第19話 とある日本の戦闘機とデリーの戦況
人必ず自ら侮りて然る後に人これを侮る
-孟子
デリー上空にて
「なんだあの戦闘機は⁈おい!返事しろ!」
英国のパイロットが友軍機に無線で呼びかける。
しかし、ジリッ、ジリッと音がするだけで返答はない。
「ちくしょう!」彼はそう言って操縦桿を握った拳で叩いた。
彼は例の日本の戦闘機を見た時、驚愕した。
なぜなら、背後を取っていたはずなのにいつのまにか視界から消えていた。
違う...宙返りしていた、と彼は思い出し、震えた。
おそるおそる背後を見ると、彼は死を覚悟した。
助かったとしても、自分が搭乗している機体は撃墜される。
彼は振り払おうと、操縦桿を右に傾け、右寄りに急降下を開始した。
しかし日本のとある戦闘機もそれに合わせて降下する。
次の瞬間、数発のカンカンという音ともに、彼は理解した。
垂直尾翼と昇降舵が破壊されたことを...
彼は急いで緊急脱出した。パラシュートにぶら下りながら彼が最後に見た光景、それは自分が手足のように操っていたスピットファイアが、煙と申し訳程度の炎を吹きながら、墜落していく様子だった。
周りも同様の光景が広がっていた。
天空のあちらこちらで、黒煙が上り、味方機が次々と撃墜されていく。
その頃、帝都東京にて、とある三人が会話をしていた。
「デリーの戦いで、零式艦上戦闘機を運用とは...」
石原莞爾が落ち着き払った様子で話す。
「ええ、本来であれば海の上空での戦闘を想定していますが、試しに投入してみたところ、かなりの戦果をあげていると...」
杉内が返す。
「海軍としては、零戦の初披露でこれだけの戦果を出せたことを嬉しく思います。仮にアメリカと戦争になったとしても、ある程度零戦で対処は可能かと...」
山本五十六が少し訝しんだ。
知米でもある彼にとって、アメリカという国がいかに強大であるかを知っていた。
「一つ申し上げるとするならば、ソビエトに対しては、日本とドイツでどうにかできる、勝てるだろう...しかしアメリカとなればそうはいくまい。あの国は、たった1カ国で世界を相手に戦争できる。」
山本海相が神妙な面持ちでいった。
すると杉内が
「同感です。だからこそ、奇襲による出鼻くじきと、短期決戦に持ち込む必要があるんです。」
山本海相が「ああ、アメリカだけはダメだ。今のところ、貴殿は対米戦を回避しようと尽力されているが...」
その様子を石原莞爾は複雑そうな顔で見ていた。
彼の著書『世界最終戦争論』
そのシナリオの一つに、日本とアメリカという二つの大国がぶつかるというものがあった。
それと同時に彼の脳裏をよぎったもの。それは自分亡きあとの満州国と関東軍だった。
今はいい。だが石原莞爾は、自身が思う以上に、関東軍と陸軍の暴発、暴走を止めることができる抑止力的存在であった。
1940年1月15日、帝都東京にデリー陥落の一方が届いた。
これにより、日本は1939年9月から始まった三つの作戦を完遂した。




