第3話 御前会議...そして不安...
会議室にて
「本日はありがとうございました。これにて御前会議を終了といたします。」
杉内がそう言うと各大臣たちは部屋をあとにした。
杉内が最後に立ち上がろうとしたとき、優しくもどこか威厳を感じさせる、しかし決して威圧的ではない声が杉内の耳を触った。
「杉内、少し話がしたい...良いか?」
杉内はその声がした方を向き、最敬礼をした。
なぜなら裕仁天皇陛下であった。
「陛下、お変わりなく、安心しました。して、お話とは一体どうされましたか?」
その問いに対し、陛下は「其方の政策は実に素晴らしかった。賞賛しよう。しかし、気になることがある。」
「この杉内になんなりとお申し付けください。」
「これは私の個人的な質問だ。だからありのままに答えてほしい。其方にはこの世界がどう見えている?」
「はい、僭越ながらに申し上げますと...」杉内は冷や汗をかきながら固唾を飲み込んで
「先の御前会議で話した政策を実行しなかった場合...日本は破滅の未来を辿っていたでしょう。事実、陸軍の皇道派はなんとか大人しくさせることができましたが、それも彼らは彼らなりにこの国をなんとかしようと言う気持ちがありました。また、満州事変が起きたことで、最悪中国との戦争になりかねませんし、加えてアメリカが文句をつけてきたことから、国民や軍の中には対米戦を唱えるものも出てきているのも事実です。なんの準備もできぬまま、戦争ともなれば必然的に負けてしまいます。」
「これは驚いた。かなり具体的だな杉内。まるで未来を知っているかのようだ」
その言葉を聞いた杉内は一瞬背筋が凍るような思いをしながらも「いえ、今までの歴史から学んだことを活かした結果、そうなると予測しただけですので、どうかご理解いただければと...」
「そうか...ありがとう...其方と話せてよかった。また話せたら話したい。」
「ありがたきお言葉、ありがたきお誘い、感謝いたします。」
その後、官邸に戻った杉内はソファに深く腰掛け、ぐでんとしていた。
「よっ、首相!どうした?」
「水野...陛下と話を...」
「大丈夫か?かなり気を遣っただろ。無理もないさ。ただ陛下も思うところはあるのだろう。まあ、これでも飲んでくれ。僕の秘書が淹れてくれたんだ。」
「コーヒーか、ありがとう。そういえば統治のほうはどうなっている?」
「ああ、依然滞りなく...だな!特高や特務機関を使っての情報収集もできてる。」
彼は疲れ切りながらも安心した顔をして「ありがとう、感謝する。」と答えた。
そのとき、ドアの方からノックが聞こえた。
「どうぞ」杉内が入室を許可した。
「失礼します」
「ああ、重光君か。どうしたいんだい?」
「ええ、満州政府と蒙古政府との交渉の場が準備できました。」
「感謝する。日満蒙経済圏が上手くいけば、この経済圏をアジア全体に波及させたい。それに今は日満蒙三カ国だけだが、いずれはアジアに属する国々と手を結び、ともに繁栄したいとも考えている。」
杉内はアジアの未来のビジョンについて軽く語った。
「総理...中東の国々についてはどうお考えでしょうか?」
重光が尋ねる。
「できれば、私の構想では中東の国々も含めてともに発展・繁栄したい考えだ。だが中東は色々と面倒でね。特に欧州の利権や既得権益が跋扈している。それに厄介な国が北にある...」
「ソビエトですね...欧州方面はドイツがドイツが防波堤の役割を担っているように見えますが...それにアジアの東側はともかく、中東方面は...」
「ああ、そこで君に一つ頼みがある。僕とともにイランへ行かないか?
「イランですか...なぜです?」
「イランは今、パフラヴィー陛下による国としての発展が凄まじい。でなるならば、我が国も支援をして、赤い津波の防波堤としての役割を大きくさせたい。それに同じアジアの国ならば、なおさらだ。」
「なるほど、それに経済と軍事、両方で同盟を結めば...」
「そういうわけだ。それともう一カ国、用がある。」
杉内は神妙な面持ちで言った。
「どこなんだ?」
水野は疑問をぶつける。
「チベットだよ。チベットに独立保証をかけようと思ってな。」
「なるほどね...チベットね...まあたしかに中国と戦火を交えたとき、重要だしな。それに近代化を進めてるらしいし。」
「ああ、今は構想の段階だが、アジア全域を対象にした巨大経済圏の中で、チベット、中国、蒙古を繋ぐ鉄道の敷設も考えている。」
「むむ、悪くはない。ただ中国がチベットに攻め込んだとき、独立保証を口実に中国と戦火を交えることになるぞ。」
「水野...あまり戦争はしたくない...穏便に済めばと思ってる...」
杉内はどこか不安そうな表情で虚空を見つめながら言った。




