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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
三章 雷の如く
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048 空き地・決闘・乱入

(強い)

 メアは霞む目を精一杯見開きながら剣を振るう。

 上段からの脳天を狙った振り下ろしと見せかけ、剣を持つ聞き手を狙った斬撃へと変化させるが、ギャシーレは容易く受け止める。反撃の横なぎをメアも受け止めるが、その重さに一歩たたらを踏む。苦し紛れに振った剣は容易く避けられ、ギャシーレはつまらなそうに鼻を鳴らした。

「舐めてんのか? 出し惜しみすんなよ」

 メアは答えない。いや、答えている余裕がない。

 もう一度【爛血】を使ったとしても倒せるかわからず、倒せたとしても一瞬でやらねば動けなくなる。後々への影響も大きい。数合剣を受けただけでも分かった。ギャシーレはルバスや二年生よりまた一段強い。先ほどのように気軽に先出しして勝負を決めに行くことはできなかった。

 だが、このままでいても無意味なことは分かっていた。ギャシーレが飽きたらこの決闘はすぐに終わる。それが分かっているため、メアは必死に道を探っていた。

(他の魔術で隙を……無意味、ルバスにすら通じない、現代魔術は、まだ意味のある段階に達していない。何か、準備が、体力も……!)

 酷い筋肉痛のように痛む手足を必死に動かし、痛む頭を回すが、どうしようもない。名案など思い付かない。

 肩口を狙った袈裟切りを受けようとし、受けきれずに剣を手放してしまう。続く連撃を鞘で側面から叩くようにして跳ね上げるが、そんな曲芸は不意を突けた一回かぎり。ギャシーレは剣を拾おうとするメアの足をかけて転ばし、その眼前に剣を突き付ける。

「おいおいおい、ひょっとしてもう使えないのか? 一回限りの大技か? まあ体に負荷がかかりそうだしな。回復するのを待ってんのか。うーん、こうやってだらだらと付き合ってやっても俺はいいんだが、お前は急いでるんじゃないのか?」

「はぁっ、くそがっ」

「言葉遣いが汚いぞ一年。先輩には敬語使うんじゃなかったのか?」

 メアは呼吸を整える。ギャシーレの余裕ぶった態度には腹が立つが、決闘を即座に終わらせることは固執していないようなのは朗報であるし、何より大体が的を射た発言だ。無駄に反論するよりは、少しでも息を整えた方がまだマシになる。

 しかし、そんなメアの左肩にギャシーレの剣が突き刺さった。

「あっがぁぁ!」

「無視すんな。先輩が遊んでくれてんだぞ。お礼はどうした」

 メアはギャシーレの腰を蹴って距離を取り、剣を拾う。だが、構えた直後に伸びてきた突きに吹きとばされ、また地面を転がった。

「はあ、つまらんな。会長の決闘見たかったなー。手決で負けたからなー。やっぱりあそこで水を出すべきだったか」

 立ち上がりながら左肩の動きを確かめるメア。骨や腱は傷ついていないようで動く。狙って外したのだろう。それは慈悲ゆえか、自身の楽しみゆえかはメアにはわからない。だが、それでもメアはそれを幸運だと捉える。

 ただ、それは強がりだ。メアが見上げるギャシーレは相変わらず健在であり、メアの足は今にも地面に頽れそうだった。心はまだ折れてなくても、体には限界が来ていた。

 しかし、そんな極限の状態で、どこか気の抜けた声が響く。

「なんか楽しそうなことしてんね。俺も混ぜてよ」

 メアとギャシーレの横にしゃがみ込んでいたのは、目をきらきらと輝かせた茶髪の少年。ボワだ。まるで新しい玩具を見つけた幼子のように満面の笑みを浮かべ、血と汗に塗れたメアを見つめている。

 いつの間にそこに座り込んでいたのか。ギャシーレすら気づかずに接敵するその技量にギャシーレは警戒を最大まで高め、咄嗟に剣を振るう。だが、ボワはそれを上体を後ろに倒して躱すと、そのまま地面に手をついて一回転。さらに大きく跳ねて木の枝に飛び乗る。

「なんだてめえ」

「なんだってよくない? 楽しそうなこと起こりそうな予感がしてたんだよねえ。俺、そういうのに敏い方でさ、なあなあ、メア、俺も混ぜてよ。ってかこういうのするなら俺を誘えよけちんぼ」

「これは一対一の決闘だ。怪我する前に失せろ餓鬼が」

「はあ? 一対一? そこら辺で伸びてる奴らは?」

「知らんな」

「うわーせっこ。せこいっすね剣士は。まあ武器に頼ってる奴らなんて所詮そんなもんか。男らしくねーよなほんと」

 ボワはそう言って舌を出して挑発する。目と鼻の穴を指で広げるおまけつき。挑発まで幼さが表れているが、その身のこなしを見ていたギャシーレは警戒を解かない。

 決闘を第三者に見られてしまった。それだけならばまだいい。だが、その第三者が理由も聞かずに割って入る気満々であり、それなりに強そうなのがまた問題だった。一番重要なのはメアをここに引き留めること。どうするか、と頭を悩ますギャシーレだが、そんなギャシーレの元に更に悩みの種が追加される。

「はあ、ボワの戯言かと思ったが、本当に揉め事が起きているとはな」

 そう言って木陰から姿を現したのは、赤い髪を揺らす少女。アウェアだ。

 アウェアは地面に転がっている二人、メア、ギャシーレの順に視線を走らせると、その顔に怒りを浮かべる。

「そこの三年。無許可の決闘が校則違反であること、知らんとは言わせんぞ。ましてや、望まぬ相手に強要することなど、言語道断。屑の所業だ」

「おうおう、えらい言いようだな嬢ちゃん。一年は知らないだろうが、これはちゃんとした略式決闘だぜ。そこの一年の同意も得ている」

「本当か? メア」

「いやまったく。いきなり襲われて困ってる」

 素知らぬ顔して即答するメアにギャシーレは不満そうな顔を向けるが、文句を言っている余裕はなかった。アウェアから漏れる怒気がさらに膨れ上がったからだ。

「いやいや本当なんだって。そこで伸びちまってる調停委員に聞いてくれ。これは略式――」

「そもそも! 略式決闘など調停委員は認めていない! ごまかそうとするな!」

 そう言ってアウェアは硬貨を取り出す。それは調停委員であることを示す証。それを見たギャシーレは渋い顔をした。この場でごまかすことが不可能ということを悟ったのだ。

 アウェアはぶつぶつと呟きながら背中に吊った戦斧に手をかける。

「罪なきものを傷つけるもの。これは悪である。傷つけるために虚偽を纏うもの。これは悪である。悪を悪と認めぬもの。これは悪である!」

「ちっ、まあ見張りの俺が遊んでたらこうなるか。はあ、ルバスがもうちっとなー、って一年にそんな求めるのは酷か」

 完全にやる気のアウェアに対しギャシーレも剣を構えた。戦うことに決めたのだ。言い逃れが不可能である以上、目的を達成するのが第一優先。その後のことはどちらにせよ変わらない。そう決めた。

「悪は断つ。それが正義である」

「ご立派! せいぜい理想のために頑張ってくれ」

 あくまで軽薄にせせら笑うギャシーレ。

 同様に軽やかな声がボワから響く。

「アウェア、俺もやるからな。俺が先に見っけたんだからいいよな」

「好きにしろ。ただ、自分の身は自分で守れ」

「こわっ。頼むから間違って斬らないでくれよ」

「二対一か? 正義の味方は仲間が多くていいなぁ!」

「だろ? 先輩も味方作りなよ。そんな役立たずとつるんでないでさ」

 獰猛に笑う二人と、憤怒の表情の一人。

 次の瞬間、空気が揺らいだ。

 先手を打ったのはアウェア。腰だめに構えた鋼鐵製の戦斧を一切の容赦なしに振るう。

 剣で受けたギャシーレは受けきれないことを悟り、地面を蹴った。見た目から察してはいたが、一年の少女が振るう斧の重さではない。まともに受けたら剣もろとも真っ二つ。そう判断し、剣の振りに合わせて体も捻る。

 そんなギャシーレの背後からボワが拳を打ち込んだ。肘を曲げて防御が入りはしたが、逃げる方向にぶつけるようにしたため衝撃は逃せず、ギャシーレの表情が苦悶に歪む。

 続く蹴りには剣を合わせようとし、それを予想していたボワは蹴り足を地面へと向ける。一撃目は牽制。地面につけた足を軸足にして後ろ回し蹴りが顔面に跳んだ。

 ギャシーレはそれに反応しきれず、額に受ける。顔を捻って直撃は避けたが、衝撃に一瞬視界が乱れる。

 生まれた隙を逃さずアウェアは斧を返して跳ね上げる。狙うは腕。殺す気はないが、死んでもいい。腕の一本くらいは取る。そんな勢いの一撃。

 それに対し、ギャシーレは膝を抜くことで体勢を低くし、躱す。視界外からの一撃だというのに、アウェアの斧は髪の毛の先を持っていくだけで終わった。

 勢いを殺さず剣を持っていない手で体を跳ね上げつつ、剣をボワに向かって振るうギャシーレ。二対一の挟撃は厳しいと判断したのだ。この二人は明らかに一年の技量ではない、と油断を消した。

 着地と同時に正中線を狙った突きを、ボワは楽しそうに笑いながら見つめる。申し分ない速さ、鋭さ。ボワが全力を出すに相応しい技量。ボワは地面を蹴り、その勢いを腰の回転へと変え、前に出した腕へと伝える。はじけるように震えたボワの腕が突きの軌道に合わさった瞬間、その剣は外へと弾き飛ばされた。

 剣ではなく、拳の間合い。しかし、突き出されたボワの拳はギャシーレの掌に受け止められ、腕全体を担がれるようにギャシーレの肩に乗せられる。泳いだボワの体が勢いのままギャシーレの腰に乗る。次の瞬間、ボワの体は宙を舞っていた。ギャシーレに投げられたのだ。

「うっひょー!」

 歓喜の声を上げるボワに向かって剣を向けようとしたギャシーレは魔力を感じ取って跳ぶ。直後、ギャシーレが一瞬前までいた空間で破裂音が響いた。力属性力魔術。外したアウェアは舌打ちをする。

 ボワは着地し、拳を構える。アウェアも戦斧を構えてギャシーレを挟む。ギャシーレは先ほどとは異なり、笑みを浮かべずに二人が視界に入るよう半身に構えた。

「油断するな、ボワ」

「えっ、今の普通にすごくない? あそこから腕だけで投げられるとか思わなかったんだけど。感動したわ」

「おいおい、今年の一年も優秀だなー。俺も本気で行くぜ」

「まだ上げれんの? いいねえ!」

「ボワ、合わせろ」

 再び重心を下げる三人を視線を奪われていたメアは、背後から肩を叩かれて振り返った。

「大丈夫か、メア」

「レオゥ」

 なぜここに、という疑問は口から出る前に答えが出た。ボワとアウェアと一緒に来ていたのだろう。

「ここは二人に任せよう。速すぎてあんま援護とかできそうにないしな」

「確かに。俺もちょっと今の状態じゃ無理」

 メアはレオゥに手を借りつつ、立ち上がる。言葉通り、メアでは【爛血】を使わないとついていけない戦闘速度だった。ボワが強いのは分かっていたが、斧を振るうアウェアもまた同等。ここは任せるのが良いように思えた。

 だが、メアは肩を貸そうとしてくれるレオゥを押しとどめる。

「レオゥ、頼みたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「格技館に怪我人がいるってことで、先生呼んできてほしい。誰でもいい。できるだけ早く」

「いいけど、何かあったのか?」

「頼む。俺は先に格技館に行ってるから」

「……その怪我でか?」

「大した怪我じゃない。肩の傷は浅いし、目も、ちょっと無理しただけ」

 レオゥは無表情にメアをじろじろと見るが、とくに何か言うわけでもなくため息を一つ吐いた。

「わかった。気をつけろよ」

「大丈夫、流石に命までは取られないと思う」

「なんでそんなことになってるんだ」

「話せば長いような短いような」

「後で聞かせろよ」

「うん」

 メアは剣を腰に差して走り出した。レオゥは少しの間それを心配そうに眺めていたが、レオゥもまた先生を呼ぶために走り出した。

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