確実に狙ってくるでしょう」
王妃は静かに頷いた。
「そして、犯人はまだこの中にいる……そういうことね?」
「はい」
王妃は机に肘をつき、指先で唇をなぞった。
「ユウ、あなた……怖くないの? 命を狙われるかもしれないのよ」
「怖いですよ。だから、止めたいんです」
「“毒”を?」
「いいえ、“嘘”をです。毒は症状を出す。でも、嘘はもっと人を蝕みますから」
王妃の唇に、薄く微笑が浮かんだ。
「……ほんとうに、ただの辺境の娘かしらね。あなた」
その夜、ユウは自室に戻りながら、胸の奥にざらりとした違和感を感じていた。
──犯人はまだ、厨房にいる。
けれど、“白い靴”などという目立つものをわざわざ履いて、わざわざ見られるリスクを冒した犯人などいるだろうか。
もしかして――これは“囮”なのでは?
ユウの中で、別の仮説が芽を出し始めていた。
「……この事件、もっと根が深い」
そう呟くと、ユウは机に向かい、いつも以上に濃い薬湯を作り始めた。
明日を迎えるために。




