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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
五章 星を求めて
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063 第三教育棟・四年生・助言

「むかつく!」

 その日の午後、メアは叫びながら魔闘連盟の拠点の扉を勢いよく開けた。

「ハナ先輩! 稽古つけてください稽古! なんかもう――」

 しかし、怒鳴るメアの勢いは急激に衰えた。部屋にはいつもの三人に加え、大柄な獣人が一人いたからだ。

 メアの視線は室内にいる一人の人物に釘付けになる。大柄な獣人。最初はメアもそう思ったが、メアはすぐにその判断に自信がなくなった。何せ、あまりにも人間の姿からかけ離れている。手と足の先から伸びる鋭いかぎ爪と、ほぼ全身を覆う新緑色の鱗。それだけなら普通の獣人だが、肩甲骨の辺りから小さな翼が生え、尻から太い尻尾伸びるというのはかなり希少。更には頭部の形状はほぼ竜なのに、その鼻先と喉元以外が鉄製の兜によりほぼ隠されてしまっていることもまた怪しさを際立たせている。二本の足で姿勢よく立ち、二本の腕を胸の前で組んでいる輪郭から獣人と判断したが、見れば見るほど人間族かは怪しいと思ってしまった。

 メアが固まっていると、その獣人は大股でメアの方に近づいてきた。

「ハナ! こいつが例の新人か?」

「はい。結構見込みありますよ。やる気があって真面目。そして素直」

「細えなあ! こんなんで剣ちゃんと振れんのかあ? もっと肉食え! 寮食だけで満足してんなよ! 肉だ肉!」

 その獣人が辛うじて人間の姿を残しているのは顎下から喉にかけて。そのせいか、発音自体は流麗な第一共通語だった。しかし、声量は猛獣の如く。メアは目の前で響いた轟音に鼓膜が破れるかと思った。

 背中をばんばんと叩かれ、その衝撃でメアは室内に押し込まれる。完全に固まってしまっているメアに対し、ハナはいつも通りの柔らかな笑顔で優しく話しかけた。

「メア、この人は四年生のアーパイブン先輩。魔闘連盟の先代団長だよ」

「強くてかっこいい先輩だよ!」

「がははは! よせやい! ディベ! おだてても何もでねえぞ! ああ干し肉あるぞ! 食うか!?」

「いただきまーす!」

「はい。メアももらいな」

「ウォベマもだ! 食え!」

「俺はいっす。その肉何の肉っすか?」

「知らん竜の肉だ! 毒はないから安心しろ! 味はまずいぞ! がはは! ウォベマは相変わらず落ち着いてんなあ! もっと餓鬼らしくはしゃげ!」

「いいっす。先輩声でかいっす」

 メアはハナに言われるがままに拳大の干し肉を受け取り、噛みつく。固い。かみ砕けない。アーパイブンともらった干し肉を交互に眺め、共食い、という言葉がメアの脳内をぐるぐると回る。

 アーパイブンは石のような干し肉をあっという間に平らげると、兜をかりかりと鉤爪でひっかきながら周囲を見回した。

「お? そういえばもう一人いるんじゃなかったか? なんだっけ、レオーってやつ」

「あ、レオゥは今日は来ないらしいです」

「そうかそうか! まあうちの団は適当だからな! 好きにしろ! な、メア! 改めてよろしく! アーパイブンだ! こう見えて一応人間だ! その気になればちんこ突っ込めるし子供もできるぞ! がははははははは!」

 耳が痛い。メアはそう思った。そして、勢いが凄い、とも。ここまでの勢いの人間にメアは出会ったことはなかった。メアの経験した中で一番近そうな人種で言えば東の方の船乗りだが、それでもここまで勢いよく距離を縮めてこようとはしなかった。

 尻尾の先端で床をびたんびたんと叩きながら、アーパイブンはメアに椅子を出してくる。

「そうだ! 親睦を深めるために卓上遊戯するか!? 国盤はやったことあるか? 五人でできる! やったことないなら白鍵でもいいぞ! その場合は誰か一人抜けることになるが……ウォベマやるか?」

「俺はいいっす」

「じゃあ白鍵だ! 決まりだ! あれは魔術の鍛錬にもなる! 早速やるぞ!」

 はたから見ても分かるほどうきうきとした手付きで棚を漁るアーパイブンにハナが後ろから声を掛ける。

「アーパイブン先輩、ちょっと待ってください」

「なんだ! やっぱり国盤がいいか!?」

「いや、メアはあまり卓上遊戯に興味がなくてですね。それより、手合わせしたいんだっけ? さっき部屋に入ってきたときにそう言ってたよね」

「あっ、はい」

 メアは我に返った。勢いのまま卓上遊戯をさせられそうになったが、今日の目的ではそれではない。朝の件を忘れるために体を動かしに来たのだ。

 それを聞いたアーパイブンは更に嬉しそうな声を上げる。

「なんだあ!? やる気あんじゃねえか! よっしゃ! 俺が稽古つけてやる! 得物は剣か! 魔術は何が使える!?」

「古典魔術を少しと、現代魔術は重魔術です」

「重魔術? なんだそれ!」

「力魔術みたいなもんです」

「あああれか! 思い出した! よしわかった! やるぞ! 校庭は空いてるか!?」

「多分空いてまーす。アーパイブン先輩の稽古か……メア死なないように頑張ってね」

「えっなんですかそぶぐっ」

 ディベから非常に物騒な声援が聞こえた気がしたが、メアの質問はアーパイブンに小脇に抱えあげられたことにより途切れる。その太い腕見掛け倒しではないらしく、赤子を抱えるかのように軽々持ち上げられた。顔を上げると背中には巨大な鎚を背負っている。振り回すことができるのか、という疑問も一瞬浮かんだが、そんな疑念は鐵のように堅い筋肉の感触の前に立ち消えた。

 魔闘連盟の面々はぞろぞろと第三教育棟を後にする。珍しいことにウォベマも一緒だ。メアとハナが鍛錬しているときはいつも部室で何かを読んでいるというので、どうやらアーパイブンの影響らしかった。

 抱えられ、少し下の位置にあるメアの顔を見下ろすディベは、不思議そうな顔をしている。

「それにしても珍しいねメア。団長ご指名だなんて。なんか嫌なことあった?」

「珍しくもないと思いますけど」

「でもでも団長とやると傷だらけになるからいつも嫌そうな顔してるじゃん? なのに今日はやる気満々だったじゃん? なにかあったのかなって」

 そんなに嫌そうな顔をしていたつもりはなかったメアだったが、そう思われているなら改めた方がいいと反省した。言われてみれば自覚がないわけではない。ハナとの訓練では無数の飛び道具を避けながら接近する、という面倒な工程が挟まるため、単なる剣の稽古という感じではないのだ。

 アーパイブンはそれを聞いて高らかに笑う。

「揉め事か! いいじゃないか! 喧嘩なら買っちまえ! 決闘なら受けちまえ! 男なら派手にやれ! 一回目なら大体謹慎で許してくれる!」

「ははは」

「メア、一発退学になることもあるから、真に受けすぎちゃだめだよ」

「はは……はい」

「で、何があったのー? 喧嘩? 喧嘩?」

 目を輝かせているディベとウォベマに対し、メアはため息を吐きながら答えた。

「同じ組の奴が虐められてて。止めたいんですけど、虐める側が上手くやるんです。陰湿で狡猾で、派手なことはしない。いじめられる側もあんまり抵抗しないので、見てて腹が立って」

 そう、メアが感じているのは苛立ちだった。それはエナシに対してであるし、ザイカに対してであるし、メア自身に対してでもあった。メアはそんな鬱憤を晴らしにきただけだった。

 しかし、そんなメアに対してアーパイブンは解決策を提示しようとした。

「おうおう! ならそいつらを勝負の場に引きずり出してぎゃふんと言わせてやれ! 大丈夫だ! そう言った手合いはうまく挑発すりゃ絶対乗ってくる! なあハナ!」

「まあ気が荒いのは面子を気にすることは多いですね」

「そして一発しばきあげりゃあきゃいんってなもんよ! また喧嘩売ってくるなら買って叩いて黙らしゃいい! 陰湿な報復が怖いなら組内に味方いっぱい作っとけ! そうすりゃうまくいくさ!」

 あまりの暴論にメアは不満げな口調になってしまう。

「そんなにうまく行きますかね。そもそも、勝負って言っても一対一の決闘だと多分負けます。奥の手使えば勝てると思いますけど、それは先輩に禁止されたので……。他に勝負するものもないですし、剣での勝負以外は受けてくれなさそうですし」

「なんだなんだ情けねえなあ! ハナ! メアはそんな弱えのか!?」

「別にそこまで弱くはないと思いますよ。入学してから少しずつ着実に強くなってます。ただ、相手の子次第ではまだ全然ですね。攻撃面が貧弱過ぎます」

「攻撃面だあ~? 阿呆! そんなもん殺意もってりゃなんとかなる! 絶対殺すってつもりで剣を振れ! 首を刎ねる勢いだ! 勢いがすべてだ!」

「あと魔術もまだまだですね。ここ入ってから現代魔術を使い始めたんで、出力自体が低くて実戦では使えません」

「ああん? 出力だあ!? しゃばいこと言ってんなハナ! 魔術師戦やろってんじゃねえんだぞ! 俺たちは魔闘連盟だ! 出力が足りてねえんだったら足りてないなりの使い方を教えてやるのが俺たちだろぉ!?」

 その言葉にハナは頬を張られたような顔をした。魔術と闘技を組み合わせてこその魔闘連盟。その本意を忘れていたことに気づいたからだった。

 何かうまい方法があるのだろうか。メアが期待の視線をアーパイブンに向けると、アーパイブンの縦長の瞳孔がメアの方を見ていた。

「あー……ってっても足りねえならどうしようもねえことがある! 実力ってのはそう簡単にはつかねえもんだからな! うーん、いや! だがあれがある! 今は時期が良い! メア! お前勉強は嫌いか!」

 メアが答えるために迷った時間は非常に短い時間だった。得意か不得意かという質問であれば、どちらでもないと考えただろう。だが、好きか嫌いかという問であれば、簡単だ。

「嫌いじゃないです。結構楽しいです」

「ならいい! メア、お前に秘策をくれてやる! ハナ! 部室に髄墨と皮紙はあるか!?」

「あります。僕はまだ有効には使えませんが」

「よし! じゃあ物の用意は俺がする! ウォベマ! いい感じの煽り文句考えてくれ!」

「俺っすか」

「お前が一番相手の神経逆なでするの得意だろ!? ハナは向いてないしディベは煽りがおこちゃまだ! お前が一番向いてる! 頼んだ!」

「……まーいっすけど」

 メアは驚きの視線をウォベマに向けそうになった。何の取引もなしに、報酬の提示もなしに、ウォベマが頼み事を引き受けている。その事実、一点だけでアーパイブンへの評価が天井知らずで上昇した。

(もしかして、凄い人なのだろうか。それとも怒るととてつもなく怖いとか?)

 勝手に尊敬のされていることなど露知らず、アーパイブンは豪快に笑う。

「先輩! 私は何を?」

「ディベか? ディベは目いっぱい応援してやれ! 美人な女に応援されて奮い立たねえ男はいねえ!」

「美人だなんて! もう先輩はほんとわかってますね! んー、男衆はもっとアーパイブン先輩を見習え?」

「がはははははは! そうだ、【超断裂空無敵盾鎧】も頼むぞ! メアが死なないようにな!」

「頑張りまっす! でも手加減はしてくださいね!」

「がははははははははは!」

 メアはどことなく不安に思いながらも、子猫のようにアーパイブンの腕に揺られるのだった。

 尚、アーパイブンとの手合わせは一撃で吹きとばされたメアが気絶したことにより即座に終了した。

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