076 学校・最終試験・奮闘
週明けの初日、昊弧星の朝にメアは目を覚ました。すっきりとした目覚めだった。前日は肉体も魂魄も酷使しなかったため、疲労はかけらも残っていない。万全の体調だった。
メアは学校の支度をし、出かける前に七味草に水をやろうとして溜息を吐く。しかし、気持ちの切り替えは早かった。メアは手早く準備を済ませると、いつもより早い時間に寮を出た。
寮を出て食堂に行くと、ちょうどクァトラとリーメスが朝食をとっていた。メアは挨拶をしつつクァトラの横に座る。
「おはようございます」
「おはよう。今日は早いね、メア」
「最終試験の週なので。先輩たちも早いですね。いつもこのくらいなんですか?」
「食堂混むのが嫌なんだよねー。頑張れメア少年! 脱、従属奴隷!」
「まだ奴隷になってません。けど頑張ります」
メアは言葉少なに雑談をしながら朝食を済ませた。
二人と別れ、磨き葉を嚙みながら教室へ向かうと、既に二人教室にいた。テュヒカとシャープだ。珍しいことに二人は何やら対話――片方は筆談だが――している。この前の青空市場で仲良くなったのだろうか。そんな感想をぼんやりと抱きながら、メアはいつもの自分の席に座った
「おはよう」
「お、おはよー」
テュヒカは無言で片手を挙げた。
シャープは愛想笑いのようにやや硬い笑顔を浮かべながらメアに向かって話しかける。
「どう、勝てそう?」
「まだ一個もやってないからわからない。現時点では星の数同じだし」
「そっか。そうだよね。が、頑張ってね。ほら、同じ組の子が一級非人指定とか、あまり気持ち良くないし」
テュヒカもぶんぶんと首肯する。その金色の目は勝てと強くメアに訴えかけてきていた。
メアはそれに頷くことで応え、その日の予定を思い返した。今日は四科目。科目数だけで言えば今日明日が厳しい。気合を入れなければいけないのだ。
メアが目を瞑って昂る気持ちを落ち着けていると、続々と花組の生徒が登校してくる。その大多数はメアに対して応援の声を掛けてくる。
「おはよー、今日から大変だね。試験頑張れ」
「調子はどう? 俺メアに賭けたから勝てよ」
「おはようございます。エナシさんには負けないでくださいね。彼がこれ以上図に乗るのも気に要らないので」
「絶対勝ちなさい。いいわね。絶対に、勝て。負けたら裸で運動場を走らせるから」
「はっはっは、いい天気でござるな。メアのおかげで某大繁盛でござるよ!」
レオゥとジョンとエオミの登校はほぼ同時だった。三人とも、登校してくると同時にメアの元へ寄ってくる。
「体調は?」
「万全」
「寝不足は?」
「レオゥのせいでなったかも」
「えっ、レオゥなんかしたん? 駄目よ、今日はメアの人生の一大事よ?」
「冗談。大丈夫、問題ないよ」
「ははは、余裕はありそうだねえ。でも、始まると緊張するかもしれないから、レオゥ、何か助言ないかなあ?」
レオゥは相変わらずの無表情で両手を前に出すと、握りこぶしを作った。
「俺は緊張したことないから伝聞だけど、こうするといいらしい。両手を強く握り、掌をゆっくりと広げる。これを三回。力を抜くって緊張していると難しいから、逆に力を入れるんだ」
「それ知ってる。開拓者の人に聞いたことがある」
「なら不要か。まあ、試験でどうしようもなくなったら試してみろ」
「うん」
メアが返事をした瞬間、教室の扉が乱暴に開けられた。メアには物音でわかった。エナシたちだ。
テツの嘲笑が聞こえる。ギョウラの蛙ような笑い声もしてくる。それはメアに向けられたものとは限らないのに、メアは神経を綿で突かれるような不快感を感じた。
だが、そんなものを気にしている余裕はメアにはない。メアはエナシの方を一瞥すらせず、大きく深呼吸を一回した。
ナハが丸眼鏡を布で拭きながら教室に入ってくる。試験の問題分の書かれた用紙を裏向きのまま配り、合図があるまで見ないように指示をする。
一時限目は対話学基礎。
授業開始の鐘が鳴る。
「ではでは、試験開始ですです。ずるはしないよう、始めてください」
メアは汗が滲む手で炭筆を握り、答案用紙をひっくり返した。
対話学基礎の試験は思ったより簡単だった。元からメアが第一共通語に習熟していたこともあり、七割程度は詰まることなく回答できた。残りの三割も時間内には一応の回答ができ、メアはふうと一息つく。
合間の休憩に様子を窺いに来たレオゥに対しメアは笑顔を見せる。
「いけそう」
「そうか。緊張はしなかったか?」
「簡単な問題だったしね。この調子で来てくれるなら、行ける気がする」
「集中は切らさないように。あと、解けない問題がきても焦るな。面倒そうな問題は後回しにするのもありだ。いけるか?」
「がんばる」
メアは頷き、再び深呼吸をした。
順調な滑り出しだ。
続く生命学基礎、地理社会も同様に順調だった。対話学基礎ほどするすると溶けたわけではなかったが、生命学はエオミの作成した仮想試験と内容が一致している部分も多かったし、地理社会も最後の記述形式の問題以外はおおむね取れた自信があった。
「いけそう?」
「多分」
食べ過ぎないようにと注意されながらも昼食で息抜きし、午後の試験へ。
創作実学の試験は少し怪しかった。自由記述形式の大問が三つのみという独特な試験であり、メアなりに回答を埋めたつもりではあったが、後ろ二つは明確に正解があるような問いではなかったため、点を取れた自身はなかった。
難しい顔をしているメアに対し、ジョンが苦笑しながら言う。
「難しかったねえ。僕も満点取れてる自身はないや」
「あれ、毎年あんな感じなのかな」
「過去の試験を入手した感じ、毎年違うっぽいよお。去年のは普通の選択式の問題だったし。やっぱり過去問は頼っちゃだめだねえ」
「ふーん。……過去問? え、去年の試験内容とか入手できるの?」
「できるよお。先輩に頼れば、そういうの収集してる人いるからねえ」
「うちも過去問参考に仮想試験とか作ったけん。もちろんそれだけじゃないけどね!」
メアがばっとレオゥの方を見ると、レオゥはしれっと頷く。
「過去問に頼ると応用が効かないからな」
「でも知ってたなら教えといてほしかった」
「甘えは油断を生む」
「そうかもしれないけどー」
色々と文句が出そうになったが、言っても仕方ないとメアは考え直した。試験はまだ三分の一しか終わっていないのだ。どうでもいいことに気を煩わせしている暇はない、と。
メアたちは雑談もほどほどに寮に帰り、軽く記憶を掘り起こす程度に翌日の勉強を浚うと、水浴び、夕食を済ませて部屋に帰った。
寝台で寝る準備をしているメアにヴァーウォーカが話しかける。
「メアよー、今日の出来はどうだった?」
「そこそこ。ヴァーウォーカは?」
「俺は怪しいかも。留年が現実味を帯びてきた。すっごい辛い」
「そんなに」
机で紙束を何度もめくっているヘクセが口を挟む。
「普段から真面目にやってないからそうなるんだ。一夜漬けなんてなんの意味もない。最高にうまく行ったところでその場しのぎ。ばーかばーかざまあみろ」
「ここぞとばかりに活き活きと追い打ちかけてきやがって……」
「ヘクセ、静かに。キュッフェ様怒るよ」
「わわわかってるよ。メアこそ静かにしなよ」
ヘクセは起きている気があるのが自分だけだと判断すると、油灯の光を消す。そして、すやすやと寝息を立てるキュッフェの方を窺いながら、自分の寝台に入った。
暗闇の中で、ぼそぼそとヘクセが文句を言う声が響く。
「ふん、いつも偉そうにしてさ、なにさ、貴族だかなんだか知らないけど、恫喝ばかりしやがって、何様だよ」
(うーん、同感)
まどろみの中で肯定するメアは、しかし、次のヘクセの言葉を聞いて少しだけ息が詰まった。
「いいさ、もうじきお別れだ、やっと部屋替えだ。二年になれば、こいつらともおさらばだ、二人部屋で、もっとまともなやつと……」
(そうか。もう一年目が終わるんだ。終わったら、隣の寮に移って、二人部屋で)
それは少しわくわくすると同時に、寂しさとも虚しさとも違う不思議な感覚に襲われた。メアはその感情に上手く名前を付けることができなかった。なぜだろう。何を思っているのか。そんなことを考えている間にメアは眠りに落ちた。
そうして、試験初日は終了した。
二日目の朝も、相変わらず爽やかな目覚めだった。緊張は特になく、人生の左右する日だという実感はメアにはあまりなかった。
一日目と同様、教室に行き、試験を待つ。
挨拶、緊張、頭の中を駆け巡る知識。やにわに湧いてきた動揺を抑え込み、メアは両の拳に力を入れた。
一時限目、経済算術。とくに問題はなく、八割程度は固いという出来。メアの自信は裏切らず、自主勉強の成果は十分に発揮された。
この調子で、と勢いに乗りたかったメアは、しかし、次の試験で大きく躓いた。
二時限目、史学基礎。
(……鼎代から戦代への遷移の概要を書け!? は!? 何言ってんの!? しかも配点が三割? こんなの、どう答えるんだ……?)
メアは動揺を隠せなかった。炭筆を持つ手が震える。残り時間は半分ほど。半刻程度で十分な記述をできるとはメアには到底思えなかった。
この問題は授業をある程度真面目に聞いていた生徒であれば簡単に答えられる問題だった。だが、メアの中にある半端に詳しい鼎代の知識が、授業で教わった以上の膨大な内容が、メアの脳内で渦を巻く。
(移行期間は諸説はあるがおよそ八〇年程度。概要ってどの程度書けばいいんだ? 空王襲撃は授業で出たけど、晶殻宮の話ってあったっけ? ジャイヴスクァーは? 自分が自分でなくなる場所については流石に必須だよね……? 待て待て、考えている間に書き始めないと。いやでもまとまらない。せめて粒度だけでも決めておかないと書き始めることすら)
最初の大問で焦りに支配されてしまったメアは、頭が真っ白になり、普段なら瞬時に回答できる問題さえ無駄に時間をかけ、結果、すべての回答を埋めることすらできなかった。
休憩時間に落ち込むメアをレオゥたちが励まし、なんとか気持ちを立て直して、身体学基礎の試験。何度も深呼吸を繰り返しつつ、ひたすらに解答欄を埋めていく。
終了後のメアの脳内採点では、七割、といったところだった。
昼食を取り、魔術学基礎の試験。実技での星配布は既に終わっているため、残り一つ分の星を最終試験で決定する。レオゥの手厚い授業もあり、この科目に関してはメアもそれなりに自信があった。
自信があるだけだった。
試験終了後、虚ろな目で虚空を眺めているメアにレオゥが声を掛ける。
「どうした、メア。どっか失敗したか?」
「なんか、魔術学基礎、試験滅茶苦茶難しくなかった? 魔力の複合計算問題とか出てきたんだけど?」
「いや、そんなに難しくないだろ。要するにあれは全力で魔力を練った場合の理論最大値の話だから、直感的にも分かりやすいはず」
「そうかもしれないけど、油断した。完全に魔術脳だったから、いきなり計算問題が出てきて脳がおかしくなった。他にもさ、最大射程の話もあれ幾何学の問題じゃない? まだ経済算術ですらやってない範囲だけど?」
「あー、あれは前問と合わせて考え方工夫すれば小難しい計算なしでいける良問でな……」
頭をかくメアの背後から、げんなりした顔のエオミとジョンも話に加わる。
「魔術学基礎、難しいよお」
「なんなんあれ。授業では基礎理論の話しかでてないのに、一足飛びで応用実践の話がでてきた感じ。ありえんよー。うち星絶対とれてない!」
「僕も無理かもぉ」
「だよねー! 絶対おかしい!」
教室内のざわめきを聞けば、他の生徒たちも似たような反応を示している。レオゥと同じようにすました顔をしているのはごく少数。次の授業では不満の声が飛び交うのは明らかだった。
レオゥ務めて冷静にメアに言い聞かせる。
「とにかく、あまり引きずるな。まだ明日も明後日もある。今日は頭空っぽにして休め」
「はーい、レオゥ先生。……でも、レオゥ先生の授業だけ星取れないかもしれません。エオミ先生とジョン先生の授業はとっても役に立ったのに」
「いや、分かった。悪かった。多少は過去問を見るべきだったかもしれない。謝るから、ほら、切り替え」
メアは頷き、肩を落として教室を後にした。
二日目の試験は、万事順調とはいかなかった。
三日目は二科目。しかし、前日までとは少しばかり毛色が違う。
二、三時限目、武器格闘。
集合場所は、運動場だ。
四組総勢一〇〇名の生徒を一列に並べ、その隅から隅まで聞こえるような大声でキケが吼える。
「俺の最終試験が筆記試験などと思っていた間抜けはいないな! そうだ! 武器格闘の授業は最終試験も実技だ! これから三息の時間を与える! 各自準備運動を済ませろ!」
運動の苦手な数名が絶望的な表情になる。苦手でない生徒も渋い顔をする。花組の中で嫌そうな色を欠片も顔に出していないのは、ボワとアウェアとレオゥの三名のみ。
勿論、メアも渋い顔をしている。
「嫌だなぁ」
「そうだな」
「じゃあもっと嫌そうな表情をしなよレオゥ」
「目いっぱいしてるつもりだ」
「見えない」
メアの言葉には周囲にいた花組生徒全員が頷いた。
各々が思い思いに体を動かす中、キケが叫び続ける。
「試験内容は持久走だ! 各自が自身の限界まで走れ! 走って走って走り続けろ! 今日まで鍛え続けてきたお前らがその体力の限界まで走るのであれば星をくれてやる! 本気で、全力で、体力の限界まで走りさえすればだ! わかったか! 走り続けるんだ!」
メアは屈伸しながら横のレオゥにだけ聞こえるように呟く。
「手抜きはできないよね」
「無理だな。見抜かれる。できれば午後の試験に向けて体力を温存したいが、お互いここで星を貰えなければ終わりだしな」
現時点で花組において武器格闘の星を貰えているのは二人。ボワとアウェアのみ。つまり、メアもレオゥもここで星を取れなければ留年だ。キケの不況を飼う可能性のある手抜きを行う余地はない。
レオゥは片腕を背中に回して脇を伸ばす。
「幸い、午後一の授業は対話学。既に最終試験は終わってるから休憩時間だ。昼の休憩と合わせて一刻あれば筆記試験を受けるだけの体力は戻るだろ」
「じゃあ、死ぬ気で走るしかないかー」
ほどほどに関節と筋肉が緩んできたのを見計らったかのように、キケが手を叩きながら叫ぶ。
「準備はいいかあ! じゃあ走れ! ほら走れ! 馬車馬のごとく!」
そうして花組の生徒は一斉に走り出した。この授業では何度も見た、既視感のある光景。激励、罵声、少しずつ伸びていく隊列。寒さに震えていた体はあっと言う間に熱を発し始め、白い吐息は熱をもった蒸気となる。
一人倒れた。一人立ち止まる。キケは倒れた生徒には星を与え、立ち止まった生徒は蹴り飛ばした。櫛の歯が抜けるように脱落者は増え、無言で走る生徒たちの足音だけが校庭に響いた。
(にゅ、入学直後の、ときも、こんな感じだった、ような)
星を取るために全力で、というのはもちろんのこと。メアは日々鍛えていることの成果を見出したいと思った。記憶が正しければ、花組での初日の長距離走は八位だった。今は何位なのか。全員が全力で走っているこの試験はそれを確かめるいい機会だった。
他の組の生徒もいるため、わかりにくくはあるが、花組の生徒は残り十人、残り九人、残り八人。さらに一人減り、二人減り、残り五人。メアは少し前を走るエナシに気づく。メアの体力は既に限界に近かったが、再び沸き上がった闘志がメアの体を動かした。
「まけっ、まけるかっ、まける、かあっ」
「くそがっ、さっさと、あきらめろ、この、ざこがっ」
二人とも白目を剥き、涎を垂らしながら走る。普段あれほど余裕ぶっているエナシがこの様だ。メアは最後の体力を振り絞り、エナシを抜き去った。
「くそ、がっ……」
エナシが倒れる。その三歩先でメアも倒れた。
(はは、勝った、ざまあみろ、日々の、努力の、差だ……!)
水を持って駆け寄ってくるテュヒカを視界の隅に捉えながら、メアは気絶した。
大満足の勝利の余韻に浸る間もなく、昼食、全力の休憩、そして、魂魄学の試験。正直な話、炭筆を持つのも億劫なほど体は重かったが、頭と気分はすっきりとしていた。
「行っとくが、長距離走で勝っても意味はないからな。どちらも星を取っているんだから、引き分けだ。気を抜かずに行け」
「わかってるよ、大丈夫」
メアは気合を入れて炭筆を握った。
気合を入れた成果かはわからないが、メアの試験の自己評価は、八割と少しと言ったところだった。星三つ取れるかは怪しい内容だったが、魔術学基礎のように星を取れるか怪しい、というほどでもない出来。メアはレオゥの授業が活かせたことにほっと胸を撫でおろした。
残り一日、残り二科目。食事と水浴びを終えたメアは心穏やかに寝るつもりだった。だが、その安息は一人の訪問者により破られた。
寝る前の部屋を訪れてきたのは、レトリー探偵社の自称名探偵、シッディだった。
「悪いね、寝るところだったかい?」
「いや。あ、もしかして犯人わかりました?」
「ふふ、この名探偵にかかればお茶の子さいさい。簡単すぎる事件だったね」
そう言ってシッディは一枚の紙を差し出した。
「この子が犯人だ。間違いない。理由は説明してもいいが、寝る前に名推理を聞いて興奮して眠れなくなってもいけないからね。僕も少しばかり疲れたし、今日はこれで。詳細が気になったらまた事務所を訪ねてきてくれ。ああ、報酬は要らないよ。今回は初回ということで、特別にただでいい。もちろん、どうしてもお礼をというなら吝かではないけどね」
シッディは矢継ぎ早にそう言うと、メアの反応も待たずに部屋を去っていった。
一方、メアもシッディの言葉をまともに聞いてはいなかった。その紙に書かれていた似顔絵。美術部の一員と言われても驚かないほど見事に人物特徴を捉えて書かれた似顔絵に書いてあったのは、誰がどう見てもザイカだったからだ。
なぜ、という問いには即座にいくつも理由が浮かんだ。それらは最終的には脅されたのだろう、という至極簡素な結論へと集束する。しかし、それはまた次の疑問をメアの中に生み出す。なぜ。なぜ。なぜ。疑問に対し、ザイカに対する様々な擁護も思い浮かんだが、それでもメアの衝撃は大きかった。
衝撃のあまりヘクセの呼びかけにも気づかず、メアは暗闇の中でその似顔絵を見つめ続けた。
寝不足の中、一時限目の酪農実学の試験を受ける。
結果は酷いものだった。少なくとも、自己採点をする必要性を感じない程度には、酷いものだった。
目の下にできた隈を気にしたレオゥがメアと向かい合って座る。
「さすがに緊張して眠れなかったか?」
メアは返事はせず、無言で似顔絵をレオゥに見せる。ここで見せても意味はないと思ったし、レオゥの試験の邪魔になるだけだとは分かっていた。それでも、見せずにはいられなかった。
一言も説明がないというのに、レオゥはそれを見て大体事情を察したようだった。無表情のまま似顔絵をびりびりと引き裂く。
レオゥはぎょっとするメアの頭頂部を叩いた。
「思ったより絵うまいな、名探偵」
「それはちょっと思ったけどさ、なんで破いたの」
「ザイカを殴る代わりに」
「あっ、なるほど。いやそれなら俺にやらせてよ」
「メアは試験終わったら直接殴ってくればいいんじゃないか」
メアは思案し、選択肢の一つとして記憶しておくことにした。
「七味草、ザイカの分ぶんどってくりゃよかったのに」
「……レオゥってもしかして天才?」
「メアが阿呆なだけでは。あ、今からじゃもう遅いぞ。確か期限は最終試験が始まるまでだったはずだし」
「そんなこと言ってたっけ? まあどっちにしろ七味草の果実は食べられちゃってるか。あー、レルの果実食べたかったな。どんな味がしたんだろ」
「ちなみに、俺のは酸っぱかった。まずかった。世話に手を抜きすぎたな」
「あー、今更になって不安になってきた」
「なら意地貼らずに俺の七味草を持ってきゃよかったのに」
どうでもいいことを話していると、ざわついていたメアの心は次第に落ち着いていった。レオゥの無感情で淡々とした声が、メアの感情に寄り添わない理詰めの意見が、逆にメアの心を落ち着けていった。
最後の物質学は、酷い調子ながらも勝手に腕が動いた。
休憩時間を心の整理に使えたからというのもあるし、回答が選択式というのもあった。かなり感覚派であるエオミに比べ、ジョンの教え方が上手かったから、というのも理由の一つかもしれなかった。なんとなくだが、星を二つは取れたのではないか、とぼんやりとした頭でメアは思った。
ともかく、こうして、メアの一年目の最終試験は終了した。




