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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
六章 吹き抜ける風
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085 空き地・予言・約束

 次の日は森刃星。休日。だが、明日からは本格的に授業が始まる。長い休暇が終わってしまうことに対し、寂寥感が校内に蔓延する中、メアはあまり気にせず隅の空き地で剣を振るっていた。

 魔力を起こし、練り、剣にまとわせ、振るう。それを何度も繰り返す。

 できるだけ早く、勢いに合わせ、決して魔術に振り回されないように、剣を補助する。

 重魔術を剣に合わせる感覚は少しずつ慣れてきていた。だが、まだまだ全力の一振りにぴたりと合わせることはできず、速度を落さない鋭角の切り返しということもできない。前者は肉体と魂魄の呼吸を合わせるのが難しいだけだが、後者は考えることが非常に多い。剣の勢いを殺す角度、刃筋を立てるように加える回転、その強さ。間が合わなければ剣が暴れ、下手をすれば手首を痛める。それらを瞬時に判断し、連続して高速で動く剣に綺麗に纏わせないといけない。何もかもが今のメアには難しかった。

「切り返す度に魔術を掛け直していると魂魄の消耗も激しいし、どうしたもんか」

 そう独り言ちたメアの背後から、草を踏む音がした。

 振り返ると、一人の男が立っていた。金と黒の豪奢な衣装。この世のすべてを見下しているかのような厭世的な笑み。メアがどうにも好きになれない欲望に満ちた目付きをした色黒の男。

 推定、人神。劫欲の神(レオツァユ゠ラウネ)

 メアは露骨に嫌そうな顔をして剣を構えた。

「うわ、出た」

「おうおうおう! 相手が神だとわかっててその態度か? 不遜な餓鬼だと思われたいのかこの欲張りめ」

「神なのか不審者なのかは知らないですけど、そうやって背後を取るの止めてくれませんか。あと、あれだけ俺のこと馬鹿にしてなんで尊敬されてると思ってるんだ」

「春だからな。良い季節だ。こうやって欲張りがその本性を覗かせる」

「話聞けよ。誰もそんな話してねえよ」

「んんー、良い匂いだ。お前も嗅ぐか? ああ、お前の粗末な鼻じゃ嗅ぎ分けられないか。なんと勿体ない!」

 メアは思わず舌打ちしてしまった。どうにもメアにはこの不審者が好きになれなかった。勝てるかどうかを考える前に勝手に喧嘩腰になってしまう程度には、明確に嫌いだった。

「そんな物欲しげな顔されちゃあ仕方ないな。今は気分が良いから答えてやろう。そうだ俺こそが四柱の人神がうちの一。劫欲の神、レオツァユ゠ラウネ。気軽に、いと尊きレオツァユ゠ラウネ様と呼んでもいいぞ」

「ラウネ様。消えてください」

「おいおいおいおいおい! 無礼者という称号が欲しいか? 神罰を当てられたいのか! この欲張りめ。まあそういうところは嫌いではないがな。なんでも欲していけ。それが人生を充実させる」

 メアは思わず剣を振ってしまった。しかし、その不意打ちは容易く避けられる。動きは軽やかで俊敏。メアが本気でやっていたとしても当てられる気はしなかった。

 劫欲の神は少しも乱れていない前髪を丁寧に撫でつけると、爽やかな笑みをメアの方に向けた。

「今日顕れたのは他でもない。お前に提案があるんだ、糞餓鬼」

「お断りします」

「お前の二番目に大事なものをよこせ。そしたらお前が一番欲するものをやろう」

「断るっつってんだろ」

「そう。お前はそう言う。なんせ欲張りだからな。自分の持っているものはたとえ石ころだろうが誰にも与えたくない。そういう性だ」

「そう思ってんならさっさと消えろよ」

 劫欲の神は人差し指を顔の前で振りながら、小気味よい拍子で舌を鳴らす。

「そう。お前はそう言うとわかっていた。なぜなら、お前は信じていないからだ。俺の権能を。神の力を。だから、一つ提案をしてやろうと思ってな。どうだ、お前に一つ予言を授けてやろう」

 やめておけ、とメアの本能は告げていたが、メアの好奇心はそれを問うことを選んでしまった。

「……予言?」

「そうだ。予言だ。それが実際に起これば、お前は俺の言葉を信じるだろう。そして、それが起こった後に、お前は後悔するだろう。あのとき、神の提案を受けていればよかった。そうすれば、お前は一番欲しいもの得れたのだし、一番大事なものを失うこともなかったのに、とな」

 そう言った劫欲の神の目尻はぐにゃりと下がり、逆に唇の端は吊り上がった。そこにあるのは隠す気など欠片もない、強烈な悪意と愉悦。メアはその笑みを見た瞬間、背筋に氷を落されたかのように強烈な悪寒が走った。

 しかし、メアが制止する前に劫欲の神は言葉を紡ぐ。

「お前は、これから大切な絆を得て、それを失う。これが俺からお前への予言だ。劫欲なるもの、ルールス゠メア。存分に、後悔しろ」

 次の瞬間には、劫欲の神の姿は消えていた。メアは目を離すどころか瞬きもしていないというのに、元からそんなものはいなかったかのように、姿は完全に掻き消えていた。

 劫欲の神がそこにいた痕跡は、踏まれて潰れた雑草のみ。

 メアは鳥肌の立った皮膚に滲んだ冷や汗を拭いながら、深々と呼吸をした。

「なんなんだよ、あいつ……好き勝手言いやがって」

 変質者。酔っ払い。自称神。不法侵入。予言者気どり。気違い。メアはぶつぶつと罵倒をしながら、腹立ちまぎれに剣を振るった。

 メアがそうしていると、塀の脇の低木ががさがさと揺れた。また現れたのか、とメアは目つき鋭く剣を構えるが、そこから現れたのは予想外な人物だった。

「ぷはっ、やっと抜けた。うー、腕かゆい」

「あれ、ウルス? こんなところで何してるの?」

「メア! 奇遇。そっちこそ」

 波打つ髪の間に木の葉を挟んでいるのはウルスだ。自分に向かって剣を構えているメアに不思議そうな目を向けてきている。

 メアは慌てて剣を鞘にしまうと、敵意はないと身振りで示す。

「俺は剣を振ってるだけ。趣味で」

「趣味? メアって意外と武闘派なんだね。へえ」

「意外とって何さ」

「やー、あんまり強くなさそうだからさ」

 正直に言われ、メアは少しだけ傷ついた。強いか弱いかで言えば決して強くないのは自覚していたが、それでも日々こうして鍛錬しているのだから。

 メアは剣の柄に手をかけ、冗談半分で聞いてみる。

「試してみる?」

「やめとく。怪我したら困るしさ。ごめんごめん、そんなに怒らないで。こっちの目が節穴なだけかもだよ」

 しかし、ウルスには軽やかに流されてしまった。その様子に力みも恐怖もなく、どこまでも自然体。たとえメアが斬りかかってきたとしても余裕で捌ける。その所作が言葉以上に雄弁に語っていた。

 少しだけ悩み、メアは剣を離した。なんとなく、勝てないと感じたからだ。立ち振る舞いが少しだけボワに近いと、そう感じたからだ。

「お、本当に節穴だったかも。メアって思ったより強いのかな。それとも何か隠し玉がある?」

「褒めてるのかからかってるのかわからないからもう赦して。俺もちょっと気が立ってただけだから。普段はこんなに気軽に喧嘩売らないから」

「良いよ。赦す。私も言い方が無神経だった。すみませんでした。ということで、仲直りー」

 そう言ってウルスは掌を差し出した。メアも首を捻りながら同様の姿勢を取る。すると、ウルスは苦笑しながらメアの手を思い切り叩いた。ぱちんと小気味よい音が響いた。

「痛いんだけど」

「まだまだ掌の皮が薄いね。これが痛くなくなったら一人前!」

「謝るのか貶すのかどっちかにしようよ……」

「ごめんごめん。はい、メアもやり返していいから」

 そう言って差し出された掌をメアは躊躇なく叩いた。先ほどより大きな破裂音が響き、ウルスは小さく悲鳴を上げたが、すぐにおかしそうに笑いだした。

「なに? 痒い一撃だってこと?」

「違う違う! ただ、ちょっとおかしいなって、そう思っただけ。メア、女の子相手だってのに思いっきり叩くから」

「あ、確かに。ごめん」

「そこで謝るの、本当に変。ふふっ、駄目だ、メア面白い。北の人間はさ、そんなんで謝らないからさ、ふっ」

 そう言って笑いだしたウルスにメアは戸惑うばかりだった。文化の違いを感じる。笑いの肝がよく分からなかった。

 だが、ウルスが本当に楽しそうに笑っており、そこに悪意などは一切感じられなかったため、気にしないことにした。美人の笑顔というのはそれだけで毒気を抜いてくる。メアは世の不公平を感じた。

 ウルスは一しきり笑うと、目尻に浮かんだ涙を拭いながらメアの顔を見た。

「それで、なんでそんなに不機嫌だったの? 喧嘩でもした?」

「喧嘩とかじゃなくて、直前まで自称神様に絡まれてただけ」

「神様!? え、どなたどなた? 亜神? 眷神?」

「人神。強欲の神っていう――」

 そうメアが口にした直後、ウルスの神から笑みがすっと消えた。そして、立ち上がってメアの両肩を掴む。その表情は真剣そのもの。

「本当に、そう名乗った? どんな見た目だった?」

「う、うん。見た目は黒と金のきらきらした服着た男。一応自分でも名乗ってた。超常の存在であることは確かだと思う。一瞬で顕れたり消えたりするから」

「提案は受けた? そいつが強欲の神だっていうなら、必ず一つ提案をしてくるはず」

「受けたけど、断ったよ。あのよくわからないやつでしょ、一番欲しい物を、ってやつ」

 戸惑いながらもメアがそう答えると、ウルスは安堵したように力を抜いた。

「そう。ならよかった。絶対受けたら駄目だからね。碌なことにならないから」

「そうなの?」

「そうなの。絶対に駄目だよ。怪しげな予言で惑わしてくることもあるけど、絶対受けないこと。経験上、受けてその後まともに暮らせた人はいないから」

「予言もさっきもらっちゃった。あれって当たる?」

「うーん、七割くらい。らしいよ」

「思ったより当たるな。いや、神様であることを差し引けば思ったより外れるのか? まあ曖昧な予言だったし……」

 メア先ほどの予言を思い出していると、ウルスははっと我に返ったようにメアから手を離した。そして、恥ずかしそうに両手を合わせてメアに謝る。

「あ、ごめん。急にね、予想外な名前が出てきたから」

「別に良いよ。俺もあいつのことは良く知らないし、好きじゃない。それよりさ、経験上ってことは会ったことあるの? あいつからの提案受けたりとかした?」

「う――――ん、まあ。何回か、ね。ちょっと縁があって」

「何回も提案受けたの!?」

「あ、違う違う。何回か会ったことがあるだけ。ただ、提案受けた人とかも知ってるし、その話を聞いたこともあって、あいつはろくでもない悪神だって知ってるから。駄目だよ、欲望に負けて誘惑に屈しちゃ。絶対後悔する」

「いや、あの誘惑というか話法で食いつく人はあんまりいないと思うよ。信用できる要素ないじゃん。過去に提案受けた人には悪いけど、あの胡散臭いのを信じる人の気持ちがよくわからない」

 そう言うと、ウルスは目を丸くした後、また笑い出した。笑い過ぎて目の端から涙がこぼれるくらい笑っている。

「そ、そうだけど、普通はそうなんだけど、ね。ふふっ、あれはさ、普通に考えられない人のところに出てくるから」

「えー、俺がそう思われてるってこと? ちょっと心外」

「いやいや、メアはひょっとしたら、想像以上に頭のおかしい子なのかもしれないね。それとも、この学校がおかしいな場所なのか。はー、色々と想定外だよ」

 手だけでは拭いきれず、衣嚢から小さな手拭いを出して目を拭い、鼻をかむウルス。相変わらず笑いのつぼがわからず困惑するメアだった。

 まあいいか、とメアが剣をまた振るい始めると、ウルスがするりとメアの間合い内に入ってきた。それはメアの振り終わりを捉えた完璧な間であり、危ないと制止する暇もなく、ウルスは鼻と鼻がぶつかりそうな距離まで潜り込んだ。

 メアが降り終わった姿勢で固まっていると、ウルスが右手を掲げた。わけもわかずメアも右手を掲げると、ウルスはその手をすべての指を絡ませるようにしてしっかりと重ね合わせる

「約束。劫欲の神の誘惑には絶対に負けないこと」

「そんなのしなくても負けないけど」

「いいから約束。ね。やーくそーくやーぶればこの手が腐り落ーちーる」

「なにその邪悪なおまじない!?」

 拍子に載せて発せられた物騒な言葉にメアはぎょっとするが、ウルスは気にせず合わせた手を二人の顔の前に持っていき、二人の額で挟み込む形で頭突きした。

「約束破ったら本当に手が腐っちゃうかもね~」

 そう言ってぱっと離れたウルスは満足したように笑みを浮かべ、またがさがさと低木をかき分けて行った。

 メアは片手を挙げた体勢のまま、ウルスが去ってからもしばらくの間固まっていた。

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メア一年間剣振ってるのにだこないのか?...w
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