068 図書塔・組活動・賭博
色々と思いついたこともあったが、魔術ばかりにかまけているわけにもいかない。
翌日の武器格闘の授業では魔術の併用は禁止だし、対話学も魂魄学も戦いとは無縁。粛々と授業を受け、復習をし、わからないこととがあれば先生に質問をする。メアは星を集めるために必要なことを進める。
更に翌日の酪農実学の授業は既に星二つがほぼ確定しており、最終試験で六割前後取れればもう一つ星がでることもわかっているためやや気楽にできたが、その後の物質学と史学基礎は星が取れるかが最終試験の出来次第のため一切気を抜けない。あまり興味の湧かない授業であっても、メアは背筋を伸ばして先生の話を真面目に聞くのだった。
しかし、さらに翌日の週の五日目になると、少しばかり話が違った。午前中に二限分の組活動があったらその日の授業は終わり。翌日が休日であることも含め、午前を適当に流せばその週はもう終わりだ、という空気が朝から立ち込めている。
「まあ、それも一年生の間だけだけどな」
組活動が始まるまでの緩み切った空気の中、レオゥはメアに釘を刺すように呟いた。
メアは連日の魔術特訓の疲れから机に突っ伏しながら、顔だけをレオゥの方へ向ける。
「そうなの?」
「ああ。二、三年次も組活動自体はあるが一時限分に減るし、その前後に選択必修の芸術や系統外魔術が入る。他にも選択した科目によっては冥真星も授業みっしりだ」
「ついていけるだろうか」
「こうして暇だからと鍛錬してるような奴なら大丈夫だろ。調子に乗って授業取り過ぎたりしない限りは」
神妙な顔をしてメアは頷き、改めて思った。レオゥは物知りだ、と。レオゥは普段から謙遜ばかりしているが、何かしら話題に出せばそれにまつわる情報を付け加えてくれる。知識が豊富である。それに話のつなぎもうまい。いつも物を知らずにひぃひぃ言っている自分とは大違いだと、メアは感心した。
教えてもらってばかりでは悪いため何か教えられないかとメアも考えてみたが、何を出しても知っていると答えられそうな気がして結局口に出すことはなかった。メアの地元の禁域の歩き方なら絶対にレオゥも知らないと思ったが、そんなどうでも良い情報をだしたところで意味はないと口を噤んだ。
そのまま二人がだらだらと会話をしていると、次第に花組の生徒が教室に集まり、やがて鐘がなって授業が始まった。
組行事の授業の流れはいつも同じ。組代表のシヌタが何をするか意見を募り、比較的穏当そうなものを選んで始める。
そして、それはいつも揉める。
「だからあ! それって先週も却下された案だよねえ!」
「というか三週間もの間続けて体を動かす系統をやったんだから次は頭を動かすものですよ。いい加減にしてくださいよ野人どもめ」
「今、侮辱発言したよね? あーあー本ばっかり読んでる貧弱陰気女は心がねじ曲がっちゃって糞だなー」
「待て。なんか勝手に球技か座学かで話進めようとしてるけど魔術の訓練って選択肢もあるだろ。他の三組の魔術学基礎の授業では三割くらいが星もらってるらしいのにうちの組はまだ三人だぜ。恥ずかしくないのか?」
「自習が良い人ー?」
「卓上遊戯! 卓上遊戯! 大虚構舌譚やろ! 絶対面白いから! これ最大二十七人だから全員でできる! エフェズズ先生も一緒にやろ!」
「というか校外探索やろうぜって話はどうなったのさ。結局一度もやってないじゃん。雪降っちゃうよ? なんで毎回許可取ってくるの忘れるのさ」
「神霊召喚の儀……やりたいなあ。この人数なら絶対呼べるのに……」
「うるさーい! 一度にしゃべらないでください!」
無限にざわつく教室内でシヌタが一喝する。その声は甲高く、音魔術で拡声されており、花組全員が耳を抑えて口を閉じた。
シヌタははあはあと荒い息を吐いて教卓に手を突くと、鋭い目で全員を睨んだ。
「なんでこういつもまとまりがないんですか。案がある人は挙手してくださいって言いましたよね? 挙手していない人の発言は許していません。猿じゃないんだから一回で覚えてください」
「そう言われましても。シヌタに任せてたら毎回勉強会になってまいまする」
「そうそう。そもそもシヌタ、君何様なのさ。人の発言を許可だのなんだの」
不服そうなヒーカッカアーとフッサに向かってシヌタは言った。
「私は組代表です。私は今、先生に全権を委任されています。ですので、いいから、黙って、私に、従え」
途端に巻き起こる非難と野次。しかし、シヌタは涼しい顔をしてそれを受け流しつつ、あまりにも酷い発言をした生徒の耳には直で音魔術を叩きこんで黙らせる。
とくにやりたいことのないメアとレオゥはいつも通り傍観を決め込んでいた。
「シヌタは大変そうだなあ」
「まったくだ」
しかし、そんなメアたちの呟きが耳に入ったのか、シヌタはきっとメアたちの方を睨んだ。
「花組を分断している張本人が白々しいことを……! 何を無関係みたいな顔をしているんですか。ルールス君もタ君も立派な問題児なんですからね!」
「えっ」
「えじゃありません。あなたが売った喧嘩のせいで花組は分断されています。状況わかってます?」
メアとレオゥは困惑に顔を見合わせた。ただ自分たちが喧嘩しているだけのつもりだったのに、メア派閥とエナシ派閥のようなものができているのだろうか、と。
そしてそれは更に飛び火する。
「何を笑っているんですかア君。私はあなたがこの喧嘩の勝敗を種にして賭博を行っていること、把握していますからね」
フッサの笑顔が凍り付いた。
メアとレオゥに一斉に見つめられると、強張った愛想笑いをしつつ落ち着けとでも言うように両手を前に突き出す。その背後からアウェアが射殺すような視線を向けていることにはまだ気づいていない。
ただ、この話を追及していると余計に話がまとまらないことに気づいたのか、シヌタは慌てて方向転換してまとめた。
「とにかく、別に仲良くしろと言っているわけではありません。どうせ組なんてのは学校が管理しやすくするために適当に振り分けた集団でしかありませんから。いえ、むしろ星の取得数で席次が決まることを考えれば敵と言ってもいい。ですが、それでも最低限の協調はしてください。あなたたちは十四歳でしょう? もう子供じゃないんですから、ふさわしい行動を。以上」
シヌタはそう言い放つと、手早く華籤で組活動の内容を図書塔探索に決め、文句を言う生徒の声を無視して図書塔へと誘導した。
図書塔に入ると、図書委員から注意事項の説明を受け、図書塔での自由行動となった。
花組の生徒の反応は大きく二分される。頻繁に利用している生徒は好みの書物を探しに行き、普段あまり来ない生徒は隅の長椅子に寝転がり昼寝を始める。普段あまり来ないが折角の機会だからと書架を見て回る生徒も数人いるが、それはごく少数。結局、組活動とは名ばかりの休憩時間となっていた。
そんな中に相変わらずザイカに蹴りを入れているエナシの姿もあるのだが、メアは深呼吸をして目を逸らした。図書塔内でもめるのは良くない。
メアは普段からそれなりの頻度で通っていることもあり、急ぎで読みたい物もなかった。強いて言うなら禁書庫の中が気になっているが、入ることはできない。なので、同様に暇そうなレオゥと小声で会話する。
「ところで席次って?」
「……ただの順位。卒業後、どっかの軍に入りたいとか宮廷魔術師になりたいとか、そういう生徒にとっては箔になる、らしい。星の数で決めるんだってさ」
「へー。レオゥ一席欲しい?」
「要らない。いや、もらえるなら欲しいが狙ってもな……実技系が壊滅してるからな……」
「一緒に剣習おうよ。教えるよ?」
「剣だけでも駄目。魔術が不器用な時点で無理だ。花組はそうだな、アウェア辺りが良い成績取るんじゃないか?」
武術に秀で、魔術を苦手としている様子もなく、座学も真面目に受けている。総合力の高さという点では、アウェアが良い成績を取るという予想は頷ける。メアは他の面々を思い出し、脳内で暫定一位に位置付けた。
下の階でうろうろしている赤髪を吹き抜けから見下ろしていると、珍しくレオゥから話題を振った。
「そういえば、メアの地元って何歳で成人?」
「俺の方は十五。レオゥは?」
「十六。シヌタんところは十四以下で成人か。早いな」
「成人って言ってもさ、別に何か変わるわけじゃなくない? 学校に来てる時点であと三年ちょっとは親の世話になるようなもんだし」
「強いて言うなら酒と税、あとは婚姻くらいか。ぐらいしか影響しないしな。成人、卒業か。あー……」
珍しいことに、レオゥから苦悩しているようなため息が出た。メアはさっと視線を向けるが、相も変わらず無表情。なんとかその仮面を剥がしてみたいと思うメアだったが、好機は訪れてはいなかった。
そんな二人の視界に上の階で本を手に取っているフッサが目に入った。二人は頷き合うと、足音を忍ばせてフッサの背後を取る。
「ぐふ、ふふ」
そっと覗き込むと、フッサは小難しそうな本を読んでいた。地方の部族の文化に関する書物のようだ。しかし、賞賛しかけるメアの目に飛び込んできたのは、奇妙な格好をした半裸の女性の挿絵。にやけているフッサの横顔から、邪な思いを抱いているのは明白だった。
メアは苦笑いしながらフッサの肩に手を置く。驚いて立ち上がるフッサの逃げ道はレオゥが塞ぐ。見事な連携にフッサは持っていた本を慌てて閉じることしかできず、二人に捕獲された。
レオゥはフッサが危惧しているような持っている本への言及はせず、淡々と質問する。
「で、どっちの倍率の方が高いんだ?」
「ばばば倍率? 何のことでござるか?」
「隠さなくていいよ。どうせフッサが胴元でしょ。それとも、フッサもどっちかに張ってるの?」
賭博の件だということを理解したフッサは安堵のため息を漏らし、すぐにまた緊張の面持ちになった。身近な相手を対象に隠れて賭博していたためか、後ろめたい気持ちはあるらしかった。
「……えへ」
「シヌタにも話振ったのがまずかったな。いくら金に目が眩んだからって、シヌタが賭けるわけないことくらいわかるだろ」
「いやいや、さすがに某もそこまで馬鹿ではござらん。大方、レティあたりから漏れたのでござろう」
「で、倍率どうなの?」
メアは興味津々と言った様子で言った。そこに怒気はなく、ただ純粋に自身とエナシへ対する組内の評価が気になっているようだった。
それを見て落ち着きを取り戻したフッサは揉み手を師ながら頬を綻ばす。
「ふふ、ややメアが優勢といったところでござるな。票数的にも金額的にも、でござる。中々みな手堅くかけて賭けてきておりますな」
「参考に、誰がどっちに賭けてるか聞いていいか?」
「うーむ。それは微妙なきもしますが、どちらにせよ同時に賭けた人同士は知っている情報。ここまで来たら隠す必要もありませんな!」
そう言ってフッサは手帳を取り出し、二人に見せてきた。
それを読み上げながら、レオゥは首を捻る。
「メア側はボワ、ラエマユテ、モーウィン、イーズ……ファンも参加してるのか。で、エナシ側がクィン、ヒーク、レティ、ゼオ。陣営が四対四なのも含め、見事に割れてんな」
「どうでござるか? お二人も賭けてみるのは。もちろん自分に賭けるのもありありのありですぞ」
「やらない。というか大丈夫? さっきからアウェアが凄い形相で睨んできてるけど」
フッサは手帳を取り落とした。ぶるぶると手を震わせながらそれを拾おうとするが、背後から感じる威圧感のせいでうまく手が動いていない。
アウェアは眉間の皺を幾重にも重ねた状態で腕を組んで三人の方を睨んできているが、拳や斧を構えたりはしていない。ただ不機嫌だという態度を隠さず、持っている本を手の中で何度もひっくり返している。
フッサが四度目の挑戦でようやく手帳を拾い、振り返ると、アウェアは低い低い声で言った。
「別に、揉め事にならない限り止めはせん。賭博は校則で禁じられていないからな。だが。だが、私が風紀委員長になった暁には校則の方を書き換えてやる。憶えとけ」
「志高いな」
「しっ、レオゥ、煽らないの」
アウェアは返事をせず踵を返して去っていった。その後ろ姿を見つつ、フッサは床にへたりこんだのだった。




