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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
五章 星を求めて
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077 道・休息・風呂

 試験が終わり、疲れ切った表情をしたメアが口を開く前に、レオゥは言った。

「とりあえずはお疲れ。色々と反省はあるだろうが、それは来週からにしよう。今日明日明後日は休みだ。目いっぱい休もう」

「そうだねえ。結果がどうであろうと、もうできることはないしねえ」

「頭空っぽにして休も! 寝れないなら睡牛撫でにいこ! どんなに目が冴えてても一発よ?」

「うう、ありがとう三人とも。そうだね、とりあえず休むよ」

 メアほどではないが疲労を見せるジョンに、いつもと変わらず元気いっぱいのエオミ。見返りもなしにメアに力を貸してくれた三人にメアは泣きそうになりながらお礼を言った。

 そんな中、いつの間にか輪の中に入っていたフッサが、半ば絶望した表情でそれに賛同する。

「休むのに賛成でござる。留年……? いやまさか………ああ駄目だ、嫌な未来を想像せずにはいられない……。何も考えたくないでござる……」

「何しれっと味方面して混ざろうとしてるんだ? この裏切者め」

「戦争はもう終わったのでござる。過去の遺恨は水に流すべきでは。メアもほら、気にしてないって言ってるでござる」

「絶対ゆるさない」

「ひょえっ!?」

 もちろん冗談だが、好き放題やってくれたこと自体にはメアも多少腹が立っている。なので、慌てふためくレオゥをしばらく放置し、多少溜飲を下げることにしたのだった。

 その後は五人でいつも通りの飾り気のない食事を行い、満腹状態になったメアはエオミから渡された睡牛の毛束の匂いを嗅ぎながら寮に戻った。そして、猛烈に襲い来る眠気に身を任せ、服も着替えずに寝台に飛び込んだ。

 頭の中には言葉にならない絡まった感情が渦を巻いている。だが、それを無視して寝ることに集中していると、すぐにメアの意識は夢の中へと飛んでいった。

 その闇の中へと落下するような眠りは半日ほど続いた。そして、ほぼ真夜中と言っていい深夜、メアは体を揺られて起こされた。

「……なに? んん? れおぅ?」

「メア、清潔な服と着替えと手拭い、あるか?」

「あるけど、どうしたの? まだ夜だよ。ねむい」

「いいから起きていくぞ。これを逃すのは流石にもったいない」

 メアはレオゥが何を言っているのかよくわからなかったが、半ば寝ている状態で指示に従い支度を整える。箪笥から着替えを二着取り出し、手拭いを追加して静かに部屋を抜け出す。

 またお祈りだろうか。ぼんやりとそんなことを考えながらレオゥについていったメアは、食堂脇の池に近づいたあたりではっと目が覚めた。

 小さな焚火に照らされるそこには、普段と全く異なる光景が広がっていた。まず、地形。そこは校庭や食堂、教育棟を結ぶ道の辻なのだが、今は腰丈ほどの土の塀がぐるりと伸びて道を塞いでいる。そして、空気。何かとても熱いものが大量にあるのか、もうもうと立ち込める湯気が周囲の景色を霞ませている。その塀の内側には三十人ほどの生徒がおり、座り込んでくつろいでいるようだった。

 何かの儀式だろうか、と訝しむメアに対し、レオゥはどこか弾んだ声で言う。

「露店風呂だ。自主活動団体、湯煙怪盗団が今夜だけ特設してくれたらしい。無料だぞ。入るぞ」

「風呂? あー、あのお貴族様が水浴びの代りに入る、お湯?」

「そう。最高に気持ちいいぞ。あ、本来は全裸になるんだが、ここは混浴なんでな。清潔な衣服を身に着けるのが規則らしい。綺麗な服持って着たよな。着替えるぞ」

 メアが首を傾げていると、一人の男子生徒が近寄ってきた。湯気のせいか肌を薄く濡らしており、寒暖差を示すかのように頬は赤い。

「いらっしゃい! 作法は聞いていくかい?」

「清潔な服を着て、二、三度かけ湯して、騒がず、喧嘩せず、体を休める、んですよね?」

「よし。湯煙の心得はありそうだな。通って良し! あ、着替えはあっちの布かけてあるところでよろしく。あそこは男子専用だから気にしなくていいよ。食堂側には近づかないようにな。女子の着替え場があるから」

「ありがとうございます!」

 やはりレオゥの語気がいつもより強い気がする。メアはまだ少しだけ周りの遅い頭でそう考えながら、レオゥと一緒に手早く服を着替えた。

 近づいても湯気に熱は感じなかった。だが、湯に手を近づけると、その熱がはっきりと感じ取れる。

「これ、火傷しない? 茹でられない?」

 レオゥはちゃぷちゃぷと湯に手を浸け、力強く頷いた。

「絶妙な湯加減だ。大丈夫。まずはかけ湯。うお、ちゃんと手桶が備え付けてある。はい、これ持って、湯を組んで、ざばー」

「ざばー」

 メアは見よう見まねで湯をかける。その熱さに驚き手桶を取り落としそうになったが、一呼吸おいて冷静になれば、その湯が体温より少し高い程度だとわかった。火傷はしない温度だと理解できた。

 もう一丁、という掛け声に従い、湯を肩から掛ける。熱い湯が肩を叩き、背中を伝い、足を濡らす。足元で湯が跳ねるが、草地のためぬかるむほどではない。

 レオゥは待ちきれない様子で塀を跨ぎ、その湯に体を沈める。メアはやはり躊躇したが、最終的には好奇心に押されて恐る恐る足を湯につけた。

 圧倒的な熱が足を包み込む。深さは膝より少し高い程度。溺れる心配はない。ひょうと吹いた風がメアの体を冷やし、その寒さから逃げるようにしてメアは肩まで一気に湯につけた。

「あ゙~……」

「効くだろ?」

「思わずなんか変な声出た」

「仕方ない。風呂ってのはそんなもんだ」

「これ、贅沢だ。すごい。お貴族様の気持ちがわかる」

「な? 逃さなくてよかったろ」

「ありがとう……この世のすべてに感謝……毎日入りたい……」

 メアの本心から出た言葉だった。全身を包み込む仄かな圧迫感。じんわりと体を温める熱。血流が増加し、脳から変な信号が出ている気がした。頭部を襲う寒さですら湯に浸かっている部分を際立たせるための快適な刺激。メアはぼんやりと夜空を見上げながら、しばしの間無言で体を投げ出した。

「これ、学校公認? 司祭委員の催し?」

「違うらしい。先輩によると、恒例の突発的行事、らしい」

「恒例なのに突発的なんだ。変なの。毎年やってるの? ひょっとして昨日とかもあったのかな」

「試験の週は、慰労のために色々やってくれてるんだってさ。昨日は焼き肉の宴。一昨日は舞踏会」

「明日は?」

「自主活動団体の【迷宮研究所】がさ、なんと自作の疑似迷宮核を使って地脈引っ張ってきて、各地の龍穴の上映会をするらしい。見に行くか?」

「よくわからないけど面白そうだから行く」

 数人が上がり、また数人が入り、入れ代わり立ち代わり、露天風呂を楽しんでいく。大声で騒ぐような無粋な生徒はおらず、一緒に来た仲の良い生徒同士で固まって点々と浸かっているため、大勢がいるのに夜の静けさが広がる不思議な空間となっていた。湯気のおかげで近くに浸かっている生徒の顔さえ判別しづらいのも、それに一役買っている。

「これ、準備大変だったろうね」

「風呂桶を作るのは土魔術で一発だろうが、湯の維持は大変だろうな。熱魔術によほど長けた団員がいるのか、何か工夫があるのか」

「お礼したい。しなきゃ」

「今度食い物でもお供えに行くか。ただ、湯煙怪盗団、滅多に活動しないせいで第三教育棟に拠点がないんだよな」

「フッサに調べてもらおう。今回、俺のおかげでだいぶ稼いだんだから、多少はこきつかってやらなきゃ」

「いいなそれ」

 二人がそんな悪だくみをしていると、メアの近くに二人組が来た。少し場所を開けるためにメアとレオゥが奥へ移動すると、そんな二人に向かって声がかけられた。

「あら、ルールスさん、タさん。お二人も露店風呂に来ていたのですね」

 鮮やかな紫の髪に丁寧で上品な喋り方。ファンだ。メアは顔を上げ、その豊満な体に湯で衣服が張り付いているのに気づいてすぐに顔を下げた。

「ファンに、テュヒカか。これに気づくとは目敏いな」

「この行事、女生徒の間では結構な評判のようなのです。女子寮では耳にしないようにする方が難しい状態ですので、目敏いというほどでは」

「羨ましい。俺たちはそろそろ上がるけどゆっくりしていってくれ」

 言われて、メアは少しばかり顔が熱いことに気づいた。まるで日にやられかけているときのようだ。頭が少し霞が勝っている。

 レオゥが立ちあがったのを見てメアも立ち上がろうとし、しかし、ぐいっと服の背中を掴まれて湯船に引き戻された。

 振り向くとテュヒカがメアの服を掴んでいた。

 病的なほど白い肌に張り付いた白い髪。寒さのせいか、熱気のせいか、真っ赤になった頬と唇。それらの間にある大きな金色の目がまっすぐに見つめてきている。ファンと同様にその体に衣服が張り付き、その肢体の輪郭を明瞭にしていることに気づいたメアは慌てて視線を逸らすが、テュヒカはその手を離そうとしない。

「よし。俺は先にあがるな。お疲れ」

「私もあちらに知り合いを見つけたので、ちょっと話をしてきますね」

 そそくさと去っていく二人に対し、置いていかないでくれと心の中で叫んだメアだったが、その思いは届かなかった。

「あー……テュヒカ、何か用?」

 テュヒカはいつも通り喋らない。その態度にメアは困り果てた。

 喋れないからと言って意思疎通が取れないわけではない。身振り手振りである程度は伝わるし、第一共通語を習得してからは筆談もできるようになっている。だが、そのうえで尚、テュヒカは寡黙であり、今も対話をしようとしていない。そもそも、しゃべらないのも喉に問題があるからではなく個人の信条からなので、口で伝える以外の手段があっても状況は変わらないのだ。

(対応の正解が、わからない)

 心の中でぼやくメアに対し、テュヒカは意を決したのか、メアの背後に回った。

 ゆびがつうっとメアの背中をなぞる。メアは一瞬悲鳴を挙げそうになったが、こらえその指を追う。テュヒカの指がメアの背中に描いているのが第一共通語というのはすぐに分かった。

『めあ、は、ばか』

「あっはい」

『むだ。きけん。しょうぶ。あほ』

「一〇〇人くらいに言われた」

『どれい、たいへん』

「だろうね」

 メアは背中をテュヒカ殴られた。説教に対して不真面目な態度が気に食わなかったらしい。

『どれい、なったら、かり、かえせない』

「それ、そんなに気にしなくていいよ。成り行きだし。ファンとかボワとかレオゥだって同じだし、他の人だってその場にいたら同じようにしたよ多分」

『それでも』

 背中に爪を立てられ、メアは思わず顔を歪めた。衣服越しであってもかなり痛かった。

『じぶんは、だいじに、する、しろ』

「はい。我が身を大事にします」

 手が背中から離れていったため、終わりか、と油断したメアの背中にテュヒカの頭突きが飛んだ。丁度立ち上がろうと腰を浮かせていたところだったため、メアは慌てて両手を突く。

 振り返ると、先ほどより顔を赤くしたテュヒカが腕組みをしていた。まるでメアを叱るときの母親のように、眉間に皺を寄せている。

 メアはなんと返そうか迷ったが、結局、口からは何も言葉は出ず。

「じゃ、おやすみ」

 そう言って逃げるようにして露天風呂を出た。

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