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咎人戦騎  作者: 81MONSTER
9/17

第九話【銭奴】





   壱





 此の世の中は、金が全てだ。



 山村冴子が生きてきた五十年で、学んだ事は此の一点に尽きる物だ。子供の頃から、冴子は劣等感を抱いている。自分と違って、他の子達は可愛らしく見えた。愛嬌が有って、周りの大人達に可愛がられている子供達が、羨ましかった。其れに引き換え自分は、醜い見た目をしている。自分をブスに産んだ両親を、幾度となく恨んだ。



 暗い性格に育ったのも、不細工な外見の所為。ブスで不愛想な女の人生は、暗く悲惨な物だ。



 誰からも相手にされずに、面倒な事ばかりを押し付けられる。中小企業のOLをしていた時も、クレームの対応ばかりをやらされていた。ブス、不細工、不愛想。そんな言葉を毎日、浴びせられる。もっと酷い言葉も、数え上げられないぐらいに叩き付けられた。正に罵詈雑言の嵐だ。



 其の度に冴子は憎悪の心を、内に孕ませていた。



 最初の頃は、涙を流していた。其の度に周りの者達は、己を嘲笑っていた。ブスが泣いても、滑稽にしか見えない事を知った。其れ以来、冴子は泣く事を止めた。



 代わりに憤怒と憎悪の念を、積もらせた。やり場の無い感情だけが、無残な燃え滓の様に残った。



 ――今に見ていろ。自分をあざけて見下している全ての人間を、いつか見返してやろうと想い野心を直隠ひたかくした。其の感情だけが、冴子を支えていた。



 冴子が二十五歳の時、一つの転機が訪れる。



 生まれて初めての彼氏が出来たのだ。相手の男は、新入社員の若い男だった。高卒で冴えない男で在ったが、真面目そうな外見。直向ひたむきな其の姿勢に、冴子は好感を持った。見掛けも平凡で在ったが、逆に其れが冴子には安心感を抱かせていた。もしも此れが、誰もが振り向く色男ならば、敷居の高さに尻込みしていただろう。



 仕事に慣れていない為か、事在るごとにミスをしては上司の叱責を受けていた。冴子はそんな男に優しい言葉を掛けて、励まし続けた。自分でも驚く程に、積極的に男に近付いていった。



 食事に誘っては、男の事を褒め湛えた。言葉を変え、心を尽くし、男を喜ばせていた。



 其の甲斐が在ったのか、程無くして冴子と男は交際を始める。数ヶ月の間は、冴子に取っては夢の様な日々で在る。初めての経験に、感激で胸が高鳴っていた。男の温もりに、心が癒され、幸福の絶頂にいる。生まれて初めて、生まれて来て良かったと感じた。



 幸せを知った。



 男を知った。



 そして、失恋を知った。



 ――お前みたいな不細工で暗い女、本気で好きになる訳がないだろ。



 男の言葉に、冴子の心は深く鋭く抉られていた。



 ――年上で誰からも相手にされていないから、貢いでくれると思ったのに、見当違いだったな。



 男の吐き捨てた言葉に、悲しみよりも、憎しみの感情が込み上げていた。慥かに交際費の殆どは、冴子が捻出している。けれども金額にしてみれば、そこそこと謂った額で在ったかも知れない。だが其れは、冴子の好意で在ったし、金額を問う事でも無い。況してや貢ぐ云々の問題では無い。冴子は只、愛する男に喜んで貰いたい一心で在ったのだ。そんな冴子の恥じらぐ様な乙女心を、男は踏み躙ったので在る。



 冴子は涙を流しながら、男に掴み掛かっていた。



 ――ふざけるな。貴様きさんみたいな男げな、此方こっちから願い下げたい。



 そう叫ぶ冴子の表情は、鬼気に染め上がっていた。九州訛りも在ってか、冴子の気迫に押されて男は其れ以上、何も言えなくなっていた。



 冴子の心中は、愛憎の蛇が蜷局を巻いている。信頼して全てを捧げ様としていた者の裏切りは、確実に冴子の中の不可侵の領域を破壊して往った。決して修復される事は無い。誰かを愛する事も今後、一切も無い。



 男と別れた冴子は其れ以来、誰にも心を許す事は無かった。誰も信用、出来なかった。誰も愛したくは無かった。



 此の世界で、頼れるのは自分一人だけだ。近付く者は、全て敵。そう思う様に成っていた。



 冴子が三十代半ばの頃に、再び転機が訪れる。



 十年前から買い続けていた宝くじが、当たったのだ。其の額は、七億円。冴子が生涯を懸けても、稼げない様な金額。其れがたったの一枚の紙切れと引き換えにするだけで、手に入るのだ。正に行幸で在った。



 ――人生が一瞬で、一変した。



 冴子は糞喰らえな神に、生まれて初めて感謝した。此れで、全てが変わるのだ。自分は生まれ変われる。心の奥底から、鬱積していた感情が込み上げていた。此れまでに自分を見下してきた糞喰らえな連中を、遂に見下して遣る時が来たのだ。誰にも文句は謂わせない。腹の底から笑いが込み上げていた。獣の唸り声にも似た冴子の哄笑が、自分自身の鼓膜を静かに震えさせているのを憶えている。



 気が触れたかの様に、冴子は一晩中、嗤い続けた。



 金を手にした冴子は、真っ先に高級ブランドを買い漁った。身に纏った物の総額は、一千万円を優に超えている。ホストクラブに行って、数百万円の金を一晩で溶かした事も在った。冴子に取って、サラリーマンの平均年収は小銭に等しく成っていた。金は麻薬の様に、冴子の脳内を麻痺させて往った。心地良く甘美な快楽の中、冴子はホスト達に金をばら蒔いた。



 美形の男達が、自分を称賛する。だが、心が埋まる事は無い。愉悦に浸る心の奥底には、積もり積もった憎悪が沈んでいた。幾ら金が在ろうと、復讐を果たさなければ、自分は前には進めない。



 冴子は夜遊びを止めて、出社する事にした。元の惨めな生活を送る気は、毛頭ない。



 既に冴子は一週間、会社を無断欠勤している。遊び回って、一億円の金を溶かしている。



 豪遊する事に飽きた冴子は、男達への復讐を始めた。一週間振りに出社すると皆、奇異と嫌疑の視線を冴子に注いでいた。其れも、其の筈だ。無断欠勤をした上に、ふてぶてしい態度で現れたのだ。着てる服も身に附けているアクセサリー類も、高級ブランドで固めていた。まるで其れは、自分を馬鹿にして見下して来た者達への当て付けの様で在った。



 金を切り詰めながら、身の丈に合った生活をする者達は時折、小さな見栄を張る。貧乏人が附けるアクセサリーは、見栄の塊だ。そんな彼等彼女等の見栄を、完膚なきまでに叩き潰して遣りたかったのだ。



 ――山村君。此の会社に、君の席はもう無いよ……。



 いつも強気な山下が、遠慮がちに言った事を今でも憶えている。山下は明らかに、動揺していた。狼狽の色を見て冴子は内心、ほくそ笑んでいた。



 以前までならば、自分を罵倒していただろう。弱い者にしか、強く当たれない愚かな男だ。こんな詰まらない男に、自分は今まで蹂躙され罵られて来た。肚の底から憎しみが込み上げていた。



 ――知っとうばい。其れが、どげんしたと?



 小馬鹿にした様に、冴子はせせら笑う。脂ぎった山下の肌を、汗が伝っていた。汚らしい男だ。大した成績も上げられずに、専務の小さな椅子に座るのが精一杯。小生意気な部下の面倒を見ながら、上司の機嫌を取り続ける毎日。面倒な客のクレーム処理に追われ、取引先の接待を夜な夜なこなす惨めな人生。家庭ではどんなポジションに甘んじているのかも、大体の想像が附く。



 醜く肥えた山下の髪は、無惨に禿げ上がっている。中間管理職の抱えるストレスが、そうさせているのだろう。だが、そんな事は別に、どうでも良い。



 ――今日はお前等に、今までの事を謝罪して貰おうと思って、こげんむさ苦しい所に来てやったんばい。



 狼狽える山下に、百万円の束をちらつかせる。其の瞬間、明白あからさまに周囲の人間が目の色を変えた。金の力は、人を変える。惨めな犬畜生どもに、其れを教えて遣る。



 ぎらつく目線が、冴子の手元に蝟集している。皆、金が欲しい。例外など、在りはしない。金が無ければ、惨めに忘れ去られるのだ。冴子の父が、そうで在った。



 冴子が中学生の時に、父はリストラに遭った。再雇用の話しも見つからずに、惨めな時を過ごしていた。父は首を吊り、母はスナックに勤める様に成った。冴子は高校生に上がって、アルバイトを始めた。複数のアルバイトを掛け持ち、死ぬ気で金を貯めた。アルバイト先では、陰湿な虐めを受けた。高校も学費が足りなくて、中退した。



 だけど、金は冴子を裏切らない。溜めた金で、冴子は自立した。



 詰まる処、冴子の人生は金で決まるのだ。



 ――全裸で土下座して謝罪したもんには、100万ばくれてやるたい。



 其の場に居る全員が、息を呑むのが解った。



 冴子がバッグを逆さまに振ると、中から札束が大量に出てきた。三千万円の現金を、持って来ていた。



 其れを見た途端、男達の一人が服を脱ぎ始める。其れを見て又、一人。又、一人と次々に服を脱ぎ始めた。五分も経たぬ内に、男達は皆、全裸に成っていた。高々、百万。其れだけで、人は醜悪な姿を途端に曝し出す。



 ――なんば、ボサッと立っとるんね。さっさと、土下座ばせんね?



 言われる儘に、男達は冴子に土下座をしていた。



 快感だった。



 今まで自分を馬鹿にして、見下してきた男達が、自分に媚びへつらっている。



 金の魔力の前には皆、従順な犬畜生に成り下がる。其れがたった今、証明された。



 更なる快感を求めて、冴子は金を求めた。金は使ってこそ、なんぼだ。使わなければ廻らない。巡り廻って又、己の元に返って来る。幾ら金を貯め込んでも、金は廻ってはくれない。金の使い方次第で、金は幾らでも増えるのだ。



 会社を起こして、金融業を始めた。土地を買って、駐車場も経営した。金に対して貪欲に成った冴子は、みるみると金を稼いでいった。



 正に冴子は、金の亡者と化している。



 此の世の中は所詮、金が全てだ。



 金以外に信用、出来る物なんて何一つ無い。



 不細工で不愛想な女が、人以上の幸せを求めるならば、金が要るのだ。



 そして自分には、唸る程の金が在る。



 ――其れなのに何故、こんな目に遭っているのだ。



 冴子は、運命を呪った。姿も見えない神を、罵倒して遣りたかった。漸く得た幸せを、神はいつも最悪の形で取り上げる。



「社長が悪いんですよ……。俺の事を散々、馬鹿にしておいて……クビにまでして。……俺、納得してないんですよ」



 狂気に染まった顔の山崎が、冴子の胸にナイフを突き立てながら言った。胸の奥が、狂った様に熱い。痛いのではなくて、熱いのだ。まるで、身体の中に熱湯を流し込まれている様な感覚で在る。じんわりと熱が広がり、全身に死が伝って往く。そんな感覚が、冴子の胸中を際立てる。



 山崎は冴子が、営んでいる金融屋の社員だった。



 大した能力も無くて、人並み以下の仕事しか出来ない男だ。冴子に罵倒される毎日を送り、遂には解雇を言い渡される事と成ったのだ。本当に無能で、糞の役にも立たない男。見てるだけで、虫酸が走る。解雇は正に、正当な行いで在った。



 其れなのに山崎は腹を立て、強行に及んだのだ。こんなどぶの様な男に、殺されるなんて納得できない。金ならば、幾らでも在る。溝に捨てる程に在るのだ。こんな処で、くたばるなんて御免だ。



 ――死にたくない。



 薄れる意識の中で、冴子は想った。



 折角、此処まで成り上がったのだ。こんな事で、死にたくはなかった。助かるの為らば、何でもする。



 ――俺が、助けてやろうか?



 冴子は事切れる寸前で、声を聞いた。地獄の底から聞こえる様な、禍々しい声で在った。



 ――誰でも良い。助けてくれるなら、誰でも良い。



 声の主が鬼でも悪魔でも、どちらでも構わなかった。自分が助かるのならば、何でも構わない。



 ――為らば、俺を受け入れろ。



 何かが内に入り込んで往った。気が付けば、傷は塞がっている。



 魔徒と成った冴子は、山崎を喰らって狂った様に嗤った。





   弐





「香流羅よ、どうした?」


「入らないの?」




 家の前で立ち止まる香流羅に、二匹の霊獣が問う。



 霊獣は普段、其の実体を表には現さない。香流羅の衣服に、霊体として憑依しているのだ。



「邪悪な氣を感じる」



 《ガイア》の数珠を身に着けてから、感覚が鋭く成っていた。



 【人外の書】に依って、香流羅は遠くの氣の流れを察知する術を得ていた。故に以前にも増して、邪気に敏感に成っている。



 邪悪な氣は、一つでは無かった。複数の邪気が、別々の位置から感じられた。其れも、相当な力を有している。今の自分で在っても、果たして勝てるだろうか。



 ――此の御影町で一体、何が起きている。



 邪気の一つは、間違いなく魔徒に依る物だ。だが其れ以外の邪気は皆、気配が違う。幸い今は、成りを潜めている。事が起きれば、此の町は恐怖と混乱が渦を巻いて、死に包まれるだろう。他人が死のうが別に、どうだって良かった。家族さえ護れれば、香流羅は其れで良い。だが未だ、今の自分で在っても及ばない。



 闇が動き出す前に、更なる力を身に付けねば成らない。其の為には矢張り、神威が必要で在る。だが、神の許しがいる。



「……お兄ちゃん。そんな所で、何してるの?」



 背後から、声を掛けられた。



 振り向くと刹那が居た。



「何故、封印が解けている?」



 刹那から力を感じた。



 砂羅と共に掛けた封印の術式が、完全に消えている。刹那に封印を解く術は無い。此れまで、何も教えずに普通の暮らしをさせていた。其の命を削りながら、力を使わぬ様に。無用な危険を、避けさせる様に。全ては刹那の事を想って、掛けた封印だった。



 其の封印が、何者かに解かれている。



 一人、思い当たる者が居る。



「神楽と契約したのか?」



 無言で頷く刹那。



 香流羅の問いに、刹那は狼狽えた様子は無い。



 全てを知った上の事なのだと、香流羅は悟った。



「まぁ、良い。ならば、お前も力を付ける事だ。自分で選んだ道ならば、覚悟は出来ているんだろうな?」



 厳しくも優しい光が、香流羅の瞳には宿っていた。



 香流羅に取って、刹那は大切な妹で在った。



 護るべき大切な存在だ。




「こいつを常に、持っておけ。必ずお前の力に成る」


「此れは……?」




 小さなナイフ程の短剣だった。




「《正者のつるぎ》だ。お前の心に共鳴して、相応しい姿と成る」


「ありがとう……」




 はにかむ様に笑う刹那。



 何よりも、いとおしい存在だった。





   参





 奥深い薫りが、鼻腔を擽る。



 其の薫りを楽しむ様に、羅刹は目を閉じていた。



 優美で心地良い薫りで在った。珈琲とは、此れ程迄に心を満たしてくれる物なのかと、おごそかに感心していた。自分が生まれた時代には無い代物。奥深い薫りに羅刹はすっかり、魅了されている。



 口に含むと、味わい深い苦みが口内を満たした。



 刹那に珈琲豆を貰って以来、目覚めた時と眠る前に、珈琲を飲むのが一日の愉しみと成っていた。不思議と心が落ち着き、健やかな気持ちに成れるのだ。




「お楽しみの処、悪いけど……羅刹、魔徒が現れたわ」


「又、珈琲が冷めちまうな……」




 立ち上がり、短剣を手に取る。



 黒いコートを身に纏い羅刹は、疾走はしった。



 魔徒の気配を探る。




「処で、タリム。俺に、何か隠してるだろう?」


「あら、何の話かしら?」


とぼけるな。でかい邪気の存在に、俺が気付かないとでも思ったのか?」




 先日から、とてつもなく邪悪で強大な力を感じていた。



 只成らぬ気配に、肌が恐怖で逆立っていた。何者にも恐れを抱かない自分が、気配だけで恐怖を感じるのだ。



 只事では無い。



「今の俺に勝てるのか?」



 試す様に、タリムに問う。力の差は、問うまでも無い程に、痛感している。




「あら、随分と弱気ね。貴方の事だから、てっきりたおしに行くと思ったのにね?」


「俺も、馬鹿じゃない。無策で勝てる相手かどうかぐらいは、解っているさ」




 本心では、恐れているのかも知れない。



 生まれて初めて、感じる恐怖。其れを克服、出来ぬ内は勝てない。




「此の気配の主は一体、何者だ?」


「貴方も名前ぐらいは、聞いた事が在るでしょう。邪悪なる魔獣・タタラの名は、全ての騎士が知っているもの……」


「伝承で聞いた名だな。確か……タリムはタタラとり合った事が、在るんだろう?」


「長い歴史の中……三度、まみえたわ。其の内の二度は、契約した騎士の命を喪っている」




 其れ程迄に、タタラの力は強大なのか。



 正直な気持ちを晒すならば、まみえたくない相手で在る。




「だから、羅刹。タタラと遭遇したら、迷わず逃げるのよ……?」


「解っている。俺だって、タタラは恐い」


「なら……どうして、わらっているの?」




 羅刹は知らず知らずの内に、好戦的な笑みを浮かべていた。



 恐怖は在ったが、タタラと闘いたいと言う気持ちも在った。もしもタタラと遭遇したならば、逃げずに闘う道を選ぶだろう。其れ故に、恐いのだ。



 己よりも遥かに強い存在なのは、初めから解っている。だが、闘いたいのだ。



 恐怖と好奇心が、羅刹の内側には在った。




「とにかく今は、目先の魔徒に集中しなさい」


「解っている!」




 昂ぶる気持ちを抑えながら、羅刹は駆けた。





   肆





「早よ、金ば返さんか!」



 冴子は、女を睨み付けていた。



 女の名前は宮城静香。年齢は二十五歳。専業主婦をしていたが、重度のパチンコ依存症を拗らせている。冴子が経営するアネスト金融の客で在った。



「もう此れ以上は、ジャンプ出来んばい。利息の十万だけでも、返して貰わんと此方こっちにも、考えが在るんやが!」



 ジャンプとは、追加の貸付を受けて利息だけを返す事を言う。



 借金が雪ダルマ式に増える危険行為だ。だからこそ、冴子は女にジャンプを勧めて借金を膨れさせた。最初はたったの二万円だった借金が、今では二千万円まで膨れ上がっている。女には地方銀行で在るが、重役の席に座る旦那が居る。回収する術は、充分に在る。だが、目的は其処では無い。



「もう少しだけ、待って下さい。本当に今、お金が無いんです!」



 涙目で懇願する女に、冴子は虫酸が走った。



 ほんの少し見た目が良いだけで、今まで男に持てはやされていたのだろう。そう言った輩が、冴子は気に喰わなかった。



 客層を若くて綺麗な女に搾ったのも、女達に地獄を見せてやる為だ。地獄の底の底を、厭と謂う程に味わわせて遣る。地を這い廻る獣の様に、惨めな生涯を送らせて遣る。全てを搾取した上で、無惨な人生を全うさせて遣る。



 若くて美しい女達の不幸が、冴子に取っては極上の愉悦と成る。だからこそ、女を破綻させるのだ。



「なら、風俗を紹介してやるたい。男の下半身ば、喜ばせてやるだけやが。好きやろうもん?」



 いやしい笑みを張り付けて、冴子は女に問い詰める。女衒ぜげんは此の業界では、別に珍しい事では無い。尤も冴子が斡旋する業者は、悪徳な輩だ。本番行為を強要している。避妊をわざとさせずに、旦那と揉めさせるのが目的だ。女の人生を破綻させる事が、冴子に取っては最優先事項と成っている。想像するだけで、笑いが込み上げて来る。



 周囲の男達も、同じ様に嗤っていた。



 事務所には冴子と女以外に、三人の男達が居た。皆、一様に厳つい顔をしていた。金の前では獰猛な男達ですら、従順な獣と化す。今の自分には、全てが意の儘に働くのだ。




「そんな事をしたら、旦那に殺されてしまいます。勘弁して下さい!」


「なら、良か。旦那に取り立てに行けば、良い事やが!」




 大抵の女は、其の一言で謂う事を聞く。




「そんな事されたら、困ります!」


「なら、さっさと金ば返さんか。ウチらも、商売にならんたい!」




 俯いてむせび泣く女。本当に、虫酸が走る。殺してしまいたい衝動を抑えて、冴子は煙草に火をつけた。メンソールの薫りが、鼻腔を擽る。紫煙を女の顔に吹き掛けながら、睨み附ける。女が落ち着く迄、待って遣る心算など無い。此処では自分がルールだ。



 誰にも、曲げさせる気は無い。



「泣くな。さっさと、決断せんか。風俗で働くんか、旦那に泣き付くんか。どっちか、決めんか!」



 契約書を突き付けながら、冴子は悪魔の様に囁いた。



 暫くの沈黙。



 女は遂に観念したのか、弱々しい声音で呟いた。



「……働きます」



 其の言葉を聞いて、冴子は嬉々とした表情を浮かべた。



 ……と、其の時だった。



 事務所の扉が、乱暴に開け放たれた。



「何だ、てめぇ……!」



 叫ぶ男。



 顔に傷の在る少年が、其処に居た。



 ――全く、忌々しい戦騎騎士だ。




「――どけ。お前に用は無い」


「何だと、此の糞ガキが!」



 少年に殴り掛かる男。



 難無く躱され、足払いを受けて派手に転んでいた。全く不甲斐の無い。結局は、誰も当てには出来ないのだ。




「坊や、ウチは金貸したい。返済能力の無いガキには、用はなか!」


「魔徒のお前には、金なんて必要ない!」




 短剣で斬り掛かって来た。椅子を蹴り上げて、少年を遮る。少年は、椅子を斬り払った。



 冴子は横に飛んで、ナイフを投げ放っている。



 左腕に突き刺さるナイフ。其れを見て、冴子は高笑いを上げていた。



「確かに、貸し付けたばいッ!!」



 そして、全速力で逃走した。



「逃がすか!」



 後を追う少年に、男達が掴み掛かる。



 従業員達は既に、死者と成っている。



 冴子の意の儘に動く傀儡だ。



 大した戦力には成らないが、足止めぐらいには使えるだろう。時間を稼ぎさえすれば、勝てるのだ。冴子はそう謂った能力を、身に附けている。譬え騎士とて、自分の課すルールからは逃れられない。





   伍





「久し振りだな、姉さん」



 穏やかな表情を浮かべて、香流羅は砂羅を見た。



「どうやら、禁忌の術を会得した様ね?」



 険しい表情をする砂羅。



 無理も無い。



 今の自分は、危険と常に隣り合わせの処に居る。力を得た代わりに一歩、間違えれば闇に墜ちてしまう。そうなれば恐らく、砂羅は自分を斬るだろう。其れだけの力も、砂羅は有している。




「言いたい事は、解っている。だが、俺達には力が要る。そうだろう?」


ああ。其の通りだ。だからこそ、己を見失うな……香流羅」




 砂羅の其の瞳には、哀しみの光が宿っている。



 十数年前、幼い自分達の前で母は殺された。



 闇に墜ちた騎士の手に依ってだ。



 力を抑え切れなければ、自分もそうなるかも知れない。



 其の事は重々、承知の上だ。



 決して自分は、闇には染まらない。愛する姉と妹を、必ず護り抜いてみせる。




「姉さん達を護れるならば、俺は修羅の道をこう。必ず俺は、強く成ってみせる」


「だったら、お兄ちゃん。羅刹ともいがみ合わずに、協力しようよ」




 刹那が割り込んで来た。




「其れは、出来ない」


「どうして?」


「《禍人の血族》と戦騎騎士は、互いに相容れない存在だからだ」


「そんな事ない。現に私は、羅刹と打ち解けてるじゃない!」


「其れは、お前が特別だからだ。其れに……俺には、戦騎騎士を許す事が出来ん!」




 脳裏に蘇る記憶を押し込めて、必死に冷静さを保った。



 ――忌々しい記憶。禍々しい凶刃。舞い散る血飛沫の中、母は騎士に抱かれて死んだ。幼い自分と砂羅は、何も出来ずに見ている事しか出来なかった。そんな自分が何よりも憎かった。弱い自分が、決して赦せない。



 だからこそ、自分は強く成らなければ為らない。



「待って……お兄ちゃん!」



 立ち去る香流羅を、追い掛ける刹那。



「帰って来て早々、落ち着きの無い子ね」



 溜め息混じりに、砂羅が呟いた。





   陸





「ガルムよ。此処は一体、何処だ。現世ではないのか?」



 戌咬出狗いぬがみいずくは戸惑っていた。



 漸く【闇の牢獄】を、暗黒戦騎ガルムと共に破る事が出来たと言うのに。漸く現世に舞い戻ったと思ったのに、目の前の光景は、不可思議で溢れ返っている。見た事も無い様な建物が聳え立っていた。



 無数の鉄の塊が、町を走っている。町行く人々は、見慣れぬ衣服に身を纏い。手には、奇怪な板を持っている。



 此処は一体、何処なのだ。自分の識る現世とは、余りにも掛け離れている。



「間違いなく、此処は現世だ。出狗よ、お前には人々の闇が見えぬか。時が変われば、人の世は変わる。しかし、人の闇までは変わらぬ」



 饒舌に、ガルムが応える。自分を闇から抜け出し、此処まで導いてくれた。其のガルムの言葉を疑う訳では無いが、出狗は呆気に取られていた。其れ程までに、現世は様変わりしていた。



 此の世界の何処かに、羅刹が居る筈だ。地獄で閻魔大王が、羅刹に言い渡した裁きを聞いていたから間違いない。戦騎騎士として、罪を償う為に羅刹は現世に蘇っている。尤も魔徒に討たれていれば、話は別だが簡単にくたばる奴ではない。



 そう易々と、くたばられては困る。



 自分は羅刹を殺す為に、現世に蘇ったのだ。



「其れにしても、此の強い邪気の持ち主は……一体、何者だ?」



 途轍とてつもなく強大な気配を感じていた。心の奥底から恐怖を掻き立て様とする程に、邪悪な闇が肌へと侵食しようとしている。



 真面まともり合っても、勝ちの目は薄い。



「邪悪なる魔獣・タタラ。其の名ぐらいは、聞いた事が在るだろう?」



 突然、背後から声がした。



 気配は全く、感じられなかった。



「お前、何者だ?」



 不敵に笑う男。



 異様に高い背。鍛え上げられた体躯。金色の長髪。其の身からは、圧し潰されそうな程の威圧プレッシャーを感じた。自分と同じく戦騎騎士で在る事は、間違い無い。為らば、闘いは避けられない。




「不味いな、出狗。全力で、逃げろ!」


「四百年振りに、剣を振るう機会が訪れたんだ。其れも此れだけの上玉。逃げるのは、勿体ない!」




 其の顔を狂喜に染めながら、出狗は抜刀していた。久しい刀身の重みが、何処か心地良く懐かしい。再び剣を握る悦びに、心が滾る。闇が出狗を怪しく鈍く照らして往く。獣の様に、静かに押し殺した息遣い。呼吸を読むのは、至極困難だ。出狗から先を奪う事が、困難を極める事を意味している。



 短刀二刀を構えながら、出狗は男を窺う。獣の本能が、警告している。肌を死の気配が纏わり附いている。先に動くのは得策では無かった。出狗は元々、後の先を取るのを得意としている。



 格上の相手と相対するのは、初めてでは無い。出狗の心は、静かに弾んでいた。 




「其の男の名は、夷蕗竟いぶききょう。最強の騎士だ。闘うのならば、我を喚装しろ」


「ほう。此奴こいつが、話しに聞く《金獅子》か。ならば、ガルム。喚装だ!」




 出狗の身体を、禍々しい程の黒い鎧が包み込んだ。暗黒に染まった獅子のレリーフが、禍々しく嗤う。



 出狗が纏いし戦騎は、暗黒戦騎ガルム。曾て最強と称された二対の戦騎の一つで在る。




「凄いな小僧。鎧に喰われていないのか。俺の目的は、暗黒戦騎ガルムを斬る事だ。小僧……鎧を置いて去れば、見逃してやるぞ?」


「嘗めてるのか、貴様。咬み殺してやる!」




 安い挑発で在ったが、出狗は動いていた。



 前傾姿勢の構えから、男に飛び掛かる。短刀二刀流に依る上下段への斬撃を放っていた。



はやいな。其れに、斬撃が重い」



 男は一本のナイフで、出狗の攻撃を往なしていた。



「……竟。仮にも我が兄者を相手に、ナイフ一本では足許を掬われるぞ?」



 男の戦騎らしき声が聞こえた。



「そうだったな、レオン。小僧の戦騎は、お前とは兄弟分。なら、此方も喚装といこう!」



 男の身を金色の光が包んだ。



 金色に輝く鎧には、荘厳な獅子のレリーフが刻まれていた。其のレリーフが、何処かガルムのレリーフと似ている。




「ガルム、どういう事だ?」


「知れた事よ。奴の纏う金獅子戦騎レオンは、此のガルムの弟。奴等は強いぞ」




 男は腰に差した大剣を、引き抜いていた。



 優雅に構えながら、此方を見据えている。



「来るぞ!」



 ガルムが声を発した時には、既に男は突進を始めていた。



 出狗は極界から、暗黒の炎を召喚して身構える。大柄な男の見掛けからは想像も付かぬ程、素早い動きで間合いを詰めて来た。



 男の斬撃が、出狗の頭部を捉える。完全に男の間合いの内に居る。



 大剣が、出狗を両断した。



 其の刹那、炎の揺らめきと共に、出狗の姿は消えた。炎の陽炎かぎろいは、鬼火の様に唐突に姿を現した。



 ――完全に背後を捉えている。【糸游】を駆使して、間合いを制する事に成功した。此の気を逃せば、勝機は無い。



 右の太刀を、男の背に叩き衝ける。



 だが、振り向き様に大剣の柄で受けられた。構わず左の太刀を、下段から放った。其れも防がれる。尚も連続して、斬撃を放つ。出狗の剣撃は、決して軽い物では無い。速く重い刃は、受ける者の身体を大きく揺さぶり続ける。



 上下左右と縦横無尽に放たれた連撃。其の速度は、目で捉えられる物では無かった。



 出狗の剣は、まるで獰猛な獣の様で在る。故に其の剣は、獣刃じゅうじんと名付けられた。



「ぬるいッ!」



 僅かな隙を突いて、男は大剣を放った。



 出狗の剣は弾かれ、大きな隙が生まれた。



「終わりだ……小僧!」



 大剣の追撃が、出狗の身体を捉える。





   漆





「不味いわね……」



 タリムの声が、苛立ちに拍車を掛けた。



 左腕に力が、全く入らなかった。ナイフを受けた時は、大した傷では無かった。其れなのに、出血が止まらない。赤黒く変色して、どんどん悪化して往く。こんな事は初めてで在った。毒や呪いの類いでは無い。



 此の儘では、死に至る。此れ以上に悪化する為らば、腕を斬り落とさなければ為らない。




「どうやら……やっこさんの能力は《貸付》みたいよ。受けたダメージを返さなければ、利息が付く様ね」


やつを斬らないと、傷の悪化は止まらないと謂う訳か……」




 魔徒を追いながら、羅刹は焦りを感じていた。



「タリム。喚装して、奴を追うぞ!」



 戦騎の羽根を広げて、羅刹は飛んだ。



 飛行には通常よりも力が消費される為、喚装していられる時間が極端に短く成る。猶予は余り無い。



 魔徒との距離を、一気に詰める。既に相手は、鬼神化していた。



「せからしかッ!」



 二本のナイフを、投げ放つ魔徒。



 剣で薙ぎ払う。だが三本目のナイフで、右腕を斬り付けられた。



「其の両腕ば、貰うけん。覚悟しんしゃい!」



 構わず魔徒に、斬り掛かる。



 剣先には炎を宿していた。羅刹の刃が、魔徒の胴を捉える。……が、ダメージには繋がらなかった。



 平然とした表情で、反撃をする魔徒。



 醜く肥大化した身体から、複数のナイフを飛ばして来た。



 虚を突かれて、羅刹は咄嗟に防御体勢を執っていた。全身をナイフが、五月雨さみだれの如く襲う。



 ナイフを躱し、払うが、其の内の何本かが羅刹の身体に突き刺さる。



 全身に痛みを感じた。此の儘では不味かった。




「何故、攻撃が効かない?」


「貴方が受けたダメージを、相手に返さなければ無駄みたいね。本当に厄介な相手だわ……」




 魔徒は又、距離を置こうと逃走を始めていた。



 攻撃と退避ヒット・アンド・アウェイを繰り返して、此方が自滅するのを待つ心算の様だった。



 長期戦に成れば、羅刹に勝ちの目は無かった。受けたダメージの利息が貯まって、死に至ってしまう。其れに、戦騎を喚装していられる時間も、既に残り僅かだ。



 非常に苦しい展開で在った。焦りが羅刹の心を、秘めやかに撫で附けている。死のイメージが、羅刹の脳裏を残酷に抉り取って往く。此の儘では本当に、不味かった。策も時間も、皆無と謂うしか無い。



 所謂、絶体絶命の危機で在る。



「此の程度の相手に、何を梃子摺てこずっている?」



 冷酷な声音が、背後から聞こえて来た。其の声に、敵意は感じられなかった。



 振り向くと、其処には香流羅が居た。意外で在った。



 雰囲気が、以前とは異なっている。其れに全身を纏う氣の密度が、段違いに濃く成っていた。明らかに、以前よりも強く成っている。




「青丸、奴を討つぞ!」


「イエッサーッ!」




 香流羅の声に呼応して、青白い光の鷹が出現した。



 香流羅の使役する霊獣は、周囲の氣を取り込んで、みるみると巨大化していった。



 巨大化を続けながら、魔徒の元へと凄まじい速度で飛行している。



「人に仇為す魔徒は、此の俺が討ち滅ぼしてやる!」



 鷹の霊獣が、魔徒を撃ち貫いていた。



 音も無く、魔徒が消滅した。



「戦騎騎士など、必要ない!」



 小太刀の切尖きっさきを、羅刹に突き付ける。



 香流羅に向けられた眼差しは、相変わらず憎しみに染まっていた。



 手負いで勝てる程、今の香流羅は甘くは無かった。



「だが……今回は、見逃してやる。此の間の借りが、在るからな」



 小太刀を納める香流羅。




「後悔する事に成るぞ?」


「今、お前を斬れば、彼奴あいつに嫌われる」



 微かに、香流羅が笑った様に見えた。



 少し先の方から、刹那が駆け寄って来る。



「其れは、不味いな……」



 羅刹は、苦笑いを浮かべていた。奇妙な感覚で在った。



 憎しみが消えた訳ではないが、其れ以外の感情を共に共有している。其れは、刹那へと向けられた想いで在る。護りたい者が、互いの利害を結び附けているのだ。



「だが、忘れるな。いずれ、決着は付ける。必ずだ!」



 香流羅は去っていった。



 何れは、死合う定めに在るのかも知れない。戦騎騎士と《禍人の血族》の間柄は元来、そう謂った物なのだから仕方が無い。



 ――仕方が無いのは理解わかっている。



 羅刹は刹那を見ながら、短剣を納めていた。





   捌





 大剣が出狗の身体を捉える寸前で、竟の身体は弾き飛ばされた。突如として現れた女の飛び蹴りを、今日は真面に受けていた。



「危ない処だったねぇ!」



 出狗に駆け寄る女。



 全く面識の無い女だった。だが、人懐っこい笑みを向けている。自然と、警戒が緩んでしまいそうになる。



其奴そやつを連れて、逃げるのじゃ。今、ガルムを喪えば……我々の計画は、大きく狂う事と成る」



 出狗の前方には、小柄な老人が胡坐を掻いて宙に浮かんでいた。



 気配からは、其の力を推し測れない。



「はぁ~い、老師!」



 どうやら、女と老人は師弟関係に在る様だった。



「矢張り、お前等が絡んでいたか」



 竟が、老人を睨み付けながら言った。




皇渦陸仙おうかろくせんと暗黒戦騎ガルム。同時に相手取るのは、流石に不味いな」


「馬鹿を申すな。御主は……最強の名を、欲しい儘にしとる。戦力的には、未だ未だ足りておらぬぐらいだ」




 何時の間にか、周囲を無数の人影が囲んでいた。



 まるで気配を持たなかった。



「《嘲りの鉈椰九しゃなく》に其処まで言われるとは、光栄だな」



 竟は、余裕の表情を浮かべていた。



「死者を使うとは、お前等も随分、人手不足の様だな」



 辺りを見廻す竟を、出狗は睨み続けた。



「そんな顔をしなくても、ちゃんと斬ってやるさ」



 竟が何かを投げて、此方へ歩み寄って来た。其の刹那、周囲の死者達の首が飛んだ。力無く倒れる死者達。



 投げられた武器が、持ち主の元へと帰っていく。どうやら、円月輪の様だ。



「役に立たない駒だったな?」



 小馬鹿にした様に、老人を見る。



「そうでもない」



 刹那、邪悪な気配が現れた。



 死者達が、魔徒と成って蘇っていた。どう謂う理屈なのか、老人は魔徒を操っている。



「御主の相手は、其奴等そやつらがしてくれる」



 竟に襲い掛かる魔徒達。



「流石に、数が多いな。こいつは、骨が折れそうだ」



 言葉の割には、余裕そうな表情で在った。



 竟の両側から、二つの影が近付いて来る。円月輪を両手に投げて、後方に飛んだ。



 二体の魔徒が、飛散していった。



「さぁ、今の内に逃げるわよ!」



 女が出狗に笑い掛ける。



 自分と年恰好は、余り変わらない。可愛らしい顔をしていた。人の気配を、感じなかった。



「出狗よ。此処は一旦、退いた方が良策の様だ」



 逃げる様に、促すガルム。



「解っている!」


 苛立ちながらも、其の言葉に従う。



 《金獅子》――夷蕗竟。



 其の名は、憶えた。



 次に相手取った時は、必ず斬ってやる。






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