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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
四章 購う命
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058 学校・金策・臨時

 それからメアはしばらくの間、学校で授業を受け、寝る前に【模写】で複製画を作成することを繰り返した。複製画の生成は魂魄こそ披露するものの、寝る前に行って気絶すればいつもの活動の邪魔にはならないことが大きく、そこそこ順調に進んだ。

 しかし、それだけでは足りないのは事前の皮算用の通り。メアは同時に他の金策も進めた。フッサや他の花組の生徒に話を聞きつつ、メアは様々なことを行った。

 割が良いのは、睡牛の毛づくろいのような委員の手伝いをする形式のものだった。時間に対する単価が高く、やることも単純で技能を要求されたりしない。景観委員の手伝いとして校庭の草むしりを行ったり、司書委員の手伝いとして図書塔の清掃を行ったり。欠点は、募集の頻度が低いこと。メアは三件で計三二〇〇ルティを稼ぐこととなった。

 最も楽しめたのは、フッサを介した他の生徒の小間使いだった。やることは探し物や部屋の掃除の手伝い、伝言や荷物の配達といった簡単なもので、金額も子供の駄賃程度。しかし、回数をこなすために色々な人と会い、今まで用がなかったために立ち入らなかった場所に入ったりしたりがメアにとっては面白かった。中でも感動したのは、時刻や授業開始を告げる鐘楼に登れたことだった。いつも学校内に轟音を響かせているだけあってその鐘は巨大で、創立時から変わらずあるという鐘はその歳月を感じさせた。メアは二十件以上の仕事を任され、計二六〇〇ルティを稼ぐこととなった。

 やりがいがあったのは、冒険隊で回収してきた素材を売却することだった。これは他の二種とは異なり、自分が努力しただけ収入が増えた。証拠に、一回目の皮の月の冒険隊で集めた素材は半分も売れず、収入も四〇〇ルティほどにしかならなかったが、事前に需要や植生の分布を調べてから向かった魚の月の冒険隊で集めた素材は完売し、一九〇〇ルティも入手することができた。月に一回しか冒険隊が組まれない点が唯一の難点だったが、メアの探検欲も満たせる、一石二鳥な稼ぎだった。メアは二回の冒険で計二三〇〇ルティを稼ぐこととなった。

 勿論、順風満帆で何もかもが上手くいったわけではなかった。

 まず、複製画の作成は思ったよりは順調ではなかった。

 魔術を使用すれば魂魄が披露する。そのため、魔術学基礎の授業がある血綬星はまともに複製画が生成できなかった。授業の手を抜くことも頭をよぎったが、学業のためにしか金を使わないという約束を守るために授業の手を抜くのは本末転倒だと思い直し、それは一切行わなかった。代りに、日夜行っていた重魔術の特訓は休止し、その余力を複製画の作成にあてたが、それによって増える枚数は一日当たり一枚程度だった。

 放課後にクァトラに剣を見てもらえる日は疲れ切り、【模写】を行うだけの体力がなかったりした。クァトラは涼しい顔でメアの体力を限界ぎりぎりまで削り取ってくるため、肉体の疲労と魂魄の疲労は別物であるとはわかっていても限度がある。繊細な筆致で色彩豊かに描かれた色絵の【模写】はメアの想定以上に時間がかかるため、頑張ろうと粘った挙句変な体勢で寝落ちすることが多かったため、メアは諦めてクァトラ特訓日の複製画作成は五枚で止めることとなった。

 結局、最初の一月では二二〇枚しか生成できなかった。基本契約分の作成は終わったが、当初の予定の七割程度の量だった。

 クァトラが校外演習でいない期間があったり、魂魄の成長により日に生成できる複製画が増えたりもしたが、当初の予定の追加契約分四〇〇枚を達成することは難しそうだった。

 また、いくつかの催事に参加できなかったのもメアとしては痛かった。使い魔品評会は【模写】に張り切りすぎて寝過ごしたし、青空市場の前の週に行われる武道大会への参加も泣く泣く見送ることになった。といっても、後者に関していえば純粋に複製画作成のためとは言い難かった。というのも、クァトラに参加の相談をしたところ、難色を示されたというのが不参加の理由の一つだったからだ。

 クァトラ曰く、メアにはまだ早い、とのこと。というのも、一年生では優勝の見込みはなく、下手に活躍でもしようものなら来年から対策される、とクァトラは考えているらしかった。手の内を明かすのは勝てる目算が出たら、とクァトラに言われ、大勢でわいわいやるならとりあえず参加すればいいや、としか考えてなかったメアは言葉を失った。

 小さな揉め事もあった。青空市場までに目標の金額に達成していないことに焦ったメアは、【複写】をやり過ぎた。やり過ぎた結果どうなったかというと、自室の寝台で嘔吐し、その臭気にやられたヘクセも嘔吐し、キュッフェが憤怒した。メアの魔力の波動を伴う内職に日々いら立っていたキュッフェはそれを気に室内での【模写】行使を禁じ、メアの肩身が非常に狭くなった。原画を吐瀉物で汚さなかったことは唯一の救いだったが、複製画が一枚駄目になったのはそれなりに精神に来た。

 ともあれ、そうして青空市場への日々は飛ぶように過ぎていった。

 そして、青空市場まで残り三日となった日の夜、メアは自室の椅子で深いため息を吐いていた。

 どう計算しても、金額が予定額に届きそうになかった。基本契約分で二〇〇〇〇ルティ、追加契約分がこれから作成するものを含めても三四六枚一七三〇〇ルティ、その他で稼いだものが八一〇〇ルティ、締めて四五四〇〇ルティ。四六〇〇ルティほど足りない。

 この不足金額だと多少【複写】を頑張ったところでどうしようもない。小間使いで稼げる金額でもない。正直な話、手詰まりと言ってよい状況だった。

 ひらひらと複製画を揺らしながら物思いにふけるメア。そんなメアは寝るために視線を寝台に移したところで固まった。不機嫌そうな顔でキュッフェが睨んできていたからだ。

 メアは引きつった愛想笑いを浮かべて複製画をしまう。

「いやいや、【複写】はしてないよ。部屋の中ではしないから」

 しかし、キュッフェから出てきた言葉はメアの予想外のものだった。

「下僕、金に困っているらしいな」

「え? あ、うん」

「であれば、正式に俺の下僕になれ。そしたら給金をやろう」

「下僕に?」

 どういった風の吹きまわしだろうか、とメアは首を傾げる。どちらかというと嬉しい提案ではあるが、キュッフェからある種優しいとも言える言葉が出てくる理由がメアにはわからなかった。最近怒らせたばかりなのに、うますぎる話だ、と逆にメアの警戒を誘ったのだ。

 そんなメアに対していら立った素振りを隠さず、キュッフェは寝台から身を起こす。

「うるさいのだお前のため息は。ヘクセも前に言ってだろうが、不快だ」

「ごめん」

「その鳥がいつまでも俺の部屋に居座るのも腹が立つ。たただでさえ下賤な庶民と同じ部屋でげんなりしているといのに、鳥と同居だ? ここは鳥小屋ではないんだぞ?」

「はい。相談しなかったのは悪いと思っています」

「それに、上に立つものとして、ある程度の度量は見せておかねばな。強欲で浅ましい庶民には俺に奉仕するという栄誉が理解できないものもいる。端金でそうした無知蒙昧な者のを大人しくさせられというのなら安いものだ」

「はあ、そうですか」

 メアとしてはあまり口答えはしたくなかったが、一応確認。

「仕事の内容は?」

「朝夕の飯の時間になったら起こせ。部屋の掃除は俺の領域もやれ。週に一度は俺の布団を干してから登校し、下校したら俺が寝る前に取り込んでおけ。下僕のと纏めて良いから洗濯物一緒に出せ」

 とくに問題なかった。というよりは、全部既にやっている。

 無言を了承と受け取ったのか、のそのそと起き上がったキュッフェは自身の箪笥を漁り、中から巾着を取り出してメアに放り投げた。

「部屋が変わるまでの残り二月分の給料だ」

「う、うん。ってこんなに?」

 中には純鉄貨が十枚、二〇〇〇〇ルティも入っている。目標の金額に余裕で届く金額だ。

「端金だ」

「いや、こんなに受け取れないよ。大した仕事じゃないし、それに、やっぱり友人から金をもらうのはなんか」

 気分が良くない。メアは口にすることをためらったが、はっきりとそう思った。それはメアが思っていたことであり、レオゥから何度かあった申し出も断わっている。

 キュッフェは軽蔑するように見た。

「何が気に食わない? 施されているように感じるか? 恵まれているように感じるか? 言っておくがこれは下僕の労働の対価だ。ただでくれてやるわけじゃない」

「それは、わかってるけど」

「お前らはな、そもそも金というものを大きく見過ぎている。金なんてのは大したものではない。恐れるものでもない。ただ価値があるだけの金属だ。そんなものをやり取りしただけで恩だの毒だの信条だの心情だの本当に阿呆らしい」

 メアは黙り込んでしまった。金に不要に恐れを抱いている、というキュッフェの指摘にはメアも思うところがあったからだ。

 キュッフェはもう断らせる気はないのか、またもそもそとした動きで寝台に戻り、布団をかぶった。そして、布団越しのくぐもった声でメアに言う。

「多すぎるというならその分誠意をもって働け。くだらん感情でその鳥を見捨てるというなら好きにしろ」

 メアは手元の巾着と夜燕のいる籠とキュッフェに交互に目を遣り、決心して頷いた。

「了解、キュッフェ様。とりあえず残り二か月、よろしく」

「ふん」

「で、寝ようとしているところ悪いけど、今晩もそろそろ食堂が締まりそうなんだけど」

「……さすがに分かってる。今から行こうとしていたところだ。あときちんと敬語を使え」

 不機嫌そうに布団から顔を出したキュッフェに対し、メアは思わず苦笑した。

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