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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
五章 星を求めて
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066 学校・魔術学基礎・疑似魔術戦

 メアの授業態度は真面目な方であり、先生からの心象は悪くない。それがメアの自己評価であり、それは他の三人からの評価から相違なかった。実技も真面目に受けており、その時点で星を落として留年という懸念はほぼない。であれば取れる星をいかに取るかに心血を注ぐべき。方針はすぐに固まった。

 ある程度の自習は行うとして、最終試験への対策を兼ねた詰め込み教育は半月前から開始する。特に、優秀な先生のついている創造学、生命学、魔術学に関しては後回し。商学と世界学は地道に勉強をするしかないため、復習しつつ授業を受ける。闘技学は今まで通り。今のもので十分だとレオゥからも太鼓判を押されているため、それを続ける。そうして削っていくと、今すぐ手を付け始めるべきことは一つだった。

 魔術学基礎の実技――要するに現代魔術の鍛錬だ。

 クァトラとの剣術の鍛錬と魔闘連盟に顔を出している日を除いた日のすべてを現代魔術の鍛錬に費やす。師はレオゥ。前々からレオゥに軽く教わっていたが、これからはタ家流のやり方で厳しく鍛えていくということになった。

 学校の隅、いつもメアが剣の鍛錬をしている小さな空き地でレオゥとメアは胡坐をかいて向かい会う。

「まずは魂力をつける。といっても一息に魂力といっても色々とある。一応座学もあるし、確認しておこうか。問。現代魔術を行使するうえで必要とされる能力を上げなさい」

 いつもとは違う口調で淡々と告げるレオゥに気圧されつつも、メアは記憶を掘り起こす。

「瞬発励起力、励起係数、励起周波数、限界励起回数、あー、魔力保持時間、集束距離、集束密度、必要染色時間、染色純度……あとなんだっけ、操作速度、操作精度、操作距離、くらい?」

「侵食力が抜けてる。あと並列操作力も重要な」

「あっそれがあったか。ハナ先輩とか並列操作力が凄いんだよね。もうあっちこっち四方八方から鉄球が飛んできて躱すのが本当に大変で」

 今のハナとの手合わせでは鉄球が十二個飛んでくるようになっている。正直、これ以上増えたら目を増設しない限り厳しいとメアは考えている。

「魂力を鍛えると聞いて何を鍛えると思った?」

「うーん、瞬発励起力?」

「惜しい。それに加え、励起周波数、限界励起回数を伸ばす。要するに、生成できる魔力量を増やすという、すべての基礎になる部分の話だ。純度とかは後回しでいい。まずは魔術を使い続けられるようになること。これが重要」

「要するに走り込みってことか」

「その認識でいい。で、メアも分かってるとは思うが、魂魄の持久力は個人差こそあれど鍛えれば鍛えるだけ伸びるし、とくにある程度まではすぐに伸びる。一月あれば最低限の段階までは伸びると思う」

「ふーん、何すればいいの?」

「走り込み」

 比喩表現ということは悟りつつ、メアを襲った嫌な予感は現実のものとなった。

 その日、メアは何度も吐いた。メアは何度も限界だと感じたが、そのたびにそれは限界ではないと思い知らされた。行ったのは魔力敷き。二人が交互に魔力を励起させてより多くの魔力を獲得したほうが勝ちという原始的な遊びだ。それを何度も何度も何度も何度も何度も繰り返し、メアはレオゥに徹底的に打ちのめされた。休憩はなし。手加減もなし。限界だと言っても続けられる。魂魄が痙攣するたびに霊撃を撃ち込まれて強制的に震えを止められ、気絶したら平手打ちで目を覚まさせられる。厳しいという言葉決して脅しではなく、もう一回、と淡々と告げるレオゥの無表情がメアには恐ろしく見えた。

 尚、一番メアが驚いたのは、終わり際のレオゥの言葉だった。

「今日はここまでにしよう。明日は魔術学基礎の授業があるから、今日は軽めということで」

「か、る……?」

「軽いよ。だってまだ呼吸ができるだろ。目も開くし思考できる。三足す四は?」

「七」

「ほらな。ちょっと気になることもあるし、今日は終わり。水浴びて飯食って寝るぞ」

 舌を動かすとともに苦味と酸味が脳を刺激する。その不快感をぼんやりと感じながら、メアは亡霊のような足取りで水浴びに向かうのだった。

 勿論、翌日の授業も手は抜かない。

「今日も形態訓練です。はい、不満言わない」

 ミが校庭に一列に並べた生徒たちに向かって声を張り上げる。キケなどに比べるとかなり小さいが、それでも端から端まで行き届く程度の声量はある。

 ミは巨大な水塊を操り、瞬きする間に完璧な球体を作る。それは確実に流体であるはずなのに、硝子を削り上げた彫像であるかのように形を崩さない。

「袋!」

 ミの掛け声に従い、一斉に魔力を操作する花組の生徒。その魔力に従って形を変えるのは砂だったり水だったり炎だったりするが、作ろうとする形はみな同じ。基本形の一つ、球形。

 許された時間はおおよそ五脈。その中で球体と呼べるものを作れたのは全体の六割程度。その他の生徒の作った魔力の塊は、どれも球と言うには歪み過ぎている。

「爪!」

 即座に巨大な水球は帯状の三日月に変わった。これもまた基本形の一つ、剣型。

「針!」

 細長い円柱。

「蹄!」

 立方体。

「鱗!」

 六角の平板。

「角!」

 円錐。

「角、袋、針、袋、蹄、角!」

 次々に形を変える水塊。叫ばれる形態の順序に規則はなく、間隔はどんどん短くなる。生徒たちの表情からは余裕が消えていき、魔力の形はどんどんと崩れていく。

「針、針、蹄、角、鱗、袋! 針、袋、角、鱗、爪、針! 爪爪鱗角蹄針! 角角鱗蹄針鱗角針蹄角袋針袋角鱗爪――」

 早口言葉のように間断なく叫ばれる言葉を聞き取ること自体が難しくなった頃、ミは呼吸のために一度止めた。

 最後までミについてこれた生徒は、既に星を与えられた三人と、エナシだけだった。

「おー、今日はやる気あるわね、エナシ。星欲しい?」

「合格だってんならさっさとよこせよ」

「ううん、そうね。次週も真面目に授業受けてたら考えましょう。あと、目上を心から敬えとは言わないけど、先生には敬語を使いなさい」

「ふん」

 エナシは従順とは言い難く、年上に対する態度とは言い難い失礼な態度だったが、ミは言葉ほどには気にしていないようだった。いつものように涼しい顔をして手元の紙束に何かを記入している。言葉通り、星を与える気であるのはメアの目にも明らかだった。

 それを見て歯噛みするメアに、レオゥは小声で話しかける。

「思ったより、やるな。今までは完全に手を抜いてた感じか」

「ぐ……むかつく。こんなのやろうと思えばいつでもやれたみたいな顔しやがって」

「いや、本当にやる。魔力の量も少ないし純度も高いとは言えないが、操作の精密性だけで言えば星をもらえるのも納得だな。我流だろうか? うーん」

「感心してないでよレオゥ! まずいよこれ」

 メアの悔しさにはエナシの実力の他にも理由があった。それは、自身が実力を十分に発揮できていないというもどかしさからだ。この訓練は魔術の属性によって有利不利があるとメアは考えている。形態を素早く綺麗に変化させるという訓練の性質上、玉属性鉄魔術のように硬い物質は変化に時間がかかり、力属性火魔術のような揺蕩う物質は綺麗に留めにくい。向いているのは、水属性水魔術か気属性風魔術。そう、メアはエナシに有利な訓練だと思っていた。

「それに、重魔術の影響範囲が見えないからわかりづらい! これ綺麗にできてる? 本当に?」

「魔力でわかるだろ。魔力を視るのは誰でもできるんだから、手を抜かずに感覚を磨くのはどちらにせよ必須。逆に考えれば火魔術みたいに風の影響を受けたりはしないんだから、制御はしやすい方だろ。それに、何を言おうとゼオが星もらえてる時点で言い訳だ」

 自身の名前が出たことを耳ざとく聞き取ったのか、ゼオが二人の方を振り向いて人差し指と薬指を立てる。その意図は分からなかったが、メアも同じように指を立てておいた。

「生命属性陰魔術、ね」

「ゼオは技術的に頭二つ抜けてるな。イーズはまだ一年生の範囲だし、フレンも上の学年と張り合えそうなくらい優秀だが、ゼオは専門の魔術師と遜色ない。なんなんだろうな、あいつ」

「知らない」

 レオゥがゼオのことをそこまで評価しているのは意外だった。メアにとってゼオは勝手に魂魄を弄ろうとしてくる危ない奴だとしか思っていなかったからだ。

 メアは言い訳をすべて封じられたことに落ち込みつつも、まだ時間はあると焦る心を落ち着けた。

 しかし、レオゥもただ手をこまねいてみているわけではなかった。魔術学対策の担当として手を抜く気はなかった。

「先生、提案が」

「お、レオゥ、珍しいわね。言ってみなさい」

「型崩しの訓練をしませんか?」

 レオゥの発言に反応したのは数人。ミは少し驚いたように眉を上げた。

「ふーん……レオゥ、授業について先輩に聞いた?」

「いえ、特には。ただ、単純な訓練ばかりでは飽きる生徒もいるでしょうし、生徒全体の習熟度としても頃合いだと思っただけです」

 ミはレオゥの無表情をじろじろと見た。だがレオゥは石像かのように微動だにしない。一瞬のにらみ合いは、ミが手元に視線を逸らしたことにより終わる。

「まあ、そうね。やりましょうか。皆さん、息抜き代わりに別の訓練をやります」

 花組の生徒がざわついた。今日まで、魔術学という華々しい名称とは対照的な退屈で単調な基礎訓練に文句を言う生徒は多かったが、ミは何を言われようと淡々と聞き流していた。そして行われるのは、魔力の励起、励起、励起、染色、染色、染色、形態訓練形態訓練形態訓練形態訓練形態訓練。ミが生徒に授業の内容に関する提案を受けたのはこれが初めてだったからだ。

 それがレオゥの発案だったことから、テツなどの数名は抗議の声も上げる。だが、ミはそれらを全部無視すると、生徒たちを黙らせ、淡々と告げた。

「これも形態訓練のうちの一つです。やることは単純。まずは二人組を作ります。そして、先ほどの形態訓練と同様に私が形態を指定します。そしたら可能な限り早く魔力をその形態にし、組んだ二人でぶつけ合ってください。注意点は二つ。魔力の染色は行わないこと。ぶつけ合うのは二人の真ん中で行うこと。ぶつけ合った後、魔力の形態がより綺麗に残っている方の勝ちです。わかりましたか?」

 再びざわめく。授業の内容が目新しいものに変わった、ということが理由の一つ。また、それが勝敗の明確に決まる、ということが理由の一つ。古来、勝負事というのはあらゆる退屈を吹きとばすもの。これもまた例外ではなかった。

 生徒たちが二人組を作り始める中、レオゥが大きな声を出す。

「エナシ! メアが組もうってさ!」

 場が急に静まり返った。その呼びかけの意図を理解していないのは事情を知らないミだけ。

 受けるのか、という好奇の視線を受け、エナシは不敵に笑った。

「かかってこいよ、雑魚が」

「……はん、目にもの見せてやるよ」

 メアも胸を張って答える。花組の生徒はわっと湧いた。

 正直なところ、メアはレオゥに文句を言いたかった。話が急だし、あまり勝てる気もしない。事前の打ち合わせもなかった。だが、それを表に出すわけにはいかない。メアは後でレオゥに文句を言おうと思いつつも、エナシの方に近づいた。

 ミはレオゥに乗せられたことを知ってか知らずか、いつものように淡々と告げる。

「やる気満々ね。じゃあ二人に見本見せてもらおうかな。はい、二人とも、八歩の距離で立って」

 指示の通り、メアとエナシは八歩の距離で立つ。ミはそのど真ん中の位置に立つが、もう二人の視界には入っていない。張り詰める空気の中、周囲の生徒は息をひそめて見守った。

 この勝負は形態の維持が目的だが、互いが互いの妨害を行うことになる。であれば、必要最低限の魔力では足りず、可能な限り魔力を多く励起するのが重要。

(であれば――)

 そう考えた二人は同時に魔力を励起する。二人の波動が真ん中でぶつかり合い、波紋が歪んだ。魔力が乱れ、飛び散りつつも、周囲の魔力がそれぞれの魔力に染まっていく。二人の間は斑に、相手から離れるほど自分の色が濃く、さながら陣取り合戦のように、魔力が染め上げられていく。

 次の瞬間、二人はほぼ同時に魔力を集束させる。励起した魔力がそれぞれの元に集まり、靄のような塊となる。まだ形は取らせない。ミの指示に従って即座に形を変えられるよう、自由な形で揺蕩わせている。

 通常、よほど優れた魔術師以外は、一発の波動で影響範囲内の魔力をすべて励起できるわけではない。それに、自分より相手に近い魔力は相手の魔力として励起される。波動もすべての方向に対して均一なわけではなくむらがある。それ故に、二人は更に魔力を起こそうとする。

 何度も波動をぶつけ合い、励起した魔力を丁寧に搔き集めていく。初めは一気に、二回目以降は徐々に、二人が蓄える魔力が増えていく。増える魔力は段々と減り、場の魔力は尽きていく。舐めるように魔力を浚い、時には魔力を奪い合い、場の魔力が均されていく。

 場の魔力の奪い合い。それは現代魔術の魔術師戦の基礎だ。型崩し――またの名を疑似魔術戦。戦闘系魔術師の代表的な訓練が想像より遥かに様になっていることに、レオゥは何度も頷いた。

 ミはどうせなら二人の全力を見ようとそれらを眺めていたが、魔力生成と保持時間の均衡を計り、十分だと判断した。

 ミが息を吸う音がした。瞬間、メアとエナシは魔力を固める準備をする。

「袋!」

 メアとエナシは球体を成形し、ぶつけ合った。成形の速度はエナシの方が遥かに速く。しかし、大きさはメアの方が二回りは上。純度は、ミの見立てではほぼ同等。

 二つの球体がミの眼前でぶつかり合い、ぐにゃりと形を変えた。細かな魔力が弾け、混ざり合う。二人は魔力の球体を操作し、互いの魔力を引きはがしつつも、その形を整えるようと魔力を操る。例えるならば、柔らかな泥の塊を同時に二人の手が捏ねるようなもの。一人で形状を操作しているときはまたべつの難しさに、二人の表情が歪む。

 二人は互いに譲ろうとせず、相手の魔力を押し出そうとする。だが、曖昧な粘着力と緩やかな反発力を持つ魔力の操作は容易ではない。結果として、二人の魔力が斑になった一つの球体を生成される。それが球体となった後も可能な限り相手の魔力を押し出そうとするが、最初の勢いが落ち着いた後は困難だった。強引に押し出そうとしても自分の操る魔力の形が崩れるばかりで、うまく行かない。

 半息ほどの押し合いの後、膠着状態となったのを見計らって、ミは手を叩いた。

「そこまで! 勝敗は、言うまでもないわね。はい、こんな感じ。じゃ、見本見せてくれた二人に拍手」

 ミの言葉の通り、結果は明白だった。メアとエナシの魔力が混ざってできた球体のうち、メアの魔力が占める割合は七割を超える。それは傍目に見ても明らかであり、ぱらぱらとまばらな拍手が勝者であるメアに向けられた。

 思ったより遥かに呆気ない勝利にメアは唖然としながら、それを表に出さないように澄まし顔でレオゥの方に戻る。そして、レオゥがひょいと掲げた手に釣られてその手を叩いた。

 忌々しさを隠そうともせず、しかし、決して自分たちの方には視線を向けてこないエナシを無視し、メアはレオゥに囁いた。

「これ、どのくらい勝算あったの?」

「昨日やってて思ったんだが、メアの魂力は予想より育っている。入門は十分超えている程度には。だから、この遊び、魔力量が多分に影響するこの遊びならエナシと勝負ができるんじゃないかと思ってな。」

「本当に? 俺知らない間に成長してた?」

「少なくとも入学時よりは遥かに。こっそり訓練でもしたか? 魂魄を限界まで消耗させるような、継続的で継続的な訓練。少なくとも一月はやってないとここまで育たないと思う」

「いや、そんなことはして……」

 言われて、メアは思い出した。二ヶ月間ほぼ毎日、【模写】を気絶するまで繰り返していたことを。同時に、レオゥもそれに気づいた。だが、色絵の複製で鍛えたという事実に、二人は顔を見合わせた。

「なんにせよ、うまく行って良かったよ」

「確かに。多少、エナシへの心象は悪くなったかも。でもこれやる気だったんなら先に話しといてよ」

「この前のお返し。心臓に悪いだろ」

 メアは深呼吸をして激しく拍動する心臓と魂魄を抑え、レオゥの肩を小突いた。

 ミが手を叩いて生徒の視線を集める。

「はい、じゃあ最初に言った通り二人組作って! さっき見た要領で型崩しをやっていきましょう」

 生徒たちは相槌を返しつつ、二人組を組んで運動場に散らばる。

 メアもレオゥと組み、忌々しそうなエナシの視線を浴びつつ、束の間の勝利の余韻に浸ったのだった。

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