第一章「記憶の残響(レゾナンス)」
記憶は風のように、触れられず、だが確かに心を揺らす。
少年はまだ、自分が何者かを知らない。
けれど「誰かを守りたい」という衝動だけは、確かに胸に残っていた。
出会いは、静かに訪れる。
それはやがて世界を変える“残響”となる。
セラ・ミレイユと出会って三日目。
仮想領域の片隅にある記憶再生エリア――《リリス街》にて、アークはその日も目覚めた。
「……記憶が、少し戻った気がする」
彼の中で、誰かが泣いていた記憶がかすかに揺れる。
手を伸ばしても届かない感情。
記憶の断片は、まるで割れたガラスのように散らばっていた。
「おはよう、アーク」
背後から、穏やかな声が届く。
セラだった。薄い藍色のローブに身を包み、手には仮想情報端末を持っている。
「……あれ、また髪の色が違う」
「《エクスファリア》では外見も意識も自在よ。心が不安定なほど、仮想人格が揺れるの。あなたもそうでしょ?」
アークは頷く。
“記憶”と“心”がリンクしているのなら、自分はきっと――まだ不完全なのだ。
セラはふと空を見上げ、言った。
「ねえアーク、あなたに見せたい“人”がいるの」
その案内で訪れた場所は、かつて《記憶狩り》の被害が集中したエリア《第七隔層:ユレイル》だった。
そこで出会ったのが、仮想空間の路地裏で静かに佇む少女。
「……あなたが、アーク?」
静かな声。
氷のように透き通った瞳を持つ少女は、リノアと名乗った。
「私は……“自分が誰かもわからない”の。でも、あなたの記憶の中に、私がいた気がする」
アークの胸が、わずかに脈打つ。
──知っている。
名前も、声も、表情も……何も覚えていないはずなのに、彼女を「大切に思っていた」という感情だけが、そこにあった。
その時、突然ログ警告が走る。
【警告:記憶ハッキングツール《ミラージュ・バグ》の侵入を検知】
【対象エリア:ユレイル第七隔層 現在危険レベル:中】
「来たわ……《記憶狩り》の残党よ」
セラが即座に反応する。
リノアが怯える中、アークは手を広げるようにして二人の前に立つ。
「……誰の記憶も、これ以上、奪わせない」
その瞬間、彼の体に微かな光が灯る。
思い出せない記憶の中から“本能”だけが導く、剣の構え。
エクスファリアにおける仮想能力《記憶武装 -メモリーフレア-》が発動し、彼は無意識のまま敵へと斬りかかる。
一閃。
アークの剣が“記憶泥棒”の仮想構成体を斬り裂くと同時に、周囲の空間が光の粒となって崩壊していく。
「……それって……」
リノアが呟く。
「“レゾナンス”……失われた記憶が、共鳴してる……」
――そう、それは過去の断片。
忘れたはずの感情が、今、力に変わる。
アークは確かに感じた。
“自分はかつて、彼女たちを守ろうとした”。
たとえ記憶を全て失っても、その衝動は、魂に刻まれているのだと。
第一章では、アークとセラ、リノアの関係性が徐々に描かれました。
「記憶がなくとも繋がる感情」こそが、この物語の軸となります。
また、今回初登場した「記憶武装」は、今後のバトルと感情の展開を強く結びつける重要な要素です。
次章では、敵組織の存在と、“記憶の番人”である敵キャラクター《アルマ》が登場。
仮想記憶の闇にさらに踏み込むことになります。