プロローグ
記憶は、世界を繋ぐ鍵。
だが、それが奪われたとき――人は、何を失うのだろうか。
これは、記憶が自由を許されなかった世界で、ひとりの少年が「誰かの記憶に残る」ために抗い続けた物語。
仮想記憶領域。
現実と交差するその電脳世界で、運命は静かに動き出す。
まぶたの裏に、光が揺れていた。
――波のように。記憶のように。
「……またか」
目を開ける。そこは、どこか懐かしくも見知らぬ場所だった。
灰色の空。歪んだビル群。風に舞うのは、データの粒子か、砂埃か。
そして、少年――アーク・セレスティアは、確かに思い出せない自分に苛立っていた。
ここが《エクスファリア》だということはわかっている。
仮想記憶領域。
人々が接続し、現実では果たせなかった願いや想いをデータ化して生きられる世界。
だが、アークはその一部しか知らない。
彼は、目覚めるたびに「何かを失っている」ことを、体の奥で理解していた。
記憶の空白。
それは、ただ過去を忘れているのではない。
“誰かを忘れている”という、強烈な喪失感だった。
そこへ、一人の少女が現れる。
漆黒のフードを被り、静かな目をしたその少女は、まるで最初からそこにいたように言った。
「また目覚めたのね。アーク」
「……君は、誰だ?」
「忘れて当然よ。だってあなたの記憶は、ここに繋がるたび、誰かに奪われていくから」
「……誰が、奪ってる?」
「この世界を作った人たち。記憶を“資源”としか見ない人たちよ」
その言葉に、アークの中で火が灯る。
誰にも、記憶を奪わせたくない。
たとえ自分のすべてが消えても――誰かの記憶に“生きた証”を残したい。
「君の名前は?」
「セラ。セラ・ミレイユ。あなたと同じ、“記憶を取り戻したい人間”よ」
少女が差し出す手を、アークは迷いなく握る。
その瞬間、風が吹いた。
見えない記憶の粒子が、ふたりの間を駆け抜けていく。
失われた記憶と、これから紡がれる物語の始まりだった。
プロローグでは、主人公アークの「記憶の喪失」と「仮想世界エクスファリア」の存在が描かれました。
物語はここから、仮想記憶世界を舞台に仲間たちとの出会い、記憶の真実、そして世界そのものの再定義へと進んでいきます。
次章ではセラとの過去や、記憶改竄の痕跡を辿るエピソードが描かれ、物語の核心へ一歩ずつ近づいていきます。