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第35話:響く骨笛、消える記憶

藍黒あいくろに染まった夜空。焚き火の炎が揺れおち、多くの蝋燭が周囲を薄く照らしていた。


ユウは自らの呼吸を整えながら、荒れた幕の裂けた部分をじっと見つめる。風牙の者が逃げ去った方向――そこに残された痕跡は、黒い灰と折れた骨笛の片割れ。


「骨笛……しかし破片が小さすぎる」


下手人は意図的に“記憶”を消すような仕打ちを残していった。

骨の小さな破片は、干からびた灰のように夜露に光っていた。


「将軍、安心してください」


将軍は顔色が蒼白だった。咳が骨の奥を突き刺すように響く。ユウは剣のような沈黙の合間に薬包を差し出した。


「炎の熱毒消しは効いています。ですが、虫の胞子が肺に達している可能性があります」


ユウの目は決して揺らがない。


「その骨笛を鳴らした者は、あなたを“呼び寄せた”。骨吸い虫は、〝呼ばれる〟と集まるのです」


将軍は苦く笑った。


「呼ぶ者を、どうするつもりだ」


ユウは静かに頷いた。


「私は逃がしません。あの者の名前を言わぬ限り──骨の音は消えぬままです」


その時、遠くで誰かの足音が近づいた。藍色の夜に溶け込むように、黒衣の影が幕に映る。


「風牙の——」


ユウの肩が跳ねた。暗がりの中、二つの赤い目が光った。未完成の骨笛を手に、奴は中空で音を鳴らした。――高く、甲高く、脳を突き刺すような音。


ユウは静かに息を止めた。風牙の習性を知っている。


「呼ばれた者だけに――追跡はできない」


将軍の顔が苦い苦笑に変わる。


「呼んだのは、おぬしか……」


「いいえ」


小さな揺れ。遠く、二輪の火が揺れた。誰かが小さな松明を焚いたらしい。


「呼ばれた、のではなく、呼ばれた者を“導いた”者がいるのです」


ユウは骨笛を握りしめながら言った。


数刻後、将軍の補佐官が現れた。傷の手当てと同行を願うためだ。


「毒煙玉は有効でしたか?」


将軍が言葉を継いだ。


「――いや。奴の“術”を封じたようで、音が止んだ」


ユウは答えると、袂から小箱を取り出し、中身を見せた。


「これを……記録させてください。破片と香の層を。この“音”の痕跡を」


補佐官は深く頷いた。


「もちろんです。将軍さまの証言書とともに、記録保管室へ」


ユウはその場を離れようとしたとき、将軍が言った。


「……ユウよ」


「はい」


「逃げてもよい。だが、命も同じように“呼ばれた者”になってしまう。だが、おぬしは……その“声”を封じる者でもある」


ユウは目を伏せたが、心には確信が湧いた。


「……逃げません」


夜風がしおれた骨をなぞるように吹いていた。

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