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転生しても自堕落だったので、体調管理アプリのお姉さんに叱られながら生きていくしかないか……。

作者: 黄鱗きいろ

 前世を思い出したのは、体重計に乗った瞬間だった。


「やば、こんな体重、カンリさんに叱られる……うん?」


 無意識のうちに口にしていたワードを反芻し、私は自分に起きた悲劇を自覚した。


「嘘でしょ……転生しても私、自堕落なままだったの!?」


 頭を抱えて体重計を見下ろすも、そこにあるのは前世の記憶にある平均体重を大幅に超える値だ。便利な魔道具として最近流通し出したものらしいが、自分の体重を知らずに済むのなら体重計なんて手に入れるんじゃなかった。


「はーあ……どうせ転生するなら完璧体型の美少女がよかった……」


 体重計からフラフラと離れ、私は自分のベッドに倒れ込む。そして、自分が何者なのかを把握しようと記憶を辿り始めた。




 今の私の名前はルリナス・ケークライト。一代貴族であるお父様――ユージン・ケークライト男爵の一人娘だ。


 お父様は元々宮廷魔術師として王家に仕えていたのだが、その有能さと公平な性格を買われて、政治の場に参加するための爵位を一代限りで与えられた優秀な人だ。


 だがそんなお父様にも欠点がある。己の健康に頓着しないのだ。


 魔術の研究のために食事を抜くのは日常茶飯事。仕事以外で外出しない上に自宅と職場を転移扉で繋げているので1日の運動量も悲しくなるほど少ない。


 そんなお父様の娘である私が健康的な生活を送れるはずもない。お母様が早逝したこともあって、私は自堕落極まりない食生活を続け、体重計の値に愕然とすることになったのだ。




「前世を思い出したせいかここ一年ぐらいの記憶があやふやだけど、引きこもりだから別に困らないよね。自堕落でよかった〜!」


 仰向けにベッドに寝転んだまま、何とか前向きに考えようと明るい声を出すも、己についた贅肉は消えてはくれない。


 私は自分のぽよぽよのお腹を惨めな思いで摘んだ後、勢いよくベッドから立ち上がった。


「……嘆いていても仕方ない! この世界には魔法があるんだし、楽に痩せられる魔法を身につければいいのよ!」


 一念発起した私はお父様の伝手を使って、王立魔導書館に出入りするようになった。お父様は私の行動を一切詮索せず「ルリナスが魔法に興味を持つ日が来るとはな」と優しく見守ってくれた。


 私としても楽に痩せる魔法を探しています、だなんて恥ずかしくて打ち明けたくなかったので助かったという思いしかない。


 だがどれだけ魔導書を読んでも、楽に痩せる魔法は見つからない。お父様には内緒で禁書の棚まで漁ったが、それらしい記述はどこにもない。


「こうなったら自分で痩せる魔法を作り出すしか……いや待てよ?」


 ふと頭をよぎったのは、前世の記憶を思い出した時に口にしたワードだった。


 カンリさん。体調管理アプリ『ラクカン』のマスコットであり、入力した食事や運動を採点して、健康に導いてくれるお姉さんだ。


 その採点基準は非常に厳しく、前世の自分が必死で健康的な生活を送っても、彼女を泣かせてしまうことは日常茶飯事だった。


「いくら痩せる魔法で痩せたとしても自堕落な生活を改めなければ意味がないわ。仕方ない……まずはカンリさんを再現して、自堕落生活を管理してもらおう……!」


 幸いにも私にはお父様譲りの魔法の才能があった。


 魔導書館から借りてきた山のような魔導書とともに部屋に籠り、来る日も来る日も開発を続けた。


 食事と風呂トイレ以外では部屋の外には出ず、痩せるための研究だなんて知られたくないので使用人すら私室に入れないようにした。


 同じ理由で窓もカーテンも締め切り、外から中の様子が覗けないように対策した。


 特にお父様に知られるのが一番嫌だったので、お父様が部屋に入れないように特製の障壁まで張った。


 そんな日々を続けること数ヶ月。ついに私の研究は身を結んだ。


「くく……できたわ。体調管理アプリ、カンリさんの完成よ!」


 私は前世でいうところのスマホに似た板を手に持ちながら、高らかに言った。


 ここまで来るまで長かった。食事も睡眠時間も、数少ない交友関係も全て投げ打って、研究を続けてきたのだ。


 特に婚約者であるクラインには悪いことをしてしまった。曖昧な記憶ではあるが、クラインは私のことを溺愛していた覚えがある。


 部屋に篭るようになってから手紙も書いていないので、さぞかし心配していることだろう。


「……ごめんね、クライン。もうすぐ会いに行くから」


 申し訳なさから小さく呟いた後、私は光る板に向かって問いかけた。


「ハロー、カンリさん。私は何をすればいい?」


 しかしその時、扉を蹴り開ける音と共に、聞き覚えのある青年の声が鋭く私を制止してきた。


「――ルリナス、ダメだ!」


「え?」




⬛︎⬜︎⬛︎




 クライン・ファブルバーグは、ファブルバーグ侯爵家の三男坊だ。


 長兄のシュナウズは肉体的にも精神的にも侯爵家の跡取りに相応しく、次兄のフォウルドもそんな長兄に足りない部分を補う優秀さを誇っている。


 三男のクラインは完璧人間に近い兄たちよりは劣っていたが、それでも家のために学ぶことを怠らなかった。


 その一環でクラインは、遠く離れた国へと短期留学をすることになった。


 クラインにとっては願ってもない学びの機会ではあったが、彼には一つだけ懸念があった。


 それは、婚約者のルリナスの健康だ。


「ルリナス、あまり部屋に閉じこもりすぎてはいけないよ。食事もちゃんと三食食べて、陽の光も浴びるんだ」


「分かっていますよ、クライン様。そんなに心配しなくても私は大丈夫です」


「そんなことを言って、この前は食事を忘れて倒れそうになったらしいじゃないか!」


「お父様は大袈裟に言い過ぎなんです。ちょっとふらついただけですよ」


「でも……!」


 クラインは散々ルリナスに注意したが、彼女は涼しい顔で受け流すばかりだ。あーもう、とクラインは唸った後、彼女に条件を出した。


「分かった! だったら一つだけ約束してほしい! 留学中に俺が手紙を書くから、その返事として君の生活を書いてくれ! 食事でも運動でもいいから!」


「……仕方ないですね。分かりました」


 渋々と条件を飲んだルリナスに安心し、クラインは留学へと向かった。


 しかし不幸なことに留学先の国が戦争に巻き込まれてしまい、クラインは祖国との連絡を一年もの間できずにいた。


 そして、ようやく戦争が落ち着いて帰国したクラインに彼の父が告げたのは――病的に研究に没頭するルリナスの噂だった。


「ルリナス嬢はな、お前が留学してからしばらくの間は約束通りいつも以上に食事を摂っていたんだ。少し太ってしまうぐらいにはしっかり食べていたらしいが、食べないよりはずっとマシというものだろう。だが、お前との連絡が途絶えて彼女は変わってしまってな……。食事も喉を通らず、怪しい研究に夢中になり、ほとんど私室からも出てこないらしい。お父上の男爵も心配して中に入ろうとしたが、彼女の張った障壁に弾かれてしまったそうだ。男爵曰く、もしかしたら彼女はお前が死んでしまったと思って、禁術を使ってお前を甦らそうとしているんじゃないかと不安になりつつあるようで――」


 己の父親の話を聞き終わらないうちに、クラインは慌ててルリナスの住む屋敷へと馬を走らせた。


 愛しいルリナスがそんなことになっていただなんて。それが分かっていれば、吹き荒れる戦火の嵐も乗り越えてもっと早くにこの国に戻ってきたのに。


 後悔を抱きながらクラインが屋敷に到着すると、彼の姿を一目見て察した使用人たちは、彼をルリナスの私室の前へと案内した。


 そうしてたどり着いたルリナスの私室の前。まだ扉に手もかけていないというのに、部屋の中からは異様な魔力が渦巻いているような気がした。


 クラインはごくりと唾を飲み込むと、固く閉ざされた部屋の扉の前で、ルリナスの名を呼ぼうと口を開きかける。


「ル――」




「……ごめんね、クライン。もうすぐ会いに行くから」




 その言葉を聞いたクラインは、己の持つ全ての魔力を使ってルリナスの部屋の扉を蹴り開けた。


 そしてこちらに背を向けているルリナスに必死で手を伸ばし、彼女に向かって叫ぶ。


「――ルリナス、ダメだ!」


「え?」


 きょとんとした顔で振り向くルリナスを押し倒すような形で、クラインは彼女の手から魔法の媒体らしき板を奪い取る。


 ギリギリで禁術の発動を防ぐことができたのだろう。数秒経っても、板がうっすらと光っていること以外には、異質なことは何も起きていなかった。


「よかった……間に合った……」


 クラインは安堵で深く息を吐き、仰向けに押し倒していたルリナスを抱え起こす。ルリナスはその手を握り返して体を起こしながらも目を不思議そうにぱちぱちとさせていて、何が起きたのかまだ理解できていないようだった。


「ええと、クライン様ですよね? どうしてこちらに?」


「なぜって君が――!」


 クラインが激昂しそうになったその時、妙にざらざらとした女性の声が彼の持つ板から聞こえてきた。




『まずは外に出ましょう。散歩から始めるのもいいかもしれません』




「へ……?」


 今度は間抜けな顔をするのはクラインのほうだった。


 板が喋った内容を聞いたルリナスは、恥ずかしそうな表情で一気に顔を真っ赤にさせて、早口で捲し立て始めた。


「あの、これは健康管理用の魔法で、食事とか運動とか何をしたらいいか教えてくれるもので、でもこんなにレスポンスが遅いとまだまだ改善の余地はありそうですよね、あはは……」


 照れ臭さを誤魔化そうとしているのか、彼女の目はうろうろと泳いでいる。その感情の正体が、こんな魔法をコソコソ開発していたことへの恥ずかしさから来るものだと思い至り、クラインは一気に緊張から解き離れて項垂れた。


 どうやらこの禁術疑惑騒動は、彼女なりに考えて健康状態を改善しようとしていただけの話だったらしい。


 おそらくそんな騒ぎになっていたことすら知らないのであろうルリナスは、クラインの手からそっと光る板を取り戻すとおずおずと問いかけてきた。


「とりあえず私はカンリさんの言う通り散歩しようと思うのですが……クライン様も一緒に散歩します?」


 その言葉にクラインはますます脱力してしまい、低く呻きながらぐったりと部屋の床に大の字になって寝転んだ。


「うう……まずは、ちょっと休ませてくれ。その後に散歩がてら事情を説明するから……」


「はあ、そうですか……」


 よく分からないという顔で困惑するルリナスの顔は、クラインが出発する前よりも不健康そうに見えた。


 クラインはふつふつと腹の奥から湧き出てくる対抗心のまま、ぼそりと呟いた。


「カンリさんだか何だか知らないが、ルリナスの健康を管理するのは俺の仕事だからな……」


「はい?」




 その後、クラインとカンリさんによる徹底的な管理のおかげで、ルリナスは無事に健康体型になることができたらしいが――それはまた別の話である。

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