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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
六章 吹き抜ける風
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095 食堂・授業・料理

 犯人が捕まるまでどれだけかかるだろうか。その間、ずっと授業を止めているのだろうか。

 メアのそんな嫌な考えは、翌日あっさり覆された。

 三人で朝食に向かい、昨夜食べられなかった分、大量の粥を食べた。そして、掲示板の張り紙を確認すると、こんなことが書いてあった。

「犯人はまだ捕まえられていないが、既に逃走した可能性高し。生徒たちは注意しつつも授業に出ることぉ? え、これどういうこと? レオゥ」

「先生による巡回はあるが、人気の少ないところはいかないように。引き続き、第三教育棟、図書塔、育舎、格技館、講堂への立ち入りは禁ずる。ただし、授業または委員会の活動を除く、か。随分と思い切った判断だな」

「うわ、先生の巡回経路まで張り出してあるよ。しかも一人で動くの? 先生とはいえ実力を過信し過ぎじゃない? もし犯人がこれ見たら巡回の隙間を縫い放題じゃん」

「まあ、何かしら分かったことがあるんだろ。それか犯人を釣ろうとしているか」

「名探偵が一発で引き当てたってことかな? やるなーシッディ先輩」

「いや、うーん。本当になんだこれ。何がしたいのか全然わからない」

 三人は一様に疑問を浮かべるが、納得のいく仮定は思いつかなかった。

 色々と考えを巡らせつつ食事を終わらせ、三人は授業に向かうことにした。考えていても意味がないと諦めたのだ。それは先生を信頼した思考放棄ではあったが、建設的な取捨選択だとメアは思った。

 羽光星の一時限目は三人とも同じ授業。料理の授業だ。

 料理の授業は受ける人数が多い。三つの芸能科目のいずれかを全員が受けるのだということを差し引いても、四十人近くの生徒がこの授業用の教室――食堂に犇めいている。人数に比例して授業が始まる前のざわめきも大きいのだが、今日はとみにそれが大きい。

 理由は明白、エシューの殺人に関する件だ。

 話している内容は概ね先日にメアたちが済ませたような内容のもの。犯人はもう捕まった、だとか、犯人は逃げたらしい、などという伝聞と妄想が入り混じった内容も交じっているが、いずれも検討する意味もないよもやま話だ。

 メアたちは部屋の隅で固まって、ぼんやりと授業が始まるのを待った。

 授業開始の鐘が鳴って少しすると、きらきらと光を反射する服をまとった中年の女性が入ってきた。化粧はかなり濃い。料理を教えるセタズンゴだ。

 セタズンゴは入ってくるなり、叫ぶ。

「お黙り! ぴーちくぱーちく囀るんじゃありません! その口は無駄なおしゃべりをするためについているんじゃありませんよ!」

「でも、先生は気にならないんですか? 今って授業している場合なんですか?」

「生意気を言うんじゃありません! 時間は貴重なのです! 例え命を狙われていようとご飯を食べられなければ死にます! ご飯を作るのは何よりも優先するのです! というわけで今日は早速実践です!」

 セタズンゴが手を叩くと、背後の鎧戸がからからと音を立てて上がっていく。その背後には色とりどりの食材が並んでいる。普段の食事の素っ気なさとは対照的な色彩に、何人かがごくりと唾を飲んだ。

「前回教えた内容は覚えていますわね? はいそこの貴女!」

「保存食の分類と原理です」

「卓越! その頭は飾りではないようね! 栄養が詰まっているわ! そうなの。ではもう何をやるかはお分かりね? 今日はこの授業一杯を掛けて保存食を作ってもらうわ。ただし、実食は来週の授業の時間。下手なものを作ったりしたら、黴の生えたお食事、ということになるわね。気合を入れて作りなさい!」

 さっと手を挙げた生徒の一人をセタズンゴは指さす。発言の許可だ。

「料理の種類に指定は? そこの食材を自由に使っていいのでしょうか?」

「取りすぎ注意! それ以外に気にすべきことはないわ。他の生徒のことを考えて、一食分の保存食を適量の材料から作りなさい。おほほ、そこの見極めもまた料理よ。他に質問は?」

 生徒から手が挙がらないのを確認すると、セタズンゴは指を鳴らした。

「では、お料理、開始よぉ――!」

 そう言って、唐突に自由な料理時間が始まった。

 メアはレオゥとウルスと顔を見合わせる。

「なんか、どうする?」

「作る、が」

「ただ作るだけってのも味気ないよね。腐らない物を作るのは当然として、味でも勝負しない? 勝者は敗者へ命令権を得られるということで」

 メアは料理に自信は全くなかった。だが、面白そうなので勝負を受けることにする。同じ考えかは不明だが、レオゥも頷く。それを見てウルスはにやりと笑った。

「じゃあお先! 食材確保は早い者勝ちっ」

「あっ、ずるいっ!」

 走り出したウルスを追いかけ、メアも食材の山へと向かっていく。レオゥは焦らず立ち上がり、のんびりと食材確保に向かった。

 メアは食材の山を眺めながら授業の内容を思い出す。

 発酵、燻製、天日干し。いずれも調理に時間がかかる。糖蔵、酢漬け、酒漬け。そこら辺が簡易で失敗しなさそうに思えた。材料も豊富にある。

(いや、でも酢漬けは正直味が悪い。酒漬けも、審判を互いにやることになることを想定すると、まだ早い。糖蔵は正直作り方が良くわからないし、ここは、燻製肉だ! 作ったことあるし、多分時間内で何とかなるはず!)

 メアは材料を集め、隅の机を陣取って並べる。そして、料理を始めようとすると、レオゥとウルスも両隣に来て準備を始めた。

「余裕だね、手の内を見せるなんて。それとも俺を警戒して偵察に来た?」

「ふふん。随分な自己評価だけど、前者だよ。材料や調理器具を見る限り被らないだろうし、見せても問題ないと思ってね」

 そう言ってウルスが取り出したのは大量の牛酪と砂糖、少量の果実酒。そして、大きな黒麺麭。それをどうするのかメアにはよくわからなかったが、ウルスは自信満々の表情だ。

「そうそう。どうせ作るものは被らないしな。見せても問題ない」

 対するレオゥが取り出すは、海藻、茸、様々な根菜。ひき肉と小魚も添えてある。大きな鍋と謎の筒に詰め込んで、レオゥはふうと腰を下ろした。こちらもまた、メアには。

「へえ、もしかして、レオゥはあれを? うまくいくか怪しいよ?」

「そう難しい物じゃない。保存が少し面倒だが、一週間程度なら問題ないさ。ウルスの方こそ、間に合うのか? それは手を抜くとたちどころに駄目になるぞ?」

「腕の見せ所ってね。味は心配しなくていいよ。負けましたウルス様って言わせてあげる」

「そっちこそ。レオゥ様ありがとうございますっていう準備をしておけ」

 メアをそっちのけで火花を散らし始める二人をよそに、メアは燻製の準備を進めた。

 勝負の気配を嗅ぎ取ったのか、セタズンゴが満面の笑みで近づいてくる。そして、調理を進める二人の実況を始める。

「ほお。麺麭は出来合いの物を使う代わりに、細く切って溶かした牛酪を馴染ませるのね! たっぷりの砂糖と果実酒は少し間違えば味の均整が崩れてしまうけど、む! 卓越! この腕なら心配は要らなそうね。

「こちらは、汁物? 茸、根菜、小魚。うま味成分たっぷりで美味しいのは確かだろうけど、こんなんじゃ日持ちしないわ? いったいどうやって日持ちさせるつもりかしら。鶏肉の膠で固める気? 確かに南の方にそう言った料理があるのは聞いたことあるけど、味はどうなのかしら。食べるときは表面を削るのだったかしらね?

「あら、ここで麺麭を絞るの? 本当に贅沢な牛酪の使い方だこと。更に、叩いて伸ばす? こんなの見たこと……いや、あれはビーマの民族料理だったかしら。平たく伸ばし、均等に大量に短時間で焼成する。だとすればここから行う工程は、そうね!

「む、少し見ない間に煮詰まってきたわね? それに、冷魔術での冷却。やはり煮凝り……いや、温度が低すぎるわ? これでは凍ってしまうもの。まさか冷凍して一週間持たせる気? 禁止ではない物の、あまり美しいとは言えないわね。それなら最初から氷菓子として作った方がよかったわ。期待外れね。ふう、こちらの女の子の勝ちかしら。

「そして、仕上げに砂糖を分厚くまぶし、完全に水分を遮断。完璧な保存食ね。栄養価も十分。これ一つあれば丸一日は走れそうね。ただ、味は少し甘ったるすぎるかしら。食べてみないことには何とも言えないけど……いや、これはまさか。最後、砂糖に混ぜたこの粉末は! 卓越! これは勝負を決める一手となること請け合いだわ!

「ふう。まあ勝負はもう着いたとみていいけど、一応出来上がりだけは……は? 何その筒は。その中に凍った煮凝りを入れていったい何を? っ、まさかっ! 圧搾機の口を密閉して逆に使うことにより、中を減圧、冷凍した水気が一度に飛び――昇華乾燥法! しかも、藁と樹紙を何重にも重ねることにより外気を排除し、きちんと備蓄を考えている。これは、まさかの逆転があるのかしら。卓越! これはわからなくなってきたわ……!」

 セタズンゴは一しきりほめたたえると、メアの期待の視線に気づいたようだった。そして、メアの手元を見て一言。

「うんまあ、燻製ね。燻しが甘いけど多分一週間は持つわよ。おめでと」

 そう言って、興味なさそうに視線を逸らした。

 メアが動揺を抑えきれずにいると、レオゥとウルスが両側から肩を叩いた。

「味見はさせてあげるから安心して」

「一週間持てば授業の課題としては問題ないからな」

「そんなこと言って! 俺に負けるわけないと思ってるんだろ!」

「うん」

「まあな」

「うぎぎぎぎ!」

 反論したいが、手間のかかり具合が桁違いであることは横目に見ていたので把握している。なので、メアは一週間後を覚えておけよ、と捨て台詞を吐くことしかできなかった。

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