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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
三章 雷の如く
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047 空き地、剣士會、決闘

 午後の授業も終え、メアがいそいそと荷物を纏めていると、レオゥが話しかけてきた。

「どうした? 午前までとは一転してご機嫌な感じで」

「そうだ、レオゥ、見て見て」

 メアが先ほど教わった通りに屈礼をすると、レオゥは表情をぴくりとも動かさずにため息を吐いた。

「うーん」

「なんか変だった?」

「メアの故郷で罪人が許しを請うときにする謝罪ってなにかあるか?」

「あるよ。両手を背中で組んでね、両膝をついて、うつぶせに寝転ぶ」

「それをいきなりやられた気分」

「えっ……」

 メアはそれを想像し、何とも言えない気分になった。思わずそんなわけないと抗議をしそうになったが、相手が南出身であることに気づいて思い直した。メアはなんの疑問も持たずに先生(レージョ)のことを盲信していたが、学んで得た知識と生活して馴染む常識は異なるものということも身に染みている。今回もその知識が先行してしまった状態なのではないかと思ったのだ。

 だが、どちらか一方を信じるのもまた危うい。メアは往生際悪く言い訳をした。

「先生が南の方の謝罪ならこうしろって言うから」

「それは、まあ。……南っつっても国ごとに違うしな。悪い。俺のは忘れてくれていい」

 素直に退かれ、メアは逆にどちらが正しいかわからなくなってしまった。

「ま、いいや。とりあえずこれで先輩に謝ってくる」

「んー……頑張れ」

 何か言いたそうに口ごもりはしたが相変わらず無表情のレオゥを後に、メアは教室を後にした。

 とりあえず、謝る。そう決めたメアだったが、第一教育棟を出たところで足が止まった。クァトラの居場所がわからないのだ。剣を借りたり助言をもらったりはしたが、いずれもメアが学校の隅で剣を振っているときにふらりと現れただけだったため、メアからクァトラに会いに行けたことは食堂の一件だけ。

 夕飯まで待つか、とメアが悩んでいると、見覚えのある綺麗な黒髪が格技館の方に消えていくのが見えた。

 幸運、とそちらに走り出そうとしたメアは、しかし、突然目の前に現れた人物にその動きを止められた。

「ルールス゠メア」

「ルバス、だっけ?」

「ちょっと話がある。ついて来てくれないか?」

 そう言ってメアを睨みつけてきていたのは、剣士會の一年生、ルバス=ブライーフィだった。その目つきは剣呑で、メアにはとても友好的な話には思えなかった。

 だが、まだ何の話かも聞いていないのに、無視するというのもどうなのか。クァトラの誤解の話を思い出しメアは躊躇った。

 それを承諾と受け取ったのか、なぜかメアを馬鹿にするように顎で示すルバス。そちらは人気のない方向だったため、メアはさらに迷った。

「ここじゃ駄目なの?」

「人に聞かれたくない話だ。お前も聞かれたら困ると思うぞ」

 そんな話があっただろうかとメアは首を捻る。しかし、何も思いつかない。

(けどま、とりあえず話ぐらいはいっか)

 メアの本能はやめておけと警告してきたが、少しばかりの好奇心がメアの背中を押した。

 メアがルバスの後についていくと、ルバスは普段メアが剣を振っている辺りで立ち止まった。ここで剣を振るのはもしかして禁止されていたのだろうか、と唾をのんでいると、ルバスは腕を組んで木に寄りかかった。

 断罪される犯罪の気分でメアは待つが、ルバスは一向に話を切り出してこない。

「で、話って?」

 我慢できずメアが口を開くと、ルバスは肩をすくめた。

「君、【殲雷】のことはどう思う?」

 色話か? と一瞬身構えかけたメアだったが、ルバスが腰に差している剣を見て正気に戻った。あれだけ剣のことでつっかかってきていたルバスたちが話題にするなら、もちろん剣のことだろう。そう辺りをつけ、メアは正直に答える。

「すごいよね」

 簡素な賞賛。メアにはそれ以外で形容する言葉が見つからなかった。速く、美しい太刀筋。まるで幽霊のように体重を感じさせない歩法。剣の位置が変わっていると感じた後に、クァトラが舞のように身を翻していたことに気づく。その所作はまるで因果が逆転していると感じてしまうほど。それらをすべて涼しい顔でやってのけること。メアはそれをすごいとしか形容できなかった。

 いくらクァトラを敵対視していたって、その圧倒的な技術に対してはルバスも同じように感じているだろう。そう思ってメアは腕を組んで反応を待つが、ルバスは訝し気に首をひねっていた。

「あー……」

「え、ルバスはそう思わない?」

「いや、そうか。今のが、答えか。え、答えなのか?」

「ん? クァトラ先輩のことをどう思うかだよね? すごいよね」

「ああ、まあそうなのか。確かにすごいことはすごいが」

「だよね」

 我が意を得たり、とメアがしたり顔をしていると、ルバスは我に返ったように首を振った。

「いや、そうじゃなくて。ルールスがそう思うならそれでもいいが。そうじゃなくてな」

「うん」

「その……ああ、もういい。なんでもない。君と話していると調子が狂う」

「そっか。話がそれだけならもういい?」

「そんなわけないだろ」

 だろうね、とメアは頷いた。大方クァトラの弱みか何かを聞き出そうとしているのだ。メアはそう辺りをつけていた。

 しかし、たとえ拷問されようともメアは何かを教える気はなかった。仮にも師事を願い出ている弟子見習いの身。ある種の敵であるルバスたちに利することはしない。そう決めていた。

「俺は何も話さないよ。そもそもクァトラ先輩の弱みとかは知らないしね」

「弱み? そんなことはどうでもいい。師匠とはいえ弟子にすべてを教えるとは限らない」

「まだ弟子にしてもらえてないんだけど」

「そういう誤魔化しも必要ない。俺たちの目的は、君にしばらくここにいてもらうことだ」

 言われて、メアは背後にもう一人いることに気づいた。メアの出会った人の中でも気配を消すのが抜群に上手い。後をついてきていたならば気づけたかもしれないが、この技量の隠形の使い手に最初から潜まれていてはお手上げだ。メアは剣の柄に手を掛けながら、舌打ちした。

「話が終わりなら、俺はもう行くけど」

「行かせないよ」

「無抵抗の相手に剣を抜くの?」

「抵抗しなよ。死ぬよ」

 本気ではないとメアは感じた。だが、暴力をためらう雰囲気でもなさそうだった。

 ルバスは輝く真正剣の切っ先をメアの方に向け、宣言する。

「決闘だ。受けろ、ルールス=メア」

「いやだね」

「決闘の成立を認める」

 メアの拒絶を無視し、背後の人物も宣言した。

 メアも予想してはいたことだが、やり方は予想よりだいぶ強引だった。まさかここまで調停委員の強権を発揮してくるとは思っていなかった。前回、一応引き下がったのはどうしてだったのだろうか。メアは考え、思い至った。今回は、側にクァトラがいない。それが最も大きな違いだ。無法なやり方を押し通そうとし、返り討ちにあったときのことを考えた結果、今回は絶対に失敗しないと考えたのだ。メアはそう結論付けた。

 少しばかりむかつくが、そう思われても仕方ないことはこの学校生活で思い知っていた。世界は広いという以前に、メアはちっぽけな存在だということを、思い知っていた。だから、ため息を吐きながら剣を構える。

「決闘の要件は?」

「侮辱だ。名誉のために戦え」

「心が狭いなぁ」

「決着は、どちらか片方の四肢の欠損または気絶、ということでいいか?」

「せめて刃引きしたものを使わない?」

「自分の得物を使わないと? 冗談だろ?」

 話が通じない。メアはそう諦める。

 剣を抜きつつじりじりと立ち位置をずらすが、挟まれている状況を脱することはできなさそうだった。

「二対一、とは言わないよな」

「まさか。そんな必要ない。決闘は一対一で行われるものだ。まあ、万一にでも君が僕に飼ったのなら、次の決闘相手が現れるかもしれないけどね」

 その言葉を聞いた途端、メアの思考はどう穏便に気絶するか、という方向に遷移した。たとえ治せる可能性があるとしても、四肢欠損など想像しただけで怖気が走る。勝利を考えるのはあまり現実的ではないのだから、どう負けるかを考えた方が建設的だ、と。

 しかし、そんな甘えた考えも次の言葉で霧散する。

「なに、団長の決闘が終わるまで寝ててもらうだけさ」

 団長。剣士會のだろう。では相手は? メアはすぐに思いついた。クァトラだ。状況を考えると、それ以外はあり得ない。

 メアは精一杯平静を装う。

「ふーん、クァトラ先輩と剣士會の団長が決闘するんだ。クァトラ先輩は受けないと思うけど?」

「受けるさ。君が人質だからね」

 メアはぎりっと歯を噛み締めた。メアの嫌な想像が的中した。

 メアは自分がクァトラの人質になるような親しい間柄だと自惚れてはいない。だが、それを踏まえて尚、この状況だとクァトラは決闘を受けるだろうと思った。だから、メアは剣を握りなおした。

 力が足りないのは自覚している。だが、それでも。

「ちょっとやる気が出てきた」

「それは何より。やる気のない相手を嬲る趣味はない」

 それ以上は、言葉要らなかった。

 先に仕掛けたのはメア。上段からの唐竹。様子見なしの全力の一撃を振るう。

 ルバスは冷や汗を搔きながらも悠々と受け止める。

 冷や汗を掻いたのは、メアの攻撃が予想をはるかに超えて鋭かったから。それでもなお余裕があったのは、それだけの実力差があるから。それを示すように、ルバスはメアの剣を弾き上げ、返しの一太刀を振るった。

 メアの腹からぱっと血が散る。切れたのは薄皮一枚。掠っただけ。だが、それだけでもメアの思考から余裕がそぎ落とされていく。

(重くて、速い! 純粋な剣の腕は、相手が一段上!)

 続く袈裟掛けを受け止め、唾ぜり合う。

「魔術は?」

「好きにすればいい、さっ! 余裕だねっ」

 弾く力に逆らわず、メアは退く。ルバスは詰めてくるかと思ったが、それはなし。舐めているのか、警戒しているのか。どちらにしても都合がいい、とメアは息を吸う。

「ゆらゆらと蝶がその羽を焦がす――」

 剣を正面に構えつつ切っ先を少し下げるメア。ルバスとの距離は二歩。

「【焔火】」

 その距離を、ルバスは一瞬で詰める。焔はルバスには当たらず地面を焼いた。

 隙を捉えようとする逆袈裟をメアは身をかがめて躱す。体勢を崩したメアに対し、ルバスは連続で剣を振るう。

「予備動作は大きい! しかも! 一節程度じゃっ! 決定打にはならないっ! 舐めてるのか!? 古典魔術だなんてっ!」

 一文字、逆袈裟、突き。メアは体勢を崩しながらも、それらを剣の刃で受け止める。厳しいが、まともに食らうほどではない。少なくとも、四方八方から襲い来るハナの攻撃を受けるよりは遥かに楽だった。

 メアが振るう反撃の一撃をルバスは半歩下がって躱し、突きを放つ。狙いはメアの首。当たれば死ぬだろう。

 常人であれば剣で受ける一撃を、メアは踏み込むことによって躱す。そして、剣を到底振るえない間合に虚を突かれたルバスの鳩尾に肘を叩きこむ。

「ッ……!」

 当てるだけの軽い一撃だった。急所にあたったためにルバスは一瞬動きを止め、一歩だけ距離を取る。メアも同時に一歩下がり、剣を構えなおす。

 メアは顔の横に剣を水平に構える。防御重視の構え。少しだけでも相手が躊躇ってくれればそれでいい。そう考えての威嚇。

(これは不意打ち。二度は通じない)

 そして、時間もない。だらだらと時間をかけていては意味がない。だからこそ、メアはもう一度息を吸う。

 声を出そうとする直前、一瞬だけメアは躊躇った。そこまでやる必要はあるのかと。だが、クァトラの震える手が脳裏に浮かび、その躊躇いは掻き消えた。

 メアはルバスを睨みつけ、詠唱を始める。

「回廊を奔る、森羅の枯朽」

 古典魔術。ルバスは想定し、放つ瞬間を捉えるために重心を落す。

「露霜に滲む、万象の摩滅」

 しかし、ルバスの予想に反した二節目の詠唱。先ほどと同様、一節だと考えていたルバスは拍子を外された。

「淵源、哭岐、眸子、蠢愚」

 そして、三節以上であることにルバスは肌を粟立てる。基本的に古典魔術は詠唱が長いほど強力な効果を持つからだ。メアの手札を完全に読み違えていたことに唇を噛み、発生を潰すために踏み込む。

「曇天を掃いて虹を敷け――【爛血(アングァフ)】」

 四節。メアは今までで一番重い一撃を受け止めながらも、詠唱を終わらせた。

 瞬間、ルバスの視界からメアが消えた。

 そして、それを探す間もなくルバスの顎に強烈な衝撃が走り、骨と肉が潰れる音を聞きながらルバスは意識を吹き飛ばされた。

 一方、剣の峰でルバスの顎を強かに打ち上げたメアは、振り返ってもう一人の剣戟を受ける。

「てめえ、今のは……!?」

 監視を止めて襲ってきた人物は、メアの知らない相手だった。おそらく剣士會の一員だろうことは明らかだが、それ以上はわからない。それ以上は知る必要もない。

 メアは答えずに剣を振るう。その速度は、先ほどまでの比ではない。先ほどまで素人と舐められていたメアはどこにもいなかった。その剣の鋭さは、ルバスの遥か上だった。

 また刀身で押し合う相手は、メアの目に意識を奪われていた。先ほどまでは褪せた灰色だった虹彩が、虹色に輝いていたからだ。

 メアは剣の鍔で相手の剣を押上げ、その腕力だけで体勢を崩させる。予想外の力に両手を打ち上げられ、胸ががら空きになったその生徒は、濃厚な死の予感に声にならない悲鳴を上げた。

 メアは胸の中心に蹴りを叩きこみ、胸骨を叩き折る。呼吸器に甚大な損傷が入った可能性もあるが、それを気にしている余裕はメアにはなかった。

 血を吐きながらもう一人も地面に転がったことを確認すると、メアは魔術を解いて肩で息をする。その眼からは血涙が流れ、全身の関節ががくがくと震えていた。

 正真正銘、メアの奥の手の魔術。しかし、その負荷は尋常ではなく、また、後遺症もある。だから可能な限り使用を控えていたのだが、この僅かな間でも体は悲鳴を上げていた。

「身体を強化する魔術。いや、肉体を戦闘用に作り替える魔術、か。筋力だけじゃない、骨格、動体視力、神経伝達の強度、おそらく処理する脳すら一時的に増強しているな。呼吸も止まってるのは、風魔術で送り込んでいるからか? 無意識化の動きまで制御できるとは。四節であるならば納得はできるが、少し扱いきれていないか? なかなか珍しいものを扱うな……」

 メアが声の方を振り返ると、背の高い男子生徒がいた。腰には剣を佩いている。名前はギャシーレ。先日、メアの剣帯を切り落とした三年生だ。

「というわけで、三人目だ。安心してくれ。俺は強化されたお前の速度にもついていけるくらいには腕が立つ。そいつらみたいに無様な姿はみせない。期待してくれていいぜ」

 手の甲で血涙を拭い、メアは剣を構えなおす。問答の時間が無駄だった。体力的な余裕もない。

 気合を入れなおすように深呼吸をするメア見て、ギャシーレは愉快そうに笑った。

「おお、辛そうだがまだいけるか。じゃあ、決闘ということで、あと腐れなくやろうぜ」

 糞野郎が。

 メアは心の中で毒づきながら、剣を構えた。

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腐ってるな剣士會は これで通じるなら調停委員会は何の意味もないから廃会するほうが...
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