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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
五章 星を求めて
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080 第三教育棟・報告・卒業

 メアが魔闘連盟の扉を開くと、中にはアーパイブンしかいなかった。どうやら他の三人はまだ来ていないようだった。

 アーパイブンは仁王立ちのままメアの方に振り向くと、いつものように豪快に笑った。

「おう、メア! うまく行ったようだな! 奥の手までは出さなくて済んでみたいで何より!」

「はい、うまく行きました! まあ正直な話、勝負自体は非常に微妙な結果となったわけですが」

「勝ったんだから万事問題なしだ! 細けえことは気にすんな! 祝いに肉をやろう! 食え!」

「ありがとうございます」

 メアは投げられた干し肉を受け取った。相変わらず何の肉かはわからない。齧って見ても異様な硬さと強烈な塩気以外は普通の干し肉と判別できないのだ。

 人肉ではないはず、と思いながら咀嚼し、メアは椅子に座る。そして、ふと思いついたことを口にした。

「俺が来る前から勝ったこと知ってたんですか?」

「もちろんよ、俺はメアに賭けてたからな! がっぽり儲けて卒業後の旅費が潤ったぜ!! ありがとな!」

「あー、はい。どういたしまして」

 フッサに何か美味しい物を奢らせなければ、とメアは決意を新たにしたところで、アーパイブンがメアに背を向けた。何をしているのかと目を遣ると、棚から遊戯盤を取り出してきていた。

 こと、と軽い音を立てて方形の升目が描かれた木盤が机に載せられる。その上には大量の木駒が積まれている。

 アーパイブンは尻尾を一度持ち上げると、音を立ててメアの向かいの椅子に座った。

「旗棋だ! やり方は知っているか!?」

「知らないです」

「教えてやる!」

「いや、あの、結構です」

「遠慮するな! 初心者にやり方教えるのは慣れてる!」

「いや、本当に。興味ないです」

 メアが乗り気でないことをようやく悟ったのか、アーパイブンは勢いよく立ち上がった。怒らせたか、とメアは一瞬体を強張らせるが、アーパイブンはメアの方を振り返らず、傘立ての木剣に手を取る。

「ったくしゃーねえなあ! 男だもんな! ちゃんばらが好きなのはわかる! 俺も好きだ! 組手するか!」

「そういうわけでもないですけど、それでいいです。お願いします」

 メアも木剣を手に取った。

 しかし、アーパイブンはメアの予想に反して外には出ず、部屋の中で木剣を構えた。

「出ないんですか?」

「ここでやろうや! たまにはいいだろ!」

「狭くないですか? 物に当てちゃうとまずいですし」

「そういう状況も想定しなきゃ駄目だろ!? 室内、洞窟、鬱蒼とした森の中! 戦う場所をえらべりゃそれに越したことはないがそうともいかねえことばっかだ! ただし、物を壊したら罰金な!」

 メアは納得しつつも、天井を見上げた。剣を振り上げたら天井に引っ掛かる。アーパイブンほどの長身であれば、手を伸ばしただけでも届いてしまうだろう。横の狭さも気になる。一歩大きく下がれば背中が壁に着いてしまうし、棚や机に当たらないように剣を振るえる立ち位置は非常に限られている。正直、まともに打ち合うのはそれだけで困難だ。

 だが、難題を出されてやって見ろ、と言われると、メアは試したくなってしまった。やらずに尻尾を巻いて逃げるのは、癪だった。

 向かい合って剣を構える。すると、剣先がぶつかり合う。だが、今の立ち位置より下がると利き腕からは剣が振るえない。仕方なしに、普段より一歩分近い距離で向かい合う。

 アーパイブンが牙の生えた口をにんまりと歪ませる。

「その目、試したいことがあるんだろう! やってみろ!」

 メアは思惑がばれたことに驚きつつ、いつの間にか緩んでた頬を引き締め、剣を振るった。

 袈裟掛けに振るった木剣はアーパイブンに容易く弾かれる。振るえる方向が限られているので受ける側も簡単だ。そして、力比べとなればメアには勝てない。返事をするようにアーパイブンは剣を振るった。

 メアは事前に起こしていた魔力で魔術を行使する。力属性重魔術。形状は剣。

 打ち付けあう剣に力を重ね、加速する。重い手応え、硬い音。しかし、魔術で加速してなお、メアの剣は押し負ける。

「っぅ!」

「工夫しろぉ!」

「っ、かってますよ!」

 膝から力を抜き、一気に姿勢を落す共に、剣を傾けて受け流す。がりがりと木が削れる音と共に、木剣が頭上を通り過ぎていった。

 さあ今度はお前の番だ。アーパイブンはそうとでも言うように剣を引いた。

 力属性重魔術、【重剣】。メアは大きく左薙に剣を振るう。

 攻撃に使用するのは悪くないが、魔力量からして大した威力ではない。アーパイブンはそう判断し、メアの剣の軌道に剣を合わせようとする。

 しかし、メアの剣の軌道は、アーパイブンの剣にぶつかる直前にかくんと変化した。肩や腕、足の動きとは全く関係なく、水平方向への勢いはそのままに剣が垂直に跳ねあがった。

 アーパイブンは慌てるが、一歩退くことによりそれを躱す。だが、褒める間もなくメアの剣が伸びてきた。水平方向への勢いが急制動され、突きという形でアーパイブンへの胸元へと。筋肉の突き方から明らかに無理な形。それは紛れもなく、魔術の効果。

 アーパイブンは剣を跳ね上げることにより突きを捌き、獰猛な笑顔を見せる。

「途切れさせるな! 重ね続けろ!」

 アーパイブンの鋭い切り上げ。メアはそれに剣を合わせ、【重剣】を相手の剣へと移す。途端に、アーパイブンの手元で剣が暴れた。まるで、重力の方向がまるきり入れ替わってしまったかのように、望みとは異なる方向へ引っ張られる。

 一瞬の隙に合わせてアーパイブンの剣を弾き、袈裟切り。【重剣】。受けから攻撃までのメアの剣の軌道もまた鋭角。

 さらに下ろうとして翼が背中を打ち、アーパイブンは身を屈めることでメアの攻撃をかわした。

 しかし、【重剣】。アーパイブンの兜を掠めていった木剣がかくんと軌道を変えた。

 剣を滑り込ませ、受ける。【重剣】、弾かれた剣が発条で跳ね返ったように再びアーパイブンへと向かう。身を翻して躱す。【重剣】、空を切った剣がひらりと翻る。受ける。【重剣】。躱す。【重剣】。【重剣】。【重剣】。【重剣】。

 最後に一撃、アーパイブンがメアの剣を弾き飛ばすと、アーパイブンは嬉しそうに笑った。

「そうそう! その感じだ! 好きにやれ! 自由に想像しろ! まだまだ甘いがそのまま磨け! お前にはできる!」

 メア腕を抑えながら荒い息を吐いた。動き続けたことだけが原因ではない、無理な方向に腕を動かしたため、筋肉が軋むような痛みに悲鳴を上げていた。

「初めての実践か!? 無理し過ぎたな! まあ今日はこんなところにしとこうか! 怪我しちゃまずい!」

 そう言ってアーパイブンは木剣を傘立てにしまった。メアも壁に当たって転がっている木剣を拾って片付ける。

 医療室に行くか、と迷うメアにアーパイブンは椅子に勧めた。メアも素直にそれを従う。

「じゃあ、気が済んだなら【旗棋】をやろうか!」

「どんだけ好きなんですか……」

「いいから付き合え! こうやって年上の爺婆を相手にするには旗棋が一番だ! 人生経験だと思って付き合え!」

「まあ、そこまで言うなら」

 メアはしぶしぶと承諾した。

 遊び方の説明が一通り済んだら、二人で駒を並べる。木と木がぶつかり合う音が静かな部屋に響く。メアはそれが心地よいと感じた。

「先輩たち、来ないですね」

「あいつらも忙しいからなあ! まったく、俺はもう卒業だってのに薄情な連中だぜ!」

「卒業ですか。先輩は卒業したらどうするんですか?」

「俺はもちろん開拓者よ! スセヨ大陸の未開拓地域に突っ込んでくるぜえ! そのためにキケ先生に師事したんだしな!」

「いきなりスセヨ大陸って、また思い切りいいですね。仲間はもう集めたんですか?」

 メアの反応に、アーパイブンは驚いたようだった。しかし、すぐに笑いだすと、メアの頭をばんばんと叩いた。

「お前は笑わないんだな! 開拓者なんてやくざな職業、好き好んでなる奴はいねえ! ってのが世間の反応なんだがな!」

「浪漫じゃないですか。まだ誰も言ったことのない場所に行くのって。それに、本当のこと言うと、俺もちょっとだけ興味あります」

「なんだお仲間か! お前も馬鹿だなメア! 馬鹿仲間だ!」

 アーパイブンは本当に嬉しそうだった。声がいつもの倍になっている。隣の部屋の生徒にも聞こえているだろう声量。メアは鼓膜を揺らされてくらくらした。

「スセヨ大陸は唯一にして膨大な未開拓地域だ! 他の禁域みたいなこじんまりしたのとは訳が違う! 突っ込むならでかいとこだろ!?」

「確かに、広いですもんね」

「でな! 仲間は一人は確定! でもその他はこれから集めんだ! どうせスセヨ大陸まで行くにはあちこち寄らにゃいけない! なら道中で仲間を集めていくのが一番、楽しそうだろ! どう思う!?」

「それは」

 メアは目を閉じて想像した。気の合う友人と旅をして、様々な人と出会い、まだ見たことのない場所へ。はるか遠くの地へ、メアの想像なんて到底追いつかない場所へ。

「とっても。楽しそうですね」

「だろ!?」

 ぶふーと荒い鼻息が噴出された。その中に炎が混じっていたように見えたのは、メアの気のせいだろうか。わからないが、メアは力むことなくアーパイブンの怒鳴り声を聞く。。

「そりゃな、少しは寂しいけどな! 四年もこの学校にいたんだ! お前らみたいな可愛い後輩とも、もう一生会えないかもしれん! でも、それ以上にこれからの旅にわくわくしてる! 悪いな! 薄情な先輩で! 俺はこの別れが楽しみだ!」

 とても前向きな宣言に、少しだけメアは寂しくなった。メアはこの短い期間でアーパイブンのことが少しだけ好きになっていたからだ。

 そんなメアにアーパイブンはがははと笑う。

「ほら、やるぞ!」

「え?」

「【旗棋】だ! メアが先攻で良いぞ! この遊戯は先攻有利だからな!」

「あ、ああ【旗棋】ですね。はい、じゃあお手柔らかにお願いします」

 そうして、二人は【旗棋】を始めた。

 ぱちり、ぱちりと木を木で打ち付ける音だけが部屋に響く。

 遊戯自体は十息程度で終わり。メアは、ちょっとだけ感じたしんみりした気持ちを吹きとばされるくらい、容赦なく徹底的にぼこぼこにされた。

 そうして、メアの一年目は終わったのだった。


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