065 教室・叱責・結成
直後、影が差して視界が暗くなったため、顔を上げる。すると、アウェアとレオゥとテュヒカが腕を組んで仁王立ちしていた。
「メア! いきなり何をやってるんだ愚か者!」
「ああいうことをするなら話しておいてくれ。寿命が縮む」
メアの脳天に何度も拳を振り下ろすテュヒカ。
「ま、まあ落ち着いて三人とも。結局丸く収まったでしょ?」
両手を前に出して制止しつつ作り笑いをするメアだったが、アウェアの吊り上がった眉は動かなかった。レオゥも無表情をぴくりとも動かさない。テュヒカの拳骨は両手になって太鼓を叩くかのように交互に振り下ろされる。
すっと息を吸い込んだアウェアとレオゥが目を見合わせ、レオゥが先を譲る様に手を振る。すると、アウェアはメアの方にぐっと顔を近づけて怒鳴った。
「何故あんな殺し合いに誘うような真似をした! 契約術の掛かった契約書だと? 前もって準備をしていたということだよな? いったい何が目的であんな馬鹿らしい賭けをした!」
「だってエナシのことが気に食わないんだもん」
「気に食わないからって限度があるだろう! 喧嘩自体は私が止めに入るだろうと考えていたのはまあいい! だが、勝負に負けたら奴隷だぞ奴隷! どんな目に合うのかわかっているのか?」
「一応。経済算術の授業で習ったし」
「呑気過ぎる! その目で見たことがないのか!? メアの地元はよっぽど平和だったらしいな!」
メアの胸倉を掴むアウェアの腕をレオゥが叩き、鬼の形相で振り返ったアウェアに対して自身を指さす。アウェアはまだまだ言いたいことがありそうだったが、深く息を吐くと手を離した。
レオゥは再び腕組みをし、メアを見下ろす。
「あの煽りはやり過ぎだろ。いくらなんでも娼婦の息子って。しかもどんぴしゃで見事に地雷を踏みぬいたみたいだし。誰に考えてもらった?」
「ウォベマ先輩」
「あの人は、まったく。じゃあ唆したのも魔闘連盟の先輩方か。契約術はハナさん?」
「アーパイブン先輩っていう四年生。先代団長」
「余計なことを……今度ちゃんと挨拶に行かないと」
レオゥは床に胡坐をかき、肘に手を突いた。
「で、勝算はあるのか?」
「どうだろ。一応勝つつもりではいるけど」
「どうだろ!? お前はそんな中途半端な状態で自分の人生を賭けたのか?」
アウェアの語気が荒くなるのと同時に、テュヒカが頭を叩く速度が倍速になる。痛くはないが、振動でメアの視界が揺れる。
メアはテュヒカの両手を掴んで止めつつ、なんとか落ち着かせようと余裕のある表情を作る。
「勝負に絶対はないからさ。それにあんまりこっちが有利だと向こうも乗ってこないだろうし。大丈夫、今のところ想定どおり」
しかし、それは逆効果だった。そんなメアの態度に堪忍袋の緒が切れたアウェアは叫んだ。
「この馬鹿者っ! もう知らん! 私は調停委員だからな! 今回の件、どちらか片方には肩入れしない! 勝手にしろ!」
そう言って大股で教室を出ていき、派手な音を立てて扉を閉めた。その鉄斧が揺れる音が遠ざかっていき、花組の教室にはまた静寂が広がった。
メアはテュヒカに尻を蹴られつつも、レオゥ対して頭を下げた。
「というわけで頼むレオゥ。勉強教えて」
「あのなあ……まあこうなったからにはやるしかないか」
「助かる!」
「と言っても俺が教えられるのは魔術学基礎と魂魄理解くらいだ。まずは勝負の仕様を確認しよう」
「了解」
メアは立ち上がると、テュヒカに尻を蹴り上げられながら教板に向かう。そして、白墨を手に取り、つらつらと文字を書き始める。
「勝負は十二科目。進級に必要な星は各科目最低一つだけど、一科目につき最大で三つまで配られることがある。この基準は先生ごとに色々で、多く配られるほどその科目をより深く学んだ証だというのが共通点。今回の勝負は、この星の取得数を競う」
「最大で三六点、総合力勝負ってわけか。思ったよりまともだな。抜け道は?」
「ない。科目ごとの星の点数に重みをつけたりはしない」
「ま、そっちの方がわかりやすいか」
レオゥは自身の眉間を揉む。そして、眼を閉じたまま唸る様に呟いた。
「各科目がどういった基準で星を配るかは把握しているか?」
「大体は。ほとんどの授業が日々の授業の態度と最終試験の成績。最終試験の成績でのみ決めるって宣言してるのが地理社会と生物学基礎。既に実技系の科目は星を配ってたりするけど、創作実学、酪農実学で配られた奴は俺も取れたし、武器格闘で星もらえてるのはボワだけでアウェアももらえてないから考えなくていいと思う。気になるのは魔術学基礎くらい」
「あれは実技で三人配られてるな。ゼオとフレンとイーズ」
「僕もすぐに取るけどね!」
突然叫んだのはヒークだ。イージノンシーに並々ならぬ敵愾心を持っているヒーク。メアとレオゥは会話に割りこまれてびくりと肩を震わせるが、振り返ると既にヒークは机に寝そべっていた。
メアとレオゥは目を見合わせ、頷き合った。気にしないことにしたのだ。
「とにかく、魔術学基礎は気になるな。エナシが手を抜いている可能性もあるし、そういう意味では要注意。追加で取れるか取れないか、基準がかなり良い感じのところに設定してありそうだ」
「レオゥは取れそう?」
「無理。が、メアが取れる可能性もないわけじゃない。着実に成長はしてるし、俺みたいに操作が致命的に不器用なわけでもない」
レオゥはそう言って首を振った。それを慰めようとしたメアだったが、あまり良い言葉は出てこなかった。まだ現代魔術初心者であるメアの目から見てもレオゥの魔力制御は明らかに下手だったからだ。長年訓練しているという割には、メアと対して変わらないと感じるほどに。
少しの間、教板を眺めていたレオゥだったが、やがて方針を固めたのか手を叩いた。
「やっぱり最終試験が重要そうだな。俺だけじゃ足りないし、他の人の手も借りよう」
そう言いつつ、二人が振り返ると、ジョンとエオミが二人の横に座っていた。メアがぱっと表情を明るくするのに対し、ジョンは苦笑し、エオミは朗らかに笑った。
「僕も手伝うよぉ。メアにはよく素材拾ってきてもらってるしねぇ。創造学は両方教えられるよぉ」
「うちもうちも! 生命学なら任せんさい! そんかわりまた睡牛の毛梳き手伝ってね。あれ人気なさ過ぎてあれやる日だけ誰も育舎にこんようなるんよ」
「助かる。授業自体は真面目に受けてるつもりだが、二人みたいに専門家じゃないからな」
「ちゃんとお礼する! ありがと!」
メアは脳内で花組の生徒を思い出しながら他の教科――特に商学と世界学が得意な生徒を思い出そうとするが、特定の顔が即座に思い浮かんだりはしなかった。座学での一方向的な授業が多い四科目のため、実際に誰がどの程度理解しているのかわかりにくいのだ。
強いて言うなら、勉学全体に詳しそうなのはニョロとシヌタだが、その二人の女生徒はメアたちのことを不快そうに見てきていた。その視線からは、嫌ねー野蛮な男子は、まったくだわ、といった会話が聞こえてきそうなほどだった。
テュヒカが肩を怒らせながらファンの移動椅子を押して教室を出ていくのを横目に見ていると、メアの視界にそろそろと教室後方から出ていこうとしているフッサが目に入った。
「フッサ」
「おっと! 今回ばかりは拙者に頼られても困るでござる」
メアが何か言う間に掌を突きつけ言葉を遮るフッサ。そんな二人を見てレオゥは思わずと言った様子でメアの肩を引く。
「メア、流石に人選に誤りがあると言わざるを得ない。フッサがどれだけ授業中に寝ていると思う? 全教科俺が教える方が良い結果になるのは明らかだ」
「それは流石に風評被害でござるよ? 寝てるのはたまにでござる」
「知ってるよ。この前の算術の小試験でフッサ〇点だよ? 最初の方の単純な四則演算ですら取れてなかった」
「待つでござる。あれには理由がありましてな。試験だということに気づかず寝てたでござる!」
「だったら何を? 実技教えてもらうか? 確かに武器格闘ならメアより多少は長じてそうだけど、クァトラ先輩とかハナさんに教えてもらった方がよほど身になるだろ」
「ふっほっ、散々な言われようでござるな。というか某もかの【殲雷】殿にお目通り願いたいのだが?」
「フッサに頼みたいのは勉強じゃなくてさ、諜報活動してもらえないかなって。相手方の情報知っときたいじゃん? フッサ情報通だし、きっとうまくやってくれると思うんだよね」
フッサの合いの手がぴたりと止んだ。無視されたせいで腹を立てたのかと二人はフッサの方を見るが、フッサは何かを考えるように目を右上へ、左上へと動かしていた。
アウェアがここにいればそれが悪だくみの顔だということに感づいただろうが、メアとレオゥにはそこまでの観察力はなかった。そのため、じっと返答を待つ。
数脈の後、フッサは目を逸らしながら早口に言った。
「そもそも今回の件はメアから吹っ掛けた勝負。そこにやたらと一方的に力を貸すのはあまり公平とは言えませぬ。とくにあの侮辱は某の目から見てもやり過ぎでござった。そのため今回は某は中立とさせていただきたく。さらば!」
そして、走って教室を出ていくフッサ。その後ろ姿を呆然と眺めるメアの背中をレオゥが小突く。
「あれ、多分なんか企んでるぞ」
「う、うーん。そうじゃないと思いたいけど、そうかも」
メアはほんの少しだけ嫌な予感がしたが、首を振って忘れることにした。そこそこ仲は良いのだし、仮にも中立を宣言したのだから、メアに対して妙なことをしては来ないだろう、と判断したのだ。
レオゥが教室内を見回すと、既にだいぶ生徒は減っていた。この出来事を単純に愉快な行事だと思っていそうな生徒、争いごとを巻き起こし受け入れたことに対して不快感を持っていそうな生徒、これらに全く興味がなさそうな生徒、何を考えているかわからない生徒。これらはみな中立を選び、食堂へと消えたらしい。一応、もう何人かはメア側に協力してくれそうな生徒もいるが、とりあえず必要な人材は確保したとレオゥは判断した。
四人の中心に向かってエオミがすっと手を差し出す。それを見てすぐに理解したジョンもその手に自身の手を重ね、やや遅れてメアも手を重ねた。レオゥは胃が痛むのを感じながらも、最後に手を重ねる。
「相手も四人こちらも四人。ちょうどいいか。んじゃあまあ、とりあえずメア応援隊、一年次学年末試験に向けて頑張りますか」
「メア、掛け声掛け声」
「えっ、なんて言えばいいの?」
「なんでもいいよぉ。がんばるぞぉー、とか、絶対勝つぞぉー、とか」
メアは他の三人に見つめられ慌てながらも、咄嗟に脳内に浮かんだ言葉を叫んだ。
「星を集めるぞ!」
「おー!」
四人は一斉に手を宙に跳ね上げた。




