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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
三章 雷の如く
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046 居室・指導・礼儀

 三時限目の地理社会の授業後、メアはレオゥからの昼食の誘いを断り、教室を出ていった先生を追いかけた。

「あの、レージョ先生」

「んー? どうしたルールス」

「ちょっとご相談がありまして、お時間頂けないでしょうか」

「相談? 授業に関係することか?」

「するような、しないような」

 中年男特有の威圧感のあるしかめっ面に、メアは少しだけ怯む。勢いで頼んでみたが、メアが社会学にあまり興味ないこともあり、レージョからの心象はあまり良くない気がしたからだ。

 しかし、そんな不安をよそに、レージョは薄い頭を掻きながら頷いた。

「まあいいぞ。飯は、あとでいいか。四半刻ありゃ済むだろ。場所は俺の居室でいいか?」

「ありがとうございます! お願いします!」

 メアはしっかりと頭を下げながら、怠そうなレージョの後をついていった。

 レージョの教員室の第一印象は、雑多、というものだった。大量の書物は壁際の本棚に収まりきらずに床に積み上げられ、それと同じくらいの量の置物があらゆるところに並んでいる。窓に並べられた大小さまざまな硝子製の球体、箪笥の上を占拠する見たこともない奇妙な生物の石像、壁にかかった不気味を通り越して恐怖を感じる仮面、傘立てに突っ込まれた使い道の分からない棒状の物体たち。机と椅子がなければ雑貨屋の倉庫か何かかと思わんばかりの部屋だった。

 レージョは折り畳み式の椅子を壁と机の隙間から引っ張り出すと、メアに手渡してくる。

「適当に座れ。で、何が聞きたいんだ?」

「失礼します。用件はですね、その、誠意の籠った謝罪、に関してご教示いただきたいんですけど」

 レージョは眉を上げて目を瞬かせた。

「んん? そりゃまたどうして」

「詳しくは話しづらいんですが……」

「話せるところだけでも話せ。謝罪ってのは状況に応じて変化するもんだ。とくに重要なのは相手。相手の国の風習に合わせた謝罪ってのが一番だ」

 やはりそうなるか、とメアはため息をこらえた。

「ナハ先生にもそう言われました」

「だろうな。わざわざ俺に相談に来るんだからな。で、相手はどこ出身だ?」

「南の、リテ、だったと思います」

「ほーん。性別は?」

「女性です」

「何したんだ?」

 答えようとして、慌ててメアは首を振った。あまりにも自然にしゃべろうとしていた。

 このままでは全部しゃべらされてしまう、とメアは口を締めなおす。それを見てレージョは面倒そうにため息を吐いた。

「余計なお世話? をしてしまいました」

「じゃあごめんなさいしろ」

「結構怒らせてしまって」

「それでもまずはごめんなさいだ。神為は乗せた方が伝わるぞ」

「避けられてるんです」

「無理やり手を出そうとしたとかそんなんじゃないんだな? じゃあごめんなさいだ」

「先生……」

 メアの懇願の視線を受け、レージョは眉間を指で揉んだ。

「ええい、俺にどうしろというんだ」

「リテの最上級の謝罪の方法を教えてください」

「失言の場合は舌を自分で切り落とすんだったかな」

「それって喋れなくなりませんか」

「まあそうなっても神為を乗せられれば問題ないだろ」

「えぇ、野蛮」

「そういうのを軽率に口に出すな。相手の風習否定していると争いになるぞ」

「あっ、すみません。気を付けます」

 レージョは頭が痛くなった。レージョから見て、メアは謝ることに抵抗がある様子はない。であれば相手を怒らせたときにはきちんと謝ったはずで、それでも怒っているとしたら根深そうな問題だ、と感じたからだ。

「お前、そういうとこ素直なのにどうやって怒らせたんだ? そんな短気な奴とはどうせまた揉めるから付き合いを考えた方が良いぞ」

「それは、いや、僕が悪かったんです。でも舌を切り落とすのは、もう少し穏やかな謝罪方法ないですか?」

「あー、じゃあな、スルフィとかどうだ」

「す?」

屈礼(スルフィ)。やって見せた方が早いか」

 レージョは立ち上がると、本の山を押して動ける空間を少し広げる。そして、メアを向かいに立たせた。

「手本見せてやる。まず、謝罪。この時両手は腹の前に組む。右手が前な。で、頭を三五度下げて、三脈その姿勢を保持。相手が立ち去らなかったら顔を上げずに片膝をつき、また三脈保持。相手から肩を叩かれたら立ち上がってもう一度謝罪」

 その所作は淀みなく緩急が効き、腹の出っ張った中年男性だというのも忘れて見とれてしまった。

 顔を上げたレージョはメアに向かって怠そうに言う。

「ほれ、やってみろ」

「あ、はい」

 メアは先ほどの動作を思いだしながら、頭を下げる。

「三五度。背筋伸ばせ。尻突き出すな。そう。はい、姿勢を維持して」

「これ、ちょっときつくないですか」

「礼法なんてのはそんなもんだ。はい、で片膝。違う違う。顔上げない。右足を下げろ。膝は地面。足首寝かせるな。そう。で、姿勢維持」

「ぐっ」

「立ち上げるときにも腹に力入れろ。背筋曲げんな。だから尻突き出すなっつってんだろ。そう。肩は下げて、腹に力入れろ。で、ゆっくり顔をあげる」

「こうですか」

「先日の無礼、申し訳ありませんでした」

「先日の無礼、申し訳ありませんでした」

 レージョの口から出てきたのは、驚くほど流麗な発音の第一共通語だった。普段のガラガラ声はどこに行ったのか。メアは驚きながらも、謝罪を復唱した。

 レージョは無精ひげを指で擦りながらも、何度も頷く。

「ん、発音は問題ないな。これ、南ならどこでも使えるし、初対面の挨拶や別れの挨拶でも使えるから憶えとけ。二年の儀学でもやるしな」

「ありがとうございます」

「俺の普段の授業もこんぐらい真面目に受けてくれたならな……」

「申し訳ありませんでした」

 一礼、膝をついて静止。肩を叩かれたので立ち上がり、謝罪。

「申し訳ありませんでした」

「そこまでやらんでいいが、大丈夫そうだな。忘れないうちに謝りに行くか、ちゃんと復習しとけよ」

「はい!」

 メアが心の中で拳を握っていると、レージョは何やら思慮するように頭を掻いた。

「ついでだ。他にもいくつか覚えていけ。まずはベーイ」

「他にも、ですか」

 もう少し簡易的な謝罪とかだろうか、と首を傾げるメアは、レージョの指示に従い体を動かす。

「両手を組む。左手の親指が上な。それで自身の胸を三回叩け」

「こう、ですか?」

「馬鹿。三回で感謝だ。喜びの仕草(ベーイ)な。二回だと抹殺の誓い(クェタァ)だ」

「一回の過ちが致命的過ぎませんか?」

「そんなもんだ。だからこそ価値がある。とりあえず謝罪が通ったらベーイ。ここまでで一つの動作として覚えても良いぞ」

「いや、謝罪が受け入れてもらえなかったら……あ、それでクェタァ?」

「お前はどうでもいいことに気が付くな」

「どうでもよくないです」

 謝罪を受けなかったら抹殺の意を表明される可能性がある。そのことを理解したメアは、リテの文化が少し怖くなった。同時に、こんな謝罪をして大丈夫なのか少し不安になった。

 そんなメアの不安をよそに、レージョは次の動作に移る。

「次にクユヌク」

 そう言って、メアに膝をつかせた。

「右手を掌を上にして差し出し、相手の顔を見たまま膝をつく。そして、相手が手を乗せてきたら立ち上がり、相手の首の裏に両手を当てる。また膝をついて右手を差し出す。再び手が乗ったら相手の手の甲に額をつける」

 言われるがままに動いたが、途中抱き着くような姿勢になって目の前にレージョの顔が来たためメアは気分が悪くなった。

 メアは毛の生えた手の甲に額を着き、立ち上がる。

「これが求婚の礼(クユヌク)

 メアは唾を吹いてしまった。

「なんでそんなもんやらせるんですか!」

「は? 相手は女なんだろ? じゃあ覚えといた方が良いだろうが」

「そういうのじゃないんです! 剣を教えてもらってるんです!」

 レージョは訝し気に憤慨するメアを観察する。メアも顔を真っ赤にしてレージョを睨む。

 お互い、相手が冗談を言っているわけではないだろうことを察し、衝撃を受けた。だが、流石に年季が違うのか、レージョの方が大人だった。

「まあ、であれば口を挟むのは止めておくか。流派ごとの挨拶の違いは下手したら国ごとの挨拶より差が大きいことがある。破門されないうちに誠意を伝えとけ」

「破門、どころかまだ弟子にしてもらえてもないです」

「ええ……?」

 レージョはさらに困惑を深めたが、それ以上詮索するのは止めることにした。いい加減腹が減ってきていたからだ。

「まあいい。ほら、時間外の講義は終了だ。さっさと飯食いに行け」

 しっしと追い払うように手を振られ、メアは部屋を退散した。

(求婚の礼……)

 メアはレージョの首に腕を回したところを思い出し、吐きそうになった。中断したため、断わられた場合や、了承された場合の変化を聞くことはなかったが、もしかしたらあのとき、了承の場合は口づけをしたのでは? 想像が膨らみ、メアはさらに吐きそうに。

 夢に出そうだ。メアはそう思いながら、とぼとぼと食堂に向かった。

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