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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
四章 購う命
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055 空き地・訓練・昼食

 特に良い案が思いつくわけもなく、放課後、メアは学校の隅で汗を流していた。

 脚は左右に肩幅に開き、膝は僅かに曲げる。両手は掌を合わせた状態で頭上に伸ばし、その体勢で静止すること半刻。いくらそこまで厳しい姿勢ではないといっても、微かに背を丸めることさえ許されないため、長時間続けていると手足が悲鳴を上げ始める。

 メアは横で涼しい顔をして同じ姿勢を取っているクァトラの方へ視線だけ向けた。

「……先輩」

「なに?」

「これあとどれくらいですか?」

「もうちょっと」

「さっき聞いた時と答え変わってないんですけど」

「終わりが見えたら楽になっちゃうからね」

「楽になりたいです」

「だめ。ほら、また緩んでる。お腹に力入れて。そう」

 かたかたとメアの太ももが震え始める。じんわりとした熱がやがて痛みに変わり、ぎしぎしと骨が悲鳴を上げているように感じる。

 しかし、クァトラは表情を変えず、瞑想でもするかのように目を閉じていた。

「剣術はまず脚からだよ。次に体幹。それから腕。技だなんだはその後ね」

「それは、そうなのかもしれないですけど……!」

「もうちょっと頑張ろうねー」

 クァトラの声は優しい。声だけは。

 耐え切れず、気を紛らわすために会話を始めるメア。

「そういえば、先輩って何しにこの学校来てるんですか?」

「何しにって、学びにだけど」

「学ぶって言っても剣術ではないですよね。魔術もあまり興味なさそうですし、いったい何を?」

 まるで剣しか能がないと言われたようで、クァトラはややむっとした表情をする。しかし、他人からそう評価されてもおかしくないことはクァトラ自身も把握しているため、気を静めて口を開く。

「興味のある分野は世界学と商学。生命学も少し」

「へえ! 世界学ですか。史学寄りですか? それとも地学?」

「どっちかというと史学だけど、地学も興味ないわけじゃないよ。ほら、これらって相互に影響しあっているものじゃない? その国がどういう成り立ちかは地理環境に影響される要素が大きいし、やっぱりそこは切り離せないと思うのよね。国の成り立ち、その歴史。これを紐解いていくのが好きなのよね」

「じゃあ将来は追跡者になりたいんですか?」

「いや、それはあまり興味ないわ。過去視なんてできないしね。それよりも、民話や伝承、史書を読む方。人の手によって記録された人の営みの足跡を追っていきたい」

「現代史が対象なんですね。そっかー」

 メアがその言葉を咀嚼するように何度も目を瞬かせていると、はっと我に返ったようにクァトラが声を裏返した。

「あ、いや、別に学者になりたいってわけじゃないからね! そんな大それた話じゃなくて、少し興味があって学べる機会があるからちょうどいいやって入学しただけ! 跡継ぎは弟がいるし、好きにしていいってお母様も言ってくれたから!」

「そうなんですか」

 メアは首を傾げた。クァトラが恥ずかしがる理由がわからなかったからだ。メアは学者なんて大したものではないと思っている。学者なんて名乗ったらなれるものだという認識なのだ。

 しかし、そんなメアの視線に耐えられなかったのか、クァトラは頬を僅かに染めて矛先を逸らす。

「そういうメアは? 何しに?」

「俺ですか? 別にとくに目的もなく、強いて言うなら剣と魔術ですかね。でも世界学も創作学も商学も生命学も全部面白いです」

「そうなの? あ、じゃあメアが得意なことって何?」

「得意なこと……? 特にないと思います」

「いやいや、それはないと思うけど。この学校って結構審査厳しいらしいからさ、何かしら特技がない子は入学できないはずなんだけど。そうじゃないならおうちが裕福とか?」

「いや、別に。普通の貧乏宿屋です。この学校の話を盛ってきてくれた叔父さんは商人ですけど、普通の商人ですね。小さな個人商店の店主です」

「そう? まあ、そういうこともあるのかな?」

 腕にも限界がきて、肩が限界を伝えてきていた。来れ以上続けていれば筋肉が千切れる。メアがクァトラにそう鳴きつこうとすると、それを読んだかのようにクァトラが構えを解いた。

「はい、休憩。今日はここまでにしとこうか」

「ぐぅぅ……あ、ありがとうございました、先輩」

「頑張ってついてきてるの偉いよ、メア。これ水手の鍛錬だから。この調子でいけば、卒業までには、剣を持った鍛錬を始められるかな?」

「遠い、ですね」

 先の長さにメアは気が遠くなりそうだった。

 メアが膝から地面に倒れこんでいると、クァトラが水筒を差し出してくれた。それをありがたく受け取り、頭から浴びるようにして飲む。冷たい水が全身を冷やし、痛みを和らげてくれる。

 一方、じんわりと浮かんでいる程度の汗をクァトラが拭いていると、木々の隙間を通り抜けて一人の少女が現れた。腕が翼となっいる少女、リーメスだ。

「クァトラ! いま終わったとこ?」

「そうだけど」

「じゃあ丁度いいや、ご飯いこー。あ、メア君お疲れい! 今日も死にかけてるね! 元気!」

「どうも。リーメス先輩。生きてます」

「がははは! 偉い! メア君も来なさい。一緒に食べよ」

 ばしばしと背中を叩いてくるリーメスにメアは苦笑いを返し、何とか立ち上がる。筋肉が痙攣しているような気がするが、何とか歩けそうだった。

 三人は食堂に向かった。やや遅い時間だからか席は空いている。隅の方の一席を確保し、今日の献立を確認する。

 表面の硬い麺麭にひき肉と葉野菜を挟んであぶっている。

「珍しっ。手が込んでるね」

「食堂のおばちゃんの機嫌が良かったのかな。誰かの誕生日とか?」

「久々の麺麭だ……」

「メア君は西の方なんだっけ。だったらこういうの好きなんだよね」

「いつもの粥は口の中の触感が、こう、なんていうか、ねちゃねちゃするので、味は嫌いじゃないんですけど、麺麭の方が好きです」

「ふーん。メア、好き嫌いは駄目だからね」

「し、しませんよ。食べます。味はおいしいですし」

 南の方の主食である粥に文句を言ったからか、どこかむっとした様子のクァトラにメアは慌てて弁明した。もとより、好き嫌いはあまりなく、どちらかと言えばの話だ。こんなくだらないことで怒らせるのはメアの本意ではなかった。

 そのまま人の少ない食堂でしばらく食事をしていると、メアは急にクァトラに手を掴まれた。

「ど、どうかしましたか?」

「メア、お行儀悪いよ」

 クァトラの視線はメアの衣嚢に注がれている。ごまかすことはできないことを悟ったメアは衣嚢から麺麭くずを取り出した。

「……? 麺麭くず? なんでそんなものを?」

「えっと、夜燕に食べさせようかなって思いまして」

「夜燕? 使役しているの?」

「いやー、そういうわけではなくて」

「野良? だったら自分で食べ物くらい用意できるでしょ」

 首を傾げる二人に、メアはかくかくしかじかと昨日からの一連の話をする。

「とまあ、そういうわけで、跳べないので。しばらく面倒を見ようかなと思ってます」

「それは、困ったわね。大変よ、生命の面倒を見るのは」

「って言っても怪我してるんじゃねー。どうしたもんかね」

「ついでなんで聞きたいんですけど、先輩たちは何か良い稼ぎ口知ってませんか?」

 クァトラとリーメスは顔を見合わせ、揃って首を横に振った。

「んーん、あんまりそういうこと考えたことないや」

「そもそもこの学校でお金に困ったことがないかな」

「それはクァトラがお金持ちだからでは?」

「そこは否定しないけど、そんなにお金が必要になることがないし」

 言っていて思い出したのか、クァトラはぽんと手を叩いた。

「メアに貸したままになってる剣あるでしょう? 鋼鐵の剣。あれ売ってしまえば良いんじゃない?」

「えっいやそれは」

「元々、無茶な要求して剣をかけさせてしまったお詫びの品だし、売れるならメアの取り分にしていいよ。私が持っていても使わないし」

「クァトラ……」

 メアは呆れたように名前を呼ぶリーメスの方を見た。リーメスは頷いていた。メアは自身の感覚がおかしいのではなく、クァトラの感覚が浮世離れているのだということを確信した。

 念のため、小声でリーメスに確認する。

「鋼鐵剣って、うんと安い奴でも一〇〇〇〇〇〇ルティぐらいすると思うんですけど」

「その見積は間違ってないと思う」

「クァトラ先輩もその認識はあるんですよね?」

「それはあると思うんだけど、クァトラの部屋に似たような剣が十数本あるの見たことある」

「あれと同じようなのを?」

「もうちっと高級な奴も。棚の中にぎっしり」

 メアとリーメスは恐怖の籠った視線でクァトラの方を見た。クァトラは不思議そうに首を傾げている。

 少しだけ誘惑が鎌首をもたげたが、メアはそれを振り払って断った。

「それはやめときます」

「そう? だとすると、他には今すぐには思いつかないかなぁ」

 そう言って水を飲むクァトラの所作はメアにはどこか優雅に感じられた。圧倒的な金銭感覚の差を実感し、それに引きずられたのだ。

 有効そうな手立てはなしか、と落ち込むメアに追い打ちをかけるように、リーメスが嬉しくない情報を持ってくる。

「そういえば、さっき図書塔の図鑑か何かを魔術で写して、って話してたけど、それできないかも」

「えっ」

「図書塔の本、改竄や盗難防止のために色々と魔術がかかっててさ、他の魔術弾く可能性あるんだよね。メア君の古典魔術、【模写】だっけ。話を聞く感じ、原本に対して走査をかけてるとは思うんだよね。それを弾いちゃいそうな気がする」

「本当ですか。そうなんですか」

「試してみる? 今あるよ?」

 メアはその言葉に甘え、リーメスが持ち運んでいた本に【模写】を試した。すると、リーメスの言う通り、【模写】が発動した感覚はあるのに、もう一方の紙に内容を写すことができなかった。

 それはつまりは別の方法を考えなければならないということ。メアはがっくりと肩を落とした。

 その後、二人と別れて寮に戻り、水浴びの前に窓際に置いた籠の中に麺麭くずを入れる。中にいる夜燕は大人しいが、しかし、心を許してくれているわけでもないようで、かけられた布の隙間から顔を出すこともしない。

「毒は入ってないよ」

 返事はない。

 だが、別にそれでもメアは良かった。昨晩と同様ならば、起きた頃には麺麭くずはなくなっているのだから。

 結局、どこまでいっても自己満足ということを、メアは自覚していた。

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