第四章「セラの祈り」
彼女の笑顔の裏には、誰にも見せない深い傷があった。
「全ての記憶には意味がある」と言い切るその声の奥には、
大切な誰かを“忘れさせてしまった”後悔が眠っていた。
これは、セラ・クリムの祈りと贖罪の章。
アークとリノアの再会の後、《アーカイブス》の記憶改竄が活性化しはじめた。
警告ログが鳴り響く中、次に標的にされたのは――セラ自身だった。
「やっぱり……来たわね、ノワール」
《記憶遮断フィールド》が展開される中、セラは独り立つ。
彼女の脳内で、かつての“禁じられた記憶”が再生され始める。
———
5年前。まだ彼女が《記憶管理局》に所属していた頃。
セラは一人の少年・ヨシュアの記憶治療を任されていた。
「僕、もうつらいのはいやだ……お姉ちゃん、全部忘れさせて」
セラは迷った。だがその願いを叶えた。
――記憶消去認証:コードクリア。
それから数日後、少年は“自分を忘れた自分”に耐えられず、仮想領域から姿を消した。
「忘れさせることで守れると思ってた……でも、それは私の“エゴ”だったのよね……」
アークが問いかける。
「セラ、どうしてそこまで記憶にこだわるんだ?」
セラは微笑んで、涙をこらえるように言う。
「私ね、記憶って“消しちゃいけない”ものだって、あの子に教わったの」
そのとき、ノワールが現れる。
彼はあざ笑うように語る。
「人は、つらい記憶を消したがる。それを否定するのか?」
「ええ。私はそれでも、消さない世界を作りたい」
「では見せてやろう……あの少年の、最後の記憶を」
ノワールが展開した映像の中。
仮想空間の深層で、ヨシュアはつぶやいていた。
「もし僕のことを覚えていてくれる人がいたら……
それだけで、僕はきっと救われたのに……」
セラはその場に膝をつく。
アークが手を差し出し、支える。
「セラ。あんたの祈りは、もう俺たちのものだ」
リノアも言う。
「私たちは、“忘れられない痛み”の上に立ってる。
だからこそ、それを希望に変えたいんだよ」
セラの心が共鳴し、封じられていた《記憶干渉コード:Tear》が解放される。
そして彼女の武装が覚醒。
セラの記憶が光と共に空に舞い、ヨシュアの名を呼ぶ。
「ありがとう……あなたがいたから、私は強くなれた」
その瞬間、遮断フィールドが解除され、ノワールは撤退する。
「……興味深い。“祈り”が記憶を強くするとはな」
その背中に、静かに誓うように、セラは呟いた。
「記憶は、祈りだ。誰かの生きた証だもの」
セラの過去に触れたことで、アークたちは“記憶の喪失”が
いかに深く、人の魂に関わっているかを理解し始めました。
消すことが救いではなく、
覚えていることが人を繋げる――
次章からは、《アーカイブス》の本拠地への潜入が始まります。
そして、敵組織に属しながらも“迷い続ける少年”が登場。