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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
一章 学校の始まり
6/206

006 寮・相部屋・四人

 一通り団体を見て回ったあと解散となり、女子組は三々五々と散って行った。

 メアはとりあえず荷物を纏めて寮に行くことにする。衣嚢にしまい込んだ校内の地図を再び取り出し、校内の様子を改めてみる。

「メアは寮に戻るのか?」

「あーうん。けどその前に教室に置きっぱなしの荷物回収しなきゃ。レオゥは?」

「俺はちょっと届け物があるから人探し」

「じゃあ、また明日」

「おう」

 メアはレオゥと別れて教室に戻り、置きっぱなしだった旅の荷物を背負う。着替えだけではなく旅の荷物や身の回りの物を詰め込んでいるため、かなりの重量がある。意外と膝に来る。

 教室内を見回してみると、他に生徒はいなかった。日も沈みかけており、橙色の灯ががらんとした教室を照らしている。

 メア教室中の空気を吸い込むように深呼吸をし、一日を振り返った。

 まず、花組では既にある程度の集団が形成されている、ということが校内を見て回るうちに分かった。入学式当日のメアとは違い、早ければ二週間前に到着している生徒もいるのだから、それも当然のこと。人間関係形成に乗り遅れたというのは、自身の気のせいではないだろう、とメアは判断する。しかし、同時にレオゥの様に気軽に会話できる生徒もいる。それはメアの中で大いなる希望となった。アウェアのように細かいことには気にかけない生徒もいるし、集団から排斥されるということはなさそうだ、とメアは結論付けた。

(友達、作るぞー、ってね)

 メアが内心苦笑しながら教室から出ようとすると、丁度教室に戻ってきたらしいエナシと目があった。

「雑魚は調子に乗んな。目障りだ」

 そう吐き捨てるエナシ。むっときて反射的に言い返そうとするメアだが、つい先ほど一瞬でこかされたことを思い出しこらえる。

 別にエナシの剣速が速かったわけじゃない。重かったわけでもない。だが、剣裁きはメアより遥かにうまいことは、決して強くないメアでも、先ほどの一瞬の打ち合いではっきりと理解できた。また、メアの眼に向かって飛んできた水はおそらくエナシの魔術だろう。瞬時に的確に目をねらって魔術を放てるのは、地味だとしてもかなり実践慣れしていることを示している。こういう相手はなめると自分の首が飛ぶ、と散々聞かされていた。 

「ほー。実力差がわかるだけの脳みそはあんのな」

「お前、なんでそんなに喧嘩腰なの?」

 メアも無視するべきだと理解はしていたが、思わず挑発してしまった。

「喧嘩? お前みたいな雑魚相手じゃいじめにしかなんねーよ」

「ぐっ」

 非常に言い返したい。何か言い返したい。だが、実力的に完全に負けている以上、何も言い返すことができない。メアはため息を吐きながら教室を後にした。

 第一校舎から出ると、遠くの運動場に何やら人が集まっているのが見える。だが、まずは拠点を確認してからだとメアは後ろ髪引かれる思いで寮へと向かう。

 寮である建物がある場所は、敷地内でも少し窪んだ位置にあるようで、軽い下り坂の先にある。寮の周辺には木々が生い茂っているせいでいまだ全貌はよく見えないが、おそらく三階部分だろう窓は見えている。木造ではなく、頑丈そうでカラフルな石造りの建物は、やはりメアの棲んでいた村にはなかったものであり、話でしか聞いたことのない硝子の窓もついている。

 メアが林の中に入っていくと、遠くから見た建物より手前に一階建ての建物がある。遠くには三階建て。さらに遠くにもまた別の三階建ての建物がある。

「どれだ……?」

 地図を見直してみるが、大雑把なものなので建物の数などは書いていない。どれかわからない。

「ええい、ままよ」

 メアは一番古びた木造平屋の建物の中に入った。

 薄暗さの中に、少しの木の匂いと年月を経た建物特有の黴臭さが漂う。実家にも似臭いに、なんとなく安心感が沸く。

 ぎしり、と床板がきしむ音共に入ると、横の小部屋から中年の女性が現れた。

「あら、新入生の子かしら」

「あ、はい。そうです」

「あらあら。最後の子かしらね。大丈夫? 入学式には間に合った? 駄目よ、遠くの見たことのない場所に来るんだからもう少し余裕を持って到着するように計画しとかないと。自分がいくら大丈夫だと思ってもね、あなたたちはおばさんから見たらまだまだ子供。親や周りの人の忠告はちゃんと聞かないとね。はい、そこ座って。字は書ける? 第一共通言語で。まあ書けなくても大丈夫なんだけどね。これから習うだろうし、ってあら、書けるの? それなら少し学校の授業をさぼれるわね。じゃあ名前ここに書いてもらえる? あらー、いい名前ね。ご両親に感謝しなさい。ほんと、もうこんな立派な名前つけてもらっちゃって」

 次から次へと流れるように押し寄せる言葉に、メアは圧倒され、うなずくことでしか返答できなかった。その間にも部屋に引き込まれ椅子に座らされ、何やら書類を見せられ自分の名前を書かされ、説教と小言を同時に食らうこととなった。

「あの」

「メアね。了解。問題なし! 一年生はこっちの寅雲寮に住んでもらうことになるの。四人部屋で少し手狭だけど、まあ若いうちは苦労しなさい。二年生になったらすぐあっちの字陽寮に移動になるから、あんまり汚さないようにね。あと、あっちは女の子の寮だから近づいちゃ駄目よ。もし覗いて見つかったりなんかしたらいたーい魔術がびゅんびゅん飛んでくるからね。この学校の女の子はみーんな強いわよー。はい、何か質問はあるかしら?」

 あっちこっちと指をさしながら唾を飛ばす。メアが答えられないことを了承と取ったのか、説明をつづける。

「水浴びはあそこの小屋ね。湖から水を引いてるから無駄遣いはしないように。食事は少し離れてるけど、向こうの食堂でするように。朝食は上聿の三刻から、昼食は上名の刻から、夕食は下聿の刻から。ええと、後何があったかしら……まあいいわ。規則や禁止事項はこの冊子に書いてあるから見といてちょうだい。あなたの部屋はここねここ。わからないことがあったら私か同室の子に聞けば教えてくれるわ。みんな二週間くらい前から暮らしてるからね」

 またいろいろと指さしながら壁に掛けてある建物の見取り図らしきものを示し、最後に十枚ほどの神束を手渡されると、メアは入り口横の部屋から押し出された。

「元気におやり。ここは自分の家だと思っていいからね。ほいじゃあ」

「あ、ありがとうございました」

 我に返ったメアが頭を下げ、再び頭を上げた時にはもう女性は部屋の中に引っ込んでいた。

 都会の人はこんなにせかせかと生きているんだろうか、とメアは偏見を獲得した。

 寮の見取り図を改めてみると、くの字に曲がった一階建ての建物のようだ。メアの部屋は端にあり、出口はこの一カ所のみ。出口からやや遠いことになるが、メアはあまり気にしなかった。

 廊下の方へ向かうとまっすぐな廊下にずらりと扉が並んでいる。両側に部屋があるせいでやや暗いが、天井に油灯が吊るしてあるので、夜暗くて歩けないということはないだろう。扉は等間隔でどれも同じ様式だが、既に飾りつけや名札らしきものが張り出されたりもしている。こうしてあれば部屋を間違えることもないか、とメアは素直に感心した。

 メアが廊下の突き当りまで進むと、そこには窓があって外の景色が見えている。いざとなればここから出入りできることを確認しつつ、メアは自分の部屋であろう扉を開けた。

 ぎぃ、と小さく音を立てて扉が開く。部屋は四人が生活するにはやや狭い。部屋の両壁沿いに上下二段になった寝台が並び、部屋の奥には四つ机が並んでいる入り口の脇の壁には質素な箪笥が固定されており、上には既に様々な物が並んでいる。

(誰もいないかな)

 メアがどうしようかと悩んでいると、寝台の布団がもぞりと動いた。どうやら誰か寝ていたようだ。

「……誰?」

 金髪の少年が眠たそうにメアに問う。

「あ、え、俺、ルールス゠メア」

「そうじゃなくて……ああ。最後の奴か」

 そういうと、再び布団を被る少年に、メアは困惑した。

「よ、よろしく。多分これから一緒に暮らすんだけど、俺どこ使えばいいかな」

 布団から右手だけが伸び、一番端の机と少年が寝ている寝台の上の寝台、入り口横の箪笥が示される。そして、それ以上何もせず、特に言葉を発することもせず、すーすーと寝息を立て始めた。

 そこを使えという意味だろうと予想し、メアは何も置かれていない机に荷物を置く。そして、衣服を箪笥にしまったり机に雑貨を並べたりして荷物を整理すると、大きく背伸びした。

 そこに背後の扉が大きく開かれる。

「ただいまー! お、来てんじゃーん」

 茶髪のひょろりとした少年と、青髪の眼鏡をかけた少年が部屋に入ってくる。そして、茶髪の少年はメアを見るなりにこにこと笑顔を向けてくる。

「おっす、初めまして。俺、ヴァーウォーカ。これから一年よろしくな!」

「あ、ああ。ルールス゠メア。よろしく」

 二人は握手を交わし、もう一人の少年に目を向ける。

「ヘクセ゠フス。また部屋が狭くなるな」

 青髪の小柄な少年、ヘクセは不機嫌そうにそう言い放つと、自身の机に座って何やら紙束を広げ始めた。どうやら今日配られた冊子らしい。

 メアがヴァーウォーカに目を向けると、仕方がないとでもいうように肩を竦められた。

「ヘクセは恥ずかしがり屋なんだ」

「違う!」

 ヘクセが振り向いて二人を睨み付けてくる。

「僕はね、君たちみたいに能天気に遊びに来たわけじゃないんだ。そこの君、メアだっけか。君は何しにこの学校に来た」

「お、俺? 俺は剣と魔術を教えてもらいに……」

「ほらね。どうせそんなこったろうと思った。この学校は様々な学問が学べるというのに、剣だの槍だの攻撃魔術だの、戦闘馬鹿ばっかりだ。いや、それでもまだ君はましな方か。目的がないのにこの学校に来て、四年間遊んで暮らすつもりの奴もいるみたいだからね。そんな奴らに付き合ってたら脳みそが腐っちゃうよ」

 いー、と歯をむき出してヴァーウォーカを威嚇するヘクセ。対して、ヴァーウォーカはにこにとしながらメアに話しかけてくる。

「な、面白い奴だろ」

「フン!」

 ヘクセは話にならないとでもいうように鼻を鳴らすと、机に向き直って何やら書き始めた。

 ヴァーウォーカは自分の寝台であろうメアとは別の上の寝台によじ登ると、思い出したように。

「あ、そっちで寝てるのはキュッフェ様ね」

「様?」

 随分と仰々しい継承にメアが聞き返すと、ヘクセがくるりと振り返る。

「そう呼べってさ。何様だよ」

「……そうなの?」

「まあ面白いからいいんじゃねーの。様つけないと返事してくれないし」

 ぐるぐると集まる膨大な情報量にメアは困惑しながらも、そんなものかと飲み込むことにした。例え思うところがあっても一年間同じ部屋で過ごすのだから、多少は我慢しなければならない。世界を見て回るには人間関係への対応力も必要だと聞かされていたので、これは逆にチャンスなのだと自分に言い聞かせる。

 メアは自分の寝台に梯子で上り、腰の剣を外す。そして、雑に拭いただけで済ませていた剣の整備を始めた。

 ごろごろと寝台に寝ころんだまま、ヴァーウォーカが話しかけてくる。

「なあなあ、その剣かっこいいな。剣術得意?」

「いや、あんまり。村には剣を教えてくれる人いなかったし」

「けどそれ高いっしょ。ひょっとしてお金持ち? この学校金かかるもんねー」

「うーん、もらいものだからよくわかんない。高価なの? これ」

「あちゃー。ぼんぼんか」

「あ、俺んちはただの宿屋だから金はないよ。入学費も稼いだり借りたり頑張った」

「えー」

 話しやすい、とメアは感じた。相槌が小気味よく、表情が豊かに変わり、どんな話題でも興味津々といった様子で聞いてくれるからだ。ヴァーウォーカの態度に気を羽クしたメアは、ヘクセが炭筆を動かす音を聞きながら、つらつらと身の上を話し合った。

 そうして暫く雑談をしていると、メアの下の寝台からキュッフェが這い出して来る。

「おそようキュッフェ様」

 ヴァーウォーカのおちょくるような言葉を無視してキュッフェは部屋を出てゆく。それとほぼ同時に遠くから太い鐘の音が響いてきた。

「お、六つ鐘。もう晩飯の時間か。メアも飯一緒に行こうぜ」

 飯、ときいてメアの腹が鳴る。先ほど甘い物を腹に入れたばかりだというのに、全然足りないと胃袋が訴えかけてくる。

「そういえば、この学校って昼食があるんだよね」

「こっちの地方では一日三食が基本だぞ。あ、今日来たのか。まあ食堂行こ食堂」

「うん」

 メアは食事に胸を躍らせながら寝台を降り、ヴァーウォーカに続いて部屋を出る。異郷での食事に若干の不安もあったが、旅の途中で食べてきた料理はすべて美味だったので、それもあまり大きいものではない。

 しかし、廊下に出た時に二人ははたと足を止めた。なぜか二人の後ろを足音を忍ばせたヘクセがついてきている。

 不思議そうなメアの視線に耐えられなくなったのか、早口で何やら言い訳を始めるヘクセ。

「いや、別に君たちについていっているわけじゃない。僕だってお腹はすいているし、食堂がある方向は同じだから。そう、ほら、ただ食堂に向かおうとしてるだけ。何立ち止まっているんだ。さっさと歩け。廊下はそんなに広くないんだから。何を笑っている」

 メアとヴァーウォーカは顔を見合わせ、三人は仲良く食堂へと向かった。

 食事はべちゃっとした粥と塩辛い干し肉だけであり、少しばかりメアの期待を下回ったのだった。

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