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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
六章 吹き抜ける風
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091 校外・生存術・威嚇

 翌日から校内でみかけるクァトラの髪は金髪が混じっていた。そのことに周囲からは少なからず反応があるのを見ていたが、正直な話、メアはそれどころではなかった。

 泳ぎを学ばなければいけない。そんな現実がメアの脳裏にこびりついている。それは昔から分かっていたことであり、いつかは克服しなければいけないが、今はまだそのときじゃないと先延ばし手にしていた課題だ。川は船で渡ればいい。水浴びは足がつく場所でやればいい。いざとなれば浮袋に頼るべき。そうして避け続けてきた課題。

 そのため、楽しみにしている生存術の授業だというのに、メアの表情は固かった。

 生存術の授業を受けている花組の生徒はメアの他に五人。ボワ、アウェア、ウルス、テュヒカ、シャープ。なんとなくで固まっている六人の中で、メアの表情に最初に気づいたのはシャープだった。

 シャープは顔色の悪いメアの顔を覗き込み、心配そうに言う。

「大丈夫? 体調悪いなら休んでた方が良いと思うけど」

「大丈夫じゃないけど体調は悪くないから平気。シャープの方こそ大丈夫? 正直な話、シャープがこの授業を取ってるの意外なんだけど」

 メアの印象としては、シャープは大人しい少女だった。格闘学の授業も真面目に取り組んでこそいるが秀でてはおらず、運動系の団体にも所属していない。委員会も医療委員であり、無関係の内容に思える。キケの行う体を虐め抜く授業に出ている理由はわからなかった。

 ただ、メアのそんな印象に反し、シャープはこういった行事にはよく参加している、ともメアは思った。メアが好む冒険隊にはテュヒカとともによく参加し、辛そうな顔をしながらも毎回きちんと自分の足で歩ききっているのだ。体力こそないが弱音は吐かない直向きさから、冒険隊の女性陣に可愛がられている。

 率直に言えば腹の底が読めない。メアはシャープのことを少し不気味に思っていた。

 だが、そんなメアの追及に対し、シャープはほんの少しだけ困ったように眉尻を下げると、テュヒカの方を見た。

「何事も経験だと思って。テュヒカちゃんもいるからやれるかなってね。邪魔はしないように頑張る」

「邪魔だとは思わないけど、テュヒカもよくわかんないんだよなー。こういうの、あんまり興味なさそうなのに。いや、まあ、テュヒカが何に興味あるのかなんて全然わかんないんだけどね」

「え? わからないの? うーん……まあそれはそれで」

 シャープは小声で呟きながらテュヒカに手を振った。いつの間にかテュヒカは二人の方をじっと見ていた。大きな金の瞳が二人へとじっと注がれている。

 メアがどう反応するか迷っていると、背後からウルスが二人にのしかかってきた。

「お二人さーん、何をこそこそしてるのかな?」

「別にこそこそはしてないよ。というか胸当ての角が刺さっていたいんだけど。離してよ、ウルス」

「メア君の体調が悪そうだったから声かけてただけだよ。ウルスさんは元気いっぱいだね」

「調子悪いの? メア。折角の校外の授業なのに? 勿体ないことしたねー」

 メアは言葉に詰まった。その郊外の授業であるということが問題だった。これから川に連れていかれて泳ぎの授業が始まらないとも限らないのだ。メアはそれを警戒している。

 できるだけ遠回しに、しかし、みっともない奴だ思われないように、そう思いながらメアが自身が泳げないことを伝えると、ウルスはぶふっと笑いをこらえきれず噴出した。

「メア、泳げないの? え、一五歳にもなって? 本当に?」

「泳げないのは、まあ、はい。いや、泳げないというか、沈むというか、ちょっと緊張して落ち着かなくて。というかそもそも呼吸のできない水中で落ち着けって言う方が無理じゃない? 俺は普通だよ」

 憮然とした表情のメアに対し、ウルスが首に腕を回したまま笑いをこらえていると、他の花組の生徒も寄ってきた。

「え、なにメア泳げないの? まじ?」

「メア、それは流石にまずいと思うぞ。確か生存術の授業には泳ぎがあったはず。先輩の話によると、湖に叩き落されて泳げるようになるまで上げてもらえないとか……」

 メアの頬を抓んで思い切り横に引っ張るテュヒカ。

「ええい、うるさいうるさい。俺だってそれくらい知ってるからこうやって困ってるんだよ。というか皆泳げるの?」

「当たり前」

「あんなの力抜いたら勝手に浮くだろう。確かに斧などを背負っている場合は多少頑張らなければいけないが、そういう特殊な状況の話でもないんだろう?」

「私も泳げるよっ」

 珍しくしたり顔で自信満々に胸を張るテュヒカ。

 メアは最後の希望とばかりにシャープに視線を向けるが、シャープは気まずそうな顔をして頷いた。どうやら泳げるらしかった。

 黙り込んだメアのことはとくに気にせず、ウルスは良い匂いだと言いながらシャープの頭頂部に鼻を当てて匂いを嗅ぎ始める。それを見てテュヒカも背伸びをして鼻を近づけ、アウェアも顔を寄せ、そのことにシャープが慌てていると、そんな花組に声をかけてきた少年がいた。

「おうおう、花組は女ばっかで花があっていいなあ! あんまり行軍の足を引っ張らないでくれるといいんだがな!」

「なんたって、花には足がねーからな!」

 そう言ってメアを威嚇するのは黒髪の双子の少年だった。その二人は一人の人物が二人に分裂したかのようにそっくりな容姿をしている。見た目だけではない。荒々しい声質、表情、所作、すべてが似通っている。背中に背負った二本の軽刀が特徴的な、夢組の次席、三席。格闘学・剣の授業を取っているため、メアは二人の名前を憶えていた。兄がアイン゠ク。弟がアマン゠ク。

「あ、アイアマ兄弟だ」

「おいルールス、その呼び方やめろ」

「まるで俺たちが二個一みたいだろ。やめろ」

「え、嫌だったの? わかった。けど、二人が常に一緒にいるのは事実じゃん。それに、名前間違えなくて済むからこの呼び方便利なんだよね」

「お前今めちゃくちゃ失礼なこと言ったからな?」

「格闘学の授業では覚えておけよ!」

 二人はメアを指さしながら喚き散らした。その姿はあまりにも子供じみていて、次席、三席を取っている聡明な少年だとは到底思えなかった。

 直後、呵々大笑しながら会話に一人の獣人が混じってきた。その獣人は巨大な体躯も相まって、熊のような輪郭をしている。大きさだけで言えばアーパイブン並み。獣人の特徴が表れているのは背中から後頭部、やや顔面にかけてで、隆々とした筋肉と黒茶の毛並みが目を惹き、背中に担いだ巨剣の印象が薄くなるほど。こちらも同様にメアは名前を知っていた。雪組五席、ヨッドードだ。

「素直に羨ましいなら羨ましいと言え! アイマ兄弟!」

「アイアマだぼけかす!」

「ちげーよ! ちゃんとそれぞれの名前で呼べ! 失礼だぞ!」

「そうだ呼ぶなぼけ!」

「でぶ! もじゃもじゃ! 筋肉だるま!」

「それに羨ましくなんかねえ!」

「いちゃいちゃしやがってふざんけんな!」

「はっはっは。いつ見ても活きが良いな! 別にいいじゃないか。戦場にだって女は必要なんだぞ? 女はいるだけでこうして男のやる気を生んでくれるんだ。ありがたく思え」

 ヨッドードに対し、連続する罵倒をさらに畳みかけようとするアインとアマンの前に、するりと一人の少女が出てきた。それは長い金髪を丁寧に編み込んだ少女だ。ウルスと似たような動きやすい軽装をしており、背中には巨大な剛弓を背負っている。メアは名前は知らなかったが、いつもいる集団から虹組の生徒だと思った。

「あらま、随分と言ってくれるじゃないの。その口ぶりだと、まるで女は男に侍っていればいいって言ってるように聞こえるわよ?」

「はは、そう聞こえたか? すまんな。そんなつもりはなかった。それにしても随分と突っかかるな? 何か心当たりでもあるのか?」

「白々しい。その下卑た視線がすべてを物語っているの。雪組の女子を凹ませて悦に浸っているのかもしれないけど、あんたを凹ます女子だってこの世には多くいるけれども?」

「ほーう、興味深い。例えば?」

「目の前にいるじゃない。私、ゼビョーロ゠リュゥフ。この名前を憶えておいた方がいいわよ」

 不敵に笑うリュゥフと、興味深そうに自身の毛を撫でつけるヨッドード。背後ではアインとアマンが野次を飛ばしているが、中身のない罵倒は既にただの雑音となっていた。

 完全に蚊帳の外となったメアがわくわくと眺めていると、我慢しきれなかったらしいアウェアも参戦した。

「私も名乗りを上げていいか? 女ではあるが一応腕には自信があるからな、自薦させてもらう」

「花組の次席、アウェアか。ふん、好きにすればいい」

「歓迎するわ。女子の力、見せつけてやりましょう」

「はあ? 武器格闘の授業で星三つ取ってない雑魚は引っ込んでろ!」

「そうだそうだ! 代表面して出てくるならそっちのボワってやつにしろ!」

 視線が交錯し、息のつまる緊張感が生まれる。興奮して魂魄が震えているのか、微小な魔力が飛び散り閃く。図らずして始まった、組の面子を賭けた威嚇合戦。ただ、この場でこれが戦闘に発展することはないと本能でかぎ取っているのか、ボワは退屈そうにあくびをしていた。

 にらみ合う五人を見ながら、ウルスは楽しそうにメアの耳元で囁く。

「ばちばちだね。なんでこんなに敵対心あるの?」

「単純に気が強いからじゃない? 自分が一番だと思っていて、相手もそう思っている。それが赦せないんでしょ。今までは組が違ったから直接比べる機会はなかった人たちが、こうやって混ざり合ってるわけだから、こうなるのも必然というか」

「ほーう。今まで比べる機会なかったんだ? でも大会とかあるんじゃないっけ?」

「武道大会とかは上級生も出るから一年生が直接当たるところまでは上がれないんだよね。あ、でもあれか。敵対心には他にも理由あるかも」

 メアが横を見るとウルスの鼻と鼻がぶつかりそうになった。流石に近すぎるのでメアはウルスから体を引きはがし、半歩離れる。

「三年次組対抗戦っていう、合戦形式の行事があってさ、組同士で戦うの。俺たちはまだ来年の話なんだけど、戦闘系の行事の中だと一番派手な行事だから、それに勝ちたいとなると組同士の団結が必要であって、やっぱり相手の組は敵だって意識が出ちゃうのかもね」

「へえ! いつあるの?」

「来月。一緒に見よ。観戦席とかも特設されるんだ」

 しかし、ウルスが口を開く前にキケの怒声が響き渡った。その声量は大気どころか聞く者の心臓まで震わせ、ウルスはびくりと体を硬直させた。

「餓鬼ども! 黙れ黙れ! 授業を始めるぞ! おら! 黙れ!」

 にらみ合っていた五人がそれぞれの榴弾の方へ戻るのを見ると、相変わらずキケは険しい顔つきで言った。

「今日の授業は、水の集め方について学ぶ! 生存に最も必要なものは空気だが、次に必要なものは水だ。そこが森だろうと山だろうと海だろうと砂漠だろうと、水がなければ生きていけない。今回の授業では水筒を配るからこれを水で満杯にしてこい! 制限時間は半刻。半刻以内に水で満たして校門前まで戻ってこい!」

 内容を聞く限り、どうやら泳ぎの授業ではなさそうだ。そのことを悟ったメアはいくらか安堵し、ウルスの方を見た。すると、ウルスの視線はどこかいつもより険しく見えたが、見られていることに気づいたウルスが振り返るころにはいつものウルスの笑顔に戻っていた。

「どうかした?」

「いや。別に」

「そこぉ! 私語を慎め! まだ説明の途中だ!」

「すみません!」

 キケの怒声にメアとウルスは一斉に体を縮こまらせた。

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