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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
六章 吹き抜ける風
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081 寮・進級・転居

 鳥の月の第四週目からは二週間の休暇となる。生徒たちは一年間の学業と最終試験という重圧から解放され、思い思いの日々を過ごす。心と体を休める生徒に、趣味にひたすら打ち込む生徒。帰省や新入生受け入れのため門が解放されるため、一時的に学校を離れる生徒もいる。

 ただし、どの生徒もまず最初にやるべきことがある。それは、寮の部屋の引っ越し作業だ。

 メアが自身の荷物を丁寧に鞄に詰めていると、ヴァーウォーカから話しかけられた。

「メアは実家に帰省しねーの?」

「しないよ。普通に帰ったら二か月以上かかるし。そういうヴァーウォーカは?」

「俺も似たようなもんかな。別に家に帰りたいとも思わないし」

「だよねー。ヘクセは?」

「無理に決まってるだろ。この短い期間で帰れるのなんてウィダッハに実家がある生徒くらいだよ。あとは、自前で飛竜便か抜け人雇える貴族くらいだね。というか、そういう観点で行くとキュッフェ様は楽勝だろ。帰省しないの?」

 キュッフェは寝台に転がったまま眠たそうな目を三人の方へ向ける。

「興味ない」

 そして、それだけ言って再び目を閉じた。

「というかキュッフェ様は実家と仲が悪いんじゃなかったっけ?」

「そうなのか? まあそうでもない限りこの学校に一人でぶち込まれたりはしないか」

「そういえばキュッフェ様はお付きの人いないね。不用心なんじゃない? それとも高貴な出というのは詐称?」

 キュッフェの目が再び開かれた。ただし、その眉には皺が寄っていて、一目で不機嫌だということがわかる。

 三人が思わず体をこわばらせると、キュッフェはやはり眠さそうに口を開いた。

「下民ごときに傷つけられるようなものは、継ぐ資格はない。お前らだって子山羊の群れに押し込まれたとて、命の危険など感じはしないだろう。そういうことだ」

「いやいや、それは流石に」

「だよね! いやー、ヘクセも心配性だなあ!」

「キュッフェ様を傷つけるなんて僕らみたいな凡人には無理無理かたつむり! 考えただけで腕が震えて刃物を取り落としてしまいます!」

 メアとヴァーウォーカはヘクセの口を押えながら早口で言った。これ以上余計なことを言ってキュッフェを怒らせたくなかったからだ。

 と言っても、口から出た言葉は完全な出まかせというわけではない。二人はこの学校をかなり安全な場所だと思っていたし、それがなくてもキュッフェを傷つけることはできない、と日ごろから感じていたからだ。キュッフェからは謎の圧力を感じるのだ。怒らせたからと言って即座に暴力に訴えかけてくるわけではない。大部分は淡々と低い声で叱るだけ。それなのに、こうして怒らせたくないと思い、行動してしまう程度には、威圧感を感じている。

 キュッフェは少しの間不快そうに三人を睨んでいたが、やがて飽きたように視線を逸らすと目を閉じた。その寝顔は彫像のように整っていたが、決して触れたくはないと思った三人だった。

 気を取り直したようにメアは雑談を再開する。

「もう部屋割り決まってたよね。部屋移動はいつからだっけ」

「多分俺たちは夕方だろうね。四年生はもう出て言ってるけどさ、三年生から順に部屋移動していくから、順番としては最後だよ」

「休日だからって昼頃まで寝ている人もいるだろうしね。あーあ、午前中の一番脳が働く時間を惰眠を貪るなんてもったいない! 後がつかえてるんだからさっさと移動しなよ」

「本人に言いなよ」

「上級生に言えるわけないだろ」

 相変わらず文句の多いヘクセだった。

「相部屋は誰になったの?」

「俺は夢組のエッヂってやつ。組で一番真面目なやつ。朝起こしてくれそうだからさ! ヘクセは?」

「僕は、いいだろ、別に。名前を言ってもどうせ知らないだろうし。そもそもなんだよあの好きに二人組を作れってやつ。余りものになるやつが出るだろ。で、そいつら同士でくっつけば効率的に処理できるってか? あの仕組みを考えたやつ本当に性格が悪い!」

 余りものになったのか、と察しつつも、それを口に出さないだけの理性は二人にはあった。

「ふん、いいさ。どうせただ同じ部屋に住むってだけの他人だ。下手に仲良くなって気を使う方がずっと気疲れする。メアはどうせレオゥとだろ?」

「そうだよ」

「あの鉄面皮の不愛想男、何がいいんだよ。どうせ同じ部屋で暮らしてると面倒になってくるよ。何考えてるかわからない、ってね」

「ええ、そうかなぁ。レオゥって結構考えてることわかりやすいと思うけど」

「それはない」

「ないね。ああいうのが腹の底で何考えるかなんて、本人以外は誰も分からないんだ。あまり信用し過ぎるなよ。いつか、手痛いしっぺ返し食らうから」

「えー」

 メアは文句を言おうとしたが、現状一対二。論戦で勝てる気がしなかったので諦めて荷造りに集中した。

 その後、一早く移動先の部屋が空いたというヘクセが移動を始め、続いてヴァーウォーカも移動を始めた。昼過ぎには二人は移動を完了し、部屋にはメアとキュッフェだけが残された。

 人が来た時のために部屋を離れるわけにもいかず、しかし、さほど多くない荷物はとうに纏め終わり、メアは手持無沙汰に図書塔から借りてきた本をめくる。

 すると、キュッフェが寝台からのそのそと起き上がり、大きく背伸びをした。

「下僕」

「はい、なんでしょうかキュッフェ様」

「そろそろ準備をしろ。俺も移動する」

「準備とは?」

「俺の荷物を纏めろ。そして移動させろ」

 なんで俺が、とメアは文句を言いかけたが、考え直して従うことにした。契約の中に引っ越しの手伝いは含まれていなかったが、それ自体は大した労力ではない。困っているときに助けられたこと、もらっている給金と労働が釣り合っていないと感じていること、まだ下僕契約中の鳥の月であること。それらを総合した結果、引っ越しの手伝いを行うこと自体はやぶさかではないとメアは判断したのだ。

(もうこれまでみたいに頻繁に会うことはないしね)

 メアは仰せのままに、と一礼し、キュッフェの箪笥を漁り始めた。

 荷物自体はさほど多くない。というよりは、メアよりも私物は少ない。学校支給の衣服と授業で使用する筆記用具の他には、とても豪奢な短剣と一包の貨幣、いくつかの装飾品くらいしか荷物がない。それらをまとめるのは五息もあれば十分だった。

 纏め終わると同時に立ち上がり部屋を出るキュッフェの後をメアは慌てて追う。

「キュッフェ様、荷物少ないですね」

「不要なものは持たない主義だ。現時点で、俺にそれ以上の荷物は必要ない」

「意外です。お金はあるんだし、もっと生活を便利にしないんですか? ほら、寝台を自分用にとっても豪華にしたりとか」

「ふっ、下僕はまだまだものの道理がわかっていないな。俺は十分に価値の高いもので部屋を満たしている」

「学校支給のものばっかりでは?」

 キュッフェはやれやれと首を振った。

「だからお前は阿呆だというのだ。例えば、俺が寝ていた寝台。あれを買うにはいくらすると思う?」

「うーん、ものはしっかりしてるけど、質素で結構古くて、中古だし。傷もあるし、良くて五〇〇〇ルティくらいでしょうか?」

「違う。あれはその一〇〇〇倍の価値がある。なぜかわかるか? 応えは簡単。俺が寝ていた寝台だからだ」

 首を傾げるメアに対し、幼子に足し算を教えるように。

「物にはな、付加価値という概念があるんだ。人は情報に値段を付加する。ただの石ころを宝石と呼び欲しがるように、ただの紙片を芸術と呼び欲しがるように。わかりやすく言えばそうだな、お前の好きな赤爪槍国。あのじじいが昔使っていた槍があるとしよう。それは古く、傷だらけで、武器として使用するにはいささか物足りなさがある。それをただの武器として売ったならば、良くて六〇〇〇〇ルティ程度のおんぼろ槍だ。しかし、かの赤爪を仕留めた竜殺しの槍、と銘打ってその槍を競売にかけたら、どの程度の値段が付くと思う? 軽く一〇〇〇〇〇〇〇〇〇は超えるのは想像に難くない。それが付加価値だ。つまりは、そういうことだ」

 メアにはそれがひどく上機嫌に聞こえた。ここまで長々と喋るキュッフェ様を見たのは初めてだった。

「つまり、キュッフェ様は将来的に偉人になるはずから、今使ってるものも凄い金で取引されるべき、って話?」

「正確には少し異なるが、まあ下僕の貧弱な脳みそではその理解が限界だろう。許してやる」

「ありがとうございます?」

 キュッフェはメアの相槌に鷹揚に頷いた

 メアはせっせとキュッフェの荷物を運び、引っ越しを進める。最初考えた通り大した労働ではなく、三往復もすれば引っ越しは終わった。

 新しい部屋の寝台に満足気に寝転んだキュッフェは珍しく柔らかい口調でメアをねぎらう。

「うむ、一年間、ご苦労だった。お前が望むのであれば下僕を続けさせてやってもいい」

「それは結構です」

「給金も出すぞ」

「少し悩むけど、やめとく」

 めあは引き留められるかと思ったが、キュッフェはそんな素振りもなく、穏やかな表情で目を閉じた。

「そうか。なら好きにしろ。今までの忠誠の褒美として、何か困ったことがあれば訪ねてくるがいい。多少なら力を貸してやろう」

「うーん、ならまあお言葉に甘えて相談に来るかも。あ、でもキュッフェ様も困ったことがあったら俺のとこに来てもいいからね。できる範囲で力になるよ」

「生意気なことを」

 キュッフェはメアの提案を鼻で笑い飛ばすと、そのまま寝息を立て始めた。よくそこまで寝られるものだとメアは感心するが、すぐに気を取り直して部屋を出た。寝ているキュッフェの邪魔をするつもりはなかった。

 部屋に戻り、一人で本を読んでいると、かなり部屋が広く感じられた。寝台も机も相変わらず空間を圧迫しているというのに、他の三人の私物がなくなっただけでやけに広く感じられた。

 メアは物思いにふけっていたが、不意にいたずら心が湧いてキュッフェの寝台に寝転んだ。

「これが、五〇〇〇〇〇〇ルティの寝台の寝心地かー」

「メアー、部屋空いたって……何やってんだ?」

 直後、レオゥが入ってきて不思議そうな顔をしたが、メアは気にせず寝台の寝心地を楽しむのだった。

 少しだけ花の匂いがしたが、硬さはメアの寝台と変わらなかった。


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