表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/45

第37話:瑠璃の杯と黒衣の影

「これで、全員が揃ったということでよろしいですね?」


帳の下りた応接間に、ぴんと張ったような声が響く。年季の入った木の机を挟み、五人の男たちが座していた。ひとりは侍医、ひとりは薬師、そしてふたりは書記官と役人。残るひとりが、王城内で名の知られた術者――その陰に隠れるように、ユウもひとり腰を落ち着けていた。


「それで? お招きいただいた理由というのは」


隣に座った薬師の女――鶯谷うぐいすだにの杏が、涼やかに尋ねた。彼女の瞳は、氷を含んだような緊張感を宿している。そっと目配せをすると、ユウも頷いた。今宵は“ある儀式”の再検証が行われる。それも、先日の「空蝉うつせみの呪」と呼ばれる異形の現象がきっかけだった。


「……実は、昨夜、呪障の残滓が再び出現しました」


それを報告したのは、術者の男だった。黒衣に身を包み、胸元には琥珀の護符。城内に残る瘴気を測る専門家である。


「場所は?」


「西の厩舎裏、地下貯水庫の近辺。以前、貴殿が調査した場とは、同一の区域です」


ユウは思わず眉を寄せた。あの場所は、一度清祓いが済んだはずだった。残留呪素があるとはいえ、再活性化は考えにくい。


「なぜ再燃した?」


「――それが、“新しい触媒”が持ち込まれた可能性があるのです」


部屋の空気が、目に見えて凍る。術者が机に置いたのは、瑠璃の杯だった。透き通る青に、金の文様。宮中でも高位の献上品に用いられるもの。


「これを、誰が?」


「捜査中です。ですが、一つ気がかりなのは……」


術者が言い淀む。だがユウは察した。触媒は“意図的に”持ち込まれたのだ。呪詛は偶然ではなく、誰かの“再犯”だということになる。


「王子付きの侍女がひとり、行方不明です。名は――香月かづき


杏が息を呑んだのが、伝わってきた。香月は、先日ユウが診た患者の姉だったはずだ。あの時の言動に、確かに不自然な点があった。


「……香月が?」


「ええ。今朝、部屋に戻っておらず、衣類と袋もない状態です。探索部隊が出ておりますが、足取りが掴めていません」


ユウは静かに立ち上がった。ここからは、医師ではなく“観察者”としての自分の出番だった。


「――その杯、私に預けていただけますか?」


「……診るだけなら」


術者が渋々ながら差し出したその瞬間だった。


ふ、と。


部屋の隅、誰も座っていないはずの椅子が「きぃ」と軋んだ。


全員が、息を止める。


誰も、動いていない。だが、確かにそこに「何か」が座っていた――ような感触。


杏が即座に香を焚いた。菖蒲と薄荷を基調にした、簡易の霊避けだ。


「何かが、残っています。……これは、呼ばれたのではなく、“捨てられた”呪いです」


「捨てられた……?」


ユウが呟いた。呪術とは本来、意思を介して発するもの。だがこれは、術式が“空打ち”された痕跡に近い。


「誰かが、自分を囮にして、別の誰かを庇った可能性がある」


「庇った? 誰を?」


ユウは口を閉ざした。


だが、脳裏には浮かんでいた。


――香月が“捨て駒”になったのなら、その背後にはもっと大きな意志がある。


たとえば、御門の中枢に食い込む何者か――


「あとは、私が調べます」


「単独で動くつもりですか?」


「いいえ。杏さんに、ついてきていただきたい」


彼女の横顔に、わずかに緩むものがあった。だがすぐに、張り詰めた表情に戻る。


「……一度、香月の部屋を見に行きましょう」


そのまま二人は応接間をあとにする。


廊下を抜け、東棟の端にある侍女の居室へ向かう途中――


月の光が床に差す。


そこで、杏が囁いた。


「……ユウさん。貴方、最初から気づいていたのね。あの椅子に“誰か”がいたこと」


ユウは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。


「ええ。だけど、今言っても意味がない。あれは、たぶん“もうこの世にいない”誰かの――」


言葉を濁した。


そして思う。


これはもはや“毒”ではない。


“喪失”の話だ――誰かが、誰かを守るために、何かを差し出した。その代償が、また別の誰かを呑み込んでいく。


ユウは静かに拳を握る。


「今度こそ、止める」


月光が、淡く彼女の背を照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ