第33話:燃える薬草と静かな願い
朝露に濡れた山道を、ユウは黙って歩いていた。背後には、診療院の助手でもある少女・ミナが足早に続いてくる。
「……師匠、そんなに急いだら、また崖から転びますよ」
「誰が転んだ」
「先週」
「……それは忘れろ」
不穏な依頼が入ったのは昨夜のことだった。
「村の薬草倉が、火事で焼けた。原因は不明だが、犯人は内部にいるかもしれない。薬師として調査してほしい」
依頼主は、村の古老だった。ユウにとって、その村はかつて薬草採集で何度も通った場所だった。だからこそ、断れなかった。
倉が焼ける──それは単なる火事ではない。医療物資の喪失は、命にかかわる。
やがて、焦げた香りが鼻先に届いた。村の中央、ぽっかり空いた空地に、黒焦げの木造小屋。火災の跡は生々しく、焼け残った瓦礫が煙をまだ吐いている。
「……ひどいな」
ユウがつぶやくと、ミナがそっと問いかけた。
「薬草倉に火がつけられたとして、何か盗まれたものは?」
「燃えたものを調べる前に、まず──燃えなかったものを見たい」
ユウは焼け跡の隅にしゃがみこむと、灰を払い、黒く焼け残った木箱を開けた。その中にあったのは、焦げてもいない「冷香草」──本来なら、最も燃えやすい薬草のはずだった。
「これは……おかしい」
「どういうことですか?」
「火は、冷香草を避けるように広がっている。つまり、誰かが“燃やしたくないもの”を選んでいた」
ミナが目を丸くする。
「じゃあ、ただの火事じゃなくて、選んで燃やされた?」
「……そうだ。しかも意図的に。医療物資を“選別”して焼いた犯人がいる」
ユウは、村人たちの名簿を借りて確認する。薬草の管理を担当していたのは、若い薬草師見習い・ルオという男だった。
そのルオは、火事の当夜──村から忽然と姿を消していた。
診療院に戻ったユウは、書庫の記録をめくり、ルオの名を探った。
──ルオ:三年前、父親の薬草盗難事件で村を一時追放される。現在は許され、見習い復帰。
「……三年前に盗みを働いた男が、なぜまた同じ薬草倉に?」
ユウはミナに告げた。
「火をつけたのは、たぶんルオだ。だが、盗むためじゃない」
「じゃあ、何のために?」
「……ある薬草を、隠すためだ」
ユウが指差したのは、冷香草と似た形状を持つが、毒性を持つ“炎冷草”の名だった。
「この草は、冷香草に混ぜると症状が遅れて出る毒だ。倉が焼かれていなければ、誰かが知らずにそれを使っていたかもしれない」
「つまり……」
「ルオは、誰かが“意図的に混ぜた毒”に気づき、それを隠すために倉を燃やした。自分が疑われても、毒を村から消し去るために」
その日の夕刻、ルオはひっそりと村の外れで見つかった。誰にも言い訳せず、ただ一言だけ呟いた。
「……誰も、死なせたくなかった」
炎のなかに消したものと、守ろうとしたもの──その狭間に立つ者の苦しみを、ユウは黙って見つめた。
夜、診療院に戻ったユウは、机の上の帳簿を閉じる。
「……薬草は、人を生かす。だが、同時に、人を殺す道具にもなる」
ミナが、少し沈んだ声で問う。
「それでも……師匠は、薬草を扱い続けますか?」
ユウは、少し笑って答えた。
「もちろんだ。だからこそ、誰よりも冷静で、誰よりも疑う」
窓の外では、夜風に揺れる薬草が、そっと葉を震わせていた。




