第10話 因縁の武漢
強い者に食い殺されるのは弱い者の宿命だ。
-オットー・フォン・ビスマルク
南京郊外へ早々と到着した共産党軍であったが、南京には日本軍はおろか、関東軍すら存在しなかった。
「おいおい、一体どうなってやがる...いや、郊外だからこそいないのか?」
1人の兵士がそう言うと、もう1人が強く言い放った。
「そんなわけないだろ!ここから南京中心部まで10キロしかないんだぞ!」
「言われてみればたしかに...南京中心部にいるんじゃないの?」
「うむ、有り得なくもない話だな。中心部へ近づいているというのに、敵の1人も出てこないとは...肩透かしを食らった感すらあるぞ。」
その時、西の方向から鋼の塊が、轟音を立てて飛んでくる。
そしてそれを兵士たちが、日本の陸攻機だと理解したのは、機銃掃射が始まってすぐのことだった。
「日本軍の奇襲だ!対空砲だ!おい!対空砲は⁈」
共産党軍はてんやわんやしながら、対空砲の準備に取り掛かる。
しかし、あまりの突然の出来事に統率が取れておらず、それどころか、今度は北からやってきた増援の日本の陸攻機が次々と爆弾を投下。
対空砲が破壊されたのみならず、付近の火薬などに引火し、轟音とともに共産党軍を吹き飛ばしてしまった。
「うぐぐ...ちくしょう...どうなってやがる」
裂傷と血まみれになった1人の兵士が徐に立ち上がると、そこは地獄絵図と化していた。
仲間たちは皆、地に伏せ、銃剣は地面に突き刺さり、血と死体と武器が地面に散乱していた。
中には体の一部を失った遺体さえあったという。
遺体のほとんどは自分たちの仲間のもので、日本軍がいかに凄まじい猛攻を仕掛けたが嫌というほど、現実が理解させてくる。
そして自分たちが誘引されていたことも理解した。
1人の兵士、袁は近くの動かせそうである軍用バイクに跨ると、エンジンをかけて武漢へ戻った。
(やばいぞ!気を失っている間に...いや、武漢はどうなっている!)
それから袁が武漢へ到着したのは二日後のことだった。
到着し、バイクから降りた袁は口を大きく、あんぐりと開けて
「うそ...だろ...」
握力が一気に失われたように、銃や小さいバッグを手放してしまった。
なぜなら、すでに日本軍による軍政が敷かれていた。
もはや1人でどうこうできるものではない。
2個師団ほどいたはずの共産党軍はすでに壊滅しており、加えて生き残ったものでさえ、ほとんどが捕虜となっていた。
彼がここに来る前、武漢にて激しい戦闘があった。
正確にいえば、一方的な虐殺とも言えた。
「くそっ!また撃たれた!おい!しっかり...」
言い終える前に撃たれる。
次から次へと、最近の機関銃やライフルを所有をする日本陸軍にやられていく。
しかもここにいるのは主力ではない。
最低限武漢を守るための二個師団にすぎない。
ましてや南京奪還へ向かった主力は壊滅してしまった。
一方、帝都東京では、一連の大戦果が報告されていた。
「ここまで来たらあとは、どこで講和をするか、そして誰と講和会議をし、どこの国に仲介を頼むか...」
杉内は1人で悩み、考えていた。
とはいえ、蒋介石は生きて捕虜になっていただけなので、どうにか講和はできるかもしれないとは考えていた。
そして、杉内は電話を取り、ダイヤルを回してとある人物へ電話をかけた。
「お疲れ様です、杉内です」




