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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
五章 星を求めて
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062 学校・食堂・不快

 冬になった。

 朝目覚めると手足の先が冷たく、掛布団から抜け出すのにそれなりの気力を要する季節。日の出ている時間が短いため、油灯の消費を気にしなくてはならず、活動時間も夏に比べると短く。雪こそ降ってはいないが、既に食堂横の池の湖面は薄く氷が張るようになっていた。

 メアは同室の三人と一緒に手をこすり合わせながら朝食に向かう途中、ふと思いついたことを言った。

「なんか、最近校内に人増えてない?」

「ん、言われてみれば確かに……」

 ヴァーウォーカは白い息を吐きながら頷いた。体感ではあるが、二割ほど人口が増えたように感じていた。

 ヘクセは食堂の扉を押開きながら馬鹿にしたように言う。

「君たちさ、本当に鈍感だよね。というか馬鹿? ちょっと考えたら理由は分かるだろ。増えてはないよ。戻っただけ」

「どういうこと?」

「外に出てた四年生がみんな学校に帰ってきてるんだよ。卒業のための星取りにさ」

「四年生、か。ああ、どおりで。確かにみんな逞しいというか、頼りになりそうな人たちだな。背も高いし」

 ヴァーウォーカは後ろ手に扉を締めつつ何度も頷いた。

 しかし、メアはくしゃみをこらえながら疑問符を浮かべる。

「働き口を探すために外に出てたんだっけ、四年生って。あれ? そういえば四年生って授業どうなってんの? 一応あるよね?」

「あるけど受けなくていいんだよ。僕たち一年生みたいに指定の一二教科の星を取らなきゃいけないわけじゃないから」

「確か一番自由なんだよな。二年生は最低十教科、三年生は七教科、四年生は一教科だっけ」

「というか、四年生は一人の先生に師事して、その先生から星をもらえれば卒業できるんだよ。その星すらゆるゆるでほぼ無条件授与。一年間。君たち、本当に校則ちゃんと読んでる?」

 メアとヴァーウォーカは揃って首を横に振った。ヘクセは口をわななかせて罵倒しようとしたが、首巻を巻いたキュッフェが背後から睨んできているのに気づいて、慌てて列を進む。

 ほかほかと湯気を立てる粥を救いつつ、ヘクセはため息を吐く。

「四年目はほぼ遊びだよ。この学校、基本的には文句ないんだけど、四年目のやり方だけは気に食わないなぁ。働き口なんて卒業してから探せばいいじゃないか。せっかく素晴らしい先生がいて競う仲間がいて必要な書物も揃っているというのに、なんで外に出るんだか。はー、本当にもったいない」

 普段不満しか言っていないヘクセの口から出た言葉はやはり不満で、その前置きには無理があるんじゃないかと思ったメアだったが、さすがにそれを口にすることはなかった。霊を食べようとするような行為だ。無駄であり利はない。

 ヴァーウォーカは干し肉を一切れ取りながら嘆息する。

「星取りねえ。俺、ちゃんと全部とれるかな。一年生は一つでも取りこぼしたら留年だろ? 不安だ」

「ほとんどの教科は霊の月最終週の筆記試験で決まるだろ。ならそこまでちゃんと勉強をすればいいだけじゃないか。まだ一月もある。勉強しろ。それとも何? もう既に取りこぼした授業があるの?」

「ヘクセ先生は厳しいぜ。な、メア」

「いや俺は全然不安じゃないけど」

「えっ、メアは優等生側だったのか! 嘘だ。裏切るな。俺を置いていかないでくれ」

「そんな、留年なんてしないよ。ね。そっちの組にも留年生なんていないでしょ?」

「雪組は一人いるよ」

「夢組もいる。多分一人」

「えっ」

 メアは想像した。留年し、花組の面々と別れ、目を輝かせた一年生と同じ組に混ざり、今年と同じ授業を受ける姿を。レオゥを先輩と呼び、フッサに使い走りにされ、アウェアやテュヒカから憐みの目で見られる姿を。

 絶対嫌だ。メアは強く思い、試験に向けて勉強を頑張ることを心に誓った。

 メアたちがそんな雑談をしながら食事をしていると、メアの視界に嫌なものが映った。

 食堂の隅の四人の男子生徒。それは全員花組の生徒だ。ただし、エナシ、テツ、ギョウラの三人は嗜虐的な笑みなのに対して、その三人に囲まれたザイカはこびへつらうような愛想笑いだ。囲む三人が非常に不真面目で横暴な性格をしていること、ザイカが物静かで気弱な性格をしていることから、穏やかな会話でないことは明らか。メアの心はあっという間に不快感で埋め尽くされた。

 キュッフェがつまらなそうな目で窘めてくるのを無視し、メアは立ち上がって四人に近寄った。

「エナシ、なにやってんの」

「話かけんな」

「おっおっ? どしたメア。俺たちのこと嫌いなくせにわざわざ話しかけてくるなんてさ」

 一瞥すらしないエナシとにやにやと意地の悪い笑みを浮かべるテツ。対応こそ対照的だがどちらもメアのことを嫌っていることを隠そうともしない。

 ザイカは一瞬顔を明るくしたが、話しかけてきたのがメアだとわかるや否や暗い顔になった。頼りない。そうザイカの顔に書いてあるかのようで、メアはそれに少しばかりのもどかしさを覚えた。

 ギョウラが立ちあがり、その肉のついた巨大な体で威圧するようにメアの前に立ちふさがる。

「な、なんだよっ。用がないなら、どっ、どっかに行っちまえよっ。自分のとこに、か、帰れっ」

「ギョウラ。なんでザイカに嫌がらせをするんだ」

「い、嫌がらせなんてっ、してない! い、い、言いがかりは、やめろよ!」

「ザイカ、本当に?」

 メアはザイカの方に真剣な目を向け問い質した。しかし、ザイカは愛想笑いのような引きつった表情をして視線を床に落とした。

 根気強く返事を待つつもりのメアにギョウラが愉快そうに話しかける。

「なんだよメアちゃんよ。俺たちがザイカと仲良くしてるからって嫉妬しちまったのか? おいおいやめてくれよ、こいつは男だぜ。見た目があんまりにも女々しいからってお姫様扱いは躱そうじゃないか?」

「テツ、お前はなんでそんなに人を馬鹿にする? ザイカに失礼だろ」

「否定してやれよなぁ! ザイカ君はとっても男らしくてかっこよくてメアほれちゃう~ってさ! あー、きも。きっしょ。吐きそう。げろげろー」

 興味をなくしたように視線を逸らしながら舌をべろべろと揺らすテツ。その口と態度の悪さはメアがあってきた人の中でもかなり上位に入る。

 メアがどうするか迷っていると、エナシが腰の剣に手をかけてメアの方を睨んだ。

「おい、話しかけんなっつったよな。飯がまずくなんだよ、さっさと消えろ」

「お前には話しかけてない。ザイカに話しかけてる」

「もう一度言う、消えろ」

 メアは帯剣していないため、ここから喧嘩になるとかなり不利だ。エナシがここで剣を抜くほど愚かだとは思っていないが、抜かないで喧嘩を始める可能性は十分にある。三対一でただでさえ不利なのに、鞘に入れたまま鈍器として扱われるだけで面倒だ。

 しかし、わかっていてもメアは退くにはなれなかった。言質を取れたわけではないが、ザイカの怯えようを見ればなにかしらされていることはすぐにわかる。見ない振りをしてしまえば一日の始まりとしては最悪だ。

 アウェアがいてくれれば、という思考が過り、メアはすぐにそれを恥じた。調停委員がいてくれれば、という思考の隅に、アウェアならば見方をしてくれるはず、という打算が含まれていたからだ。

 そんなメアの考えが読めたのか、エナシは心底呆れたように吐き捨てた。

「女に頼らねえと喧嘩もできねえか? この玉無しが」

 メアの頭にかっと血が上り、メアがエナシに殴りかかろうとした瞬間、メアは尻に蹴りを入れられてつんのめった。

 無防備なメアの尻をつま先で蹴り上げたのはキュッフェだった。

「下僕、何をしている。さっさと部屋に戻って俺様の布団を干せ」

「きゅ、キュッフェ様。少しだけ待って、今」

「お前は、契約を破るのか? 俺様の布団を干せと言っているんだぞ?」

 そう言われ、メアは言葉に窮した。対価を先にもらってしまっている以上、キュッフェの言い分は全面的に正しい。

「で、でも」

 食い下がろうとするメアをキュッフェは睨みつけた。それは普段の怒りと苛立ちの混じった視線ではなく、底冷えのするような冷徹さの込められた眼差しだった。

 メアは言葉を失い、頷いた。そして、ザイカに目で謝り、エナシに背を向ける。

「おいおいおーい、一方的に喧嘩売ってきてそれですかぁ? 飼い主に怒られて帰っちゃうのかぁ? 調教うまいな金髪気障野郎。犬っころ、負けを認めんなら腹出せよ」

 テツの流れるような罵声を聞き流しつつ、キュッフェは小声で囁く。

「無視しろ」

「はい」

「ああいった手合いは相手にするだけ時間の無駄だ。会話をする気がないからな。ああいった音を出す玩具だと思った方が数倍理性的な対応になる」

「そう、かもだけど」

 メアは言葉が続かなかった。じゃあどうすべきだったのか、とキュッフェに訊いたところで、メアの望む答えが返ってくるとは思えなかったからだ。

「はっ、傑作だ!」

 エナシの咳をするような嘲笑を背にしながら、メアは食堂を後にした。

 気づかような視線のヴァーウォーカとヘクセと一緒に朝日が照らし始めた小道を歩く。やはり行きかう人は冬になるまでより多く感じる。だが、そんなことは既にメアにとってはどうでもよかった。

 無言で先頭を進むメアに珍しくキュッフェが声を掛ける。

「ああいった手合い、というのは虐められていた金髪の方のことも含むぞ」

「それって、どういう意味」

「自分の力で状況を打破しようとせず、自分にとって都合の良い誰かが救ってくれることを待つ馬鹿。そういう奴らのことだ」

「……キュッフェ様はザイカの方も悪いって言うんだ」

「そうだ。心の貧しい人間は心の弱い人間を狙う。お前があれをどう思ってるかは知らんがな、俺にはあれはただの臆病者にしか見えなかったぞ?」

 臆病なのが悪いというのか、とはメアも言わなかった。メアもザイカの煮え切らない態度に少しばかり腹が立っていたからだ。キュッフェの言葉にある程度の理解を示さざるを得なかったからだ。

 しかし、キュッフェほど割り切ることもできない。集団で弱い者いじめをしようとするエナシがメアは気に食わない。だからメアは返事をしないことでせめてもの抵抗を示し、また無言になってずんずんと寮への道を進んだ。

 そんなメアにヘクセは呆れてため息を吐き、ヴァーウォーカは砂利の粒を指で飛ばした。

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