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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
六章 吹き抜ける風
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083 校門・新入生・退屈

 メアの厚生委員としての記念すべき最初の仕事は、新入生の受け入れだった。

 といっても、そんなに大した仕事はではない、とはクーハイの弁。校門から入ってくる生徒の入学許可証を確認し、名前を確認し、第一共通語が読める新入生には入寮のしおりを、読めない新入生にはその説明をするだけ。屋外ではあるが椅子と机の設置された場所での座り仕事であるし、待機時間も長い。何か問題があったときのために先生と調停委員も待機している。拘束時間は長いが、交代制ではあるし、気楽にやってくれればいい。そんな説明をメアはされた。

 それが事実ではあるが事実ではないと実感したのは、初日の仕事でだった。

「じゃあ、入学許可証を出してください。ほら、拳大の木片。平たいやつ。もらわなかった? 先輩! こういう場合どうしたら!」

「ちょっと待って! はい、認証。名前は? ミカン、ミカン……あった。大丈夫。第一共通言語は読めますか? 読める? ばっちり? そう。じゃあこれからどうすべきかはこのしおりに書いてあるので、まずここで一読してください。よくわからないことがあったら私たちに聞いてください。全部読んで理解できたら寮に向かってね」

「ちょっとこっちの椅子で座っててもらえますか? 後で案内するので。 あ、待って! 受付住んでない人は校内に入ったらだめだから! そこの君、止まって!」

「ああ、この単語はね、この学校特有の時間の区切りを意味するの。昼間の時間を七つに区切って、早い時間から一時限目、二時限目って呼んで……え? オルシン暦とは違うのかって? そう、それとは別にね。一刻だと長すぎるから。悪いけど、慣れてね。はい、次の人」

「喧嘩は駄目! 剣を抜いたら罰則ですよ! 離れて! そう、落ち着いて、落ち着いて。こんな馬鹿な事で入学禁止は嫌でしょう? どうしてもってなったら決闘の申請ができるから、そう。まずは言葉で、次は拳で。剣を抜いたら喧嘩が済まないからね」

「はい、どこがわからないの? え? あ……そ、そうです。握手、くらいならまあ。え、筆? ここに名前を書いてほしい? そういうのはちょっと、やってないので。じゃあこの盾を斬ってほしい? そういうのもやってないので……」

 実際にやると当初の流れ通りにとは到底いかない。想定していないことの連続だった。

 まず、入学許可証を忘れている新入生が非常に多い。持って来ていない場合最悪入学できないという注意書きがしてあったというのに、三割程度の新入生は忘れてきている。そういう生徒は本人確認のために別途認証が必要になるため、別の場所へと連行される。

 また、話を聞かない新入生が多い。相手が自分たちと同じ程度の年齢の子供だと舐めているのか、反抗したり、無視したり、中には剣を抜いて実力を試してやるなどと宣う新入生もいる。待機している新入生同士の喧嘩もそれなりに起こる。それを止めるのも一苦労だった。

 しおりの意味が分からない、という質問も多い。注釈こそ書いてあるものの、学校特有の単語が多く使われており、注釈を読まない新入生からの質問は大量に来る。そもそも第一共通語を読めない生徒もおり、その場合説明に一人割かれてしまうため、他の厚生委員の負担が増す。

 何より、一度に大量の生徒が来る。巨大な車が三頭の青髭馬に引かれて到着したかと思うと、中から五〇人ほどの新入生がどやどやと現れる。それに順次対処しているだけで校門の受付はてんやわんやといった有様だった。

 一通りの新入生の対処が終わり、メアは机に突っ伏した。まだ初春だというのに、メアの背中は汗でびっしょりと濡れていた。

「と、とりあえず捌ききりましたかね」

「そうだね。今ので新入生の半数くらいは来たから、もう一波来たら大きいところは終わりだと思う」

「もう一波」

 想像し、メアはげんなりとした。

「定期の車ってこんなに大きいんですね。生徒も一杯乗せてるし」

「毎年こんな感じだと思ってたけど、メアも車に乗ってきたんじゃないの?」

「俺は荷馬車に載せてもらったんで二人だけでした」

「定期便乗り遅れたんだ。へー、おっちょこちょい」

 にやにやとメアを見下ろしてくるクァトラ。メアはむっとしながらも言い返さなかった。事実ではある。

「生徒がいっぱい乗ってるのはね、港に新入生用の宿があって、ある程度たまったら車を出すようにしてるからなんだよ。ここまでの道は一応危険があるからね、護衛とか付くし、そうしたほうが安全なんだよ」

「灰毛狼とかいますもんね」

「そうそう。他にも、血抜鳥、突猪とか、鞭編蜘蛛に、堕蛇とか。流石に一級指定されるようなのはいないけど、二級外敵指定種は数種いるから、冒険隊のときとかは気を付けてね」

 メアはその中の名前に聞き覚えがあり、既に数度痛い目を見ているため、神妙な顔で頷いた。

「そういえば、なんでメアは車に乗り遅れたの? 寝坊?」

「いや、それには深いわけがありまして」

 話を蒸し返され、メアは少し渋い顔をした。色々と理由はあったが、決定的な理由はメアの過失だったからだ。

 だが、言外に話したくない素振りを見せてもクァトラのまっすぐな視線は変わらず、大きな緑色の目が純粋な疑問を浮かべてメアの方を見つめてきている。その圧力にメアは根負けし、ため息を飲み込みながら口を開いた。

「入学が許可されたら、入学許可証が送られてくるじゃないですか? で、入学金の送金とか色々と手続きがあって、そのための資料も一緒に送られてくるんですけど、その資料を一部紛失してしまって」

「なくしちゃったの? 何を?」

「ウィダッハ直通の飛竜便の搭乗場所、時間が書いてある奴です。飛竜便の旅券がついた資料」

「ああ、あれ。え、じゃあどうやって来たの? メアってスセヨ大陸出身だよね」

「知り合いの伝手で何とかキビャック行きの乗り継ぎ飛竜便に乗って、そこから船旅です。船旅でも色々と問題が起きたので、半年前に出発して、到着したのが開学の前日」

「うわー、よく間に合ったね。いや、むしろよく無事で辿りつけたと褒めるべきか」

「もう本当に山あり谷ありって感じでした。けど全体的に運が良かったと思います。色々と親切な人に出会えて、良くしてもらって」

「それ、後で詳しく聞かせて。多分これから暇な時間来るから」

 二人が雑談していると、二人の前に水筒が二本置かれた。顔を上げるとそこにいたのは厚生委員三年生の男子生徒、フィーメだった。

 フィーメはだらだらと流れる汗を手拭いで拭き取りながら、二人に向かって白い歯を見せる。

「二人ともお疲れ様。予定通り、次の定期便が来るまでは交代交代で番をするから、二人とも一旦休憩を取りなよ」

「ありがと、フィーメ君」

「ありがとうございます。フィーメ先輩。この水、もらっちゃっていいんですよね」

「いいよいいよ。そのために持ってきたんだ。それにしてもメア君、しっかりとした仕事ぶりだったね。入りたてで面倒な仕事が舞い込んで大変かもしれないけど、大丈夫そうかい? 辛かったら変わるよ」

「大丈夫です。きちんと勤め上げて見せます。期待しててください!」

 メアの勢いに押されたのか、何か言いたそうなフィーメは口ごもった。

「そうね。とりあえず休憩にしましょう、メア。じゃあ、この場はお願いね、フィーメ君」

「お疲れー」

 メアとクァトラは立ち上がり、フィーメを後にしてその場を去る。

「俺たちの当番は上竈の刻でしたっけ」

「そうよ。時間になったら再集合としましょう」

「まあ残りは楽勝ですよね」

「……そうとも言えないかも」

「え」

 クァトラの不穏な返答の意味はメアもすぐに理解することとなった。

 それから開学の日まで毎日当番制で待機していたのだが、これが非常に退屈だった。なにしろ、ほとんど人が来ないのだ。新入生だけではなく、在校生も来ない。図書塔から借りてきた本を読むという手もないことはないが、当番が夕刻であり、配布される油灯の油も少ないため、文字を追える時間は半分もない。

「メア、もう一回【光】やって。【光】」

「ちょっと、今日はもう限界です。魂魄が、きつい」

「そっか。じゃあ今日はもう読書終わり。あとは、虚無の時間……」

「これは、楽勝ではないですね」

「暇でしょ」

「はい」

 メアは深々と頷いた。

「そもそも先輩はなんでこの時間なんですか」

「私、前にも言ったかもしれないけど、厚生委員会内での発言権ほぼないのよね。去年さぼり過ぎたせいで。だから人気のない時間押し付けられても文句言えないの」

「じゃあなんで相方に俺を指定したんですか。こうなるってわかってたんですよね。後輩虐めて楽しいんですか」

「そもそもメア誘ったのはこのためだし。メアならほら、気軽に雑談できるから。気も使わなくていいし」

「おしゃべり相手用ですか」

「そうともいう」

 自分が誘われた理由、そして、誘うときにあれだけ葛藤していた理由が判明し、メアはため息を吐いてしまった。要するに、クァトラは初めからこうなることを知っててメアを誘ったのだ。

「先輩は火魔術か光魔術使えないんですか?」

「使えない。私、適正は水魔術だった」

「属性増やす鍛錬はしないんですか?」

「しない。魔術の才能ないし、興味もあんまりないから。メアの方こそ、同じ力属性なら多少なりとも火魔術にも適正あるんじゃない?」

「まだ重魔術も満足に使えないのに、他の属性に手を出す気にはなれません。もう少し実戦で使えるようになったら、また違うんですけど」

「そっかー」

 妙な生命が入り込まないように門を見張る必要もあるため、完全に気を抜くわけにもいかず、何とも言えない緊張感と倦怠感の中、二人は同時にため息を吐いた。

 メアは人気のない周囲を見回し、ふと気づいたことを尋ねる。

「というか、なんで他の人いないんですか。先生と調停委員は必ず立ち会うんじゃないんですか」

「他の人たちの当番の時はいるらしいよ」

「じゃあなんで今いないんですか」

「暇だからじゃない? お腹も空く頃合いだし」

「そんなんで持ち場放棄とか、怠慢に過ぎますよ。防犯意識なさすぎ。侵入者が来たらどうするんですか。襲撃とかも。不用心です」

「それ、去年も文句言ったんだけどね。お前がいるなら問題ないだろ、って言われちゃって」

「あー……」

 メアはちらりとクァトラを横目に見る。見た目としては華奢な少女。剣を吊り下げてはいるがそれだけでは到底抑止には向かない外見。しかし、その内実を知っているメアは調停委員たちの言葉を否定することはできなかった。

(三桁いれば、なんとかなるか? 難しいだろうなあ)

 メアはそう思った。

 暇をつぶすための話題をなんとか探そうとするが、普段の鍛錬の段階でそうした話題は既に挙げ終えている。ぱっと出てくる面白い話、というものはメアの中には余り残っていなかった。

 仕方なしに、仕事で気になったことを挙げることにする。

「そういえば、たまに明らかに入学許可証を知らない子が混じってるんですけど、あれなんなんですか? 大抵は追い返されてますけど、中には受け入れられているっぽい子もいますし」

「あれはね、緊急入校措置ってやつ。のっぴきならない事情がある子がここの学校の噂を聞きつけて、着の身着のままたどり着くことがあるんだよね。で、そう言った子を新入生として受け入れることがあるの。いわゆる、人道支援?」

「それ、結構危険な気がしますけど。あと、お金とかどうするんですか?」

「お金はそういうとき用のが寄付されてて貯蓄してるみたい。それこそ、緊急入校措置で入学して、卒業した子が寄付してくれたりね」

「善意の環ってことですか。それは、なんというか、素敵な話ですね」

 そんなにうまく行くのだろうか。難民が流れてきて、学校の許容量を超えたりしないのだろうか。正規の手順で入学した生徒から不満は出ないのだろうか。メアとしては色々と思うところはあったが、現状上手く回っているのであれば、文句をつける気はなかった。

 あ、と思い出したようにクァトラが手を叩く。

「去年もいたよ。ほら、花組の、白い髪の可愛い子」

「テュヒカですか? ああ、そう言われれば色々と納得できるような」

 テュヒカの入学時の態度に関して、メアは様々なことに納得がいった。魔法使いに付け狙われている、というのであれば保護の理由としてもわかりやすい。

「あんまり言いふらさない方が良いけど、厚生委員は皆知ってるしね。まあそういうこともあるってこと。覚えておいて」

「はい」

 本人も知っているのか怪しいとメアは思ったが、どちらにせよ黙っていることにした。本人が知ったら、かりをかえす、などと無茶なことをし始めそうな気がしたからだ。

 そうしてしばらく待ち、当番の終了時刻が近づいてきたころ、ぶるりと体を震わせたクァトラが立ち上がった。

「ごめん、ちょっと先に休ませて。先生たちも向かってきてるから」

「俺は大丈夫です。お疲れ様です」

「ちょっと薄着だったかも。さむさむ」

 そう言ってクァトラは両腕を擦りながら足早に去っていった。少しだけ不安になったが、その視線の先から門を閉めるためにフェーブサが向かってきているのを見て、すぐに気を抜いた。

 しかし、フェーブサが門を閉めようとしていると、敷地の外、森の方から一人の少女が現れた。

「あっ、ちょっ、まっ、待ってください! 門閉めないで!」

 そう言って少女は敷地内に滑り込み、膝に手をついて荒い息を吐く。フェーブサとメアは余りの必死さに心配そうに見つめるが、少女は片手を上げて少し待ってくれと示すことしかできないようだった。

 その少女はずっと走ってきたのか頬を真っ赤に染めていた。弓矢に短剣、動きやすそうな股引と長靴、長袖の襯衣の上には分厚い外套を纏っている。一般的な旅人の服装ではあるし、走ることも可能ではありそうだが、最寄りの街から馬で半日以上かかる距離を走ってきたのだとすると大した体力だ。途中で野営した可能性もあるが、肩に引っ掛けた鞄は片手で抱えられる程度の大きさであり、万全の準備とは言えなさそうだ。どちらにしても、野山を歩くのに非常に慣れていそうだ。その一点で、メアはその少女に強く興味を抱いた。

 ややたって、呼吸を整えた少女は顔を上げた。緩やかに波打つ癖毛を後頭部で一本にまとめている。目は青。すっと透き通った鼻筋には微かにそばかすが浮いているが、そんなのは欠点にならないほど非常に中性的で整った見た目をしている。身長はメアよりやや高いが、胸のふくらみがしっかりと見て取れることからも、少女ということは間違いなさそうだった。

「ここ、レトリー総合学校ですよね。入学、入学しに」

「とりあえず、入学許可証ありますか?」

「あります。こ、これ。はい」

 少女は懐から木片を取り出した。メアはそれを手元の金属片に照合する。

 認証。

「問題なさそうですね。名前を教えてもらえますか?」

「う、ウルスです。ウルス゠サドパッネ」

「ウルス、サドパッネ……」

 メアは目を凝らして手元の名簿を確認するが、中々名前が見つからなかった。油灯に火を灯し、再度確認するが変わらず。

「名前、ないですね」

「嘘!? いや、絶対あるはずですよ。全部見てください」

「と言われても」

「メア君、五枚目は確認したかねー?」

「五枚目?」

 メアは一枚に一組ずつ名前が載っている名簿であるため、確認しなければいけないのは四組四枚分だと思っていた。注意書きや誘導の流れが書いてある五枚目はまともにみてなかった。そのため、フェーブサに言われて名簿を確認する。

 すると、そこには名前があった。

「あ、ありました。ウルス゠サドパッネさん。え?」

「どうかしましたか?」

「あ、いや。その。ウルスさんは、二年花組への、編入生? です」

「そそそ。編入生。ん、その顔、ひょっとして二年生かな。もしかしたら同じ組かもね! よろしく!」

 そう言ってウルスは朗らかな笑みを浮かべつつ、メアへと手を差し出した。

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