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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
六章 吹き抜ける風
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082 空き地・鍛錬・勧誘

 いつものように両手を挙げた姿勢で固まること十息以上。メアの太ももが悲鳴を上げてきたあたりで横で同じように構えるクァトラが言った。

「とりあえず、メア、進級おめでとう。無事、二年生になれたということで、目いっぱい自分を褒めましょう」

「ありがとうございます。先輩は大丈夫でしたか?」

「私は闘技学で星を稼いでるから大丈夫。初日出れば大体星もらえるから、色々と時間に余裕があるのよね」

「さようでございますか」

 正直一年次の方が、とぼそっとクァトラが呟いたが、メアは聞かない振りをしておいた。詳しく聞くと、クァトラの尊厳を激しく傷つけてしまうような気がしたからだ。

 というよりは、今、メアには他のことを気にしている余裕がない。鍛錬がこの時間帯になってくると痛みががんがんと脚を叩き、泣き言を言えと本能がせっついてくる。もう少し早い時間にこの話題になっていれば多少からかったりもしたかもしれないが、今のメアには膝を落さないように耐えるだけで精一杯だった。

 メアが必死に足の痛みに耐えていると、クァトラは腕で終了を示した。いつもより少し短い気がして、メアは不思議そうに顔を上げる。

「今日はこのあたりにしておきましょう」

「本当ですか? いつもより少し短い気がするんですが」

「楽だった? じゃあ次からもう少し伸ばそうか」

「違います。いつもきついです。今日もきついです。そうじゃなくてですね」

「冗談だよ。それより、今日は少しメアに話があるの」

「話?」

 なんだろうか、とメアは首を傾げたが、クァトラは続きを切り出さない。草地に座り込むメアに対して背を向けたまま何かを言い淀んでいる。

 メアが辛抱強く待っていると、クァトラは明後日の方向を向いたまま、とつとつと切り出した。

「えっ、とね。その、ね。メア、二年生はどの程度授業を取る予定?」

「まだ全然決めてないです。どういう風に授業を取るかも聞いてないですし、どんな授業があるかも調べてません。選択式なんですよね?」

「そう。そっか。うーん。じゃあ、まだ早いか? いやでも、始まってからじゃ遅いし……」

「なんでしょうか。何か頼み事ですか? なんでもしますよ」

「頼み事と、いうか。えっとね。メア」

 クァトラは渋い物を頑張って飲み込んでいるような顔をして、メアの方を見た。

「厚生委員やってみない?」

 メアは首を傾げた。それを否定と取ったのか、慌ててクァトラは両手を振る。

「あ、嫌ならいいんだよ? 別にね、やってくれなきゃ剣を教えないとかそんなんじゃないし、全然気を悪くしたりもしないから。ただ、興味あるならやってみないかなって、その程度の、勧誘? そう、勧誘」

「嫌とかじゃないんですけど、よく知らないんですよ。厚生委員って何やるんですか? 確かあれですよね、司祭委員、調停委員と並ぶ、生徒自治のための三委員の一つ」

「そうそう。図書委員とかみたいに各組から一人ずつ強制じゃなくて、志願者から選抜して集める方のやつ。なんだけど、厚生委員って、他の二つと違って人気がないのよね」

「何してるかよくわからないですからね。司祭委員は楽しそうだし、調停委員はなんかかっこいいし。あっけどあれか、厚生委員って冒険隊の引率とかしてくれたりしてますよね。副委員長のクーハイさんとか、何度も顔を合わせてます」

「そうそう! 厚生委員というのは要するに、学業を補助する委員なの。各生徒がやりたいことをやるためのお手伝いをする感じだと思ってくれればいいよ。勉強ついていけない生徒の補習の講師したりとか、難しい課題を手伝ってあげたりとか、困ってる下級生の面倒を見る感じ」

 メア自身も冒険隊で世話になっている他、フッサやボワが補習を受けたという話も聞いていた。それらがおそらく厚生委員主導のものだったのだろう、と推測し、メアは何度も頷いた。

 その反応が望ましいものと判断したのか、クァトラの勧誘に勢いがついた。

「別にね、そんなに忙しい感じじゃないの。全員強制的に集まるのは年に二、三回かな。それもさぼったからって罰則があるわけじゃないし、最悪除名されるだけ。先輩もいい人ばかりだし、先生からの覚えもよくなるし、どうかな?」

「入ること自体は良いんですけど、いきなりどうしたんですか? そんなに人手が足りないんですか? 俺みたいなのでも入れるくらい」

 聞かれたくなかったのか、クァトラは視線をうろうろと彷徨わせた。しかし、メアの純粋な疑問の視線が変わらないのを見て、諦めたようにため息を吐いた。

「私、ちょっと、去年さぼり過ぎちゃって、人集めの義務を……最低一人は集めてくるようにって、委員長に言われちゃって」

「なんでそんなにやる気ない委員会に入ってるんですか?」

「違うの。私は入る気がなかったんだけど、リーメスが勝手に申請しちゃったの」

「断ればよかったのでは?」

「それが、なんだか凄く期待されちゃって。ほら、戦闘が得意な子って調停委員にばっかり行くじゃない? だからまともに闘技学教えられる人が不足してて、そんな中私が入ったってなって、凄く期待されちゃって、断り切れなくて……」

 メアは薄々感じていたことだが、クァトラは押しに弱いようだった。

 しょんぼりと肩を落とすクァトラがあまりに気の毒だったので、メアは受けることにした。少しだけ興味がわいたのもある。

「入会のためには試験があるんでしたっけ」

「それって、やってくれるってこと!?」

「はい。多分時間はあまりますし、委員会にもちょっと興味があります」

「やった。ありがとメア! 試験はね、一応面接あるけどたぶん大丈夫! よっぽど問題起こしてばかりの問題児じゃなければ通してくれると思う。大事なのは人当たりの良さだから。もちろん、得意なことがあればそれに越したことはないけど」

「俺、結構問題起こしてるかもしれないですけど、大丈夫ですかね」

「いやいや、そんなこと」

 クァトラはそう言いながら思い起こし、その笑顔が固まった。避難訓練では砲兜から逃げ遅れ、剣士會と乱闘騒ぎを起こし、試験で奴隷落ちを賭けた賭けを行った張本人。クァトラが知っている範囲でこれだ。メアは既に問題児と認識されている可能性もある。

 クァトラは乾いた笑いを漏らしながら視線を逸らした。

「まあ、やるだけやってみようよ」

「落ちる可能性あるってことですね」

 クァトラからの返事はなかった。

 二人は一度汗を流すために分かれ、半刻後に再集合となった。場所は第三教育棟。他の自主活動団体とは異なり、その一室を正式に占有しているらしかった。

 少し足取りの軽いクァトラと、やや緊張した面持ちのメア。二人が歩いているとすれ違う生徒は振り返ってくる。

「あれ、【殲雷】の……」

「うわ、初めて見た。本当にいたんだ……」

「後ろの男の子誰……」

「弟子がいるって本当だったのか……」

「なんか凄く誤解を受けている気がします」

「そう? あ、ここここ。この部屋」

 自分たちに向けられた囁きなど気づいていないのか、クァトラはメアに向かって振り返った。その指が指す扉には、第一共通言語で厚生委員会と刻まれていた。

 メアが緊張をほぐすために深呼吸をしていると、呼吸を整え終わる前にクァトラはひょいと扉を開けた。

「三年夜組、クァトラ入ります」

「し、失礼しまーす」

 部屋の広さは他の部屋と変わらず、内装も特に凝っていたりはしない。ただ、中央に大きく立派な方形の机があり、その周囲にぐるりと人が座っていた。

 中にいたのは四人。メアが見知った顔は扉に相対するようにして座るクーハイのみ。男二人に女二人。武器はなし。

 メアがきょろきょろと観察していると、近くに座っていた女生徒が話しかけてきた。

「クァトラちゃん、ここ来るのは珍しいね。その子誰?」

「厚生委員に入りたいっていう子。勧誘してきました」

「へー……ってその子」

 女生徒にぐっと顔を近づけられ、メアは思わず後退った。

「その子、クァトラちゃんの弟子じゃなかったっけ」

「弟子じゃないよ。ちょっと剣を見てあげてるだけ」

「そうなの? なんだっけ、名前」

「メアです。ルールス゠メア」

 メアが慌てて答えると、その女生徒は興味を失ったように視線をクーハイの方へ向けた。

 クーハイは机の上で手を組んだまま、クァトラの方へ鋭い視線を向ける。

「弟子に無理強いは感心しないですよ、クァトラ君」

「だから弟子じゃないんですって。無理強いもしてないです」

「まあ、人手は足りないから、出自はどうでもいいんですが。そこの君、メア君だったか。何度か冒険隊で顔を合わせていますね」

「はい。副委員長のクーハイさんですよね」

「名前も憶えていてくれているのは嬉しいですね。ただ、一つ間違いがあります。私は次年度から委員長となりました。なので、厚生委員長のクーハイと覚えていてくれると嬉しいです」

「あ、おめでとうございます。昇進? 昇進ではないか」

 メアが慌てて言い繕うのを他の厚生委員はにこやかに見守った。クーハイの視線もすぐに柔らかくなる。

「クァトラ君が連れてきたということは、大体の事情は既に聴いていると思います。なので、とりあえず面接ですかね。クァトラ君の推薦ということもあるので、面接は飛ばしてもいいんですが、これは規則なので。気を悪くしないでくださいね」

「はい、よろしくお願いします」

 メアはクーハイに促されるままに、その正面、入り口に一番近い椅子に座る。クァトラもメアの横を離れ、自席らしい別の辺の椅子に座った。

 クァトラも含めた五人の視線が一斉に向けられ、メアは緊張した面持ちで手を膝の上に載せた。

「まず、第一共通語は問題ありませんでしたか? 対話学基礎の星は、まあ進級できているなら問題ないですかね」

「大丈夫です。読み書き含め、入学前から習得しています」

「結構。では、次。亜人間や獣人、魔族のことはどう思いますか?」

「どう、とは? 亜人間はまだ矮躯族しか会ったことないです。あ、でも歯尖族とかみたっけか。獣人は花組にも三人います。魔族は会ったことないです」

「会ったことない、か。会ってみたいと思いますか?」

「はい。できれば血徴見せてもらいたいです。魔法も。あ、でも大丈夫です。獣人の特徴を迂闊に触れたりはしません。死にたくないので」

「結構。信仰する宗教は?」

「一応、リェハ教徒です。といっても余り強くは信仰してませんが。冠婚葬祭はその宗教で行うくらいですかね」

「嫌いな宗教はありますか?」

「ありません」

「結構。得意な学問、興味のある学問はありますか?」

「得意な学問は、どうでしょう。強いて言うなら史学の、鼎代の知識は多少あるかもしれません。算術も一年次の範囲なら問題なく。興味のある学問は闘技学、魔術学、生命学です」

「結構。剣はクァトラ君に習っているんだったかな」

「どうでしょう。習っているといっていいのかどうか。どうですか、クァトラ先輩」

 急に話を振られたクァトラはびくりと体を震わせた。まるで上の空で聞いていた授業で急に質問された生徒のような仕草。そのようなクァトラを初めて見たメアは、思わず笑ってしまいそうになった。

 クァトラは一つ咳ばらいをすると、澄ました顔で応える。

「一年生の補習が必要な生徒に教えるくらいなら問題なくできると思います」

「師としての見解と受け取らさせてもらいます。結構」

「師ではないですけど」

「結構です。メア君、他に何か得意なことはありますか?」

「得意なこと、ですか。あ、古典魔術を教えられます。基本的なことなら」

 クーハイはなんとも言えない顔をした。他の生徒も同様だった。

「あー、はい。承知しました。まあ、一年次で古典魔術の授業はないので、参考程度とさせてもらいます」

 メアは少しだけ落胆した。実際のところ、古典魔術の基礎を知っているというのは、自身にとって唯一の長所だと思っていたからだ。現代魔術の利点を知り、それを学んでいるという状況であっても、古典魔術は学んで損はないとメアは思っているからだ。

 ただ、古典魔術の習得に大変な労力が伴うというのもまた事実。メアはそれを身を持って知っている。なので、メアは表情には出さず、真剣な顔で首肯するに留めた。

「じゃあ、最後。一年で校則をいくつ破りましたか?」

 メアは頭の中で数えてみた。

 校内で人に向かって剣を抜いた回数。たくさん。校内で許可なく古典魔術を使った回数。たくさん。その他校則違反。たくさん。

「……十回くらいですかね」

「数えきれないくらい、といったところですか」

「はい」

「まあ、それで停学になっていないならいいです。人目を気にしてこっそりやってるということなので。ただし、一年生にそうした悪知恵を与えないでくださいね。厚生委員がそれをやっては示しがつかないので」

「はい。すみません」

 メアは項垂れ、しかし、すぐに顔を上げた。

「ということは」

「まあ問題ないでしょう。そもそもクァトラ君の推薦ですからね、よほどの問題がない限り迎え入れる気ではいました。ということで、改めてようこそ、厚生委員会へ。我々はメア君を歓迎します」

 そう言ってクーハイはぐるりと机を回ってメアの横に来ると、右手を差し出してきた。メアはその手を取り、ぶんぶんと何度も振るう。

「よろしくお願いします」

「よろしくー」

「めでたい」

「いい感じに人数埋まって助かる」

 他の生徒も寄ってきて次々にメアと握手する。皆穏やかな笑顔を浮かべており、メアを歓迎しているのが一目でわかる。

 メアが最後に差し出してきたクァトラの手を握ると、それを見計らったようにクーハイが両手を叩いた。

「さてさて、今日ここにいない委員も多くいますが、とりあえず定員は埋まりました。なので早速、仕事の割り振りといきましょうか」

「……はい?」

 メアはクーハイの目が獲物を狙う獣のように輝いたような気がした。

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― 新着の感想 ―
>避難訓練では砲兜から逃げ遅れ、剣士會と乱闘騒ぎを起こし、試験で奴隷落ちを賭けた賭けを行った張本人。 最後のあれ以外は別にメアのせいじゃないような...w まぁたぶんそういう星の下に生まれたじゃないか…
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