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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
五章 星を求めて
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074 寮・怒り・追跡者

 メアは廊下でレオゥとすれ違った。その形相に何か起きたのだと察したレオゥはメアに追いすがる。

「どうした?」

「レルが盗まれた。絶対エナシだ」

「七味草が? 盗まれたっていう証拠はあるのか?」

「見てないけど絶対あいつら。他にやる人なんていない」

 レオゥはメアの肩に手を置いて引く。その早歩きを止めるほど強く。

 メアはその手を振り払いながら振り返った。だが、怒りをぶつける相手はレオゥではないと我に返り、深呼吸をして手で謝った。

「とりあえず落ち着け。エナシを追求しても無駄だ」

「でもっ、そんなことは!」

「ある。メアが相手の立場だったらどうする? 俺なら七味草はさっさと潰して捨てる。埋める。盗んだ物を持っておくことが問題じゃないのなら、証拠品となるものを持っておくわけないだろ」

「持っておくことが目的かもしれないだろ。自分の七味草枯らしちゃったとかで」

「そしたらエフェズズ先生に言って代りの七味草を貰うはずだ。持っておく理由はない。ここまで言えば、メアが今すべきことは何かわかるだろ?」

「……代わりの七味草を貰いに行く」

「その通り」

 いつも通りの理詰めの説得。メアはそれが正しいと理解しながらも、納得はできなかった。

 突っ立ったまま動かないメアを前に、レオゥは自身の顎を撫でながら思案する。感情に訴えかける説得はできない。このままいくら無意味だと伝えてもメアは納得しない。そう考え、仕方なしに代案を出した。

「わかった。探し物は並行して進めよう。ただし、代わりの七味草はもらいにいくし、今日のジョンの授業も受ける」

「じゃあエナシの部屋に殴りこんでいい?」

「駄目だ。無駄だしこの大事な時期に謹慎食らって反省文書かされるなんて無駄なことしてる時間はない。探し物はレトリー探偵社に頼む」

 知らない単語を聞かされ首を傾げるメアにレオゥはついて来いと首で示す。メアは怒りで包まれた心の隅に芽生えた好奇心に押され、レオゥについていった。

 向かった先は第三教育塔。その二階、橋から二番目。鼎代語で『レトリ探索会社』と書かれた木の札が吊るされた部屋だった。

「レトリ探索会社?」

「レトリー探偵社。もしもし、どなたかいらっしゃいますか?」

 レオゥは扉を三度叩く。すると、中からやけに甲高い男の声がした。

「どうぞ。鍵は開いてるから勝手に入ってくれて構わないよ」

「失礼します」

「しまーす」

 レオゥとメアが恐る恐るその部屋に入ると、その部屋の中には二人の人間がいた。

 一人は質素な木製の椅子に座った赤毛の少女。乱雑に編み込んだ髪とそばかすが特徴的な少女だ。メアたちの方を見もせず、手元の本に視線を落としている。もう一人はやけに座り心地の良さそうな椅子に深々と腰かけた白髪の少年。鍔のついた帽子と口にくわえた煙管がメアの目を惹いた。灰色の靴下をはいた足を長机の上に投げ出し、メアたちを見て口角を上げた。

「おっ、今日も迷子の子犬が迷い込んできたみたいだね。困りごとは何かな? 殺人?」

「そんなことが起きてたら調停委員どころか先生たちが出てきますよ。阿呆」

「助手ぅ、その生意気な口の利き方を止め給えと何度言ったら分かるんだ?」

「敬語使ってるじゃないですか。死ね」

 白髪の少年はやれやれと首を振り、帽子だけを持ち上げて二人に挨拶をした。

「やあ、助手が失礼なこと言って済まないね。僕はレトリー探偵社の名探偵、シッディだ。気軽にシッディさんと呼んでくれ。こっちの不愛想なのが助手のネレボ。ほら、挨拶」

「どうもー」

「ところで今日はどんなご用件だい?」

 メアとレオゥは勧められた椅子に座り、レオゥが話を切り出した。

「盗難です。授業で育てていた七味草が盗まれました」

 途端に興味が失せたように目深に帽子を被るシッディ。

「おいおい、草? 草を探せと僕に言ってるのかい? この名探偵たるこの僕に?」

「育てることが星の取得条件なんです。死活問題ですよ。軽く見ないでください」

「と言っても、酪農実学だろ? 他にも一つくらい星を配ってるんじゃないのか? まさか一つも取れてないし最終試験でももらえないとでも?」

「事情があって星を一つでも多くとる必要がある状況です。お願いします。あなたしか頼れないんです」

 レオゥはメアに目で促す。しかし、その意味を読み違えたメアは純粋な目で疑問を口にした。

「探偵ってなんですか?」

 わからなくても適当におだてておけよ、というレオゥの内心とは裏腹に、シッディはその質問に目を輝かせた。

「ふふ、探偵というのはだね、鋭い観察眼で微かな違和感を掴み、それを灰色の頭脳でそれを組み上げ、推論し、様々な難事件を解決する、究極の存在。孤高の仕事人。至高の頭脳を持つ事件解決の専門家」

「つまり警邏ですか?」

「よしてくれ! そんなものと一緒にしないでくれ。探偵は地道な証拠の積み上げなどしない。その閃き一つで事件を解決する傑物。それこそ、探偵。名探偵シッディさんだ」

「なるほど?」

「追跡してるだけの癖に」

「何か言ったか助手ぅ?」

「何も。幻聴じゃないですか」

 そっけないネレボに、今一理解できず首を傾げるメアに、まったくの無表情のレオゥ。自分の言葉が響いていないことが気に食わなかったらしいシッディは靴を履いて立ち上がった。

「よろしい。君たちには名探偵というものがどういう存在か刻み込んでやらねばなるまい。現場に案内し給え」

「よっしゃ。お願いします。ほら、メア行くぞ」

「うん。よくわかんないけどわかった」

「だるー」

 四人はそれぞれの反応を示しつつ、部屋を出た。

 メアとレオゥが先導し、シッディが帽子を弄りながら後に続く。ネレボも文句を言いつつついてくる。道中すれ違った生徒は皆メアたちを振り返ってきたが、その理由はメアにはさっぱりわからなかった。

 寮のメアの部屋に入ると、くるりと一周見回してシッディが言った。

「なくなった者は七味草だったか。どこに置いていた?」

「窓辺です。この七味草の横」

「確実にあったのはいつまで?」

「朝学校に行くまではあって、今日は一時限目からあったので、上聿の一刻までは確実にありました。なくなってたのに気づいたのが昼食べてからだから、上幽の一刻あたりです」

「ということは、上聿から上名の間の犯行というわけだ。犯人に心当たりは?」

「同じ組の三人組が。星取得の勝負してるんで」

「なるほど。動機足りうるね。見た目の特徴を教えてもらえるかい?」

「あっ、君かぁ」

 メアはネレボがぼそっと呟いた言葉が妙に気になったが、視線を合わせようとしない女子相手に質問をすることはできず、シッディに三人の特徴を伝えるにとどまった。

 シッディはうろうろと部屋を歩き回る。

「ふむ、ふむ、ふむ。なるほどね」

 そして、七味草が置いてあった窓辺を凝視すると、魔力を起こした。

 メアは思わず身構えるが、その魔力はすぐにシッディに収束し、そこからどこかへと伸びることはなかった。メアの目から見ても中々に濃い魔力だったが、レオゥは一切動じた様子がない。まるで、最初から魔術を行使することが分かっていたし、それがどういったものかも知っていたかのように。

 シッディは二人の方へ振り向き、少し疲れた様子で言った。

「上尽の六刻までは七味草はここにあったようだ」

「そんなことわかるんですか?」

「見たまえ。鉢のあった場所と他の場所では、落ちてる土の乾き具合が違うだろう? この乾き具合だと日が当たり始めてから最大で二刻程度。つまり、上尽の六刻あたりまではここは鉢で陰になっていたことになる」

「おお! 土だけでそんなことまで!?」

「ふふ、他にも見るべきものは多くある。例えば、机の引き出しの中の筆が定位置。急いで引き出しを開けたならばこの几帳面に並べられた中身の配置は崩れているだろう。例えば、畳まれた布団が崩れていない。探し物があるならば定番の寝台の下を荒らさないわけがない。他にも、他にも、目をつけるべきは様々だが、これらは犯人が七味草のみを探していたことを示している」

「おおぉぉ……!」

 目を輝かせたメアに気分を良くしたらしいシッディは煙管でこんこんと机をたたいて言った。

「ただ、それでも痕跡は少ない。一直線に七味草に向かい、それだけを持って去ったらしいからね。少しばかり時間がかかるだろう。そうだね、一週間から半月と言ったところか」

「全然、大丈夫です! 凄い! 探偵ってすごいねレオゥ!」

「……そうだな」

「シッディさん! お願いします。ぜひ犯人を見つけてください!」

「任せ給え。じゃあ、とりあえず今日はこれにて。犯人の調査も進めなければな。行くぞ、助手」

「頑張ってねー、星取り」

 そう言って二人はメアの部屋を去っていった。シッディは去り際にメアに向かって目配せをし、立てた指をぴっと振って見せることも忘れない。随分と気障ったらしい仕草だが、興奮に包まれたメアは純粋に格好いいと思って疑わなかった。

 二人の姿が廊下から見えなくなっても興奮冷めやらぬ様子のメアに、レオゥは淡々と告げる。

「行っとくが、あの人、追跡者だからな」

「……え?」

 追跡者。それは過去視を行える魔術師のことを差す。そして、それが意味することは一つ。

 レオゥは一切の容赦なく、固まるメアに追撃を掛ける。

「時空魔術系統、時属性時魔術。さっきあの人が窓辺で使ったのは過去視の魔術だ」

「そんな、え? まさか……そうなの? レルがあった時刻を言えたのは、その時刻を覗いたから?」

「その通り。理由も後付けの出まかせだな。七味草狙いだなんて荒らされてない部屋見ればすぐわかるし」

「じゃあ、もしかして今出てったのって、魔力切れ? もう今日やれることはないから?」

「そうだろな。時間がかかるってのも、総当たりするからだろうな。遡る時間が伸びるほど必要魔力量は増えるし、初日に見つからなかったのは痛いな」

 メアは夢を打ち砕かれた幼子のように、酷く衝撃を受けた顔をする。追跡者は非常に稀な存在であるためこの学校にいるとは思っておらず、しかも、優れた洞察力で推理を披露する探偵を自称している男がそれだとは全く思っていなかったからだ。

 レオゥは慰めるようにメアの肩を叩き、淡々と言った。

「まあメアが良い感じに信じたおかげで気前よく無料で受けてくれたし、結果としてはよかったじゃないか。あとはあの人に任せよう」

「よかったけど……っ、そうなんだけど……っ!」

「よし。じゃあ気が済んだな? さっさと七味草貰いに行くぞ」

「はい……」

 メアは肩を落としてエフェズズの居室へと向かうのだった。

 やや肩透かしではあったが犯人は遠からず見つかるし、星の取得自体にも問題ない。あとは勉強に気合を入れるだけ。レオゥと廊下を歩きながらも、メアはそう気合を入れ直す。

 しかし、メアの安堵はまたしても砕かれた。

「えっ、もうないんですか、予備の七味草」

 メアの悲鳴に近い質問に、エフェズズは困ったように微笑みながら頷いた。

「今年は駄目にしてしまった生徒が多くてですね。特に、テツ゠ユンジュ君が既に五回も駄目にしていて、いやあ、困った」

 レオゥはぼそりと呟く。

「先手を打たれたな」

「わざとか」

「そりゃな」

「ごめん、探偵社に行くより先にこっち来るべきだった。レオゥの忠告を無視して俺が変なことにこだわったせいで」

「いや、この手際の良さだと盗む前に予備がないことを確定させていただろ。むしろ、犯人が分かれば相手の七味草を奪う大義名分ができる。メアの判断の方が正しかったな」

「ううー、シッディさん、できるだけ早く当たり引いてくれー」

 メアはシッディの勘が当たることを願い、両手を天に向けた。

「先生、一応聞きますが、これは不公平じゃないですか? 他の生徒は自分の不手際で駄目にしてるっていうのに、明確に盗まれたメアだけ七味草が補充されないのは」

「と言ってもねえ。作物を盗まれないかの管理も授業の内ですし、盗まれたというのはメア君の申告ですよね? 私にはそれが事実か判断できませんので理由はにはなりません。それに、メア君は既に巨象の解体で星を一つ取っている。これはあくまで、星を一つも取れずに進級できないことに対する救済措置です。メア君には不要でしょう。それに、なんといっても、ないものはないですから」

 全て場当たり的な言い逃れだとメアは感じた。エフェズズの目を見ればわかる。エフェズズは盗まれたというメアの言葉を疑っていないし、メアには星が必要だということもわかっている。だが、面倒ごとを避けたいエフェズズとしてはこう言うしかない。そうエフェズズの目が言っている。

 しかし、同時にそれらの言葉が真実であることもわかった。半分が建前で半分は本音。作物が盗まれないように管理すべきはメアの責任であり、留年しないようにするための救済措置であることも事実。それに、何より最後の言葉がすべてだ。ないものはない。メアがここでごねても得るものはないと、メアは理解した。

 メアは多少不満を感じながらも、エフェズズがこういう人間だということはこの一年で理解していたため、食って掛かろうとするレオゥを抑えて部屋を出た。

「星一個分の不利は大きいな」

「まあけど、まだ振り出し。現時点で取れてる星の個数は同じ」

「わかってるならよし。今回の相手の最大の目的は、こっちへの揺さぶりだ。乗って勉強を疎かにしたら意味がない。というわけで、分かってるよな、メア」

「はい。今日はジョン先生にしっかり教わろうと思います」

 メアはため息を吐きつつ、ジョンとエオミが待っている教室へと向かった。

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― 新着の感想 ―
んこれやばくない? 賭けてるし妨害ありならつまり八百長できるという 上級生まで賭け参加したら最悪メアもしくはエナシを授業参加不可にすれば... そして上級生の武闘派ならこの二人どっちを相手にしても見つ…
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