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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
一章 学校の始まり
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009 寮・夜・勧誘

 その後、メアは昼食まで剣を振り、昼食を取って水浴びをした。食後はさすがに少し疲れたので昼寝をし、起きたら校内店舗を見て授業に必要なもの揃え、夕食取った。食堂ではレオゥとフッサと出会ったため一緒に夕食を取った。

 食事は相変わらずの粥と干し肉と少しの野菜。干し肉が焼き肉だったり塩漬け肉だったり、野菜の種類が少し違ったりしたが、朝食昼食夕食すべて内容が代り映えしない。粥はお替り自由らしいが、とにかく味気ないとレオゥとフッサからは不満が漏れた。

 とはいえ、味は悪くなく、量も十分であればある程度の満足感は得られる。三人は腹をさすりながら食堂を出た。

「食った食った」

「そういえば、メアの部屋ってどこだ?」

「俺の部屋は端っこの部屋。そっか。みんなこの寮に住んでいるのか」

「部屋の雰囲気はどうでござ……どう? それ……俺の部屋は三人とも無口で息が詰まるん……だよ」

「んー、気のいい奴と、まじめな奴と、高貴そうな感じの奴。悪い奴はいないと思う」

「メアもフッサも四人部屋か。俺の部屋は三人しかいないぜ。空いてる寝台が三人の荷物置きになっているから少し部屋が広い。いいだろ」

「羨ましいでござ……羨ましいなー」

「フッサ、普段通りの言葉遣いでいいんだよ」

「うぅ」

 そんな雑談をしながら廊下を歩き、各自自身の部屋へと入る。そして、部屋の配置上最後まで廊下に残ることとなったメアは、一人で自身の部屋の扉を開けた。

 部屋にはヘクセとキュッフェの二人がいた。と言っても片方は机に向かって書物を広げ、もう片方は既に寝台に潜り込んでいる。おそらく話しかけても会話の相手はしてくれないだろう。メアも荷物を置くと、自身の寝台へと梯子を使ってよじ登った。

 メアは一息を吐き、持ち運んでいた小袋から一冊の本を取り出した。デクロモ冒険記という題のそれはメアの愛読書であり、数少ない持ち込み物のひとつである。灯りのための油灯は節約する必要があるため、暗くなったら読むことはできない。そのため、まだかろうじて明るいうちに読み進めておこうという理由だった。

 暫くの間、メアが本をめくる音とヘクセが何かを記す音が部屋に響く。ゆっくりと陽は傾き、橙色の陽光が窓から部屋を染め上げた。

 遠くから鐘の音が聞こえる。

 橙が黒に近づき、本の字が読み取りづらくなったころ、ヘクセが口を開いた。

「随分と熱心に、何を読んでいるんだい?」

 まさかヘクセから話しかけられると思っていなかったメアは、少し反応が遅れる。しかし、本から顔を上げると本の表紙が見えるように掲げて

 答えた。

「冒険記。面白いよ」

 返事が返ってこないので聞き返す。

「そっちは何をしているの?」

「勉強。折角たくさんの書物があって、それを無料で借りることができるんだから、活用しないなんて勿体ない」

「図書塔だっけ。行ってみたんだ」

「中々広かった。いや、素晴らしい広さだった。まさに塔と呼ぶにふさわしい。あれにぎっしりと書物が詰まっているんだ、ここは神の都だよ。勇気を出して図書委員になってみてよかった。うん、あれは素晴らしい」

 少ししゃべりすぎたと思ったのか、静かになる。

 折角話題ができたのだからと、話を振ってみることにした。

「あとは食べられる野草図鑑と魔導書持ってるよ。ヘクセも読んでみる?」

「魔導書!?」

「う、うん。魔導書」

 妙な食いつきに驚きながらも、慌てて弁明する。

「って言っても、大したものじゃないかも。村長さんちにあったのを、お手伝いの駄賃としてもらったものだから」

「……効果は?」

「効果? 読んでて楽しい。いくつか魔術憶えられたし」

「……ああ、なるほど」

 メアを見上げていたヘクセは、納得したように頷いた。メアの反応から、自身が想像していたような大層なものではないと察したのだ。

 ヘクセはごほん、と咳ばらいをすると、自身の片眼鏡の位置を直した。

「基本的にね、読んだ対象又は周囲の物体に特殊な現象を起こす書物、魔道具としての書物を魔導書と呼ぶんだ。多分メアが持っているのは魔術の指南書だね。魔術の行使方法や効果とかが書いてある奴。まあ魔導書なんて持っていたら隠しとかないと色々と狙われるし、早合点したのは僕なんだけど、紛らわしいよ」

「ごめんごめん」

 メアは素直に謝った。

 そんな話をしていると、扉が叩かれた。誰だろうかと考える間もなくヘクセが扉を開け、入り口からレオゥが顔を出した。

「メアいるか?」

「メアー、君のお客」

「どうしたのレオゥ。なんか用事」

 メアはとりあえず招き入れ自分の椅子をすすめるが、何の用事だろうか、と首を傾げた。心当たりはなく、特に用事があるようにも見えない。

「暇だから遊びに来た」

「ああ」

 それはメアも薄々感じていたことだ。実家にいた時は、仕事の手伝いや近所の探検をしているとくたくたに疲れ果て、夜は陽が沈むとともに眠ってしまっていたが、そういった体力を使うことをしていない今はあまり眠たくならない。とくに娯楽があるわけでもない。必然、夜はなんとなく時間が余る。

 レオゥはヘクセに無表情のまま手を差し出す。

「メアと同じ花組のレオゥ゠タだ。よろしく」

「……ヘクセ゠フス」

 対して、ヘクセは手を差し出すことはなく、そのまま机に向き直った。レオゥはメアに無言で顔を向けてくるが、メアは肩を竦めることしかできなかった。ヘクセはそういう奴だからだ。

 レオゥは諦めてメアの椅子に座ると、近くで寝ているキュッフェに気付いて小声で話し始めた。

「やることなくないか」

「授業が始まれば違うんだろうけど、確かに暇だ。剣を振ろうかとも思ったんだけど、もう水を浴びちゃったから、汗をかくのもちょっと」

「だよな。魔術の訓練も延々とできるわけじゃないし」

「レオゥ魔術得意?」

「正直苦手。魂力はある方だと思うんだけど、繊細な操作ができなくてなー。短所ばっかりおふくろに似たんだ」

「へー、俺も魔術苦手。早く授業の魔術が始まらないかなあ。剣術もあるんだよな」

「史学や生命学、儀学や算学もな」

「よくわからないけど、楽しそう」

「そう思えてる内はいいな。俺はあんまり勉強は好きじゃないから」

 二人はこれから始まるだろう授業について話し合う。その無知さ故か前向きなメアと、少し後ろ向きな意見の多いレオゥ。対照的な二人だが、しかし、やはり二人とも楽しみではあるようで、自分がどんなことをしたいかという話に花が咲いた。

 油灯の小さく柔らかな明かりのもとで、会話を続けていると、たまにヘクセも口を出す。少しするとヴァーウォーカも帰ってきて話に混ざる。そうして、話が盛り上がって声が大きくなってはキュッフェが不機嫌そうに怒り、音量を下げては会話してはまた盛り上がる、ということを何度も繰り返した。

 人がたくさんいるのだし、と点けられた油灯の油が切れそうになったころ、再び扉が叩かれた。

 ヴァーウォーカが扉を開けると、そこには上級生であろう、やや大人びて見える少年がいた。

「やあ、夜遅くに済まないね」

「いえ、いいんですが、あなたは?」

 当然の疑問に、来訪者の少年は胸の前で腕を組んだ。

「君たち、飛球に興味はないかい?」

「あー……」

 ヴァーウォーカは振り向いて確認すると、レオゥもヘクセも首を振った。

「いえ、他に色々とやりたいことがあるので」

 やんわりと断られ、少年は眉尻を下げるが、すぐににかっと笑うと、元気に声を出した。

「体を動かしたいとか、興味が出たとかになったらいつでも来てくれ。たいていは六時限目が終わったあたりから運動場で飛球をしているからね。遠目に眺めてくれても良し、近くによって見てくれても良し。我々はいつでも君たちを歓迎するよ」

 それだけ言い切ると、失礼するよ、と少年は部屋から出ていった。

 今一状況が理解できないメアは、近くにいたレオゥに聞く。

「飛球ってなに?」

「そこからか」

 レオゥは無表情ながらもやや呆れた声を出し、ヴァーウォーカは苦笑いをした。しかし、説明はしてくれるようで、そのあたりはヘクセよりだいぶ親切だ。

「飛球っていうのは、球遊びの一種だな。北の方だけじゃなくて最近は色んな地域ではやってるみたいだ。で、今の人はたぶんそれで遊ぶ自主活動団体の勧誘だろう」

「集団でやる競技だからね、人数が必要なんじゃないかな。で、新入生を勧誘するなら寮を狙った方がいいんだろう。寝る前の時間ならみんな自分の部屋にいるだろうし、暇だろうから話も聞いてくれる」

「なるほど」

 メアは納得して頷いた。似たような遊びはメアの住んでいた地域にも存在していた。

 そうしていると、すぐに再び扉が叩かれるので、今度はメアが扉を開ける。

 爽やかな笑みを浮かべる少年は扉が開かれるなり声を張り上げた。

「やあ、君たち、ものづくりに興味はないかい?」

 メアが振り返ると、三人とも首を振る。

「そうか! 失礼した!」

 そして、退散する少年。

 メアはなんとなく流れを理解した。そして、次に扉が叩かれるまでに素早く会議をした。

「誰か扉開ける係にしない?」

「順番で良いだろ」

「キュッフェ様はどうする?」

「馬鹿起こすな。わかった、俺がやるから」

「ありがとーヴァーウォーカ」

「あ、でもとりあえず追い返す感じで良い? 何か興味のある団体ある?」

 言っている間に扉が叩かれ、そこからは怒涛の勧誘の連打が始まった。

「錬金術やりかいなら錬金の竈! 錬金の竈に是非入団を! 三年生になる前から錬金術を学ぶ好機!」

「えー、我々はレトリー射撃部です。弓、弩、銃、投擲帯なんでもありです。でも魔術はなしです。的当て好きな人来れ」

「諸君! 将来有望な君たちには二つの選択肢がある! それは、描くか描かないか! という選択肢だ!」

「うーっす、迷宮研究所の一般研究員です。今日は迷宮に関して簡易なご説明をば……」

「こちら文学部の去年の部誌です。暇ならご一読どーぞ。興味を持ったら第三教育棟へー」

「霊的生命研究団です。今あなたの後ろに……は何にもいません。あーくそ、この学校瘴気が薄すぎる。こんなんじゃ霊は寄ってこないって……」

「我ら湯煙怪盗団。活動内容は秘密。怪盗なのでね。怪盗になりたいという君、是非我々の隠れ家の前で暗号を唱えてほしい。できれば水魔術か火魔術か土魔術が得意だと嬉しい」

「ねえねえねえねえ走るのって楽しいよねえ! 風を切って鼓動を聞いてどこまでも走っていきたくないかい!? そんなあなたには走り屋! 走り屋へ是非」

 愛想よく相槌を打ち、部屋の中の人々の意思を確認し、残念ですが、と追い返す。そんなことを何度も何度も続け、一通りの勧誘を捌ききったころにはキュッフェ以外の全員が疲れ果てていた。壁の薄さから隣の部屋からも二重に勧誘の文句が聞こえるのも疲労勘に拍車をかけている。これが端の部屋でなければ、三重の勧誘文句を聞かなければいけないところだったため、メアは端の部屋であることに感謝した。

 全部の話を聞いたが、メアの琴線に触れるものはなかった。当然のように剣士會の勧誘はなかったし、他の剣術関連の団体の勧誘もなかった。魔術に関する勧誘もない。

 メアは少し残念に思いながらも、その騒々しさはどこか楽しく、夜の退屈さを紛らわすには十分だった。

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