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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
三章 雷の如く
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051 学校・呪い・先輩

 メアがクァトラに担がれて格技館を出ると、見張りをしていた剣士會の生徒は敷物となり、ウォベマに座られていた。どちらも無傷なあたり、ウォベマに不意打ちされたのではないかとメアは予想する。

 横で伸びてる生徒の頬を突いていたディベはクァトラを見ると笑顔で話しかけてきた。

「やっほ、クァトラちゃん。どう? おわった?」

「ディベちゃん、見てたなら先生呼んでくれたらよかったのに」

「いや、クァトラちゃんなら必要ないかなって。あとうちの後輩が迷惑かけてごめんね。引き取ろうか?」

「ううん、大丈夫。ちょっとメア君このまま借りてくね」

「お手柔らかにねー」

 言いたいことは色々とあったが、あの二人を問い質している体力はメアにはなかった。そのため、メアはそのままクァトラに運ばれていく。

 また叱られるのだろうか、と少しだけ憂鬱な気分になりつつも、メアはクァトラ。

「クァトラ先輩、やっぱり意味わからないくらい強いじゃないですか」

「まあそこそこね。剣の腕は自信はあるよ」

「そこそこって、あの、ナッゼ先生とかキケ先生より強そうなんですけど」

「剣で言えばね」

「そこ、否定しないんですね」

「まあこう見えて私はうちの流派の最高位取ってるから。あんまり謙遜し過ぎるのもね」

 自身に溢れた口ぶりだ。だが、それも当然だとメアは思った。

 メアは今まで色々な戦士――剣士だったり、冒険者だったり、憲兵だったり――に少なくとも一〇〇人は出会ってきたが、その中でもクァトラは一番だった。どちらが強いか、などと比べられる者すらいない。メアより一つ上だとしたら、まだ十五。その中で、歴戦の戦士を軽々と飛び越して圧倒的な一番に君臨するクァトラに尊敬を通り越して畏敬を抱いた。

 だが、とするとまたメアの疑問が浮かんでくる。

「そんなに強くて、なんで」

「なんでだろうね」

 悪びれた様子もなく、本心から不思議そうにクァトラは頷いた。

「よくわからないんだよね。なぜか、剣を握ろうとすると手が止まっちゃって。うまく呼吸ができなくなっちゃって。一人でいるときとかは平気だったんだけど、大勢に見られてると手の震えが止まらなくて。目の前にいるのは同年代の男の子だってのは分かってるんだけど、多分私より強くないってのも分かってるんだけど……なんでだろうね」

 メアは顔を挙げている気力も尽きて、クァトラの肩に頭を預ける。自分の血が肩口にべっとりとついてしまっているが、それをどうこうする体力もない。非常にみっともない格好だが、相手が相手のため気にしないことにした。

 誰かに背負われるのは、五年ぶりくらいかもしれない。メアはなんとなく懐かしい気分になりながら、ぼんやりと思考を巡らせる。

「それは呪いかもしれません」

「呪い?」

「はい。大きな怪我をした後、怪我が治ってからも腕が動かなくなる呪いがあるそうです。なんだっけ……たしか、諠愈の呪いとかいった気がします。クユルシの英雄、が罹っていた呪いです。他には、瞹釁の呪いとか。なんでもない切っ掛けから、特定の条件下で特定の動作のみが満足に行えなくなる呪い。デクロモ冒険記で、小さな虫かごの国で、デクロモに親切にしてくれたおじいさんが罹ってて。あとは兌袋の呪い。怖くないはずのものが酷く恐ろしく感じる呪いで、打ち勝つにはそれに立ち向かうしかないとか。近所のおじさんが酒が怖いって言いながらずっとお酒を飲んでて」

「いや最後のは違うでしょ」

「やっぱり違いますか?」

「違うと思う」

「俺も怪しいとは思ってたんですよね。怖い怖い言いながら嬉しそうに酒飲んでたんで」

「酒飲みの言葉は一切信じちゃ駄目だよ。九割嘘だから」

「はい」

 二人はなんだか無性におかしくなって声を押し殺して笑った。

 一しきり笑うと、クァトラはふうとため息を吐いた。それがやけに色っぽく、メアは思わず呼吸が止まりそうになった。

 そうしてメアがクァトラに背負われたまま運ばれていると、向かいからアウェアとボワが歩いてきた。

「お、メア、どこに行ったかと思えば……誰?」

 そう言ってボワは手をぶんぶんと振る。右手に誰かの右腕を握っているので、切断面である肩の部分から血が飛び散った。逆の手を見ると、右腕のないギャシーレの襟首を掴んで引きずっている。

「む、その容貌。もしかして、【殲雷】殿でしょうか?」

 そう言うアウェアはそれぞれの手で一本ずつ足首を掴んでおり、メアが伸したルバスと剣士會の二年生を引きずっている。方向から考えるに、これから調停委員の居室に運ぶところのようだった。

 メアは思い出し、二人の様子を確認する。ボワはほぼ無傷。首元を浅く斬ったのか襟首を血で汚しているが、もう血も止まっているらしい。アウェアは右足を引きずっているが、歩くことはできているようだ。腿を縛る布に血が滲んでいるが、他にはけがはなさそうに見える。

「ああ、よかった。二人とも、ありがと。助けてくれて」

「いやいや、礼を言いたいのはこっちだね。久しぶりに楽しかったー。いやー、三年生って皆こんなに強いんかね? だとしたら、あー、武道大会楽しみー」

「礼はいい。調停委員の務めだ。そちらの先輩も、どこでその少年を拾ったのかはわかりませんが、ありがとうございます。メアは私たちの同窓のため、引き取りましょうか?」

 クァトラは引きずられている生徒に視線を走らせ、大体の事情を察した。剣、メアが格技館に来た時点で怪我をしていた理由、その他もろもろ。クァトラは肩に乗ったメアの横顔に一瞬だけ目を遣ると、アウェアに向かってほほ笑んだ。

「いや、大丈夫。私たちはこれから医療室行くけど、そちらは?」

「先に尋問ですかね。一応最低限の応急処置はしたので死にはしないはずです。ああ、申し遅れました。私はアウェア。調停委員を努めています。この引きずっているのは、簡潔に説明すると、決闘もどきを勝手にやっていた馬鹿ども、ですかね?」

「アウェアー、さっさと運ぼうぜ。メアならそっちの人に任せときゃいいじゃん」

「わかったわかった。では、先輩、メアのことよろしくお願いします。メア、また明日な」

「じゃあねー」

 メアは力なく手を振り、アウェアとボワは去っていった。

 クァトラは歩き出すと、また楽しそうに笑った。メアはどうしたのか目で問うが、クァトラは楽しそうに鼻歌を歌いながら歩く。

「話は戻るけど、呪いってどうやったら治るのかな」

「陰属性魔術での治療が一番手っ取り早いらしいです。ただ、信頼できる陰属性魔術師を探すのが手間だし、必ずしも施術で治るわけでもないし、大金もかかるしで、自然に治ることを待つことも多いとか」

「自然に治るの?」

「治ることもあるらしいです。呪いの種類にもよるらしいですけど」

「そっか。じゃあしばらくは放置でいいかな。彼らも当分は襲ってこないだろうし」

「というより、先輩はもう治ったんじゃないんですか? さっき動けてたじゃないですか」

「治ったのかな」

 そう言いながらクァトラは剣に手を遣った。問題なく柄を握れている。

「だとしたらメア君のおかげだね」

「俺なにもしてないですよ」

「ふーん、そう?」

 メアとしてはクァトラの呪いに効くようなことは何もしてないつもりだった。なにせ、そもそも呪いに罹っていることすら知らなかったのだ。クァトラのかかっている呪いに適切に対処できているとはかけらも思っていなかった。

 しかし、クァトラはメアの言葉を肯定も否定もせず、もの言いたげな疑問符を残しただけだった。

「じゃあお礼はいっか。弟子にしてあげようかと思ったんだけどな」

「えっ、いや、それは、でも、まだ石斬れてないし、何もしてないし、うう」

 メアはクァトラの背中で煩悶した。願ってもない申し出ではあったが、それを受け入れる合理的な理由がない。誘惑と自律の合間で頭を抱えそうになるメアにクァトラは本当に愉快そうに笑った。

 その笑みは妖しいと形容するのがぴったりで、メアは言葉を失った。なぜか顔が熱くなった。弟子入りだなんて冗談だよ、だとか、一緒に剣を振れたら楽しそうなのに、だとか、そんな相反する声が聞こえてきそうな、神秘的な若草色の目。

「弟子入りはなしだとして」

「う、はい。それは諦めます」

「でも、個人的に剣を教えてあげるくらいならいいかな。弟子にすることはできないけどね」

「本当ですか!」

 あまりの驚きに体を起こし、肩の傷に顔を引きつらせるメア。また力を抜いて背中にもたれ掛ってくるの感じ、クァトラは苦笑した。

「あ、でも一般的で基本的なことは教えてあげられるけど、流派の技術は教えてあげられないから、勝手に見て盗んでね。あくまで、私は体がなまらない程度に体を動かすだけ。メア君はそれを見てるだけ。そういうことでよろしく」

「はい! 師匠!」

「師匠じゃないから。そう呼ぶのは止めて。そうね、うーん、先生ってのもくすぐったいし、先輩。先輩って呼んで。今までとかわらないけど」

「はい、先輩! よろしくお願いします」

 メアは元気よく返事をした。

 直後にレオゥと一緒に医療の先生が到着したため、メアを降ろし、クァトラはそそくさとその場を後にした。メアはその背に深々と礼をし、決意を新たにした。



 ――火竜の尻尾に仔犬の群れが噛みついた。

 剣士會の乱心。剣士會が身の程を知らずに【殲雷】に喧嘩を売り、完膚なきまでに返り討ちに遭った。今回の件は、内実を知るメアとクァトラ以外にはそう扱われ、学校から剣士會への処分も比較的軽かった。メアとクァトラもそれに異論を唱えなかったため、処分は団体補助費返納と首謀者への謹慎処分で済まされた。

 メアが巻き込まれたことに関してはクァトラも学校側に訴えようともしたが、その話を詰めていくとメアが無許可の決闘を受けたということもばれるから、とメアが口止めをした。結果、メアとルバスたちの簡易決闘は、剣士會が生意気な後輩に焼きを入れようとした、という形でまとまった。

 聴取の際のメアとルバスの連携は見事だった。

「剣士會の人たちは酷いんです! 俺が少しその品性を馬鹿にしただけなのに寄ってたかって焼き入れてやるって!」

 普段のメアの様子とは異なる芝居がかった仕草。そして、ルバスへの目配せ。

 簡易決闘の話になればメアにも被害がある。お前らが一方的に悪者になってくれるなら、お前らの助命を歎願してやらないこともない。三人がかりの簡易決闘なんて話になったら、お前らの心象だってかなり悪くなるだろう?

 その意図をルバスは秒速で理解する。そして、立ち上がって子供っぽく叫ぶ。

「だってこいつ俺たちのことを剣だけ知らない馬鹿だって! 酷くないですか! 先輩のことも侮辱したんですよ?」

「はああ? してないし! 適当言うな!」

「言っただろ! 馬ー鹿! 嘘つき!」

「やめろ馬鹿ども! 暴れるな!」

 メアの目論見は通り、メアとルバスたちの件はクァトラとは無関係として処理された。後からレオゥには文句を言われたが、自身に大きな処分が下ることもなかったため、メアは満足していた。ただし、真実を見抜いたアウェアにはメアも少しだけ怒られた。

 かくして、今回の件は表面上は穏やかに解決となったのだった。

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