075 学校・試験前・追い込み
教室で頭を抱えるメアに対し、にこにこと笑顔のジョンは手元の紙束の内容を読み上げる。
「以下に挙げる金属の内、最も埋蔵量、採掘量が多いのはどれでしょう。一、鐵。二、晴獄鉱。三、燦銀。四、鞣砂」
「これは鐵。流石に簡単」
「じゃあ、以下に挙げる鐵の性質を変化しやすい順に並べよ。一、密度。二、靭性。三、硬度。四、熱伝導性。五、導電性。六、耐食性」
「いきなり難しすぎ! えっと、変化しやすい順に、耐食性、熱伝導性、靭性、硬度、密度、導電性だっけ?」
「全然違うよお」
「うわああおおお」
奇声を上げて机に突っ伏すメアを見て、レオゥはジョンに話しかけた。
「どうだ? 傍から見てると芳しくないように見えるが」
「思ったより身についてないねえ」
「あれ、おかしいな。問題を解くのって想像よりずっと難しいんだけど」
「問題どうこう以前の問題だねえ。基本的な暗記事項を覚えられてないから、記述形式の問題まで辿りつけないや」
笑顔で残酷な事実を突きつけるジョン。握りこぶしで炭筆を握りしめているメアだけでなく、横で一緒に授業を受けていたエオミも流れ弾を食らって悶えている。
レオゥは気づかわし気にメアの肩を叩く。
「まあ、勉強って慣れもあるからな。特に最初の内は教板の内容を書き写すだけで精一杯だろ? それで勉強できた気になってしまうのも仕方ないか」
「算学みたいに暗記しなくてもいい内容なら簡単なのに」
「算学だってこの先覚えなければいけないことはたくさん出てくるぞ。甘えてないで覚えろ。負けたら奴隷だぞ」
「うう……」
ぽんと、レオゥは自身の手を叩いた。名案を思い付いたかのような動き。メアは期待して顔を上げるが、出てきた言葉は優しさとはかけ離れた言葉だった。
「メア、ここで商学の問題だ」
「なに?」
「非人指定というのは冒険者組合が定めた制度であり、全世界で同じ運用がされていますが、三級非人指定、二級非人指定、一級非人指定の違いを述べなさい」
現実を突きつけ、尻を叩こうという魂胆がまるわかりだったが、確かに経済算術の授業の範囲内ではある。しぶしぶメアは答える。
「奴隷紋の意匠」
「はぁ……」
「冗談だから本気のため息止めて。剥奪される権利の種別が違う。三級非人指定で剥奪されるのは職業選択の権利。二級非人指定はそれに加えて衣食住と伴侶の選択の権利。一級非人指定は更に私物の所有権もなくなる」
「要するに、二級と一級では何が最も異なる?」
「自分を買い戻せるかどうか。一級非人指定されちゃうと資産を持てなくなっちゃうから、基本的に一度指定されたらそのまま。ああもうわかってる! わかってるから! 負けたらもう終わりなのは理解してる!」
「じゃあ死ぬ気で頑張ろうな」
半泣きになるメアをエオミとジョンが慌てて慰め、四人は勉強を続行するのだった。
その後、時間があるからとエオミの授業も受け、翌日の休日も一日中勉強、勉強、勉強。あえて自分を過酷な環境に置くために、ヘクセの横に座って勉強を続ける。
気を抜けるのは、食事のときと夜寝る前、あとは実技系の授業の時だけだ。
武器格闘の授業で、相変わらずメアはエナシと向かい合う。
「かかってこいよ糞雑魚」
「言う割に最近は負けた記憶ないけどなあ!」
メアは木剣をエナシに叩きつける。上段からの唐竹。流されるがそれも織り込み済み。メアは返しの薙ぎ払いを受け、更に一歩踏み込む。
首を狙った突きも躱され、体が泳ぎそうになるが、勢いのまま体当たりを食らわせることで反撃を封じ、体勢を立て直す。追おうとする足を蹴られ追撃こそできなかったが、いまだ攻守は変わらず、メアが攻める側だ。
一撃、二撃と矢継ぎ早に打つメア。そのいずれも受けられるが手を止めることはしない。強い一撃を入れればエナシからの反撃はない。この一年でメアはそれを学んでいた。
だが、攻撃というのは無限には続かない。どうしても息が切れる瞬間があり、攻撃が途切れる。そのときに攻守が入れ替わるかは、本人たちの動き次第。今回は、攻守が入れ替わった。
脇を狙った鋭い反撃に、メアは木剣で受けつつもたたらを踏む。衝撃を吸収しきれず、少しだけ息が詰まった。それを見てエナシは踏み込み、先ほどとは逆に連撃を繰り出す。
顔を狙った突き、変化しての首への一文字、鎖骨を狙った袈裟切り。エナシの攻撃はいつも殺意があり、相手の急所を狙っている。致命傷を与えてやるという意思に満ちている。最初の内はそれに怯んでいたメアだったが、最近ではもう慣れたものだ。いずれも余裕を持って躱し、弾き、隙があれば一撃を入れる。
鍔迫り合い。刹那、エナシの腕が伸び、メアの腕を掴む。しかし、今回は素直に投げられはしない。ウォベマに投げられ続けたことにより、どう抵抗するべきかを直感で理解していたからだ。
それこそ唾が飛ぶような距離でにらみ合う二人。エナシの視線が一瞬メアを逸れ、メアの背後にいるキケの方へと向いた。
同時にエナシが魔力を僅かに励起する。キケの方を確認し、魔術禁止のこの授業で魔力を励起した。すなわち、キケの視線が逸れていることを把握し、不意打ちを行う気だ。メアは瞬時に判断し、半歩足を引く。
(いや、これは見せかけ――!)
しかし、距離を取ろうと重心を崩したメアにぴったりと足を合わせ、エナシはメアを地面に叩きつけた。傍から見れば完璧な投げ。エナシは片手でメアの手首を抑えまま、木剣をメアの喉元に押し付ける。
「はい、死亡。雑魚が調子乗んな」
「てめっ、せこいぞエナシ!」
「はぁー? 何がだ? びびって体勢崩して投げられて、何がせこいって? ん?」
メアはさらに文句を言おうとして、キケがこちらに向かって歩いてきているのに気づいた。しかも、懐に手を入れている。その振る舞いをメアは二度見たことがあった。一度はボワに星を与えたとき。もう一度はアウェアに星を与えたとき。
(まさか、今のでエナシに星を?)
勝ち誇りながら顔を上げるエナシに、キケは言った。
「武器格闘の授業なのに、お前ら本当に剣が好きだな! どうだ、槍とかももう少し触らないか!」
メアとエナシは呆気にとられ、一瞬目を合わせ、二人とも同時に首を振った。
「んなことより星寄越せよ。いつまでこんな雑魚と組ませんだよ」
「いやいや今のは偶々です偶々! こいつより俺にください! 俺の上達っぷりには目を見張るものないですか?」
「二人ともまだまだ足らんな! 頑張りは認める! 励め!」
「んだよ、ならボワか糞女と組ませろ。きっちり畳んで実力を見せてやる」
「俺もこいつと組むの嫌です。変えてください」
「駄目だ。お前ら良い感じの腕だからな! まあどちらかが一方的に殴れるようになったらまた違うが、とにかく励め!」
そう言ってキケは他の生徒を見に去っていった。
メアはエナシに星が与えられなかったことに安堵しつつも、自分も星を取れなさそうなことに落胆した。正直な話、学校に来てから最も力を入れていることだったため、認められないのは少しばかり悔しかった。
そんな風に闘志を剝き出しにして争っている二人を見て、やんやと野次を飛ばす生徒がいれば、自分も頑張ろうと気合入れる生徒もいる。まったく興味のなさそうな生徒も一部いるが、大多数はその姿を見て最終試験が近づいていることを実感していった。
魔術学基礎で魔力をぶつけ合い、対話基礎で弁論をぶつけ合う。星の取得とはほぼ無関係な創作実学と酪農実学では二人とも手を抜いているが、他の科目では熱心に勉強。休憩時間や放課後でさえ、食堂で、水浴び小屋で、寮の廊下で、二人が出会うと罵倒をぶつけ合う。
そうして、最終試験の週までは瞬く間に時間が過ぎていった。
最終試験を翌日に控えた休日、メアが明日に備えて眠ろうと気合を入れていると、部屋にレオゥが訪れてきた。
「よっ」
「あれ、何かあったっけ。忘れ物?」
「いや試験に向けてもう一つやっておけることがあったの思い出してな。ついてこいよ」
徹夜の勉強は逆に良くない。規則正しく寝ろ。そんなレオゥの忠告に従い寝るつもりだったメアは、首を傾げながらもレオゥについて寮を出た。
メアが質問をする前にレオゥが口を開く。
「結局、七味草は見つからなかったな」
「名探偵、あんまり役に立たなかった……」
「まあ駄目で元々だ。犯人捜しを任せることで試験に集中できるならそれで十分役に立ってる。集中できてるよな?」
「できてるできてる。最初はまあ向かい合うたびにむかついてたけど、というか今でも全然むかつくけど。それはそれとして試験は頑張らなきゃって思ったから。忠告助かる。ありがとな、レオゥ」
「気にすんな。その代わり貸し一だからな。俺が困ったときは助けてくれよ」
「任せろ」
レオゥは第三教育塔に正面玄関から入る。魔闘連盟の居室に近い裏口から入ることの多かったメアとしては久々の正面玄関。星の光の届かない室内で、レオゥはメアに振り返った。
「メア、光頼む。こっちの壁照らしてくれ」
「眩ゆさをこの手に――【光】」
メアの手元の光により正面玄関の様子が照らし出された。
レオゥが示す壁には巨大な木製の浮彫が飾ってあった。地味な彫刻であったためメアは気にしたことなかったが、レオゥはそれが目当てだったらしい。
メアが改めて観察してみると、それは五枚の浮彫が連なって一つの作品としてある様だった。一つに一人の人間が描かれ、柔らかな笑みをこちらに向けている。槍、天秤、本、大鎌、松明と、持っているものは異なるが、着ている衣装は学校指定の外套。背格好から見ても、みなこの学校の生徒なのではないか、とメアは予想した。
そんなメアの予想をレオゥは肯定する。
「これ、題材は全員卒業生なんだけど、一人一人がまあ凄い実績残してて、率直に言うと偉人なわけ」
「もしかして、赤爪槍国とか?」
「そう。一番端の槍の人な。で、この浮彫に祈ると良い成績が取れるという逸話があってだな」
「本当に!?」
「わからん。だがまあ祈っといて損はないだろうということで、今回祈りに来たわけ。特に宗教上問題なければ祈っとけ」
「問題ないと思う。作法は?」
「手を合わせて目を閉じて念じる」
「……お手軽過ぎない?」
「知らない。俺に言うな」
レオゥが手を合わせて目を閉じたのを見て、メアも横で同じ姿勢になる。正直なところ、本当にそんなことがあったら少し怖いとは思ったが、レオゥの提案のため信じて従うことにしたメアだった。
一息ほど祈り、レオゥが声を掛けたあたりで、二人は無性におかしくなって笑いだした。こんな夜に二人して何をやっているのだろうか、と馬鹿らしい気分になったのだ。だが、無駄な時間を過ごしたわりに、メアの気分は悪くはなかった。
二人は笑いながら寮に戻り、すっきりとした気分で眠るのだった。




