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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
六章 吹き抜ける風
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088 食堂・遭遇・挨拶

 二年生の初週は、メアはレオゥとウルスと一緒に可能な限り多くの授業を受けた。興味のある授業、興味のない授業、出てみたら意外と面白かった授業、受けているのが苦痛だった授業。メアの感想は様々だが、新しい先生と顔を合わせることや、他の組の生徒の為人が見える瞬間が多々あり、それだけでメアにとっては収穫だった。

 初日に星を貰った生徒も少なからずいた。ボワやゼオのような人材が他の組にもいたということだ。しかし、数多くいた優秀な生徒の中でも特に刮目すべきは、ウルスだった

 ウルスはほぼすべての授業内容を理解しており、先生から質問された場合には完璧に近い形で回答した。実践系の授業内容でも同じであり、格闘学・無手の授業ではボワと互角以上に打ち合い、属性魔術・力の授業では力魔術、火魔術、電魔術、音魔術、光魔術を使いこなし、創作実践・武器の授業では鑿と鎚で見事な彫像を彫り上げ、調合学の授業では一切迷うことなく上質な痛み止めを調合した。すべての授業に出没し、すべての授業で鮮烈な印象を残す、見目麗しいウルスのことが二年生中で話題になるまで、大した時間はかからなかった。

 昼食を三人で取っていると視線を感じる。ひそひそと声が聞こえる。メアがその会話に耳をそばだててみると、大抵ウルスのことを話している。

 誰? 花組にあんなやついたか? 編入生? 隣にいるのは? 知らん。美人。綺麗。かっこいい。気品を感じる。

 大体そんな感じの会話だ。

 中には直接話しかけてくる剛の者もいる。メアの中で特に記憶に残ったのは三組。

「ウルスさん、ですわよね。色々な授業で顔を合わせますし、これも何かの縁ですわ。私たちと一緒に授業を受けませんか? 組が違うといっても争っているわけではありません。私たち、是非ウルスさんと仲良くしたいと思ってますの」

 と提案する高貴そうな雰囲気を出している少女の集団。

「不躾に申し訳ない。貴女の姿に一目ぼれした。結婚を前提にお付き合いしていただけないか」

 と求婚する大柄な少年。

「君、剣士會に入らないか?」

 と勧誘するルバス他数名。

 どれもメアは感動と共に眺めていたが、ウルスの返答はどれもやんわりとした断わり文句だった。

「誘ってくれてありがとう。一緒にとかそうした約束はあまり気にせず、近くの席に座ってくれてもいいんだよ? 組ごとに分かれて座らなければいけないなんて決まりないんだからさ」

「ははは、嬉しいけど、今はまだお相手は探していないんだ。一年後もまだ同じ気持ちだったらまた声を掛けてくれると嬉しいよ」

「剣士會、というのは例の自主活動団体というやつかい? わざわざ勧誘してくれたのは光栄だけど……というかメア、どうしたんだ凄い顔して。ルバス君も。君たち何か因縁でもあるのかい? 全然? あ、そう。その割には息ぴったりだね」

 眩しい笑顔でそう返されると、相手もそれ以上追求することはできないようで、特にもめることはなかった。

 そして、冥真星。それまでと同じように授業を受け、途中の組活動の時間に新入生の入学式をさっと済ませ、最後の授業の文化学を無事に受け終え、三人は食堂で一息つく。

「とりあえず一通り見れたな」

「つ、か、れ、たー……」

「いやはや、本当にその通りだね。授業の範囲が広いうえに密度が濃いよ。気軽に全科目受けるなんてするべきじゃなかったね」

「俺は最初に忠告したぞ」

「そう言いながら付き合ってくれるのがレオゥ」

 レオゥの背後からの手刀を受け止めるメアを見てウルスは楽しそうに笑った。

「で、どうだい? メアはどの授業を受けるか決めたかい?」

「どうしようかなー。受けると決めたのはある。受けないと決めたのもある。どっちにしようか迷ってるのが大半。レオゥは?」

「人体学、属性魔術・力、属性魔術・水、魂育、魔術理論、魔術実践、天地学、文化学、法学、物流学、機構学、調合学、生命情報・亜人、薬学。あと選択は料理」

「うわ、即答だよ」

「やりたいこと、やれることが決まってるならあとは消去法だ」

 腕を組むレオゥにウルスが興味深そうな顔をする。

「レオゥは魔術師を目指しているのかい? かなり魔術学を厚めに取るようだ。あと、闘技学からは一科目しか取らないが大丈夫かい? 落としたら留年だよ?」

「魔術師を目指しているわけではないが、それくらいしかできることがないのも事実。将来の展望に関しては聞かないでくれ。何もない」

「それにしても闘技学から一個は少し危うくない?」

「だからって適当な格闘学を取ったって星はもらえないぞ。護身用に無手ぐらいは取りたかったが、担当がキケ先生だろ? あの人の授業は正直受けたくない」

「じゃあ生存術の授業取ろうよ。俺取るんだけど他に取りそうな知り合い居なくてさ」

「それもキケ先生が担当だろうが。嫌だよ。闘技学苦手な人用に座学だけの人体学なんてのをわざわざ用意してくれてんだから、俺はありがたくそれを取る。嫌だ。運動したくない」

 メアとウルスは顔を見合わせ、二人でやれやれと肩を竦める。レオゥは苛立たしそうに指で机を叩くが、無表情なのは相変わらずだ。

「メアは? どうする?」

 ウルスの問いかけに少し悩むメア。

「レオゥと被りそうなのは、人体学、属性魔術・力、魔術理論、魔術実践、天地学、法学、生命情報・亜人、薬学、かな。あー、でも属性魔術とか生命情報とかの被り授業枠、あれ六枠しかないじゃん? 俺もっと取りたいんだよなー」

 それはメアの大きな悩みの種だった。六枠しかないのに受けたい授業は九教科、という状態なのだ。いずれを捨てるか。捨てるとしたら他の授業で補えそうなものはあるのか。授業時間は問題ないか。考えることは少ないながらも、それらが入り組んでいることからメアの悩みは解決しない。

 そんなメアに救いの手を差しのべたのはウルスだった。

「じゃあ、レオゥが受ける授業はレオゥに任せて、内容はレオゥに教えてもらえば良いんじゃない?」

「お! 手分けするってことか。それ、いいな。あ、じゃあウルスはそこら辺何か受ける予定ある?」

「そうだね、メアの興味のありそうな範囲だと、生命情報・霊は受けるつもり。創作実践と格闘学は実際に受けないと意味ないから除外ね」

「いや、それでも全然あり。生命情報・霊と亜人を除けるなら、あとは創作実践のどちらかを諦めればいいだけだから、うん。いけそう!」

「おーい、水を差すようで悪いが、それ俺の協力が前提だよな。手間が凄い増えるんだが? メア向けに授業やれと?」

「駄目?」

「……まあ、簡単にならいいが。どうせ同室だしな」

「ありがとレオゥ! いつも頼りにしてる!」

「薄々感じてたけど、レオゥはメアに甘いねえ」

 一番の悩みが解決したことで、メアは受ける授業が連鎖的にぱたぱたと決まっていった。レオゥのように得意科目があるわけではないので幅広く色々と取ることにはなりそうだったが、それでもどれも興味のある授業であることは間違いない。メアは頭痛の種が消えたように思考が楽になり、満面の笑みを浮かべた。

 干し肉を一切れ献上しようとするメアをレオゥが押し返していると、横から声がかけられた。

「やっほー、メア君。お隣良いかな?」

「リーメス先輩、とクァトラ先輩。どうぞどうぞ」

 いつも通りの柔らかな笑みを浮かべるリーメスと少し気まずそうな顔をしたクァトラがそこには立っていた。

 しかし、直後、ウルスが持っている杯を取り落とした。ごとっと音を立てて杯が跳ね、中の水が飛び散る。

 慌てて布巾を手に取ったメアは、それをウルスに差し出し、その表情を見てぎょっとした。

 ウルスの視線はクァトラに釘付けになっており、顔には警戒と恐怖がありありと浮かんでいた。痛みをこらえるように歯を食いしばり、全身の筋肉が硬直している。まるで、狩人の目の前に飛び出てしまった獲物のような表情だ、とメアはぼんやりと思った。

 しかし、ウルスは全員の視線が自分に集まっていることに気づくと、慌ててぎこちない笑みを浮かべて杯を拾った。

「あ、済まない。少し驚いてしまった。ええっと、こちらのお嬢さんはどういった、先輩? と言っていたが」

「リーメス先輩とクァトラ先輩。二人とも三年生。俺がたまにお世話になってる」

「三年生、ということは、学生なのか? この人が?」

 クァトラは自身が指さされていることに気づくと、申し訳なさそうな表情から衝撃を受けたような表情に変わる。

「えっ、私そんなに老けて見える? まだ十五歳なんだけど……」

「ああ! いえ、申し訳ない。いや、全然、そんなことはない。見た目は可憐そうなお嬢さんそのものです。ただ、その、あまりにも、佇まいが。えっと、腰の物を見る限り、剣術が得意なのでしょうか?」

「まあそこそこ」

「かなり強いよ。すっごく」

 状況を一早く理解したレオゥがウルスの肩を叩く。

「この人は雷流剣術の範士。【殲雷】のクァトラって聞いたことないか? 本人とメアはすっとぼけているけどかなりやばい方の剣士。多分、先生含めて学校で一番の剣士」

「ああ、雷流剣術の範士。それでか。【殲雷】という名は申し訳ない、世間に疎くて聞いたことはないが、別名があるということは踏破しているということだろうか」

「お詳しいですね。はい、踏破範士です。できればその別名は連呼しないでくれると嬉しいです。よろしくお願いします」

「それはまあ、そんな傑物がこの学校に。こちらこそよろしくお願いします。無礼をお許しください。あまりにも強烈な気だったもので」

「いえいえ。たまに似たような反応されるので慣れてます」

 二人はぺこぺこと頭を下げ合う。険悪な空気にはならなそうだと他の三人は安堵した。

 そのままリーメスがメアの隣に座り、更にその隣にクァトラは座った。

「この子、クァトラ見て驚いてたってことは新入生? 二人とはどんな関係?」

「編入生です。同じ組に来て、俺が厚生委員なので色々とお世話というか、一緒に見て回ってます」

「へー、こんな綺麗な子が同じ組になるだなんて運がいいね! 他の組の男子は悔し涙流してるんじゃない?」

 メアはレオゥと顔を見合わせた。レオゥは頷く。

「そうかもしれないらしいです」

「メア君、他人ごとじゃないよ! 反応薄いよ! やっぱりあれかな? 普段からクァトラと一緒にいるからかな? 美人に耐性できてる?」

「いや、どっちかというと、みんな美人に見えるのであんまり変わらないというか」

「やだもう! お世辞まで覚えちゃって! 聞いた? メア君私のこと美人だって!」

「声大きいよリーメス。あとそこでその感想になるのはちょっと恥ずかしいよリーメス」

 伏し目がちに小声で呟くクァトラを無視して、リーメスは自身の羽毛を整え始めた。

 いつも通りの陽気さだな、とメアが粥を口に運ぶと、ウルスがその肩を掴んで強引に自分の方へ向かせた。

「なになに、メア、私のこと美人だって思ってたんだ」

 そう言って覗き込むようにして顔を近づけてくるウルス。その表情は明らかに何か悪だくみをしているときのもので、メアは動揺を抑え込んで粥を飲み込む。

「まあね。レオゥもそう思ってるみたいだよ」

「一般的にな。顔は整っている」

「男子ども! 恥ずかしがるな! 抱いてほしいなら抱いてやるぜ……ぐらい言いなさい!」

 リーメスの野次を無視して、ウルスは机に身を乗り出して体面に座るメアの顎に手を添える。そして、くい、と自分の方へ向けさせる。その所作に食堂がざわついた。想像以上に自分たちが注目を浴びていることをメアは察した。

「じゃあ、もっと、もっと仲良くなりたかったり……?」

 メアはごくりと唾を飲み、その返事をする前にレオゥがウルスの背中の服を掴んで引き戻した。

「はい、やめ。悪ふざけはここまで。注目浴びすぎ」

「ああ、失礼。ちょっとあまりに反応が面白かったから。そうだね、目立ちすぎるのは良くないね。目立つ花は摘まれる。気を付けるよ」

「そういう意味でいうとウルスはもう手遅れだぞ。先輩もすみません、変に注目浴びさせちゃって」

「私は面白いから問題なし!」

「私、次から離れて食べるから。リーメスとは」

「ごめんって! もうやんないから!」

 そのまま盆を持って遠ざかっていくクァトラをリーメスは笑いながら追いかけていった。

 それを見てメアとレオゥはため息を吐き、ウルスは楽しそうに笑うのだった。

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