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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
六章 吹き抜ける風
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087 教室・混合・授業

 翌日、メアとレオゥは食堂で眠たい目を擦る。

「何受けるか目星はつけたか?」

 レオゥの問いに、メアは大きくうなずいた。

「とりあえず全部。初週は全部受けてみる」

「メア……それは流石に、いや、まあ最終的に絞るなら問題ないけどな。概要聞いて明らかに興味ないような授業まで受ける意味はあまりないぞ」

「でも、受けてみたらひょっとしたら合うかもしれないし、面白いかもしれない。やってもないうちから切り捨てるのはやめるって決めたんだ。あ、でもいくつかの授業は時間被ってるから全部は無理なんだっけ。属性魔術と格闘学と創作実践と、あと」

「生命情報。合計で六つまでしか取れないから、気になるのが七つ以上あったら選択だな」

「うーん、まあ創作実践はいっか。属性魔術も力だけでいいや。格闘学も無手と剣術だけでいいかな」

 粥を口に放り込み、咀嚼しながら、記憶を呼び起こすメア。しかし、三〇を超える科目のすべてを思い出すことはできず、結局、受けてから決めればいいと思考を放棄した。

 そんな二人に対し、横から声がかけられた。

「隣良いかな」

 メアが顔を上げると、ウルスが爽やかな笑みを浮かべていた。今日も笑顔が眩しいとメアは思った。

「おはよう。どうぞどうぞ」

「ではありがたくご一緒させてもらおう。レオゥもいいかな?」

「どーぞ。一人か? 相部屋は?」

 レオゥとしては何気ない挨拶だったが、それを聞いたウルスは苦笑いをした。

「あー、私は相部屋じゃないんだ。二人は同室?」

「そうだよ。いいねー一人で部屋使えるの」

「女子寮のやり方はよくわからないな。すまない、変なことを聞いた」

「いいんだ、気にしないでくれ」

 そう言ってウルスはメアの隣に座った。

「今日からついに授業が始まるね。メアとレオゥは何を受けるのかはもう決めたのかい?」

「メアはとりあえず全部受けてみるってさ」

「レオゥも受けようよ」

「俺はいい。ウルスは?」

「それ、面白いね。私も全部受けてみようかな」

 メアは目を輝かせてウルスの方を見る。レオゥはウルスにやめておけと目で伝えている。ウルスは両方の視線を笑顔で受け止め、頷く。

「折角、学校とやらに来たのだしね。貴重な経験だ。何事もやってみるに限ると思わないかい?」

「そう思う! ほら、レオゥも受けようぜ」

「……まあ、最初だけなら」

「決まり」

 メアとウルスはにこにこと粥を咀嚼し、レオゥは無表情のままため息を吐いた。

 そうして、メアの二年生としての授業がついに始まった。

 最初の授業、昊弧星の一限目。神話学の授業でメアがまず感じたのは新鮮味だった。

 まず、教室の広さが違う。今までの最大でも三〇人前後が入ればいい教室と、最大で一学年分一〇〇人は入る教室では解放感が違った。そして、顔ぶれ。実際に教室に集まったのは五〇人程度だったが、他の組の生徒が大多数を占め、たまに挨拶をする程度の顔、見たことはあるが会話したことのない顔、ほとんど記憶にない顔が集まっている。そのこともまた新鮮だった。部屋の内装も異なる。先生が教室に訪れる方式だとどうしても気軽に持ち込める量の手荷物しか教室に持ち込めないのに対し、生徒が教室に訪れる方式ではそうした制約がない。そのため、壁の一面には様々な注釈の書き込まれた世界地図、また別の一面には手書きの年表、天井には宗教画、とその授業の色が教室に反映されている。

 そして、何より授業内容。一年次の授業が全員を対象とし、興味がない生徒も混ざっていることが前提のものだったのに対し、二年次の授業はその学問に対して熱意を持っている生徒以外はお断りの内容となっている。

 授業開始早々の宣言がその証拠だ。

「この世界の成り立ち、神の分類、大まかな宗教分布と各神話体系の整理。一年次の授業ではここまでをやりましたねー。二年次の神話学ではここから更に細分化していきますー。ギェセバク教の古教派と革新派、またそれぞれの分派の成立時期、教義の差異とそれがなぜ生まれたのか。これらはすべて理由があり、一つの流れで捉えることができますー。そして、それはギェセバク教だけを知っていればいいわけではありません。リェハ教、ヒナネユ教との衝突の歴史、交流の経緯、また各征教戦争、天災と飢饉、すべてが無関係ではありません。神話学を紐解いていくためには、天地学、史学、戦争学、商学、法学、物流学、人民学、広く広く学び紐づけていく総合的な知識が必要ですー。これらを真摯に学び、学問を追求する心意気のある者だけがこの授業を取ってくださいねー。生半可な覚悟では星は与えません」

 続く授業も進行が速く、一年次の授業内容はすべからく頭に入っているべき、とでも言わんばかりの内容。最初の授業だから軽めにする、という先生の宣言が嘘だったかのように、専門的な内容から入っていっている。

 四分の三刻の授業が終了した後、メアとレオゥとウルスは仲良く椅子に背を預けた。

「面白」

「疲れた」

「こわー」

 三者三様の感想だったが、休んでいる暇はない。六息もすれば次の授業が始まる。三人は慌ただしく教室を出ると、次の授業のための教室へ向かった。

 二限目、生命情報・植物。他の授業と被っている代りに週に複数回同じ授業が行われる、という形式の授業のうちの一つだ。属性魔術は血綬星の方が良い、朝から格闘学で体力を使い果たしたくはない、という理由から消去法で選ばれた授業。

 指導はエフェズズだ。

「初めましての方はいませんね。一年次では酪農実学を教えていましたエフェズズです。主に植物関係の生命情報を教えます。多少は昆虫や家畜とも関係がありますが、いずれに興味のある方も興味のない方も、できれば取ってくれると嬉しいです。はい、では一年間よろしくお願いいたします」

 一年間見慣れた顔に、いつも通りの穏やかな語り口。初回だからと言う言葉に違わぬ、さきほどよりは随分と柔らかな授業。教室も多様な植物が壁や天井に飾られた心落ち着く空間。その安心感にメアとレオゥは落ち着きつつ、先ほどまでの緊張感はどこに言ったのかという空気の中で授業を受けることができた。

「温度差」

「内容は専門的にはなっていたが、まあ順当な感じだな」

「あの先生、確か花組の担任の先生だよね。いい人そうでよかったー」

 三人はやや軽くなった足取りで次の授業へと向かった。

 三時限目、調教学。空気はまたしても一変する。

 教えるのはビッカと名乗った小柄な女性の先生。ビッカは授業が始まるな否や生徒たちを池へと連れ出し、水門を開いてその水を抜いた。

「調教師に一番必要なことはわかる? そうやね、生命を慈しむ心……愛やね。でも大丈夫、きさまらに生命を愛する心がないとしても、目覚めることは可能やから。むしろ目覚めさすのがわたしの使命? ということで、きさまら、可愛い可愛い生命と触れ合おう。小難しい理論なんて二の次よ。いつもきさまらの汗垢糞尿をもぐもぐしてくれてる可愛い可愛い碧泥ちゃんたちと思う存分触れ合うのが今日の授業です。始めーい」

 そう言ってビッカは池の底面にびっしりと張り付いた碧泥の真ん中に両手両足を目一杯広げて飛び込んだ。

 一体どんな思惑があるのか。自分たちが碧泥をどう扱うのかを見ているのか。正しい世話のやり方を知っているのか確かめるための試験なのではないか。生徒たちは疑念を抱きつつ恐る恐る池に入り、様々なやり方で碧泥と接触する。

 しかし、結局ビッカはそれ以上何かをすることなく、全身で碧泥と戯れているだけだった。それだけでその日の調教学の授業は終わった。

「なんかこの授業妙じゃないかな」

「というか先生が妙だろ」

「というか体が臭い。あれ臭くない? 臭いよね?」

 三人は自身の手の匂いを嗅ぎ、顔をしかめる。そして、池の水を許可なく抜いたことを景観委員に怒られているビッカを尻目に、三人は次食堂へと向かった。

 昼食をはさんで、四時限目、格闘学・剣術。

 俺は本当に見るだけだから、というレオゥを無理やり引っ張って三人は授業を受ける。

 担当教員は白髪の混じった壮年の男性、ソマト。顔つきは厳めしく、態度は固く、声は低く、全身から威圧感を放っている。しかし、メアはそれよりも授業を受ける生徒側の方が気になった。宿敵のエナシも同じ授業を受けているし、剣士会のルバスからは刺々しい視線を感じる。他にも立ち振る舞いからしてメアより腕が立ちそうな他の組の生徒が数人。剣にしてもやや短めの剣を二本背負っている少年に、メアの身の丈ほどの大剣を背負っている獣人、目を見張るほど綺麗な青い剣を持っている生徒もいる。

(そっか、他の組の生徒もいるから、エナシと組まなくてもいいかも!)

 それだけでメアの心は浮き立つのだった。

 また、授業内容自体も少し意外な内容が含まれていた。

「まずは、剣は脇に置き、両膝を着き、一礼。授業の開始はこの座礼から始める。終了時にも同様に一礼。これができない物には授業を受けさせない。俺の授業からは叩きだす。いいな?」

 その威圧は本物。メアやレオゥだけでなく、エナシすら文句の一つも言わずに従っているのだから、もしかしたら闘技の域にまで昇華しているのではないかと言うほどだ。ただし、横目に確認したエナシの目つきだけは相変わらず反抗的なものであったため、メアは少しばかり安心した。

 一方、やられっぱなしで大人しくしている生徒ばかりではない。この授業を境に、ウルスが少しずつその本領を発揮し始める。

 花組の二強であるボワとアウェアがこの授業には参加しない。そのことを他の組の生徒も理解しているのか、他の組から花組の生徒への視線は少しばかり侮りが混じっている。明らかにやる気のないレオゥが少し目立ってしまったのもその原因かもしれない。しかし、そんな視線をすべて剣技で吹き飛ばしたのが、ウルスだった。

 ウルスは六指ほどの長さの木剣を二本持つと、組手の相手を一人ずつ叩きのめしていった。それも一回の組手で数手しかかけず、無駄に怪我もさせずにだ。流石に十人を超えたあたりで額から汗が浮かんでいたが、その頃にはウルスと打ち合える生徒はほぼいないことを証明していた。

 授業が終わり、座礼をすると、三人は顔を見合わせた。

「ウルス、強くない?」

「強い。ボワといい勝負するんじゃないか?」

「へへへー。でしょでしょ。ってかボワって誰?」

 五時限目、儀学。

 担当はナハ。

「ごきげんよう、皆様がた。儀学のお時間ですです。今日も元気にいきましょう(ずどどどど)。あ、最初に言っておきます。儀礼を教える当授業ですが、言語学としての側面も持っています。具体的には真言語南方言語の(ぐわわっ)基本会話はできるよう(がちゃーん)になってもらいます。この時点でうげって思った人、回れ右して帰ること(ひょーんっ)を勧めます。あ、羅語はやりませんから安心してほしいですです」

 いつも通りの様子に不快そうな表情をする生徒数名、本当に帰り始める生徒が数名。

 壁中に呪文のようにびっしりと刻まれた謎の文字。天井から吊るされた巻物にも大量の謎の文字。メアが読めるのは第一共通語と鼎代語だけのため、これが怪しげな儀式の一部だったとしても避けることは難しそうだった。メアも既に帰りたい気持ちになっていた。

 授業内容も難解の一言。メアは一年次の対話学基礎でナハが言っていた言葉、第一共通語は覚えやすさを第一に作られた言語だ、という言葉の意味をようやく理解し始めた。

(真言語難しすぎ!)

 レオゥも口数の少なさから同様に苦戦している様子。例外は、一部のウィドドンミョーザ出身の生徒と、ウルスだけだった。

 日常会話を難なくこなし、それでは、と意地悪そうな笑みと共に出された詩に即興で返すウルス。さらには南方言語の日常会話もなんなくこなし、ウルスは初日で星を一つ与えられた。

「三つも喋れるの? なんで?」

「というか、あの先生がこんなに簡単に星配るの初めて見たぞ」

「ふふふ、実は羅語や東国語もいけるよ。鼎代語は無理だけどね」

 純粋な尊敬を覚えつつも、一部だけでも勝っているところを見つけてメアは安堵した。

 そして、その日最後の授業、魂育学。担当は尸霊のデュークだ。

 色々と頭を使い、体も動かし、初めての六限目に疲れ切っている生徒たちに対し、デュークは優しく語りかける。

「みなさん、お疲れのようですね。今日はひょっとして全部の授業に出たりしましたか? それはやる気があっていいことです。自分の興味のある一つのことを突き詰めるのも良いですが、人生遠回りも大切です。どんな経験がいつ役に立つかなんて、生きている間は、いや、私のように死んでからだってわかりませんからね。まあ、幸いなことに私の授業は静かな授業です。眠ってしまわないようにだけ気を付けて、楽にして受けていただければ幸いです」

 そう言って始まった授業は、一日の疲れをほぐすかのような穏やかな授業だった。

 心と体は密接に関係しているように、心と魂も密接に関連している。そんな言葉と共に、魂魄の構成の再確認を軽く座学で行うと、後の時間はひたすら実践だった。魂魄をほぐす運動に、緊張と弛緩を繰り返して脱力する方法、幾度かの瞑想と休憩を挟み、少しだけ魂魄に負荷をかける。その後は魂魄の疲労を取るための魂操を、模範・解説・実践・反省の順で流し、最終的に寝る前の心構えを説明する形で授業が終了した。

 魂の芯が溶けてしまったかのような感覚に、メアはよろけそうになりながらも、足取り軽く食堂へ向かう。

「なんか、ほぐれた。整った」

「そうか?」

「いや、実際凄いよこれ。ここまで丁寧に魂魄の手入れを教えてくれるんだ。ちょっと感動したかも」

 三人は三様な感想を浮かべながら、初日の授業を終了した。

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