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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
三章 雷の如く
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049 格技館・剣士會・意地

 左肩からの出血が酷い。いくら動脈は傷ついていなさそうだといっても、そもそもの傷が大きい。血が流れ過ぎている。メアは少しでも出血を抑えるために肩口で袖を縛りながら走る。

 が、レオゥと別れ、更に十歩ほど進んだところで視界が眩んだ。

 足から力が抜け、メアは気にもたれ掛る。それでも耐えられず、膝をつく。視界に砂がまぶされたように目が見えなくなり、目の奥を引っ張るような頭痛が襲い掛かってきた。

「っつぅ……」

 無理をしたからか。血を流し過ぎたからか。おそらく両方だ。顔を伏せて尚ぎらぎらと照り付けてくる太陽が鬱陶しい。

 このまま少し休む方が良いかもしれない。メアの脳の冷静な部分が語り掛けてくる。そして、それはおそらく事実だ。レオゥに先生を呼びに行ってもらった時点でメアの目的の大部分は達成されている。このままメアが格技館に向かってもできることはほぼない。

 メアはうずくまり、顔を伏せた。頭痛がどんどんと強くなる。メアが【爛血】を使用したのはこれで三回目。初回の使用時は軽い筋肉痛だけで済んだが、前回の使用時は翌日まで寝込んだ。おまけに副作用もあった。今回は、もっと酷いことが容易に想像できる。そんな予想もメアの心を折ろうとしてくる。

(少しだけ、深呼吸を、十回する間だけ。いや、もう少しだけ、このめまいが止まったら)

「じゃ、ないだろ……!」

 メアは膝に手をあて、なんとか体を起こす。

 しかし、気力はあっても体力はなかった。メアの腕はメアの体を支えきれず、ぐらりと揺らぐ。

 メアの体がそのまま地面に叩きつけられなかったのは、横から飛び出してきた人物がメアの体を支えたからだ。

「……テュヒカ?」

 メアの体を支えたのは、長い白髪を持つ小柄な少女。テュヒカだった。

 テュヒカは相変わらずの無言で、メアの方をちらりとも見ずにメアを担ごうとする。もちろん、鍛えてもいない非力なテュヒカではメアの体を持ち上げることはできなかったが、メアが立ちあがるだけの支えにはなった。肩を貸すような形でどこかへと歩き出そうとするテュヒカに対し、メアは格技館の方を指さした。

「違う違う、あっち。……というか、どうしたの、テュヒカ。肩貸してくれるのは、嬉しいけど」

 テュヒカはじろりとメアの方を睨んだ。まるで、メアのことを非難しているような目だ。

「格技館に用事があるんだ。え? なに? ああ、怪我?」

 肩を指さされ、メアは肩を動かしてみせる。痛いことは痛いが、動けないほどではない。大丈夫、とテュヒカに示して見せたつもりだった。

 それが通じたのか、テュヒカも進路を格技館に変更する。相変わらずの無言だが、意図はちゃんと通じている。

「そういや、なんでここにいるの? こっち何もないでしょ」

 テュヒカはまた不機嫌そうにメアを睨んだ。そして、メアの顔を指さす。

「俺? 俺がどうかした?」

 テュヒカは不満そうにそれ以上は何もしなかった。ただ、黙々と歩く。

 メアはため息を吐いた。

「相変わらず、無口だね。しゃべれないわけじゃないんでしょ。声出せるんだし」

「言葉は、力を持つから」

 メアは周囲を見回した。しかし、自分たちの他に人間はいなかった。つまり、今の言葉はテュヒカのものだ。

 動揺するメアの方を見向きもせず、テュヒカは静かな声で続ける。

「本当に大事なこと以外しゃべらないって、誓ってるの」

「え……あ、うん。そっか」

 テュヒカの声は掠れていた。普段喋らないからだろうか。あまりに使わないから退化しかけているのかもしれない。メアはそんな感想を抱きつつ、その言葉の意味を頭の中で転がす。

「大事なことだけ、ってことか。それ、いま喋っちゃってよかったの?」

 相変わらず不機嫌そうに睨みつけてくるテュヒカ。何かまずい対応をしたのか、とメアは頭をひねる。

「あー、今の、大事なこと? だったってことか。言葉は力を持つってことが、大事? いや……それを、俺に伝えることが?」

 テュヒカは我が意をを得たりとばかりにこくこくと何度も頷いた。

「言葉は力を持つ、ね。なんか、どっかで聞いたような。思い出せない、けど。そっか。わかる、なんとなく」

 テュヒカのメアを見る目つきが変わっていた。先ほどまでの不機嫌なものではなく、どこか明るいものに。メアはそれを、期待の視線と判断した。

 歩きながらメアは頭を捻る。同年代の女の子との対話には多少は慣れてきたが、テュヒカとの対話はまた別格に難しい。言葉で会話ができてないのに、目で会話をしなければならないのだから。

 しかし、今回ばかりはメアも理解した。言葉にしろと言われているのだ。メアの覚悟を。

「俺は」

 クァトラ先輩を助けたい? そう言葉にしようとして、メアは異なることに気づいた。あまりに大それて的外れな願望だ。クァトラがどうにもできない状況をメアごとに何かができるわけもないことはメアも理解している。では、何をしようとしているのか。なぜ格技館に向かっているのか。

 言葉にしようとして、メアは初めて理解した。

「クァトラ先輩が傷つくのが嫌だ」

 言葉にしてみると、それは非常に単純な話だ。

「クァトラ先輩は、いい人だと思う。それに、強くてかっこいい。そんな人が、優しさのせいで傷つくのは気に食わない。だから、邪魔しに行く」

 その言葉を聞いて、テュヒカは優しく微笑んだ。

 気づけば、メアの体は軽くなっていた。ほんの少しでも肩を借りて休めたのが良かったのか、はたまた別の理由か。ともあれ、メアはテュヒカから体を離した。

「ありがと、テュヒカ。助かった」

 それだけ言うとメアは格技館に向かって走り出した。テュヒカはとくに追うこともせず、ふん、と鼻息荒く腕を組んだ。

 思考も鮮明になっている。呼吸も楽だ。これが言葉の力なのだろうか、とメアはぼんやりと考えつつ走る。

 アウェアとボワは大丈夫だろうか。そんな思考が一瞬だけ過るが、メアはすぐに頭を振った。メアが見た限り、アウェアとボワは二人がかりでやや優勢。少なくとも簡単に負けはしない。それより、考えるべきはメアがこれからどうするかだ。

(入り口、見張りいるよね。というか他の団体はどうしてるんだろうか。格技館を使ってるのって剣士會だけじゃないよね)

 校庭で響く元気な掛け声を聞きながら走るメアは、格技館の見える位置にまで来て木の陰で立ち止まった。

 入り口には予想通り見張りが二人。腰に剣を佩いていることから剣士會の団員であることは間違いないだろう。実力のほどは分からないが、立ち振る舞いは堂々としている。少なくとも、素の状態のメアよりは剣の腕が立つのだろうことは予想できた。

 どうする、とメアが腰の剣に手をかけて槓子していると、背後から声を掛けられた。

「何してるんだメア」

「あれ? メアじゃーん」

 慌てて振り返ると、ウォベマとディベが立っていた。

「あ、いえ、その」

「どうした? 格技館には今近づかない方が良いぞ。剣士會がなんかやるらしい」

「ってかメア怪我してるじゃん。どしたん? 喧嘩?」

「えっと……先輩がたこそここで何を?」

「下々の争いを肴に酒でも飲もうかと思ってな」

「喧嘩と祭りは学生の華!」

 凄まじい野次馬根性にメアは呆れを隠せなかった。

 だが、これは好機だとメアは判断する。ディベならば後輩の頼みある程度聞いてくれるという信頼がある。素直にわけを話せば力を貸してくれるだろう。ウォベマも唯我独尊っぷりは一級品。適切に煽れば力を貸してくれるに違いない。

 そうと決まれば、とメアは即座に口を開く。

「ウォベマ先輩、ディベ先輩、俺あの中に入りたいんです」

「ほう。野次馬か」

「というか、その怪我と関係ある感じ?」

「はい。詳しくは時間がないので後にしたいんですけど」

 言葉を重ねようとしたメアに対し、ウォベマはやれやれと首を振る。

「無粋だな。野次馬に理由は要らない」

「いや、野次馬じゃなくて」

「行ってこい」

「え?」

 次の瞬間、メアの体はふわりと浮き、高い弧を描いて吹き飛んでいた。気属性風魔術。それをしたのがウォベマだとメアが理解したときには、メアの体は格技館の二階の空いてる窓から屋内に突入する直前だった。

 メアは窓枠に体を打たないように手足を曲げ、中の方へ視線を向ける。

 中にいるのは一六人。真ん中に立つ一人の少女とそれを囲うようにして立つ一五人の少年。メアは手足を曲げ伸ばしして姿勢を制御するが、落下の軌道自体は変えられそうにない。メアの目測が正しければ、メアが降り立つのはその輪の真ん中だ。

 そして、その予想は的中する。手足全部を使って着地するが、そこは中央に立つクァトラの真横。入り口からは遠く、障害となる人垣は切れ目がない。

(ウォベマ先輩の阿呆! 俺は無事に逃げれたって先輩に姿見せれたらそれでよかったのに! これじゃ逃げられな――)

 メアは周囲を見回し、絶句した。何かに耐えるように俯いたまま佇むクァトラの目尻に涙の痕があったからだ。

 首の後ろの毛が逆立つような感覚が、メアを包む。

「てめえら――!」

 メアの咆哮は側面から襲ってきた刃に遮られる。それを視界の隅に収めていたメアは咄嗟に受け止めるが、踏ん張りきれずに吹きとばされた。

 メアが壁に叩きつけられたのを眺めながら、剣士會の団長が不機嫌そうにつぶやく。

「なんだこいつ」

 それに答えるのは、今まさにメアに剣を振るった別の少年だ。

「あーっと、多分、あれですね。殲雷の弟子ですね。金髪銀眼。見た目の特徴一致してます」

「へえ。ギャシーレ含めて三人片づけたってのか? ほお?」

 打って変わって楽しそうな表情になる団長。自分の団員が負けたというのに、一切それを気にした様子がない。むしろ、想定外のことが起きて楽しんでいるように見える。

 衝撃に息が詰まっているメアを他の団員が腕を掴んで起き上がらせる。

「今ので伸びてるようなのがギャシーレをどうこうできるとは思えないですけどね。ルバスとヨージならともかく」

「何か奥の手があるのかもしれん。よーいどんでこそ真価を発揮したりな」

 メアは拘束から逃れようと暴れるが逃れられない。力でも体格でも劣っているうえに、二人がかり。疲労も相まって勝てる見込みはなかった。

 団長は愉快そうにクァトラに話しかける。

「すまんな、予定が狂ってしまった。お前の弟子、結構見込みあるじゃないか」

 クァトラはうつむいたまま動かない。その表情はメアからは窺い知れないが、凛とした立ち姿であるはずなのにどこか背筋が丸まって見えた。

「どうする? あまり小物っぽいことはしたくないんだが、弟子の首元に剣を突き付けた方がやる気が出るか?」

「俺は弟子じゃないっ!」

 叫ぶメアの方に會長の視線が向く。相変わらずどこか楽しそうな目つきだ。

「へえ。じゃあなんでここに? 無関係なら来なくてもいいだろう」

「お前らが気に食わないからだ」

「そうか。悪かった。人違いだった。帰っていいぞ」

 メアの額に青筋が浮かんだ。

「困ったな。俺はただ一手仕合って欲しいだけなんだ。俺が勝つまでやらせてくれなんて言うつもりもない。お前が剣士會を無茶苦茶にしてくれたんだから、別に良いだろ、それくらい。いつまで逃げる気だ、【殲雷】?」

 呆れたように剣の柄頭に顎を乗せ、クァトラに話しかける會長。しかし、クァトラは動かない。あとほんの少し腕を動かせば剣を握れるような体勢のまま、石のように固まっている。

 大きくため息を吐き、メアの方に視線を向けた會長は、ちょうどメアが二人を振り払って立ち上がる姿を目にした。

「【爛血】!」

「へえ。……古典魔術かな。面白い、が、興ざめだ。不純だぞ、それは」

 メアは虹色に輝く目で會長を睨みつけ、自身の長把剣を構える。そして、一歩でその目の前まで踏み込み、脳天から剣を振り下ろした。

 しかし、間に割って入った別の少年に剣を受けられ、弾かれる。渾身の一撃であり、反撃を繰り出せるほどの余裕はなさそうだったが、受けきれないというほどでもなさそうだった。メアの目算では、少なくともギャシーレと同等程度の実力はありそうだ。

 世界は広すぎる。メアはその事実を受け止めながら、飛び退ってクァトラの横に立つ。

「クァトラ先輩、動けますか?」

 返事はないが、メアは視線を送らずに小声で伝える。

「今、包囲に隙があります。俺が派手に動いて場を乱すんで、その隙に入り口から逃げてください。外には人がいますし、すぐに先生も来るんで、大丈夫です。……先輩?」

 了承も拒否もなかった。あまりにも無反応なため、メアはクァトラの方へ視線を送り、呼吸が止まった。

 クァトラの唇は真っ青で、その目は恐怖に耐えるようにぎゅっと閉じられていた。剣の柄にかけようとしている手はぶるぶると震え、足には袴の上からわかるほどに力が入っていなかった。まるで、闇夜を恐れる幼女のようだった。まるで、獣に怯える幼女のようだった。その事実に、メアは脳天を打たれたような衝撃を受けた。

 あれだけ強いなら怖いものなどないのだと思っていた。怖いだなんてのはただの冗談で、何か別の理由があって剣士會を避けていただけだと思っていた。だが、それはまったくの勘違いで、クァトラは心底から恐怖していたのだ。恐怖のあまり剣も持てぬほどに。宙を歩くことさえ可能な脚がすくんでしまうほどに。クァトラは恐怖していた。それをメアは理解した。

 鼓動が響くごとに、全身の関節が痛む。だが、そんな痛みを無視し、メアはできる限り穏やかに話しかけた。

「ってのは冗談です。ちょっと待っててください。こいつらは、俺が倒します」

 その言葉があまりに意外だったのか、クァトラは目を見開いてメアの方を見た。メアはその目尻の涙を見ない振りして、剣を構えなおした。

 勝算はない。

 だが、メアは走り出した。

 団長へと向かうと、横にいた二人が前に出た。二人はお互いに顔を見合わせると、譲り合うような素振りを見せ、結局背の低い方がメアへと立ちふさがった。

 一合、二合、三合と剣を打ち付けあうが、腕力は互角。速度はややメアの方が上だが、技は圧倒的に負けている。打ち合ってても消耗するだけだ。

 メアはだん、と大きく音を立てて踏み込み、低く低く体を下げる。そして、切り上げを予想して剣を構える相手の足を蹴りで払い、体勢を崩した相手の肩目掛けて剣を振るう。

 当たるとの確信がメアにあった。しかし、その一撃は別方向から割り込んできた剣によって遮られる。

「あぶなっかしいなおい」

「あざっす」

 予想はしていたため、メアは動きを止めない。返しに振るわれた一撃を避け、半歩下がる。

 二対一。決闘という建前もないからか、体勢を完全に立て直した二人は一切の躊躇を見せずに二人がかりで挟み込んでくる。

 目を狙った一撃を首を傾げて躱し、胴への薙ぎ払いを剣で受ける。払いから変化した突きは屈んで躱し、反撃の切り上げ。下がった相手に追撃をかけようとするが、反対側からの振り下ろしを避けなければならない。逆手に鞘をもっての牽制の突きは容易く見切られ避けられる。

「靴脱げよ」

 一人追加。足元に斬りつけてくる一撃を片足浮かせて避け、崩れた体勢に向かって振るわれた一撃を鞘で弾いて地面を転がる。大きく移動したからか、近くにいたもう一人がさらに追加。

 ほぼ同時に四方向から振るわれる薙ぎ払い。一方に体を寄せて一本の間合から外れ、剣を持っている側の斬撃は剣で受け止める。近い一撃は出始めを腕で押さえ、受け流すようにして残りの一撃の盾にする。曲芸のような対処に、會長は口笛を吹いた。厳しくはあるが、図らずともハナとの訓練が多対一の状況に似ていたため、なんとか対応できている。

「やるぅっ」

「しぶといね」

 受け、躱し、流す。メアは目をかっと見開いたまま、メアは剣を振るう。反撃の機会はない。攻撃をさばくだけで精いっぱい。

「俺も俺も」

「なに遊んでんだお前ら」

 一人、二人と面白半分にメアを嬲る生徒は増え、メアは同時に八人を相手取った。しかし、それでも尚メアはそれを捌き続ける。

 しかし、限界はすぐに来た。元々、気力だけで動いている状態。【爛血】での強化も体への負担を増やすばかり。ついに一撃がメアの肩を捉え、メアの体が大きく傾いだ。

「あああああ!」

 メアは吠え、剣を大きく振り回した。見え見えの一撃に囲んでいた剣士會の生徒は間合を取る。

 苦し紛れの一撃だ。だが、そう笑う生徒は、メアの爛々と輝く目を見て、その手が止まった。それはあまりに鬼気迫るもので、最初に斬りかかってきた相手を殺すと、そう伝えてきていた。たとえ相打ちになろうとも、必ず殺すと。そう目で語ってきていた。

 勿論、そんな脅しに怯えるような生徒ばかりではなかったが、その本気を気にいった生徒もいた。

 団長がゆっくりと立ち上がる。

「お前、面白いな。攻撃はなってないが、防御は随分と堅い。この学校で、ってわけでもなさそうだ。師はいるか?」

「いない」

「じゃあ剣士會入れよ。歓迎するぞ」

「失せろ、下衆が」

「ふられちまったか。まあ当然か? 当然だな」

「団長、そういう気まぐれやめてくださいよ。それより、さっさと済ませましょう。こいつがここに来てるってんなら、よほど馬鹿じゃないなら先生を呼んでるでしょうし」

「……確かに? ってか、ならさっさと済ませろよ。お前ら八人がかりでどんだけ時間かけるつもりだ」

 どっと笑いが湧く。その笑いの輪に参加していないのは、メアとクァトラのみ。

 団長が剣を抜いた。巨大な剣だ。長さが背丈の半分以上もある。幅も広い。まともに受けたらメアの体は真っ二つだろう。甲冑を来ていても両断できそうな巨剣に、メアは唾をのむ。

「じゃあ、寝ててくれや」

 會長の姿がぶれる。メアがその一撃を受けられたのはただの幸運だった。勘で咄嗟に構えた場所に剣が振るわれたから。それだけに過ぎない。

 もっとも、受けられたといっても受けきれたわけではなく、メアの体は吹きとばされ、また壁に叩きつけられた。

「おっ、今のも受けるか? 勘か? やるな」

 受け身も取れずに地面に落ち、咳き込むメアを會長は上機嫌に眺める。

「が、寝とけ。無理してもいいことはない。さて、【殲雷】。構え……」

 會長は剣を傾け、自身の方へ飛んできた木製の鞘を弾く。投げたのはメアだ。我儘を言う赤子をあやすような顔をして、こまったように団長は首を傾けた。

「寝とけって。な? 別にお前の師匠じゃないんだから、関係ないだろ」

「関係、ある」

「だとしても、だ。お前だってわかってんだろ。どうやっても勝てないって」

「うるせえ。関係ねえ」

 メアは血まみれの腕を動かし、体を起こす。剣を支えに、壁に体を預け、ゆっくりゆっくりと立ち上がる。

「関係ねえんだよ。くそったれ。勝てるかどうかじゃねえ。やらなきゃいけないかどうかだ」

「心意気は良いんだが、実力がな伴ってないとな」

 メアは答えず、剣を構えた。もう腕に力が入っていないことは誰の目にも明らかだったが、引きくはなさそうだった。

 とりあえず眠らせるか、と近くにいた生徒の一人が剣を構えようとして自身の腕が動かないことに気づいた。固く握りしめた手が硬直している。それはまるで腕が自分のものではなくなったかのようだった。咄嗟に陰属性防御術を発動するが効果はない。魔術的な影響ではなさそうだった。理由がわからない。

 そして、それは他の生徒も同じだった。皆一様に自信の腕が強張って動かないことに疑問を浮かべている。

 混乱する生徒たちの耳に、少女の声が響いた。

「――くだらない」

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