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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
四章 購う命
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061 学校・休日・青空市場

 エシューによる治療は昼食の休憩時間の間に終わった。鎮痛の魔術が得意な医療委員を呼び、夜燕を眠らせると、鋭い短刀で器用に翼を解体し、魔術によって再び繋ぎ合わせた。見れば見るほど信じられないあざやかな手並み。人ではない生命相手でも容易く治療をやってのけたエシューの技量に、メアは改めて尊敬の念を抱いた。

「どのくらい大人しくさせていればいいですか?」

「は? 私が治したんだぞ? 目を覚ましたら飛べるはずだ。さっさと逃がしてやれ」

 機能回復訓練どころか療養も必要ないという。メアはさすがに疑いの目を向けたが、エシューは不快そうに話を打ち切り、メアたちを医療室から追い出した。

 そして、メアは改めてクァトラとリーメスにお礼を言い、レオゥと共に教室に戻る。メアの足取りは軽く、表情は明るかった。

「万事解決、って感じか?」

「そうだね。疲れた。エシュー先生、曲者だったー」

「腕はいいんだけどな。ちょっと今後のために探っておくか。また似たようなことがあったときにすかさず強請れるように」

「おっ、いいね。嵐の後こそ嵐の備え。とりあえず、北の方から来た人たちに色々と聞いてみようか」

 にやりと笑うメアが教室の入り口の扉を開ける。すると、直後に籠から夜燕が飛び出した。

「あっ」

 夜燕はそのまま空高く飛んでいき、あっという間に青い空に浮かぶ黒い点となった。捕まえるどころか目で追うのが精一杯の速度。怪我の影響など欠片も感じられない見事な飛行だった。

 額に手を当てて庇を作りつつレオゥは言った。

「行っちまったな。礼もないとは」

「別に恩を売るつもりはなかったから、良いよ。凄いな、本当にちゃんと治ってる。綺麗にまっすぐに飛ぶね」

「それにしたって、多少は恩を感じててもいいんじゃないか」

「鳥だしね。人間の思考や感覚とは色々違うでしょ」

 もうすっかり姿も見えなくなってしまった夜燕に対し、メアは呟く。

「もう壁にぶつかるなよー」

「今回稼いだ金もすっからかんだしな」

「五〇〇〇〇〇は流石に無理だね」

「いや、次はその更に十倍は吹っ掛けてくるぞ」

「してきそう」

 メアは目を吊り上げるエシューの姿を想像して苦笑した。



 その週の末。青空市場当日、メアが寅雲寮を出ると、そこには既に数人集まっていた。約束をしていたレオゥとフッサに加え、なぜかテュヒカとシャープもいる。

 メアがレオゥに目で問うと、レオゥは肩をすくめた。レオゥも理由は知らないらしかった。

「なんで?」

「二人が暇そうにしたから誘ったでござる」

「そうなの?」

 メアがシャープに問いかけると、テュヒカは上目遣いに頷いた。

「えっとね、テュヒカちゃんはファンちゃんと一緒の予定だったんだけど、ファンちゃんに別の用事ができちゃったんだって。それで、テュヒカちゃんが最近上級生の男の子に声かけられることが多くて心配だ、ってファンちゃんに頼まれて、でもだとしたら男の子も一緒の方が安心叶って思って、で、そしたらア君に話しかけられて、丁度いいかなって」

「別にいいでござるな? な?」

「別にいいけど、うろうろするだけだよ?」

「それがいいんでござろう! ささ、行くでござる」

 フッサが強引に話を打ち切り、他の四人に先んじて歩き出す。メアは釈然としないながらも、とくに断る理由はないため従った。

 道なりに歩いて校庭が見えるところまで行くと、青空市場の会場となっている校庭が視界に入った。そして、その規模にメアは驚いた。

 まず驚いたの出店の数。大小は様々だが、ざっと数えて五十近くはある。小さなものは店主が一人で数歩四方の敷布を広げたような出店だが、大きなものは天幕を張り椅子や机を並べており、即席の店舗にしては中々様になっている。飾りつけも様々で、商品が良く見えるように飾られた棚に大きく目立つように掲げられた看板、愛嬌のある見た目をした怪物の風船に昼間から光り輝いている吊り飾りなど、店主の個性がにじみ出ていて多種多様。祭りのような雰囲気に、見ているだけでメアはわくわくした。

 近づくとより熱気が伝わってきて、まだ朝だというのに既に百人近い人が既に出店を見て回っている。しかも、全体の七割以上の生徒が普段の制服とは異なる独特な衣装を来ている。襯衣と一体になった真っ白な褶を来ている女生徒がいれば、ゆったりとした紺色の羽織と下袴を着崩している男子生徒もいる。裾の膨らんだ股引と角張った帽子を着こなす女生徒がいれば、膝丈の腰蓑と円錐形の帽子を纏った男子生徒もいる。精緻で美麗な刺繍がみっちりと入った外套、頭に巻きつけつつ顔を隠すように垂らす面紗、布を波打たたせることにより雲のように膨らんだ裳、大きく長い布をくるくると体に巻き付けているだけにしか見えない独特な衣装。まるで各国の衣装の展覧会のようだった。

「すごっ」

「メア、本当に夏のは見に行かなかったのな」

「食堂に向かうときになんか騒がしいなーって思ってはいた」

「ルールス君、夏の青空市場は参加しなかったの? それは勿体ないことしたね」

「そう思う。次からはちゃんと年二回参加しようと思う」

 メアが頷くと、他の四人も一斉にそうすべきと頷いた。テュヒカまでも興奮しているのか少し頬を上気させながら何度も頷いている。

 もったいないことをした。メアは後悔しながらもすぐに切り替えた。

「これ、なんで皆こんな格好しているの? 多分、各自の地元の伝統衣装だよね、あれ」

「色々と経緯はあるようだが、目的はお洒落だな。この日は各自目いっぱいお洒落をするようになっているらしい」

「えっ、俺たちもしなきゃ駄目なんじゃ」

「一年生は要らないらしい。持ってきてない生徒も多いしな。目立つのを気にしない生徒は普段通りの衣服でいることもしばしば」

「んー、要するに?」

「あんまり気にしなくていい」

「了解」

 メアは服の裾を撫でつけながら心から安堵した。

 更に近づくと、遠くからは見えなかったが校庭の中央には特設の舞台が設置されており、何やら催しものもやっているようだった。今は楽器を持った数人の生徒が舞台に立ち、気分が上がる音楽を響かせている。

 レオゥは相も変わらず無表情で周囲を見回しつつ、フッサに声を掛けた。

「まず何から見て回る?」

「特設舞台の演目がこちらでござる。気になるのがあるならその時間は買い物は控えるべし。ただし、青空市場は数量限定の商品も多いから、欲しいものがあるなら先に買い求めるべきでござるな。こちらが出店目録」

「頼りになるぜフッサ」

「えへへ」

 五人は顔を突き合わせて内容を確認する。

「欲しい物ある人いる?」

「某は表は大丈夫でござる」

「私もとくに……表?」

「俺、錬金窯の店がちょっと気になる。時間があったら後回しでいい」

「レオゥ、錬金術興味あるの? あっ、俺も欲しいわけじゃないけど、レトリー武具制作会社気になる。ジョンのとこ」

「テュヒカちゃんは?」

 テュヒカは答えずに食い入るように出店目録を眺めた。

 その回答を待つ間、今度はフッサは演目を広げる。

「じゃあ、こっちで見たいものあるでござるか?」

「各種音楽系団体の演奏に、演劇。演劇部なんてあったんだ。無料宝籤? 武道大会優勝者による演武!?」

「無料宝籤は出店で買い物した人に籤が配られるらしい。で、抽選でお宝入手と。冬は演武なんだな」

「夏は魔術宴優勝者の結界披露だったね。凄く綺麗だったなぁ」

「拙者は謎かけ大会と無料宝籤さえ見れればいいでござる」

「俺は、結界披露ないのか、そうか。じゃあ、要望はなし。他の人に合わせる」

「テュヒカは見たいのある?」

 メアが話しかけても、テュヒカは食い入るように演目を眺めており、無言。興味津々。そんな言葉が姿を成したかのようだった。

 見かねたフッサが話を纏める。

「ではとりあえず適当に校庭をぐるりと一周し、謎かけ大会に参加、昼食、買い食いでもいいでござるが、を済ましたら無料宝籤参加して、あとは流れでという感じでどうでござるか? 特設舞台で気になる演目があれば、都度見に来てもいいでござる」

「いいんじゃないか」

「問題ないと思う」

「はい。テュヒカちゃんもそれでいい?」

 テュヒカは何度も肯定を示すように頷いた。

 それから五人はゆっくりと出店を見て回った。全員、持ち金が豊富というわけでもなく、物欲が旺盛というわけでもなかったため、大半がただ単に見て回るだけになったが、それでもメアは楽しかった。喧噪の中、高揚した気分で、同年代の少年少女と歩き回るということ自体、メアには初めての体験で、それだけで特別な気分だった。一名だけいつも通りの無表情ではあったが、全員、この行事を楽しんでいるように見えた。

 手作りの木彫りの小物。彫金された装飾品。不要になったらしい家具。中古の書物。何に使うかわからない器具。妙な形のお面。

 弓の的当て。卓上遊戯・速楼の賭博。常在魔力操作を試す魔髪編み。蟲語競争。未来視による占い。知言比べ。

 店の種類こそ様々だが、満場一致で全員の気を惹いたのは、あちこちから良い匂いを漂わせている料理たちだった。食欲をそそる香草の匂いと肉脂が弾ける音にフッサはうっとりとし、彩り豊かな砂糖菓子や味の想像できない飲料にシャープは目を輝かせた。レオゥとテュヒカすら視線は釘付けで、気分がすっかり上がっていたメアは一番美味しそうな氷細工の甘味を四人に奢った。

 少し調子に乗った気もしたが、自分で稼いだ金の余りではあるし、何より、メアは一度やってみたかったのだ。友達とわいわいと騒ぎながら美味しいものを食べることを。

 その後も出店を見て回り、校庭をほぼ一周したあたりで、メアは立ち止まった。

 メアの前にある出店の看板は簡素。『似顔絵、描きます。美研』とだけ書かれている。奥には椅子が三脚ほどあり、似顔絵を描いてもらっている女生徒が楚々とした表情で座っている。そこで真剣な表情で筆を洗っている生徒はメアも知っている顔だった。

 美研の二年生、リネはメアに気づくと手を手拭いで拭いつつ話しかけてきた。

「お、メア君じゃん。どう? 祭り楽しんでる?」

「はい。リネ先輩はずっとここで描いてるんですか?」

「まあね。楽しいよ、こうしてるのも。出す側の楽しみってやつ」

「タフー先輩やクェス先輩は?」

「今は色々見て回ってると思う。あと、裏の準備もあるしね」

 リネはにやりと笑う。複製画の作成に反対してことがメアには気がかりだったが、リネのメアに対する態度には敵意などは一切感じられない。そんな懸念など不要だったようだった。

 リネは椅子が一つ空いていることに気づくと、後ろで様子を窺っている四人を見つつ言った。

「どうせなら描かれていきなよ。一人分の料金で全員描いてあげるよ。一枚の絵に」

「似顔絵を、ですか?」

「要らない? 友だちとの良い記念になると思うけどね」

 一枚一〇〇〇ルティ。安くはないが高くもない。

 メアが振り返ると、他の四人も興味がある様だった。

「じゃ、お願いします」

「はいまいど。椅子は一脚しかないから立っててもらうことになるけど、すぐ終わるから。こう見えて筆は早いんだ。単色だしね」

 背の高さから、メア、レオゥ、フッサが後ろに、テュヒカ、シャープが前に並ぶ。しかし、緊張の面持ちでメアが固まっていても、リネは中々描き始めない。

「どうかしましたか?」

「えっと、後ろの子はどうする?」

 メアが振り返ると、恨めし気な顔をしたアウェアが五人の後ろに立っていた。

「アウェア。どうしたの?」

「ずるい」

「……何が?」

「私も祭りに参加したい」

「すればいいんじゃないの?」

 レオゥはメアの肩を叩いた。

「調停委員は警備のためにこういう行事には参加しないことが多い」

 メアが深く納得していると、アウェアは目尻に涙を浮かべながら吠えた。

「ずるいっ! 私も一緒に参加したかったのに! なんで誘わない!」

「別に、なあ?」

「シャープとテュヒカも誘ってないし。なんとなく一緒に見て回ってるだけ」

「それに誘っても結局参加できないのでは?」

「そう言って私を仲間外れにするんだ! 非常時には頼ってくるくせに頭が固いとか頑固だとか堅苦しいとか言って! いつもそうなんだっ!」

 今にも泣きだしそうになっているアウェアを哀れに思ったのか、リネが助け舟を出す。

「そっちの子も一緒に描こうか? 警備してるって名目で立っていてくれればいいからさ。さりげなく」

「あー……じゃあお願いできますか?」

「本当かっ!? やった! とびきり美人に頼む!」

 アウェアは一瞬で涙を引っ込めると、きりっとした表情を取ってフッサの背後に立つ。フッサは怯えたような表情で中腰になり、前列に移動した。そんなアウェアにシャープは小さく笑い、レオゥは肩をすくめた。

 六人の動きが止まると、リネは素早く筆を走らせ、宣言通りに一息ほどで書き上げた。その手の動きは見えず、しかし、紙には六人の姿を写し取ったかのような精巧な絵が描かれていた。

 メアは許可を取ってそれを【複写】し、六人に配った。

「ありがとうございます」

「こそちらこそ。できれば来年も仕事をお願いしたいからね、これくらいはお安い御用だよ」

「それは、考えておきます」

 そう言って五人はその場を後にした。

 その後、五人は謎かけ大会で頭を捻り、無料宝籤で一喜一憂し、武道大会で興奮した後、帰路についた。

 メアの初めての青空市場は、こうして大満足の一日となった。

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