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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
六章 吹き抜ける風
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090 湖・苦手・髪

 翌週からは本格的に授業が始まった。最初は授業の方式が変わったことによる弊害――次の授業の教室の場所がわからなかったり、授業に必要なものを持っていくのを忘れたりといったこともあったが、二週間もすればそれもすっかりと消えた。メアは闘技学で体を動かし、魔術学で魂魄を酷使し、その他座学で頭を捻る。そんな日々を繰り返した。

 メアが二年生の授業に慣れていくのと同じように、また、ウルスはあっという間に学校に溶け込んでいった。最初の内こそメアと同じ授業にはメアと、レオゥと同じ授業ではレオゥとずっと一緒に受けていたが、半月立つ頃にはあちこちに顔が利くようになり、メアの知らない生徒と食堂で談笑する姿や校庭で飛球に興じる姿も見られるようになった。

 器量よし、性格よし、優れた能力がありつつもそれを鼻にかけず、誰とでも人当たりよく対応する心の広さもある。そんなウルスの姿に、男女ともに魅了されている生徒は多いようだった。

 そんなことをいつもの空き地で中腰に構えつつメアが話していると、クァトラは不思議そうに首を傾げた。

「で、なんでそんなに不満そうなの?」

 予想外な言葉に、メアは何度も目を瞬かせた。

「不満そうに聞こえました?」

「うん。すっごく」

「いや、そんなことはないと思いますよ。だって学校に馴染めてるってことじゃないですか。二年生っていう中途半端な時期に入って、その集団に自然と馴染めるって凄くないですか?」

「凄いと思う。でもメアは不満そうに話してたよ?」

 クァトラにじっと見つめられ、メアは自身の姿をできるだけ客観的に思い出してみた。すると、確かに不満そうに話していたかもしれない、と思い直した。まず口調。それに表情も明るくない。

「うーん、確かに不満そうですね。だとしたら、あれか。……嫉妬してるのかも」

 今度はクァトラが目を瞬かせた。嫉妬という言葉がメアから出てきたのが意外だったからだ。

「し、嫉妬? 何に?」

「その対人能力の高さ、ですかね。あんなに簡単に友人を増やすこと、俺だったら絶対にできる気がしないので。色々できるのも知識が多いのももそうなんですけど、それ以上に友人を作る能力の高さが、少し、羨ましいかも、しれないです」

「あー、たしかに」

 メアとクァトラはしみじみと頷いた。二人とも必要であれば対話をためらうことはないが、不特定多数と積極的に絡みにいくことはしない。協調は苦手ではないが、外交的に振る舞うこともしない。メアもクァトラもそう自認していたからだ。

「でも、メアだって多少は知り合いで来たんじゃない? 全部が全部、レオゥ君やウルスちゃんと一緒の授業ってわけでもないんでしょう?」

「顔見知りはできましたけど、名前も把握できてません。なんだかんだ、花組の人の隣に座っちゃいますね」

「わかる。気持ちはわかる、けど。くっ」

 クァトラにもの言いたげに見つめられたが、メアは何も言えなかった。

 しかし、メアが項垂れていると、クァトラがすくっと立った。メアがもうそんなに時間が経ったのかと続いて立ち上がると、クァトラは自身の腰からすっと剣を抜いた。

「メア。仕方ないから手合わせしてあげる」

「それは嬉しいんですけど何が仕方ないんでしょうか」

「……メアを元気づけようと思ったんだけど、他に何も思いつかなかった。要らない?」

「あっいや、全然嬉しいです。ありがとうございます」

 そう言ってメアも慌てて剣を抜く。クァトラがこうして剣の相手をしてくれることは滅多にないので、クァトラの気が変わる前に相手してもらわなければと考えたからだ。

 メアが構えると、即座にクァトラが間合を詰め、剣を振るってきた。どうやら今日はメアが受け側らしかった。

 メアは一気に気を引き締め、目を見開いて集中する。メアが剣を打ち込む側と受ける側では大きく違う点が一つある。それは、受ける側の時に気を抜いたら死にかねないという点だ。

 クァトラの姿がぶれ、次の瞬間にはメアに向かって袈裟掛けに剣が振るわれていた。メアは全力で剣を動かし、その軌道上に剣を合わせる。すると、金属同士がぶつかる音が響き、メアの体ごと剣が大きく弾かれる。

 メアは即座に手から離れそうになった剣を構えなおす。一度受けられたからと言って安堵する暇はないからだ。直後に再び剣が振るわれ、メアの命が脅かされる。二撃、三撃、四撃。クァトラの振るう剣はどんどんと早くなっていき、どんどんと重くなっていく。

 受けきれず、大きく上体を反らして躱し、大きく一歩退く。しかし、それと同じ歩幅でクァトラが踏み込んできているため、距離は逃せず、更なる刃がメアの喉元に迫る。

「ぃっ!」

 メアは半ば悲鳴のような声を上げて剣を受ける。姿勢が悪かったからか腕が痺れた。それでもクァトラの連撃は止まらない。

「ぉうっ!」

 突きがメアの耳元を掠めた。いや、興奮で気づいていないだけで切れているかもしれない。メアはそう思いつつ、自分の身を護るために必死に剣を振るう。

「うーん、だいぶ偏ってるね。こんな短期間で偏るとは、相当無茶なことしようとしてるのかな」

 クァトラは感心したような呆れたような感想を零しながら、しかし動きは止めず、メアの命を奪いかねない斬撃を連続で繰り出す。クァトラとしてはメアに合わせて十分以上に手加減はしているし、いざとなれば寸止めすることもできる程度の斬撃に抑えてもいるが、メアからしてみればそんなことは知ったことではない。それを予想できたとしても、期待したとしても、本能が死ぬ気で動け、受けろ、躱せと体を動かすのだから。

 クァトラは少しだけ楽しそうな声色で、段々と声を大きくしていく。

「ほら、ほらほら。足が止まってきてるよ。足を動かせ。相手の間合いから出たら斬撃は届かないんだから。腕もお留守だよ。こんな短時間で動けなくなるような鍛錬は課してないぞ! 動けメア!」

 メアは尚も必死になって体を動かすが、二〇合も打ち合う頃には全身汗まみれで腕がまともに動かなくなってきた。

 その様子にクァトラは不満そうに口を引き締め、大きく剣を振るってメアの剣を横に払った。

「ほら、がら空き! 死ぬよ!」

 そう言ってクァトラはメアの腹部に蹴りを入れた。その蹴りを食らってメアは吹き飛んだ。

 蹴りの威力はすさまじく、まるでザイカに払われたかのようだった。そして、その認識が正しいとでもいうかのように、メアは食堂前の湖まで吹き飛ばされた。

「あっ、やり過ぎたか」

 クァトラは脚を下ろしながら、宙を舞うメアを眺める。落ちる先が湖であることが分かったので、慌てる様子はない。のんびりとメアの後を追い、湖の横で腕を組む。

 しかし、派手な水柱を立てて着水したメアが一息ほどたっても浮かんでこないのを見て、クァトラは疑問に思った。そして、一つのことに思い当たったクァトラは、慌てて湖に飛び込む。

 クァトラは水中でばたばたと腕を暴れさせているメアの襟首を掴むと、そのまま岸へと放り投げる。水中とは思えない動きでクァトラに救出されたメアは、水を吐くのと空気を取り込むのを交互に繰り返した。

 湖から上がり、びしょぬれになった褶の裾を絞りながらクァトラはメアの横に立った。

「ごめん、ひょっとしてメアって、泳げない?」

「げぼっ、がはっ、はっ、はいっ、およげま、せんっ、し、しぬかと、おもった」

「あちゃー、そっか。そういう人もいるか。川が全然ない地域とかもあるもんね。ごめん。危うく殺しそうになった」

「いえっ、げぼっ、ぜんぜん、だいじょうぶ、です」

 そういうメアの顔は真っ青で、全然大丈夫そうではなかった。考えてみれば時期はまだ春。水遊びをするには早い季節だ。クァトラは急いで寮まで戻り、乾いた手拭いを持って戻ってきた。

 クァトラが戻ってくると、メアの呼吸は整っていた。しかし、顔色は相変わらず悪い。

「大丈夫? 寒い? これ使って」

「ありがとうございます。けど、寒いわけじゃないです」

「でも顔色悪いよ? 風邪かな」

「違います、多分それは、ちょっと嫌なこと思い出してて」

 メアは手拭いを受け取り、髪を拭く。服を乾かすのは簡単ではないので後回しだ。服の裾を絞って水を地面に落とし、靴を脱いで水を散らす。

 クァトラも横で一緒になって水気を拭っていると、少し落ち着いたのかメアの顔色は戻ってきた。顔が真っ青になっていたのは体温の低下等が原因ではなく、精神的な動揺によるものらしかった。

「すみません、お騒がせしました。俺、昔ちょっと溺れかけたことがあって、そのせいで動揺しました」

「あら。それはごめんね。泳げないのもそのせい?」

「だと思います。溺れかけるより前は普通に泳げたので」

「それは、まずいね。メア、生存術の授業ってとってたよね」

「はい。その口調だともしかして」

「うん。水泳の授業あるよ。それに、先生はキケ先生でしょ」

 メアの脳内のキケが怒鳴りながらメアを追い回してきた。その想像にメアは体を震わせつつ、思いついた言葉そのまま口にする。

「水に叩きこまれて、泳げない限り棒で叩かれ、何度も何度でも湖に突き落とされる」

「まるで見てきたようなこと言うね。その通りなんだけど」

「嫌だー! え、冗談ですよね、先輩。俺を怖がらせるためにそんな嘘を言ってるだけですよね!」

 しかし、メアの期待の籠った視線に対し、クァトラは神妙な顔をして首を横に振るだけだった。その表情が何より雄弁に語っていた。このままだとメアはキケに殺されると。

 絶望にメアが地面に手を着き、生存術の授業を取るのを止めるか悩んでいると、クァトラが優しく背中をさすった。

「まあ、その、ほら。頑張ろう。人間、死ぬ気になればなんでもできるから」

「先輩の助言って助言になってないこと多いです! 実は!」

 そう言って顔を上げたメアは、クァトラの首元を見て口を噤んだ。クァトラの襟足のあたりに綺麗な黒髪に混じって金髪が伸びているように見えたからだ。最初、メアはそれを見間違いだと思った。だが何度目を擦っても変わらず、金髪はクァトラの首元を少しだけ彩り豊かにしている。

 メアの視線に気づいたクァトラは、慌てて首元に手を当てて髪を纏めて抑える。しかし、すぐに手遅れだと気づき、力を抜いた。

「先輩、髪に金髪が混じってますけど……」

「うん、失敗した。そろそろだとは思ってけど、ここで染粉が落ちるかぁ」

「染粉、ってことはそれ地毛ですか? 金髪の部分をいつもは黒髪に染めてるんですか?」

 クァトラは少し恥ずかしそうに髪を撫でつけながら頷く。

「……だって変でしょ。目立つし」

「目立つのはそうかもしれないですけど、変じゃないですよ」

「嘘だー、絶対変だよ。ほら、他のとこは普通の黒髪なのに、この襟足のあたりだけ金髪なんだよ? 変だって」

 そう言ってクァトラは髪をかき上げ、メアの方に見せてきた。本当に、襟足の周辺だけ綺麗な明るい金髪になっている。白いうなじと黒い髪の間に、金色の毛が伸びている。

「ね、変」

「変じゃないですよ」

「うそつき」

「嘘じゃないですって。きらきらしてて綺麗です。俺のみたいにくすんだ金髪じゃなくて、綺麗な金髪です」

 まじまじと見られるのが嫌だったのか、クァトラは髪を下ろしてメアに背を向ける。背後から見ると、黒髪の隙間から少しだけ金髪が顔を覗かせており、正面から見るのとはまた違った雰囲気だ。

「でも、縞模様って変じゃない? なんか、模様っぽくて」

「花組にも似たような髪の人いますよ。黒から濃紺へとなだらかに髪色が変化してたりとか、金髪に白髪が混じってたりとか。確かに特徴的ですけど、似合ってるので変じゃないです」

 前者はシャープ、後者はイージノンシー。二人ともクァトラの色の変わり方とは少し違うので擁護になっていないかもとは思ったが、メアは更に言葉を重ねることで勢いで押し切ろうとする。

「そもそも、先輩はどんな髪色でも似あうと思います。ある程度以上美人なら髪の色なんて大した問題じゃありません。むしろ人と違う方が先輩の特別感が出ててお得です。似合ってます。レオゥとかも同じこと言うと思います。というか似合ってないっていう人はいません。いたとしても見る目のない馬鹿です」

「そ、そうかな」

「はい。金髪は先輩のお母さんの髪色ですか? ご両親の髪の色を変だと思うのはご両親が悲しむと思います」

「金髪はお父様の方……。た、たしかに、昔変だって言ったら悲しんでたかも」

「ほらやっぱり。大丈夫です、自信持ってください。似合ってます。変じゃないです」

「そうかな」

 クァトラは落ち着かないようで何度も手櫛を通す。そして、明後日の方向を向いたまま、ぼそりと呟いた。

「じゃあまあ、別にいっか。毎月染粉で染めるの、少し手間だったし。別に私の髪色気にしてる人なんていないだろうし」

 メアは激しく何度も頷いた。だが、そんなメアを振り返ることもなく、クァトラはずんずんと歩き出す。

「じゃあ、今日の鍛錬はここで終わり。風邪ひかないように体はしっかりと拭いてね。じゃ」

 早口でそう言い、クァトラはそのまま木立の中に姿を消した。

「あ、はい、ありがとうございました」

 メアは頭を下げてそれを見送り、くしゅんとくしゃみをした。気づかなかったが、少し体が冷えてるようだった。


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