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第34話:骨の音が、風を裂く夜

 火の粉が舞った。

 風が唸るように吹き、焚き火の炎が横なぐりに揺れる。天幕の奥、重たい空気を切り裂いて、老戦士の咳き込む音が響いた。


「咳は続いておるのか、ゼン将軍?」


 ユウが静かに問うと、将軍はうすら笑いを浮かべ、のろのろと首を縦に振った。


「まるで骨の奥が軋むような咳でな。おぬしがいなければ、今夜が峠であっただろう」


 床に敷かれた敷布の下、寝返りすら打てぬほど骨が軋むという。体内に巣くった病が、骨髄にまで浸食している――ユウの眼はそれを見逃さなかった。


 天幕の外では、草木の間を夜風が駆け抜ける音がする。軍営の隅の一角、誰も近づかぬこの天幕に、ユウが呼ばれたのは数時間前。将軍付きの侍医が匙を投げたという報を受け、村から急ぎ馬で駆けてきたのだ。


「薬は、通じるかもしれません。ただし、一時しのぎです。原因は……風土病ではなく、『骨吸い虫』ですね。山の南斜面に棲む、風で舞う胞子に似た虫です」


 将軍の瞳が細くなる。


「聞いたことがあるな。骨を喰い、魂を曇らせるという、東の地で語られる奇病……」


「ただの伝承ではありません。私が診たのは三例目です。ただ、ここまで進行して生きていた人は、将軍が初めてです」


 ユウは包から取り出したのは、ひとふくろの灰色の粉。山の石灰と、イヌガヤの樹皮を微粉にしたものを、少量の酒で溶いて患部に塗る。骨まで染みるとされる強力な熱毒消しだ。


「この処置は痛みます。ですが、炎症を抑え、虫を封じ込めるには、これしかありません」


「構わぬ。おぬしの目が、死を遠ざけておる」


 そのときだった。天幕の外で、異様な笛の音が鳴った。軍の合図ではない。もっと甲高く、不気味で、風に乗って嗤うような音。


 ユウは眉をひそめる。


「……これは、“骨笛”ですね。骨吸い虫を引き寄せる笛。誰かが、故意に――?」


 外の兵が何か叫ぶ。だが、言葉になっていない。悲鳴。獣の吠え声。風が逆巻き、焚き火が消えた。


「ユウ殿、何が起こっている?」


「敵襲か、あるいは――」


 幕が裂ける音と同時に、黒い影が飛び込んできた。全身を布で覆った女。手には細い骨笛。目だけが、異様なほどに赤く光る。


「お前か……!“風牙”の一派……!」


 ユウの声に、将軍が目を見開いた。


「風牙? あれは、死んだはずでは……!」


「復活しています。遺された骨の術を使い、“風病”を作り出していたのは奴らの仕業」


 女の口が裂けるほどに嗤い、骨笛を再び鳴らした。耳を突き破るような音のなか、将軍の咳がまた激しくなる。


 ユウは咄嗟に、携帯していた毒煙玉を地面に叩きつけた。煙があたりを覆い、視界が閉ざされる。


 女の姿は、消えていた。


 静寂が戻る。将軍は荒い息を吐きながら、ユウの腕を掴んだ。


「……おぬし、何者だ……。なぜ骨の病を、ここまで知っている……?」


 ユウは目を伏せ、かすかに笑った。


「私は、医者です。どれほど異端でも、命を救うのが私の務めです」


 焚き火の火が、ふたたび灯された。夜はまだ深い。けれども、風は確かに止みつつあった。

2話更新が終わったので、一度完結済みにしておきます。

明日以降執筆が終わり次第、再開します。


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