089 寮・夜・勧誘
夕食後、寮へと向かう道すがら、思い出したようにウルスがメアの肩を叩いた。
「そういえばさ、メアは自主活動団体には何か入っているのかい?」
言われて、メアはウルスに自主活動団体の説明をしていないことに気づいた。厚生委員として圧倒的な手抜かりであるため、メアの顔からさっと血の気が引いた。
「あっあっあっ」
「ん? どうかしたかい?」
「ごめんっ! 自主活動団体の説明してなかった。すっかり忘れてた。厚生委員としてあるまじき失態」
「ああ、そのことか。大丈夫だよ、他の子たちからも少なからず話は聞いてたからね。で、どうだい? メアはなんの団体に?」
「俺は魔闘連盟っていう小さい団体に入ってるけど、どうかした?」
そこに目をきらりと輝かせたレオゥが割って入る。
「魔術と闘技を組み合わせた戦闘技術を学ぼう、という団体だ。戦闘系の団体は数あれど両方やろうってのは学内では唯一。入会費年会費も要らないし厳しい規則も仕事もない。気が向いたら参加する感じの緩い団体だ。他の団体との掛け持ちも可。興味あるか?」
「おお? その口ぶり、レオゥも入っているわけだ。そして、そうだな。新入部員を一人以上連れて来いって感じの指令が出てる感じかな。ふうむ」
顎に手を当てたウルスに対し、レオゥはメアに目配せする。その意図を察したメアはそんなにうまく行くかと首を傾げながらも口を開いた。
「先輩はいい人だし、興味があるならとりあえず見学に来てよ。まあ正直あんまり真面目な団体じゃないから部屋で卓上遊戯やってることも多いけど。あ、別に無理にとは言わないよ。興味があるならでいい。確かに人集めてこいとは言われてるけど、期限を切られたわけでもないし、できなくても罰則もないし」
「罰則がないかは不明だぞ。ウォベマ先輩、団長が何言ってくるかは想像できない」
「まあでも、今日の夜に一年生の寮に勧誘にも行くつもりだし、それで何人か釣れるかもしれないじゃん? まだ全然慌てる時間じゃないと思う」
それを聞いた途端、ウルスがメアの正面に回り込んでメアの両肩を掴んだ。
「勧誘? 夜に一年生の寮室に乗り込んで勧誘?」
「う、うん」
「面白そう! 一緒に行きたい!」
「えっとそれは、魔闘連盟に入りたいってこと?」
「いや、そっちはまだ未定。先輩方の人柄もわからないし、活動内容もちゃんと見なきゃいけないから。でも勧誘は楽しそう」
「どう思う? レオゥ」
レオゥは肩を竦めた。
「別に良いだろ。女子がいた方が釣れる奴もいるかもしれない。話を聞いてくれる奴も増えそうだ。ウルス、話を聞かれたら正直に答えてもいいから聞かれるまでは団員じゃないことは黙っていてくれ。それが守れるならついてきてもいいぞ」
「やった! いつから?」
「じゃあ、夕食も終えて、下聿の七刻くらい?」
「そんぐらいなら部屋にいる生徒も多そうだし、まだ寝ていない生徒も多そうだ。集合場所は寅雲寮の入り口で」
「決まり!」
ウルスは上機嫌な様子でメアの肩を何度も揺さぶった。
字陽寮への道がある四つ辻でウルスと別れると、レオゥはメアに向かって呟いた。
「なんか、メア。ウルスに懐かれてるな」
「そうかな?」
「そうだと思うぞ。お国柄なのかもしれないがべたべた体触ってくるし。何かしたか?」
「何もしてないよ。たぶん。ウルスって誰にもでもあんな感じの対応な気がするけど」
「……確かにそんな気もしてきた。俺への態度も平均よりは柔らかい、か?」
首を傾げるレオゥにメアは何度も頷き、寮への扉を開けた。
水浴びをして身を清め、寝台で誘い文句を考えているとすぐに約束の時間が来た。メアが持ち込む気だった台本用の紙片はレオゥが廃棄し、手ぶら身一つで二人は寅雲寮へ向かう。
三息ほど前に到着し、寅雲寮の裏口を確認すると、ウルスはまだ来ていなかった。正面に回り込んでも同様。しかし、時間まで待つか、と二人が気を抜いた瞬間、背後から首に腕を回された。
「がおーっ!」
反射的に投げようとするメアと、腕を差し込んで気道を確保しつつ魔力を練るレオゥ。二人の行動に背後の人物は慌てて手を離し、両手を頭上に挙げた。
「わー、ごめんごめん! ちょっと脅かそうとしただけ」
二人が振り向いた先にはウルスがいた。その姿に二人は息を吐く。
「あっ、ごめん。つい」
「ちょっと心臓に悪い。ウルスの目論見通り、驚いた」
「いやいや、驚いたって言うならもう少し可愛い反応してほしいな。その無表情で言われても説得力ないよ。それに、メアはともかく、レオゥも中々良い反応だったし。うーん、学校の授業の成果?」
メアとレオゥは同時に首を振った。
「いや、俺はウォベマ先輩……団体の先輩にしごかれた結果というか」
「俺も授業では護身に関する技術的なことは教わってない。これは家訓、というか、虐待? の結果」
「虐待されてたの?」
「いや。比喩。訓練、と言う感じでもなかったから」
「へー」
その言葉がどこまで本気かはメアは分からなかったが、少なくとも虐待をされていたわけではなさそうだと思った。なぜなら、レオゥが父母のことを話す時、そこから拒絶や忌避、嫌悪といった感情はまったく感じられなかったからだ。
「そういえば、俺らってあんまり身の上話したことないね」
「俺は意図的に避けてる」
「そうなの? じゃあやめとくか。俺の方もあんまり面白い話ないし」
「そうしよう。それより、三人そろったなら勧誘を始めようか。今ので全部台詞忘れた気もするが」
レオゥがウルスの方へその無表情を向けると、ウルスは舌を出して手で謝った。表情と仕草が一致していなかったが、レオゥはそれ以上追求はしなかった。
三人は寮に入ると、とりあえずで一番端の扉に目をつける。メアとレオゥは目で語り合い、同時に拳を突き出した。
「やむなし!」
メアの手は剣、レオゥの手は水。息の合った突然の手決にウルスは目を白黒させるが、二人はとくに説明することもなく、敗者であるメアが悔しそうに扉を叩いた。
「はいどうぞー」
応答があったので扉を開くと、中には六人ほどがいた。おそらく四人は一年生で、他の二人は上級生。つまり、先客だ。
戦争か、と構えるメアの予想に反し、二人組はメアたちが入ってくると、じゃあこれで、と言って部屋を出ていった。その際、ウルスの方をじろじろと見ていたが、特に険悪な空気になることもなかった。
(いや、去年も勧誘の人たちが喧嘩してるとこは見なかったか。紳士協定かな)
メアがすれ違う二人に会釈すると、二人も会釈して去っていった。
四人の方に向き直ると、四人の視線が一斉にメアに集まる。その瞬間、メアは喉が動かなくなった。呼吸ができない。心臓が激しく脈打つ。顔が熱くなる。
焦るメアに対し、レオゥは知らん顔で腕組みをする。ウルスも口を開こうとしたが、団員ではないことを思い出し自重した。
数脈の静寂の後、口火を切ったのは一年生の方だった。
「あ、厚生委員の人だ」
「知り合い?」
「ほら、学校来た時に門で受付してくれてた人」
「じゃあ先輩じゃん。敬語敬語」
四人が口々に言葉を発することで、メアの体に段々と自由が戻ってきた。早鐘のように打つ心臓も少しずつ収まってくる。
メアは自身の唇を湿らし、できるだけ穏やかな声を心掛けて口を開く
「ど、どうもー。初めましてじゃないっぽいね。ごめん、全員は顔と名前覚えられてなくて」
「いやまあ、こっちはただの新入生なんで別にいいっすけど。なんすか、勧誘っすか?」
「そうそう。厚生委員じゃなくて、自主活動団体のね。俺は二年生のルールス゠メア。魔闘連盟っていう団体に入ってる」
「何やってるとこっすか?」
「かっこよく言えば、魔術と闘技を組み合わせた戦闘の研究」
「実際のところは?」
「個人の訓練五割、卓上遊戯五割」
「それ卓上遊戯部なんじゃ……」
一年生の指摘に言葉に詰まったメアの肩を抑え、レオゥが前に出る。
「まあそんくらい緩い雰囲気の活動だと考えてくれ。厳しい訓練を先輩たちが課してくることはない。自由にのびのびとやれる」
無表情のレオゥが威圧的に感じたのか、一年生は黙り込んだ。そして、ぼそほぞと何かを囁き合ったあと、一番気の強そうな生徒が恐る恐る手を挙げた。
「入る利点あります?」
「一番は、先輩と実戦形式の手合わせができることだな。闘技の得意な先輩、魔術の得意な先輩が両方いるし、何より、刃引きしていない真剣での戦闘訓練ができる。これは明確に他の団体にはない利点だ」
「えっ、怪我しませんか? 優秀な白魔術師がいるとか?」
「もっと上だ。先輩の一人が空魔術を扱える。それで鎧張ってくれるから、怪我を一切気にせず存分に剣を振り回せる」
「【超断裂空無敵盾鎧】ね」
「【超断裂空無敵盾鎧】……?」
メアは胸を張って口を挟んだが、一年生からの反応はあまり芳しくなかった。肩を落とすメアをレオゥは再び背後に押しやる。
「ともかく、そこが利点だな。一応団体の部屋も確保してある。掛け持ちも問題なし。気が向いたらここに来てくれ。六限目が終ったあたりであれば大抵誰かがいる」
そう言ってレオゥは地図の掛かれた紙片を差し出す。それを受け取った一年生は少し興味が出てきたのか、紙片に目を遣ったまま口を開いた。
「先輩方はどんな人たちですか? 手合わせできる、って話ですけど、強いんですか? 実績はありますか?」
「去年の団長は個人戦闘祭で三位だった。今年はまだ実績はないが、もちろんよい成績が取れるよう努力している」
「ふーん」
部屋の隅で椅子に膝を立てて座っていた生徒がちらりとウルスの方を見た。他の一年生もよく見ればウルスの方をちらちらと見て顔を赤くしている。
「他に何か質問ある?」
メアがそう問うと、長い葛藤の後、一人が勢いよく手を挙げた。
「そちらのお姉さんも団員ってことですか!?」
よくやった、と言わんばかりに他の三人が手を挙げた一人の背中を叩く。メアとレオゥはウルスの方へ視線をやり、任せる、と顎で示した。
ウルスは非常に悪戯っぽい笑みを浮かべ、腕を組んだ。その腕でウルスの豊満な胸部が強調され、一年生の視線が釘付けになる。
「ふふ、どうかな。気になるなら、ぜひ魔闘連盟の部屋に来て確かめてみてよ」
そう言って人差し指を自身の唇に当て、ちゅっと音を立てて指を反らした。メアとレオゥは呆れつつもそれを表情には出さず、放心している四人を置いて部屋を出た。
廊下に出ると、ウルスは両手で顔を隠して座り込んだ。そして、唸り声を上げながら首を横に振る。
「どうした」
「いや……やり過ぎた気がする。なんか今更になって凄く恥ずかしくなってきた。なんだ今の。ちゅ、じゃないんだよ、ちゅっ、じゃ」
「んじゃなんであんなことしたんだよ」
「なんというか、あまりに一年生が可愛くて。初々しさを存分に感じて。貴重な栄養を摂取できて生き返ってしまって。やり過ぎた」
「といっても俺らと一歳しか変わらないけどな」
「メアとレオゥも同じくらい可愛いよ」
「男に対する可愛いってのは誉め言葉じゃないぞ」
「うん」
憮然とした表情のメアを見上げ、ウルスは頬を真っ赤に染めたままくつくつと笑った。メアとレオゥはなんと返せば良いのか言葉に詰まり、ウルスの笑いが収まるのを待ただつのだった。
その後、すべての部屋を回り、大体の生徒がウルスに対して似たような反応を示すのを二人は確認した。釣れる生徒は多そうだったが、それはつまり騙される生徒も多いということ。後でウォベマやディベに怒られないかとそこはかとなく不安になりながら、二人はその日の勧誘を追えた。
レオゥは女子寮での勧誘もウルスに頼んだが、さすがにそこまではできないと断わられた。当然のことなのでレオゥはあっさりと引き下がり、代りにメアが改めてウルスを誘っておいた。
ウルスは終始楽しそうだった。




