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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
一章 学校の始まり
7/207

007 寮・起床・二日目

 メアが目を覚ますと、部屋はまだ暗かった。部屋の中には他の三人の寝息が響いている。

(あー……そっか。学校に着いたんだっけ)

 メアは静かに梯子を下りて窓の外を眺める。日は少しずつ上ってきているようだ。

 ぴちち、と何かが甲高い声で鳴いた。メアが音のした方を向くと、見たことのない鮮やかな赤い鳥が二匹枝にとまっていた。 

「おはよ」

「え、ああ、おはよう」

 急に話しかけられて反射的に返事をするが、他の三人が起きたわけではなかった。辺りを見回すと、枝に止まっていた鳥が話しかけてきていた。

「珍しいね、人間に話しかけてくるなんて」

「ここの人間は穏やかなのが多いからね、まあ新しく来る奴は乱暴な奴も多いけど、すぐ慣れるさ、問題ない、ちょっと気が向いただけ、おなかすいた」

 矢継ぎ早にそう告げると、一匹の鳥が枝から飛び立ち、続いてもう一匹もどこかへ飛んで行った。突然のことにメアは驚きを隠せないが、ここはそういう場所なんだと無理矢理納得する。

 メアは背筋を伸ばして深呼吸をすると、剣を手に取り部屋を出ようとした。しかし、扉に手をかけてふと気づいた。

「そういえば、時間がわからないや」

 後で聞けばいいやと流していたが、こちらの地方でどのような時刻表を使用しているのかメアは知らなかった。定期的に鐘の音が響いてきているのだから、それを合図としていることを予想していたが、具体的には何も聞いていない。わかるのは、オルシン暦を使用しているということだけ。

 メアはヴァーウォーカに聞こうか迷う。しかし、まだ朝早く、起きていない相手を無理やり起こすのはあまりよくないと判断し、結局昨日の会話を思い起こすことから始めた。

(先生とか、あのおばさんが言ってたのは聞き覚えあったよなあ。オルシン暦を使っているとすると、時刻の方もオルシン時刻かな。オルシン時刻は一日を十二分割して、それをさらに十二分割するから……上聿の三刻は、大体いつも朝ご飯食べてる時間か。上木の七刻までは結構時間あって。駄目か。結局今が何刻かわからないや)

 誰かが起きた時に聞くことにして、メアは部屋で待つことにした。

 軽い鍛錬でもしようかと思ったが、寝台は頑丈ながらもなかなか年季が入っていて、寝返りを打つときしむ音が部屋に響く。なので、体を軽くほぐすにとどめておいた。

 そうしてしばらく待つと、遠くから鐘の音が響いてきた。

 同時に、もぞもぞとキュッフェが寝台から転がり出てきた。

「おはよう」

 声をかけたメアにちらりと視線を投げ、キュッフェはそのまま部屋から出ようとする。それを見てメアは慌てて言葉を続ける。

「今何刻か教えてほしいんだ。鐘の音がしたけど、あれが合図?」

 随分と整った顔をメアの方に向け、はあああああ、と深いため息を吐くキュッフェ。その態度に困惑しながらも、メアは逃がさないように入り口側に寝台から飛び降りた。

 面倒くさそうにキュッフェは口を開く。

「オルシン時刻は知ってるか?」

「うん」

「午前と午後に分けて、時刻が進むごとに回数分鳴らす。その合間に六刻ごとに一回鳴らす。授業の開始時には大鐘を鳴らす」

「え、あ、うん。ありがとう? どこ行くの?」

「朝食」

 静かに、しかし早口でされた説明とも呼べない説明をメアが脳内で整理していると、その間にキュッフェは部屋から出て行ってしまった。

 あまり人なれしていないメアといえども、キュッフェがメアとあまり仲良くする気がないことはわかる。しかし、そうだとしても簡単に対話を諦めるのも癪だ。メアはキュッフェと共に食堂に向かうことに決めた。

 寮を抜け、道に沿ってきたに向かうと、ほどほどの広さの湖が見える。そして、その湖畔には一軒の大きな建物が立っていて、そこが目的地である食堂だ。

 食堂は木製の建物で、明かりを取るためか窓が非常に多い。一度に多くの生徒が通れるように入り口は広く、広々とした食事スペースには三○○席以上の長机と椅子が配置されている。メアが昨晩食事をしたときには大勢の生徒が来ていたのだが、朝一番なのが原因かまだ生徒は少ない。

 キュッフェと並んで歩きながら、メアは話しかける。

「キュッフェは」

「は?」

 その腹の底から響くような返事に、メアは慌てて言い直す。

「キュッフェ様はなんでこの学校に来たの?」

 またその手の質問か、とげんなりした表情をするキュッフェ。普通ならば怯んだりするべきなのだろうが、そのわかりやすさにメアは感心してしまう。

 しばらく無言でキュッフェは歩くが、メアが諦め気がないのを察したのか、ぼそぼそと、しかしよく通る声で話し始める。

「無理矢理だよ。無理矢理だ。俺は家で寝ていたいと言っているのに、父や母やは俺を働かせたがる。全く救いようのない馬鹿どもだ。なにが子の苦労は至上の宝だ。子供が頑張って怪我してしまったらどうするんだ」

 食堂への扉を押し開けながらメアは尋ねる。

「えっと、つまり、両親に勧められて?」

「違う。強制だ」

 ひどく憤慨した様子でキュッフェは否定する。そして、やや声を大きくしながらまくし立てる。

「いいか? 上に立つものってのは基本的には何もしないでいい。いや、平時には何もしない方がいいんだ。歴史を学べば誰だってわかることだろう。戦争や貧困、大きな人災はいつだって支配階級が無茶をしたから起きてる。フリノ戦役、ミョウの大飢饉、クリコクケの奴隷の大反抗。全部全部そうだ。だから俺は貴族の模範として何もしないでいようと、日々睡眠に勤しんでいたのだ。そんな俺に馬鹿どもはなんて言ったと思う? お前は頭が空っぽだから学校に行って少しは知恵をつけてこい。ついでにその怠け癖も直してもらえ、だって? 日がな一日惰眠を貪る怠け者と一緒にしないでくれ。俺は世界の平和のために睡眠をとっている」

 メアは食堂の調理員に挨拶をし、金属製の大釜から玉杓子で粥を救いとる。そして、干し肉を三切れ盛り付け、自由に振りかけてよいらしい香辛料をかける。そして、木製の杯に水を組む順番を待つ間に、何とか話を続けようとする。

「キュッフェ様はやっぱり貴族なんだ」

「そこらの貴族と一緒にはするな。俺は自分がやるべきことを理解しているし、他の奴らみたいに自分を偽ったりはしない」

 感心したようなメアの言葉にキュッフェは若干気分を良くしたようだった。

 キュッフェは自分の分の飲食物をそろえると、メアを待たずにさっさと席に着く。メアも時分の飲み水を汲み終えると、その向かいの席に座った。

「キュッフェ様は何か趣味はある?」

 干し肉を咀嚼しながら質問するメアに、キュッフェは汚物を見るような視線を向ける。先ほどから浮かべている表情はすべて言うならば嫌そうな顔なのだが、どれも違いがわかる。表情が豊かだな、と間抜けな感想を持ってしまったメアだった。

 キュッフェは自分が口にしているものをゆっくりと咀嚼し、飲み込む。そして、木製の杯から静かに水を口に含んでゆっくりと飲みこんだ。

「口に物を入れたまま喋るべきではない」

 静かに、しかし、確かに怒気を孕んだその言葉に、メアはこくこくとうなずいた。

「すみません」

「わかればいい。二度とするな。二度目はないぞ。もう一度したら殺す」

「はい、すみませんでした」

 身分の高い人は些細なことで怒る。そう言い聞かされていたことの意味をメアは今理解した。なぜなら、昨日の昼間にエナシに向けられた殺気より、今目の前から漂ってきている殺気の方が遥かに濃いからだ。キュッフェは本気でメアを殺す気でいる。

 二人は静かに食事をする。だが、丁寧に一口ずつ咀嚼して飲み込むキュッフェと乱雑に粥を口に掻きこむメアでは食事の速度が全然違う。先に食べ終わってしまったメアは、質問を続けることにした。

「キュッフェ様はどこから来たの?」

「ウィドドンミョーザの帝都、ケウパからだ」

「帝都かあ。やっぱり人がいっぱい住んでたりする?」

「当然だ。詳細な人口も把握しているが、機密だ」

「食事とか豪華だったりするの? 家は広い?」

「当然だ。ここの料理は、家畜の餌だな。栄養は完璧だが、華がない。家は、広かったな」

 キュッフェはどこか悪いことを考えていそうな笑みを浮かべて、窓の外を見る。その含みのある言い方が気になったメアは、その続きを促した。

「何かあったの?」

 くくく、とキュッフェは笑う。

「いや、なに。もうないってだけだ。あの家は燃やしたからな」

「え! 燃えちゃったの? なくなっ……燃やした?」

 あまりにも穏やかでない発言に、メアは目を見開く。その反応が気に入ったのか、上機嫌でキュッフェは話す。

「父は、俺の最も大切なものを燃やしたからな。しっかりとやり返させてもらったわけだ。ああ、何も気にすることはない。他人には被害は出ないようにした。くく、家が燃えていると知ったときの父の顔を思い出すと、今でも笑いが止まらない」

「何を燃やされたの?」

 恐る恐る問いかけるメアに、キュッフェは完璧な微笑みを見せる。

「俺の人生の三分の一を共にしてきた、俺の最も大切な、寝台だ」

 メアは言葉が出なかった。そして、貴族はやることの規模が大きいな、とメアの中に偏見が芽生えたのだった。

 食事が終わる頃には、段々と食堂に人が集まってきていた。二人は食器を下げ、混雑する前に食堂から出た。

 授業が始まるまでなにをしようか、と一息ついたメアに、珍しくキュッフェから話しかける。

「メア」

「なに?」

「貴様臭いぞ」

「え?」

 メアは服の襟首を掴んで臭いを嗅いでみるが、よくわからない。不思議そうな顔をするメアに対し、キュッフェはじっとりした視線を向ける。

「最後に行水したのはいつだ」

「ひい、ふう……六日前?」

「一週間前!」

 信じられないものを見る目に変わる。

 強い口調で命令する。

「今すぐ体を洗え。そして、これから毎日体を洗え。一日でもさぼったら部屋から追い出す」

「そんな大げさな。毎日なんて水がもったいないし、そもそもそんなに汚れて――」

 メアの前髪がはらりと落ちる。キュッフェはいつの間にか銀色に光る短剣を握りしめていた。

「わかったか?」

「はい!」

「じゃあ、今からすることは何だ?」

「水浴び小屋で体を洗うことです」

「行け」

 メアは追い立てられるままに自室へと走っていった。

 メア着替えと体を拭くための布を取り出すと、昨日教えてもらった水浴び小屋に向かう。そこは他の建物とは違って質素な掘っ立て小屋のような外見をしていて、中からは水の匂いがしてくる。

 小屋の入り口に扉はなかった。うす暗いその小屋の中に恐る恐るメアは踏み込んだ。

 中は随分と簡素な構造をしていた。部屋は二部屋。入り口と接した部屋にはたくさんの籠があり、ここで着脱衣を行うようだ。奥の部屋には壁際によくわからない機械のようなものが並んでいて、金属製の槽からはたくさんの管が伸び、取っ手がついている。目盛りのようなもの、それを示すための針、その他こまごまとした部品もある。正直、メアはあまり触りたくない外見だ。

 とりあえず服を脱いだメアはそこで困り果てた。メアが普段体を洗っていたのはもっぱら川であり、屋内で体を洗うというのは違和感がある。そもそも機械の弄り方がわからない。

(これは、ここから水が出るからくりだろうか)

 取っ手を引っ張ってみようかとも考えたが、下手なことをして壊してしまってはまずい。

 メアが躊躇していると、キュッフェが水浴び小屋に入ってきた。

「なんだ、まだ体を洗っていなかったのか」

「これ、どうやって使うのかわからないんだ」

 キュッフェはタンク上部についた管の先端の向きを調整すると、槽についた取っ手を捻る。すると、管の先端が水が噴き出してきた。

「こう」

 メアも真似してやってみる。当然、水が降りかかってくる。

「おおー。あれだ、滝みたい」

「いいからさっさと洗え」

 無邪気にはしゃぐメアに、キュッフェはそっけなく返事をした。

 ぼさぼさの髪を乱雑に洗い、耳の垢を落とす。首、肩、わきの下、と上から順に洗い布でこする。まださほど暖かい季節でもないので冷たい水は苦痛なはずだが、物珍しさと久々の水浴びであることが相まって、メアはそれもあまり気にならなかった。

「すごいなこれ。キュッフェ様はどういう仕組みになっているかわかる?」

 キュッフェからの返事はなかった。メアがキュッフェの方を見てみると、教えるのは面倒だけど知らないとは言いたくない、といった表情をしている。

 ややあって、ぼそぼそとキュッフェが口を開く。

「高低差を利用。中に弁がある」

 それだけを言うと、キュッフェは早々に脱衣所の方へと消えていった。

 メアにはよくわからなかったが、あまり深く考えることもなく、そういうものだと水浴びを続行したのだった。

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