表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
六章 吹き抜ける風
96/240

096 図書塔・厚生委員・人間

 その日の昼休憩、魔術実践の授業をおえりメアがレオゥと食堂で昼食を取っていると、クァトラとリーメスが話しかけてきた。

「やあやあメア君。お隣良いかな」

「あっ、リーメス先輩、とクァトラ先輩。どうぞ。空いてます」

 いつものようにそう答えると、リーメスはメアの横に座って囁いてきた。

「毎回思うけど、私よりクァトラの名前を先に呼んだ方が良いよ?」

「そうなんですか? リーメス先輩が話しかけてくれてるのにですか?」

「うん。絶対。絶対ね。次から気を付けてね」

「はあ。わかりました?」

「リーメス。なにこそこそしてるの。メアに変なこと吹き込まないでよ」

 クァトラの睨むような目つきにリーメスは不敵な笑みを浮かべることで応えた。そして、リーメスは靴のつま先で正面に座ったクァトラの膝をつつく。

「まあまあ嫉妬しないで。そんなことよりクァトラ、メア君に話あるんでしょ。先に言っとけば?」

 クァトラはつま先でリーメスの脛を蹴り返し、小さく悲鳴を上げたリーメスを。

「メア、今日これから空いてる?」

「はい。俺はもう今日は午後の授業はないです。レオゥは調合学受けてるんだっけ?」

「まあな。って俺の話は良いだろ」

「そう。ならちょうどいいわ。今日の午後、厚生委員の仕事があるから、ご飯食べたら図書塔に行きましょう」

 図書塔は立ち入り禁止のはず。そう疑問を浮かべるメアに対し、クァトラは苦笑いした。

「図書塔に入り浸ってる本の虫たちは一日も我慢できないみたいで、図書塔が使えないことに猛抗議が来てるの。それで矛先がなぜか厚生委員に向いてね、調停委員とか担当の先生とかが色々調整した結果、私たちが警備をすることで図書塔を短時間解放することになりました。そういうことです」

 メアとレオゥは顔を見合わせたが、その反応は対照的だった。無表情ながらも首を傾げているレオゥと深く納得した表情のメア。レオゥの疑問は尤もなもので、それくらい我慢できないのかといったもの。一方、メアの納得はそれに対する答えだ。メアは気になることがあれば図書塔に行って調べ物をしているので、図書塔に入り浸っている生徒がどのような生徒かをよく知っている。よく言えば勤勉で熱心。悪く言えば、書物中毒患者。

 メアの反応で疑問に対する答えをうっすら想像しつつ、レオゥはもう一つの疑問を口にした。

「警備は調停委員とかの方がいいのでは?」

「……調停委員は、先生と一緒に各所の警戒に当たってるため、人手が足りないらしいのよ」

「それにクァトラがいれば図書塔は絶対安全だからね! 厚生委員は生徒の学業を補佐するのが役目。厚生委員の仕事の範囲内」

「なるほど。クァトラ先輩を警備に引きずり出すための名目ですか」

 すべてを理解したレオゥは深くうなずいた。

 そのことに言われて初めて気づいたクァトラはリーメスの方を睨むが、リーメスは口笛を吹きながら視線を逸らした。二人の机の下での攻防がやや激しくなるが、リーメスがすっと椅子を引けばもうクァトラの足の攻撃範囲外。クァトラは恨めしそうな表情で食事中ずっとリーメスを睨み続けた。

 レオゥは一足先に食事を終えると、先に寮に戻っていった。メアはクァトラとリーメスが食事を終えるまで待ち、一緒に図書塔まで向かった。

 図書塔の前にメアとクァトラとリーメスが喋りながら立っていると、ぽろぽろと人が集まってくる。なんとなく見覚えのある顔も多い。図書塔の隅の席でいつも本を堆く積んでいる生徒。二階席の長椅子でいつも寝転んでいる生徒。様々な本棚の前でいつも立ち読みをしている生徒。名前までは知らないが、メアは一応会釈をしておいた。反応はない。

 メアがなんとなく納得いかない気持ちを感じていると、悲鳴のような嫌悪の声が横から響いてきた。

「げっ、ルールス゠メア」

「ニョロじゃん。げってなんだよ」

 メアと同じ花組の女生徒。ウンサル゠ニョロ。前髪を編みこんだ金髪と眼鏡が特徴的な生徒だ。

 その姿を見たリーメスはぱっと顔を明るくする。

「やっほー、ニョロちゃん。やっぱり来たんだ」

「はい、まあ。それよりリーメス先輩、なんでこいつとそんなに仲良さそうなんですか」

「えー、メア君は可愛い後輩だからだよ」

「野蛮人ですよ。こいつ。馬鹿です。うるさいし。近寄んない方が良いですよ」

「なんか俺の評価おかしくない?」

「うるさい黙れ剣馬鹿。魔術馬鹿。十七席。一生エナシと喧嘩してろ」

 一方的な罵倒。ニョロは見た目こそ華奢な少女だが、口は悪い上に物怖じせず、かなり苛烈な性格をしている。その気の強さは北の方の人の特性なのか、と思ってしまう。どこか。

 だが、ここまで言われることはしてないだろう。そんな不満を口の歪みで表すメア。嫌悪感を隠さないどころか直に叩きつけてくるニョロ。そんな二人をリーメスはにやにやと見ながら言った。

「でも、今回図書塔使えるのはメア君とクァトラのお陰だから、ちゃんとお礼言わなきゃ駄目だよ~」

「……ありがとうございます。クァトラ先輩。お噂はかねがね。リーメス先輩からも話を聞いてます。今日はわざわざ図書塔の見張りにお時間頂き、ありがとうございます」

「気にしなくていいよ。短い時間だけど楽しんでいってね」

「あれ? 俺へは?」

「ありがとござます。ぺっ」

 ニョロは地面に唾を吐き捨てる素振りをしてメアとは最も遠いリーメスの隣に立った。

 憮然とするメアにクァトラは小さく笑った。

「メアって、自分の教室だと暴れてるんだ」

「そんなことしてないです。少ししか」

「へー。少しね。ふーん?」

 メアは目を閉じこらえた。反応自体を面白がっている人間には言葉で応答するのは逆効果だと、一年間の学校生活で学んだからだ。

 少しして、図書委員長が鍵を持ってくると、生徒たちは図書塔にぞろぞろと入っていった。

 リーメスと一緒に図書塔に入ろうとするメアの襟首を掴み、笑みを浮かべたクァトラが入り口横を指す。その動作の意味を理解したメアはため息を吐きつつ図書塔の外壁に背を預けた。

「俺たちは外で見張りってわけですね」

「待ち時間長くて、一人じゃ暇なんだよね」

「またそれですか。あれ、もしかして今回の仕事の依頼ってクァトラ先輩一人にきてたんじゃ……」

「いや本当にメアが厚生委員入ってくれて助かった。ありがとうメア。感謝してる」

 クァトラはメアの疑念の視線を早口に遮った。その態度がすべて物語っていたが、メアもそれ以上を追求することはなかった。

 代わりに、メアは一つ要求する。

「別に良いんですけど、折角なので本借りてきていいですか? この仕事、上竈の六刻までやるんですよね?」

「どーぞどーぞ。でも居心地良いからって中で時間潰すのはなしだからね。一人は見てないといけないんだから」

「そんなことしませんよ。じゃあ、行ってきます」

 そう言ってメアは中に入った。

 受付にはニョロとリーメスともう一人知らない図書委員。本の返却や借用への対処で忙しそうなのでメアは少し待つ。十人ほどの処理を終えると受付が空いたため、メアはいつも通りにリーメスに話しかけた。

「リーメス先輩、本探してるんですけど」

「あいよまいど! どんな本をお探しで?」

「とりあえず、人体の病気に関する本、できれば色々な珍しい事例も載ってる分厚いやつがいいです」

「ほいよ。じゃあついておいで。あ、返却された本戻すついでに教えてあげてくるね」

「ありがとうございます。あ、俺が持ちますよ」

 リーメスが抱えようとした十数冊の本をメアは率先して抱え、にこにこ笑顔のリーメスに連れられて図書塔を歩き回る。そして、本の返却を終えると、一冊の大きな辞典をリーメスから受け取り、借用手続きをしてからクァトラの元へと戻った。

「時間かかったね」

「返却手伝ってたので」

「あ、椅子もらったよ。座ってていいって」

「ありがとうございます。クァトラ先輩も本取ってきたらどうですか?」

「うーん、そうするか。ちょっとだけ離れるね」

 クァトラも中に入り、ほどなくして本を借りて出てくる。そうして、二人は図書塔の横に並んで雑談しつつ、本に目を通すのだった。

 人の出入りがあるたびに顔を上げて確認するが、そこまで頻繁ではないため暇な仕事だ。顔の確認も、一応顔を見ておく程度で、明らかに生徒でも先生でもない人が入ってこないか判別する程度の物。見張り。

「そういえば、中の見張りは不要ですか?」

「中で何か起きたら聞こえるし、誰かが死んだりしたら気づくよ」

「そんなもんですか」

「そんものよ。大丈夫、今のところやる気のある人は通ってないから。えっ、見て見て! メア、第一異界って円環状の滝があるんだって!」

「ああ、落ち続ける滝ですか。前授業で少しだけ話に出た気がします」

 少しだけ気を張っていたメアも、どこまでも自然体なクァトラに引っ張られ、結局いつもの稽古のときのような雑談をして過ごすのだった。

 一刻ほど経過し、メアは自身の手元の時点にメアが望む情報が載っていないことを確認して、再度中に本を借りに行く。しかし、今度はリーメスがおらず、仏頂面のニョロだけが受付に座っていた。

 メアは少し迷うが、勇気を出してニョロに話しかけた。

「リーメス先輩は?」

「用事」

「何の用事? すぐ戻りそう?」

「お前には関係ない。知らない」

 にべもない。メアは自身のニョロに対する認識を、あまり仲良くない花組の生徒から自分のことを嫌悪している生徒、に修正した。

 だからと言って、簡単にあきらめるのも癪だ。メアの好奇心と反骨心がうずき、話しかけてしまう。

「ニョロは図書塔詳しい? あんまり詳しくない?」

「普通」

「ふーん。じゃあ、探してる本の場所教えてほしいって言ってもわからない?」

「知らない」

「まあリーメス先輩みたいにはいかないか。自分の興味の外の本まで知ってるわけないよね。一年後輩なわけだし。あ、でも去年のリーメス先輩は色々教えてくれたっけ。いやまあリーメス先輩が博識なだけであってニョロが無知なわ」

 ばんと音を立ててニョロが読んでいた本を閉じる。そして、苛立たしそうな表情でメアを睨みつけてくる。

「不本意だけど、その挑発に乗ってあげる。で、どんな本をお探し?」

「奇形とか先天性の障害とか、肉体に影響を及ぼすような呪いに関する本」

「無知。呪いは魂魄に影響を及ぼすから呪い。肉体に直接影響を及ぼすようなのは呪いとは言わない。あと、奇形とかに関して載っている本でお前がさっき借りた本より体系的な本はない。そこにないなら諦めろ」

 ニョロは腕を組んで顎を反らし、椅子に座ったままメアを見下ろした。

 しかし、肩を落としたメアに、憮然とした表情で問いかけるニョロ。

「もっとはっきり言え。どんな奇形? 病気?」

 答えれば教えててくれるのだろうか。一応そのつもりの質問ではあるだろう。メアはそう判断し、答えようとするが、そこで言葉に詰まった。あまり直接的な質問をしては特定されてしまう可能性がある。そのため、メアはできる限りぼかそうとし、言葉を選ぶ。

「なんだろう。性病、というのも違うけど。うーん、遺伝的? 先天的な。性別に関する話……というか病気じゃないよな。口調として」

「……もしかして、涜闕族のこと?」

「なにそれ?」

「なーんか既視感あると思ったらそれかー。ウルス゠サドパッネってやっぱりそうなんだ」

 メアはニョロの言葉で表情を強張らせた。だが、しまったと平静さを装おうとしても時すでに遅く、ニョロはつまらなそうにメアを睨んだ。

「知識のある人ならすぐ気づくことだから、隠そうとしなくても良いわよ」

「本当に?」

「末裔が生き残ってたってだけの話でしょ。というか、気になるなら本人に聞けばいいのに。こそこそ嗅ぎまわって、趣味が悪い」

「失礼だな。それを直接聞いても良いことすらわからないから調べてるんだ。ニョロのそう言った態度、配慮が足らないと思う。いくら友達だからって、踏み込んでいいのかは慎重にいかなきゃ」

 メアの指摘に思い当たるところがあったのか、ニョロは分かりやすく言葉に詰まった。だが、怒りか羞恥かで顔を赤くすると、それを誤魔化すかのように早口で言った。

「とにかく、それを調べたいなら、帝国の歴史書と亜人間に関する資料を当たりなさい。はい、教えた。私は図書塔に詳しい。謝罪しろ」

「リーメス先輩ならどこの棚にあるかまで教えてくれるんだけどなー」

「うるさいさっさと消えろ。もの知らずの恩知らず。ばーかばーか」

「ありがとござます。ぺっ」

 メアはやり返せて満足し、軽い足取りで受付と去ろうとすると、しかし、ニョロは呼び止めた。

「待て、ルールス゠メア」

「なに? 言っとくけどさっきの感謝はニョロに教えてもらったやつだからね」

「そんなことはどうでもいい。そんなんじゃなくて。一応、念のために。私は……リーメス先輩のことは大好きだから。別に他の人も嫌いじゃない。偏見はあるけど。だから、それだけっ。誤解しないでって話!」

 メアは首を傾げるが、ニョロはそれ以上何も言わなかった。そのため、何が言いたいのかはさっぱりわからなかった。言葉だけなら大胆な愛の告白のようにもとれるが、本人の表情にそんな甘いものはなく、どちらかというと悲痛な叫びに聞こえた。

 メアはニョロの教えに従い、できるだけ厚みがあり装丁のしっかりしたウィドドンミョーザの歴史書と亜人間に関する本を二冊借りると、それを持ってクァトラの元に戻った。

 クァトラに遅いと言われ、謝罪しつつ、メアは本をめくる。一見何の関係もなさそうな本も、ニョロの言葉も、メアには妙に気になっていた。

 まず、メアは亜人間に関する本に目を通した。

 序盤はメアもよく知っている内容だった。亜人間とは何か。それは、人間に似て人間ならざるもの。人間、獣人とともに人種を構成する生命のことを差す。似た言葉に亜人という言葉もあるが、こちらは人に似て人ならざるものを指し、つまりは人種ではない。亜人と亜人間はどちらも人に似た姿をし、血徴を持つという特徴を持つが、唯一にして最も大きな違いは、人間と交配可能か否かという点だ。例外こそあれど、外見、知性、社会性、攻撃性、そう言った諸々の要素は考慮しない。これらはメアが見聞きしたり、授業で習ったりして既知となっていた情報だ。

 そして、そこからの細かな情報はメアが初めて知ったことばかりだった。亜人間は血族ごとに大きく姿が異なり、また、血徴も異なる。メアが見たことあるのは、【隠身】の矮躯族、【魂吸】の歯尖族、【頑強】の豪腕族。その他にもある程度の集団で生存が確認されている亜人間もおり、現存するのは九つ。過去にはもっと多くの亜人間がいたことも示唆されているが、絶滅したものと思われる。

 それぞれの血族の姿かたち、血徴、習慣や考え方等、雑多ではあるが膨大な量の情報があり、読み物として非常に面白い。メアの興味のある分野でもあり、本をめくる手が止まらなかった。

 しかし、現存する九の血族に関する章が終わり、今は亡き血族に関する断片的な情報が書き散らされた章まで進んだところで、メアの手が止まった。

 メアの目を惹いたのはある亜人間に関する情報だった。

 滅亡した血族、涜闕族。その種族の特徴は大きく分けて二つ。一つは血徴【継承】。自身の記憶と経験の全てを自身の腹に宿している子供に与えることができるという能力。これにより、涜闕族ははるか昔からの記憶を連綿と繋げている血族と言われている。もう一つは、その身体的特徴。涜闕族は男性器と女性器両方を持ち、単独での生殖が可能である。これにより生まれた子供は親に非常によく似た姿を持つが、とくに障害があったりはせず、通常の赤子として生まれる場合が多い。しかし、血徴を併用することにより。

「親と同じ姿、同じ記憶を持った赤子が生まれるため、その異質さから、過去、迫害を受けて個体数を減少させた……」

「ん? 何か言った? メア」

 振り返るクァトラの言葉はメアの思考まで届かなかった。メアは亜人間に関する本を脇に置くと、食い入るようにウィドドンミョーザの歴史書をめくった。

 ウィドドンミョーザは現代の始まりに建国したと喧伝しており、その歴史は一〇〇〇年を超えるそのため、丁寧に呼んでいては時間がかかりすぎるため、ある程度目星をつけて概要を把握しようとする。しかし、慌てて流し見しているからか、目的の文字はでてこない。涜闕族滅亡の時期から推察してその時期を重点的に読み直すが、同様。涜闕族という文字は出てこない。

 だが、何度も読み直すことによたメアは気づいた。ウィドドンミョーザの歴史には異様に亜人に関する記載が多いことに。亜人との戦争、亜人の反乱、亜人襲撃。しかも、その挿絵に描かれた敵は醜く誇張されているものの獣人や亜人間の特徴を備えているように見える。

 そこでメアの中に一つの仮説が立った。ウィドドンミョーザは過去、獣人や亜人間をまとめて亜人としていたのではないか。人間のみを人と呼び、それ以外を人とならざるものとして扱っていたのではないか。つまり、殲滅、完勝、根絶、という文字が並んだこの争いの記録は、獣人や亜人間に対する虐殺の記録なのではないか。そんな仮説。

 その仮説をもとに、またメアは歴史書を読み直す。すると、見つかった。亜人の討滅。そんな題目で約二〇〇年前に行われた争いの挿絵の敵には大きな乳房と大きな男根の両方が描かれていた。そして、その敵は他の敵とは異なり端正な顔立ちであり、緩く波打つ長い髪を携えている。

 これ、が仮にウルスの祖先の姿であれば。そう思った瞬間、メアの脳内に次々と嫌な考えが浮かんでくる。

(いや、こんなのはただの妄想。全然情報が足りない)

 直近の情報が知りたいとメアは思った。だが、年を経るごとに亜人に関する記述が減ってきており、ここ一〇〇年ほどはほとんど記述がない。それがウィドドンミョーザ内の人々の変化なのか、亜人と記述されている側の人々の変化なのかはわからない。だが、ニョロの反応を見る限り、亜人と記述された人々に関する忌避感はいまだに残っていると考えた方がしっくりきた。

 メアは包括的な歴史書ではなく、最近の出来事に関して多く書いてある資料が欲しいと思い、再び図書塔に入った。後ろからクァトラが呼びかけるが、それに対応している余裕はメアにはなかった。

「ニョロ。最近のウィドドンミョーザの事件の資料ない?」

「なんで?」

「だって」

 エシュー先生はウィドドンミョーザ出身かもしれないから。そんな言葉が喉元まで出てきて、メアは慌てて飲み込んだ。言葉にするとあまりに酷い妄想だ。まるでウルスがエシューを殺したと断定しているかのように。

 メアは深呼吸をした。そして、何度も何度も冷静になれと自身に呼びかける。

「ごめん、なんでもない」

「じゃあ話しかけるな」

「ごめんよ。ぺっ」

「それやめろ!」

 ニョロの投げつけてくる炭筆を避けながらメアは図書塔を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ