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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
四章 購う命
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052 学校・秋・生命学基礎

 夏も過ぎ去り、早朝になると掛け布団が必要になってくる季節となった。朝起きた瞬間に衣服がじっとりと張り付いている不快感もなく、腹に乗った布団もほどよい暖かさ。爽やかな目覚め。四人を鮨詰めにされる。過ごしやすい。

 メアがほのかで快適な冷気を楽しみつつまどろんでいると、横から声がかかった。

「メアー、飯行こうぜ」

 声の主はヴァーウォーカだ。うっすらと目を開けるとヘクセも起きていて、一緒に行く気のようだ。

「……ちょっと待って。あとちょっと」

「そう言って遅刻寸前まで寝てるつもりだろ。さっさと起きなよ」

「最近メア朝遅いよな。夏の頃はめちゃくちゃ早起きだったのに。疲れてる?」

「疲れてる、というか、うんまあ。そうだね。体、重い」

「どうせ剣の師匠のせいだろ。学業に差し支えるようじゃ本末転倒なのに、ったく」

「クァトラ先輩ね。やっぱきついんだ」

「やっぱって、何。いやまあ、きついけど。指導が厳しいというか、それが当たり前だよねって顔して凄い量の鍛錬させようとするんだよ。本人としては厳しくしてるつもりはないらしくて、あれ? って顔される。体力、きつい。先輩が見てくれる鍛錬は毎日じゃないけど、翌日は、こうなる」

「えい」

「ぐわっ」

 ヴァーウォーカに背中を揉まれ、メアは痛みのあまり悲鳴を上げた。単なる筋肉痛を超えた痛みがメアの脳を揺さぶる。

「ちょっ、本当やめて、いっ、痛みの反射で動くことによる痛みが……」

「痛みの循環。今ならメアを簡単に廃人にできる?」

「恐ろしいこと言わないで。ちょっと待って、すぐ起きるから」

「まだ待てって? 僕はお腹すいてるんだけど?」

「なら、先に行っててもいいよ」

「はあ? 何言ってるの? いいからさっさと置きなよ。いい加減にしないと」

 なぜか声を荒らげるヘクセの口がぱくぱくと空気を扇ぐ。

「いい加減にしないと? どうなると? ほお? 俺も知りたいな? 確かに、加減も気遣いも知らん馬鹿どもには思い知らせてやらないといけないからな?」

 メアの下の段の寝台から怒りに満ちた声が響いてきた。ヘクセとヴァーウォーカが口の端を引きつらせながら視線を落とすと、射殺さんばかり二人を睨みつけるキュッフェと目が合った。

 ヴァーウォーカが笑顔を引きつらせながら、自身の身を守る様に両手を前に出す。

「まあまあ落ち着けキュッフェ様。落ち着いてはな」

「その臭い口を塞げ」

「はい」

「さっさと失せろ」

「はい」

「下僕、お前もだ」

「えっ、いや俺は静かにしてたしもうちょっと」

「行け」

「……はい」

 なぜここまで高圧的に出られなければいけないのか。偉そうなのか。そして、なぜ従ってしまうのか。様々な疑問が頭を浮かびながらも、メアたちはその威圧に負け部屋を出た。

 黙々と進む三人。

「ん?」

 メアが唐突に立ち止まった。

「どした?」

「早く歩きなよ。僕はお腹がすいているんだ」

「いや、今何か。音しなかった?」

「しなかったと思うけど」

「なんか視界の隅を横切って、こん、って音が」

「してない。いいからさっさと行こう」

 二人に否定されても尚気にしている様子のメアだったが、周囲を見回しても異常はない。結局、メアは首を傾げながら食堂に向かったのだった。




 フェーブサが紙束をどさりと教卓に置き、生命学基礎の授業の開始を宣言した。

「はい、今日から数回は君たちの大好きな指定種の授業」

「いえーい」

 フェーブサは盛り上げるように両手を振る。しかし、歓声を上げたのは一人の女生徒、エオミのみだった。

「あれ? 皆あがらんの?」

「べ、別に」

「でも六凶(クヤバビェ)とか七禍(ラーフ)の話も出るんよ?」

「そんなん興味ねーし」

「業竜の話とかも絶対にでてくるんよ?」

「ふん、竜なんかで興奮するかよ。餓鬼じゃねーんだから」

 近場の男子から賛同を得られなかったエオミは残念そうに席に座ったが、大体の男子生徒の心の中は一致していた。齢十四の男子。同い年の女子の前で竜なんかではしゃぐのはださい。しかし。

(うわー、楽しみだな。体系的に学ぶのは初めてなんだよね、指定種の話)

 メアは興奮に炭筆をくるくると回し、にやにやと笑みを浮かべているフェーブサの次の言葉を待った。

 フェーブサは紙束を一枚ずつ教板に張り付けつつ、幽霊のようにか細い声を教室に響かせる。

「指定種表。まあ皆知ってるよね。危険生物生態研究所と冒険者組合が共同で研究し、世間に広く公開している表のことです。毎年更新されてるし、街中の掲示板に張られているところも多いから、一度は見たことがあると思うけど。はい、ア君」

「ひょえ! なんでござるか」

「これにどういった生命が載せられているか言えるかな?」

「めっちゃ危ない生命?」

「んー、まあそうだね。一部は正解です」

 胸を撫でおろすフッサを気にも留めず、フェーブサは朗々と語る。

「危険な生命。危険と言っても色々と種類があるけど。攻撃すると危険だったり、はたまた放置しておくと危険だったり。関わるだけで危険な生命もいるわけで。それらにどう対応するべきかという視点で分類し、その危険度ごとに等級分けしたもの。それがこの指定種表です。分類は七、等級は三~特の四等級です。分類を、エオミさん。挙げられるかな」

「はい! えーっとね、人間との敵対種族である外敵指定、駆除すべき殲滅指定、耐えるべき災害指定、関わっては駄目な回避指定、仲良くすべき友好指定、できれば捕まえたい捕獲指定。そして、その、人間として扱わなくて良いという非人指定、です」

「はい、拍手。その通りです。基本的には、非人指定以外は種族単位です。種族単位で非人指定となっている亜人間の種族もいるけど、そちらは史学か商学の授業で触れられると思うから一旦置いておくね。まあ、とりあえず、この七分類があることを覚えておいてください。そして、この七分類の中で最も特別だと等級付けされているもの、これらを特殊な名称で呼ぶ。例えば、七の特級災害指定種を七禍、六の特級外敵指定種を六凶、とね」

 教室のあちこちで小声で囁く声が聞こえる。隣り合った男子生徒同士が目を輝かせて何やら語っているのだ。メアも興奮のままに左隣のレオゥに目を遣ったが、無表情で黙々と筆写しているレオゥを見て恥ずかしくなり、前を向きなおした。

「とりあえず、非人指定以外は全部覚えてもらうよ。この表全部です。はい、文句言わない。君らの命を守るうえで重要なんだから。君らの住んでいる地域にいない生命だろうと、覚えておくことは重要だよ。例えば、二級殲滅指定種、三日草が旅人の荷物に紛れて運ばれてきたとして。そして、それが田んぼに生えてしまっていたとして。それを発見した人が三日草のことを知らず、放置してもよい無害な雑草だと判断したらどうなると思う? 三日後にはその田が、その三日後にはその区画の田が、そのさらに三日後にはその地域の田が、すべて三日草しか生えなくなってしまいます。飢饉でその地域の人を数百人殺すような害を、気づいたその日に君らが一本摘んでおけば防げたの。そんな、もしも、で後悔するのは嫌でしょ」

 想像し、ぞっとした生徒は多かったようだ。戦闘系ではなく生産系の学問に興味を持つ生徒も深く納得したように何度も頷いている。

「この表は暗記項目として試験に出します。難しい場合は今から言う順序で覚えてね。一に殲滅指定、二に友好指定、三に回避指定です。その他は同列かな。とりあえず回避指定まで覚えていれば、この項目に関しては星を与えます。それだけ重要だということです。何か質問はある人ー」

「はい、先生」

「なにかなユンジュくん」

「特級だけ覚えちゃ駄目ですか」

「駄目ー。特級なんてほぼ関わりがないので意味ないよ。どっちかというと三級から順に覚えていってね。楽はさせないよ。他には?」

「はい」

「どうぞ、ヒークくん」

「正式名称と俗称、どっちで覚えればいいんですか? 例えば、特級友好指定種の業竜、どちらかというと赤爪という俗称の方が広く知れ渡っていると思います。であれば、赤爪という形で覚える方が良いのでは?」

「そうだね、可能であれば両方憶えてほしいんだけど。まあ、どちらか覚えていれば良いです。俗称ついてるのは特級ばかりだし、どちらにしても両方憶えるでしょうし。試験の回答であればどちらでも可、という形にしようかな。はい、次」

「はいはいはーい」

「なんでしょうか、ザイカくん」

「特級非人指定、亡理の魔女なんですけど、彼女は死亡説が出ています。なんでまだこの表に載っているんですか?」

 フェーブサは自身の顎を撫でる手をぴたりと止めた。その表情には葛藤が現れている。話をするべきではあるが、話が逸れる。そんな迷いの表情だ。

 だが、結局は指定種というくくりでは関係ある。そう結論づけ、フェーブサは口を開いた。

「彼女はねー、そうだね。十年ほど前に死亡説が出ています。だけど、あくまでそれは説なんだよね。えっと、念のために訊くけど、君らは魔女に関しては知ってるよね」

 ほぼ全員が一斉に頷いた。頷いていないのはテュヒカだけだった。

「じゃ、前提は置いておいて。十年前のある時点で魔女の活動がぴったりと収まり、世界中の国での被害が報告されなくなった。また、それに関して調査したところ、一人の人物が言葉少なく語った。魔女は自分が斬った、と。この二つの事柄から、亡理の魔女死亡説が発生しました。ここまでは君らも知ってるよね。では、なぜいまだに指定種表に載っているのか。なぜ死亡説なのか。それは、二つの理由が挙げられます。まず、一つ目。魔女は不老不死であると考えられれてるから。魔女に関しては最低でも千年、もしかするともっと前からずっと生き続けていることがあらゆる国の被害記録に残ってる。同時に処刑や討伐の記録も無数に残っている。でも、魔女が生存していた記録は直近まで残っている。要するに、魔女は不死性を持っていると疑われてるわけ。そう考えられているがため、一度殺した程度では気軽には表から消せないんだよね。また、もう一つの理由は単純で、彼、救世の魔法使いは魔女を斬ったとは言っていますが殺したとは言っていないの。詳細は不明だけど、危険生命生態研究所の人が彼を独国ウェティメー認定していないことも、それを裏付ける証拠だね。つまり、魔女は殺されていないし、たとえ殺されていても生き返る。だから、魔女が表から消されていない。少なくとも僕はそう考えてるよ。どうかな?」

「うーん、本当に不死なんですかね」

「さて。僕としてはなんとも。そもそも非人指定はこの授業の範囲外です。覚えなくていいよ」

「そういえば、先生! 救世の魔法使いってこの学校の卒業生なんですよね! 先生は授業で教えたことありますか?」

「ある。けど授業に関係ないので語りません」

「え、じゃあ舞病智国は? 赤爪槍国は!?」

「彼らは僕より年上。教えてるわけないでしょ。まあ、レ……舞病智国とは在学時期が被ってたけど」

「えっ!」

「うっそ!」

「きゃー!」

 教室中から尊敬と好奇の視線が向けられる中、メアも一人興奮していた。偉人と直接的なつながりのある人物が目の前にいる。メアはうきうきとレオゥに話を振った。

「すごくない? レオゥ知ってた?」

「知ってた」

「あっそうかレオゥのお母さんここの卒業生だったもんね! あれ、もしかしてそこら辺の人と会ってたり?」

「するらしい。クロミヤさん、救世の魔法使いのことはたまに愚痴ってた。むかつく後輩だってさ」

「ひえー。むかつく後輩呼ばわりできるなんて、すごい」

「あっ、人柄じゃなくてな。彼女持ちなのが鼻についてたらしくて、いや、ただの僻みなんだけどな。母さん、父さんと出会うまでそういった話と縁がなくて、うん。そんな感じ。話聞く感じ良い人だったっぽいよ」

「おぉ……貴重な体験談だ……」

 ざわめき止まらず、あちこちで雑談が発生する。フェーブサが静かにするように声を掛けるが効果はない。予想していた授業する空気の崩壊に、フェーブサは大きくため息を吐いた。

 そんな中、すっと控えめに手を挙げたのはファンだ。

「先生、独国? ってなんですか?」

 途端に、別方向で教室がざわつく。

「知らないのファン!?」

「そういった事はあまり興味なくて。話を聞く感じ、戦士への称号? でしょうか?」

「あー、はい。そうだね。少し話が逸れるけど、授業とまったく関係ないわけではないからそちらも補足を。はい、静かに」

 ややあって静まった教室内でフェーブサは空咳をする。

「これらの特級指定種。これらを退けることは非常に困難であり、ほぼ国家規模の事業となります。例えば、ここホルユハ大陸とスセヨ大陸の航路の障害である、六凶【身無】。何回もティウヤム国主導で討伐体が組まれてるけど、ここ二〇年で一度も成功してない。特級、というのはそれだけ対処が難しいということを示す一例だね。だけど、この世にはこの特級に単独で対処した人間がいます。そんな偉業を成し遂げた人間を独りにして国、独国と呼びます」

「独りにして国、ですか」

「はい。まあ名誉国王的な扱いを受ける偉人だとでも思っていてもらえれば。独国の認定は危険生命生態研究所が行い、認定された人は国と同等の扱いを受ける。また、その際に国名が授与される。業竜と槍一本で友誼を築いた者、赤爪槍国。舞病をその智慧で防疫した者、舞病智国。この二人はこの学校の卒業生だったりする。独国は世界に一〇国在ります。まあ、そんな感じかな」

 いずれもメアは知っていたことだったが、改めて他人から聞くと中々衝撃的なことだった。

「うん、話が逸れたね。思い出して。今は、生命学基礎の授業中。話を戻して、三級から順に特徴を説明していくよ。長い授業になるから、途中で寝ないでね」

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>ここホルユハ大陸とスセヨ大陸の航路の障害である、六凶【身無】。 メアが遅れた理由だっけ?
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