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第一話 杉内、首相ニ就任ス

1936年1月、寒風吹く帝都にて、杉内は内閣総理大臣に任命された。


彼が内閣の面々を揃えるにあたり、色々と頭を悩ませ、足りない頭脳をフル活用して編み出した。


そして彼は考え筆を走らせる。内閣総理大臣の欄には自分の名前を...そして副総理の欄も自分の名前を走らせる。


内務大臣...そういえばと考えた彼は水野岳を思い起こす。彼は若い心に特高を、そしてつい最近まで警視総監をやっていた。


そうならばと考え、彼は水野の名前を書いていく。国家の安寧、そして国体護持のために、彼は大役を全うしてくれるだろう。


次に陸軍大臣について。そこには満州から呼び出し、交渉の末に彼に就いてもらうことにした。


石原莞爾...彼なら適任だろうと。


海軍大臣については無論、この人しかいない。山本五十六である。


アメリカにも精通している彼なら、もし今後日米関係悪化に伴う日米間の戦争になったとしても、ある程度相手の意表をつける作戦を立案できると踏んでのことだった。


そして商工大臣と大蔵大臣についてだが、これも無論決まっている。


高橋是清...彼以外考えられないだろう。なぜなら彼はあの世界恐慌から日本を救う策を講じた、ある意味日本経済の救世主的な人物だった。


では外務大臣はどうか...そうだ、彼ならきっと活躍してくれるに違いない。


そう考えた杉内は『重光葵』の名前を書き込んだ。


農林大臣は重要だ。なぜなら食料=国家の燃料だ。


いくら優れた航空機や自動車だろうと、燃料がなければただの鉄の塊だ。


政府は国民を食わせなければならない。飢えさせてはならない。


杉内はソ連の現状を理解していた。工業化を推し進めた結果起きた末路、あるいは農業を疎かにした行く末が今のソ連だと...


収穫された食料のほとんどはモスクワへ運ばれ、肥沃で農業が盛んだったウクライナはもはや飢餓地獄そのものであると杉内は知っていた。


そこで最適任を彼は見出した。


そうか...彼なら良いだろう...杉内は試験で正答率が最も低い難問を正解したかのような高揚感で筆を滑らせ、とある人物の名前を書き出した。


『稲塚権次郎』


『小麦農林10号』を開発し、飢饉から国民を救った食料問題の英雄にしてその立役者。


では次は文部大臣だが、これも決まっている。そう、彼に内定しよう。


そう言って筆を滑らせながら『松浦鎮二郎』の名前を記入した。


ああそうだ。肝心なことを忘れていた。法を司る者も慎重に選ばなくては...だがこれも決めていた。かねてよりだが。


『林頼三郎』刑法学者や検事総長を経験し、今家大審院のトップだ。ならば彼なら適任だろう。


おおかた決まった。筆を一旦置くと、ふぅと一息をついた。窓に目をやれば雪が深々と降っている。


これからだ。この国家の、祖国日本の破滅的な末路を回避せねばならない。


5分ほどして、彼は一人で陸軍省へ赴いた。


応接室...そこには立派な軍服に身を包み、いかにも威厳漂うヒゲを蓄えた漢が一人、立ち上がって杉内を出迎えた。


「どうぞ」と言って座るよう促したのは荒木貞夫。陸軍大将にして、陸軍皇道派のトップである。


杉内は「本日はお忙しい中、お時間を割いていただきありがとうございます。」と挨拶をし、ソファに腰掛けた。


杉内は背筋を伸ばしメモ帳と鉛筆を取り出して話を切り出した。


「ええ、実は今日、ここにきたのはあなたに聞きたいことがあって来たのです。特務機関と特高から聞いた情報ですが...」


そこまで言って杉内は低い声色に変えて「皇道派がクーデターを画策してるというのは本当ですか?」


すると荒木は虚を突かれたような表情で「なんのことです?少なくとも私はそんなことは考えたことはありません。たしかに天皇陛下による親政は行うべきと考えてはいますが...」


と答えた。


「あなたが知らないのは無理もないでしょう。しかし自身の部下をコントロールできないのは上に立つ者としてどうかと思いますが...」


荒木ははっとして、驚いた表情を見せる。しかし杉内は続ける。


「ですが彼らの気持ちがわからない、というわけではないのです。彼らは聞いていたのでしょう。農村の悲惨な実態を...そして共産主義に共鳴する者や宇垣軍縮による肥大しすぎた不平不満...もし私も同じ立場なら彼らと同じことを考えていたでしょう。」


荒木は自身の部下の気持ちを汲み取り、理解を示してくれた杉内に対し、少しだけ好感を覚えた。


「はい、おっしゃる通りです。彼らも苦しいのです。軍縮による昇進の遅れや自分たちが生まれ育った農村の悲惨な現状、自分の暮らしも、家族や友人たちの暮らしも、苦しいのです。」


「そうでしたか...ですが私がもし政権を握った暁には彼らを救って見せましょう!ですから荒木閣下、どうか部下を思いとどまらせていただけませんか?お願いします」杉内は立ち上がったかと思うと、深々と頭を荒木に向かって下げた。


すると荒木は「杉内さん!どうか頭を上げてください。彼らは絶対に思いとどまらせますので!」


杉内は頭をあげ「ありがとうございます!成功した暁には陸軍元帥に昇格させることを約束いたしましょう!」


そう約束を取り付け、陸軍省を後にした。


皇道派はとうとう大きな動きを見せることなく大人しくしていた。


1936年の3月上旬、岡田内閣が総辞職。理由は議席を減らしたことによる責任からだというが真相は不明である。


ほどなくして、錚々たるメンツが揃った杉内内閣が発足。


彼に待ち受けるのは途方もない重大な任務と言って差し支えないものだった。

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