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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
六章 吹き抜ける風
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092 校外・湧水・探索

「今回の授業ではいくつか制限を設ける! まず一つ目。水は飲用可能であること! それを飲んだら体調を崩すようなどぶ水は持ってくるな! そして、二つ目、必ず三人一組で動くこと! 組み合わせは好きにしろ! 三つ目! 他の組と同じ場所で汲んだ水は向こうとする! 以上! 開始!」

 最後の条件に、首を傾げる生徒が数名、状況を理解して素早く立ち上がる生徒が数名。メアは後者だ。

 花組の方を振り返り、メアは素早く。

「三人組を組もう。どういう組み合わせにする? 危険度を考えるとシャープとテュヒカは別の組にした方が良いと思う」

「どうしたメア。そんなに焦って」

「早く動かないと! あ、もう夢組は動いた! 雪組も」

 のんびりとしているボワをよそに、他の組の生徒は素早く三人組を作って森の中に姿を消していった。それを見てメアは舌打ちをする。消えた方向は川のある方向だったからだ。

 状況を理解したウルスとアウェアも頷く。

「じゃあ私はボワと動く。シャープもこっちでいいか?」

「う、うん」

「ウルスはテュヒカに気を掛けてやってくれ。じゃあ、いくぞボワ」

「ういー」

 アウェア、ボワ、シャープの三人組は森の中に消えていった。それは、先に消えていった三人とは別方向だった。

 メアもウルスとテュヒカの方を見て、準備が整っていることを確認して歩き出す。方向は道なりだ。

 メアは早歩きでついてくるテュヒカがじっと自分の顔を見てきているのを見て、言語化しながら思考を整理する。

「この森、テュヒカは冒険隊で何度か歩いているからわかるかと思うけど、意外と水が湧いている箇所は少ない。近くに川があるから学校内の飲み水とかは困らないけど、もし川を一つの水くみ場として数えられた場合、飲み水を探すのは途端に難しくなる」

「最後の制限は面白いね。川って言う選択肢をただ単に削るんじゃなくて、早い者勝ちっていう建前を残したうえで、他の場所からの取水も難しくしている」

「そう。池や沼の場所はいくつか把握しているけど、どこもすぐに見つかる。で、そういうところは他の組が既に汲んでいる可能性もあるし、これから汲まれてしまう可能性もある。くっそ、キケ先生、厭らしい手を使ってきやがって」

「自分たちしか見つけられないような水場探さなければいけないわけか。うーん、面白い。前者はともかく、後者は対策しないとね」

 テュヒカを理解を示したように何度も頭を振った。

 早歩きの速度を段々と上げていくメアに対し、ウルスは楽しそうに問いかける。

「で、こっちの方に歩き出した理由は?」

「一、俺たちより先に誰もこっちの方に歩いていない。二、道が舗装されているからある程度まで足を延ばしやすい。三、ウルスがいるから」

「三が理由になってないよ」

「ウルスは多分だけど徒歩で学校まで来たよね。距離からして、野宿とかもしてると思う。で、学校まで来たときはあの軽装だった。水はどうした?」

 ウルスは肩をぐるぐると回した。その飄々とした表情にはメアを試すような笑みが浮かんでいる。

「メアは中々勝負師だね。普通に川から取った可能性もあるけど?」

「この先に学校があって、そこでは何百人も暮らしている。その生活排水がどうなっているかもわからないのに、川の水を飲む? 碧泥を汚水処理に使っている都市はまあまああるらしいけど、きちんと個体数管理できてるところは少ないし、排水にまで水質を気遣っているかは不明。ウルスはさ、そういうの気にするでしょ」

「面白い考察だね。けどあいにく、メアが思うほど聡明ではないよ。川の水は綺麗だから、もし見つけてたら何も考えずに普通に飲んでたと思う」

 その言葉の意味を理解し、顔を輝かせるテュヒカに対し、ウルスは片手を差し出した。ウルスはそのまま不思議そうな顔をしているテュヒカの手から荷物を奪って肩に担いだ。

「でもでも、その勝負はメアの勝ち。少し遠いから、走るよ。テュヒカちゃん、頑張ってついて来てね」

 そう言ってウルスは遠くに見える岩山を指さした。普通に歩いたら一刻はかかる距離だ。袋も考えると、走ってぎりぎり間に合うかどうか。

 テュヒカは固く拳を握って意思表示をした。どうやら、やる気はあるらしかった。

「じゃあ、ほどほどの速度で行きますか」

 そう言って、メアたち三人は本格的に走り出した。

 少しの間、吐息と足音だけが静かな森の中に響く。メアとウルスとしてはそれなりに余裕のある速度で、おそらくテュヒカが完走できる限界の速度。頻繁に車が通るため綺麗にならされている道を、三人は疾走する。

 半分ほど進んだ辺りで全然息の乱れていないウルスは雑談を始めた。

「それにしても、キケ先生って変わった人だね。説明もなしにこんな訓練始めるなんてさ」

「あの人はね、とりあえずやってみろ系先生の筆頭だね。言葉で語ることには大した意味はないと思っている感じ。なんだろ、ある意味での男らしさ? とにかく行動で示したがるし、それをしないと生徒は学ばないと考えてる節がある」

「粗雑なんだね。生徒からは嫌われてるでしょ」

「まあね。でも俺はそこまで嫌いになれないかな」

「そうなの? どうして?」

「実態が伴っているから。あの先生、生徒にはその生徒がやれることしかやらせようとしないし、その生徒が全力を尽くしていれば結果はあまり重視していない気がする。あと、棒伏せも持久走も、生徒にやらせた分は必ず自分も一緒にやるんだよ。偉そうにふんぞり返ってそうな見た目してんのにさ。あと、誰かを贔屓したりとか、逆に毛嫌いしたりもしない。かなり公平だよ」

「ふーん」

「それに最終的にはきちんと口でも説明してくれると思うよ。授業は四分の三刻なのに半刻で帰って来いってのは、その後に説明をするぞってことだと思う。あと、生徒を組分けさせたのは生徒の安全も考えてのことだと思う」

「こんな感じで自主的に面倒見るだろって? それは甘いんじゃないかな」

「違う違う。キケ先生に師事してる生徒を一組に一人付けてるんだよ。ほら、さっきから一人ついて来てるでしょ?」

 言われてウルスははっとしたように意識を背後に集中させた。確かに、一人分の気配が背後からついて来ている。足音も気配もかなりうまく消されているとはいえ、その事実にメアに言われるまで気づかなかったことをウルスは猛烈に恥じた。

「うわっ、はずっ。えっ、いつから? メアはいつから気づいてた?」

「気づいてたというか、わかってただけ。二年生の授業に上級生が混じってたら、そういう目的だってのはわかるじゃん。ウルスは他の組の生徒も見慣れないからわからなかったかもしれないけど、冒険隊でいつも顔を見る人たちだし。ね、テュヒカ」

 頷くテュヒカ。

「うわー……どおりでなんか強そうな人がいっぱい混じってると思った。流石におかしいもんね。え、あの揉めてた子たちは二年生だよね?」

「うん。その後ろで腕組んで微笑んでたのが上級生。多分、四年生だと思う」

「だよね。はあー、まだまだ甘いか。いや、それにしたって気配隠すの上手すぎだって。なに? 隠密とか諜報員でも目指してるの?」

「キケ先生の弟子だからあながちそうじゃないとも言い切れない。キケ先生って、ウィドドンミョーザの遊撃戦士団やってたらしいんだよね。なんだっけ、帝国なんたらの耀華隊。司法や警邏とかにも口出せるかなり独立性の高い組織。ある意味、諜報員なのかも」

 ウルスの視線が、不意にメアの背後に釘付けになった。メアが慌てて振り返ると、そこには一人の少年が並走していた。

「メア、やめてくれよ。これ後で何人に見つかったか先生に報告させられんだよ。なんでばらすんだ」

 そう言って愚痴るのはメアの顔見知り、四年生のラノーという生徒だった。

「いや、なら顔を出したら駄目なんじゃ。流石に誰がついて来てたかまではわかりませんでしたよ」

「誰がとかじゃなくてついていってることがばれたら駄目だったんだよ。くそっ、この手のは先生に嘘ついても無駄なんだよなぁ。まあ仕方ないか。俺たちはあくまで見守ってるだけだから、可能な限り自分で自分の身を守れよ。そろそろ灰毛狼の縄張りだしな。じゃ」

 そう言ってラノーは森の中に姿を消した。メアとテュヒカはぺこりと頭を下げた。

「ってことらしい」

「うむ。面白いね」

 そう言ってウルスは肩を竦めた。

 四半刻走ったあたりでウルスは道を逸れ森の中に踏み入った。森の中は走るのは困難で、進む速度は大きく下がったが、メアが時間を気にするより前に目的の場所へは到着した。

 テュヒカが大きく肩で息をする中、ウルスが手で示したのは、岩壁の割れ目からちょろちょろと流れ出す清水だった。その足元はぬかるんだ水たまりになっており、その水は泉や沼となることはなく、細流とも呼べない小さな水の流れとなってどこかへと消えている。だが、水量としては十分だ。一息もしないうちに三人分の水筒は満杯になるだろう。

 早速水筒を取り出すウルスだったが、テュヒカはそれを手で止める。不思議そうな顔のウルスに対し、テュヒカはその岩の割れ目の奥を何度も指さした。

「えっと、テュヒカちゃんって喋れないんだっけ」

「その理解でもまあ間違いではないと思う。テュヒカ、奥に何かある?」

 メアが人一人が入るのも厳しそうな岩の割れ目の奥を慎重に窺うと、中からは微かに腐臭がした。

「奥に動物の死骸があるかも」

「あちゃー。水のみに来て力尽きちゃったのかな。とすると、この水はこのままじゃ厳しいね」

「どうする? 別の場所に心当たりあったりする?」

「復路の時間を考えるとそっちに行ってる時間はないね」

 悩んでいる時間もない。元々、時間を目いっぱい使う予定の行程だ。三人は揃って頭を悩ませた。

 テュヒカが水筒の下で指をひらひらとはためかせる。

「手ぶらで戻るの、駄目な水持って戻るの、時間切れの可能性があるの、どれを選ぶかって考えると」

「それしかないか」

 メアとウルスは頷くと、手早く準備を始めた。

 乾いているかより量を重視して薪を集め、屋根となる大きな葉を用意、ウルスが持っていた金属の杯を器に、メアたちは簡易な蒸留器を作る。

「火力強めで行くね。時間無いし」

「じゃあ、屋根を冷やすものも用意しようか。雪は冷たく氷は鋭い――【霰玉】」

 メアは地面に向かって空打ちし、できた氷柱を葉っぱの上に載せる。

 火魔術で強引に火を起こしたウルスがメアの方を振り返り、何かを言おうとした、瞬間、メアは剣を抜いて背後から飛び掛かってきていた灰毛狼を切り払った。肉を切り裂いて鮮血が飛び、大きく体勢を崩した灰毛狼は着地できずに地面を転がる。

 驚きに振り返るウルスと、魔力を起こすテュヒカ。メアは足元の灰毛狼の息の根を素早く止めながら叫んだ。

「こいつらは音で騙してくる! 音を信じないで!」

 同時に、あちこちから響き渡る咆哮。大小さまざま、数は無数。だが、それらが本当にその数いないことはメアも察していた。

(去年の復讐かな? たまたまかな? どちらにしろ、迎え撃つ)

 直後、繁みから飛び出してきた二匹をウルスは鮮やかに斬り捨てる。両手の構えて二本の剣で、その喉をするりと切り裂いたのだ。その動きは一部の油断もなく、たとえ倍の数から一斉に襲い掛かられても簡単に対応できるだろうことは明白だった。

 であれば、と考えたのかはわからないが、別の一匹がテュヒカを狙って走り込んできた。メアはその間に剣を振るってその足を止め、返す剣に魔術を重ねる。力属性重魔術、【重剣】。咥えて受け止めようとした狼の頭をそのまま切り裂き、メアは灰毛狼をまた一頭屠った。

 メアは成長を実感する。去年のメアは灰毛狼の皮すら切れなかったのに、今回は既に二頭も仕留めた。そんなメアの僅かな達成感は明確な油断であり、一拍置いて別方向から襲い掛かってきた灰毛狼は完全にメアの意識の外だった。

 だが、その牙がテュヒカを貫くことはなかった。その鼻先に拳大の石が何個も突き刺さったからだ。玉属性石魔術。【石角】。テュヒカの操る魔術が灰毛狼の出鼻を挫いた。

 足を止めた灰毛狼をウルスが斬り、三人は互いに背中を向けて構える。だが、今回は相手の判断も早かった。損害が多すぎるし、獲物を捉えられる見込みもない。そう判断したらしい灰毛狼たちは、咆哮を響かせながら去っていった。

 気配が消えてからも一息ほど構え、その後、ウルスが力を抜いたのを皮切りにメアとテュヒカも構えを解いた。

「いやー、厄介だね。完全に足音とか消せるんだ。本当に無音だった」

「血徴だね。なんだっけ、【騙音】とか言ってた気がする。でもまあ、気づいてから対応できる範囲。今回は数も少なかったみたいだし、運が良い」

 テュヒカはふんふんと鼻息荒く石を自身の周囲で回転させている。どうやら戦力になったことが嬉しかったらしい。

 が、一つ問題があった。即席の蒸留器が完全に壊れてしまっている。最初にメアが蹴倒し、次にウルスが斬り捨てた狼が踏み潰し、その血が諸々を完全に汚している。その有様を見て、三人は無言で見つめ合った。

「……とりあえず、戻るか」

「うん。まあ今回は運がわるかったということで」

 しかし、走り出すために荷物を纏める二人に、テュヒカは何か身振りで伝えようとしている。片手を伸ばし、もう片方の手を体の正面で何度も往復させ、メアに向かって何かを訴えかけてきている。

 それを見て先に言いたいことを理解したのはウルスだった。

「あ、そういえば。狼に襲われる直前に気づいたんだけど、メア、古典魔術で氷柱出してたよね。それで水作れるんじゃない?」

 メアは思案し、納得したように手を叩いた。

「確かにあれは水気がないとこでも作れる。ということは、空気中の水分を集めてる、のかな? というかそうじゃん、なら【打水】があるか。あ、確かに。いけそういけそう。水集めなら任せて。女神の涙のごとく大地に降り注げ――【打水】」

 メアの指先から水が流れ出し、水筒に溜まっていく。気にしたことはなかったが、無色透明、変な匂いはしない。

 舌で舐め、頷くメア。

「いけそう」

 なんとかなりそうだと喜色を浮かべるメアに対し、テュヒカとウルスはなんとも言えない顔をしている。

「じゃあ、ここまで走ってくることもなかったんじゃ……」

「あっ」

 メアも口を閉じ、三人の間で少しの間静寂が広がった。

「ま、まあ、とりあえず時間もないし戻ろうか。いてっ、ごめんてテュヒカ。いや忘れてたのは確かだけどテュヒカだって覚えてなかったんだから同罪でしょ。いてっ」

 メアはテュヒカにばしばしと背中を叩かれながら走り出し、ウルスもそれに苦笑いしながらついていった。

 なんとも締まらない結果とはなったが、三人は無事水を集めて戻ることができたのだった。

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